上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

はじめに

「八坂神社大神輿」はジャンルBで3,389票を獲得して第17位にランクされました。

『八坂神社は1624(元和9)年に創建された。史実によると、慶長の大洪水のときに、鯉と亀に囲まれて神輿が流されてきたとされる。この神輿を村民が大切に保管するため神社として祭ったという。
現在、7月第3土・日曜日に行われる天王様の神輿は江戸時代末期に作られた。
「関東三大神輿」の一つといわれ、、重さは「栗橋小唄」の中で「千貫(約3.7t)」と唄われている。
「オイヤサ、オイヤサ」の掛け声とともに町を練り歩く姿はまさに勇壮。
1999(平成11)年も県内外から約3万人が訪れた。』(本書の説明より)

ちょうど梅雨も明けた2010年7月17,18日の両日、栗橋で〝くりはし夏祭り〟が開催されました。
先週は春日部の夏祭りんもあり、まさに7,8月は祭り本番といったところで、各地で夏祭りが開催されています。
埼玉100選で栗橋はこの「八坂神社大神輿」を含めて、「 定福院の羅漢と石仏 」「 くりはし八福神 」と3つがランキングされています。
定福院の羅漢と石仏 】【 くりはし八福神 】は昨年の1月10日、新年の気分の残る中、縁起をかついで訪れました。したがって今回は2度目の散策となるのです。
しかし前回と今回は大きな違いがあるのです。
今年2010年3月に平成の大合併の締めくくりとして、久喜市、栗橋町、菖蒲町、鷲宮町の1市3町が合併し、久喜市となったのでした。
菖蒲町も鷲宮町も訪れたことがあるので、それなりに感慨深いものがあり、そして今、北葛飾郡栗橋町も久喜市栗橋(代表的な町名)…となったのです。

さて、今回訪れたのは梅雨明け宣言が出された前日の7月17日土曜日です。祭りは17,18日の2日間行われるのですが、夕方から夜にかけてですので翌日のことを考えて17日に決めたのでした。
最近は疲れが抜けにくいため、極力日曜日は休養日に当てるというジジ臭い(って、近いだろうが…)習慣が身についてしまっています。
栗橋方面は鉄道では大変便が悪いので、今回も車で訪れることにしました。最近は当初の〝健康の為、極力鉄道で〟を全く無視している傾向があります。もう一度本来の目的を見直さなければなならない時期なのでしょう、と口ではいうものの、きっとこれからも車で行くと思います。特に夏や冬の時期は。
栗橋も非常に近い場所なので、PM3:30頃自宅を出発します。特に混雑も無くPM4:30前には到着です。
先週の春日部夏祭りの余韻の残る中、今日の〝くりはし夏祭り〟も非常に楽しみです。

マップ久喜市オフィシャルサイト】 http://www.city.kuki.lg.jp/

スポンサーサイト

はじめに

「東鷲宮百観音温泉」は4,969票を獲得してジャンルAで28位にランクされました。

『百観音温泉は鷲宮町西大輪のJR東鷲宮駅近くに1999(平成11)7月にオープンした。特徴は湧き出る湯の多さと熱さ。毎分4800?、約57.3度と、県内の自噴温泉の中でも群を抜いている。
ナトリウムやカルシウムが豊富で泉質も良好。「腰の痛みがとれた」「アトピーが治まった」など訪れる人たちの評判もいい。
温泉を掘り当てたオーナーの白石昌之さんによると、男女合わせて100人の収容に来場客数は1日平均700人を超すほど。特に週末は県内外から多くの人が訪れている。入場料は500円』

鷲宮は北葛飾郡にある町で、さいたま市から見るとちょうど北東の方角です。当然ながらわが街、上尾市からも同じ方角となり電車で行くには結構回り道ですが、車の場合は比較的真っ直ぐなので、今回は車で移動することにしました。
ルートは嘗て訪れた蓮田市(黒沼)から加須、栗橋方面に抜けられる、とってもコンビニエンスな県道3号線を利用します。
行き先は温泉なのでいつ行っても構わない場所ですが、折角行くなら何か日頃とは違う経験をということで、今回は鷲宮神社の神楽と鷲宮町のコスモスが一度に見られる10月10日を選びました。

ちょうど9月末に発生した台風18号が磁石に吸い寄せられるよう、実に几帳面に日本列島を縦断する様相を呈していました。
かなり大型ということで、どうなることかと思ったのですが、我が家への実質的な被害はなかったものの、ニュースなどで取り上げられていたように8日の朝は見事に1時間遅れの出社となりました。
ですが、よほど早足だったらしく8日の午後から9日にかけては台風一過の秋晴れで、10日の散策には全く問題ないように思われましたが、10日の当日朝方~午前中は小雨もあるかもという天気予報で、若干の不安はありましたが予定通りの出発でした。
場所も近いとあってAM8:30過ぎに出発し、道はすいていましたがポツポツと雨が落ちていました。
何とか天気だけは持ってくれれば良いがと願いつつ、一路鷲宮町を目指します。
今回も楽しい散策ができればいいですね。

map鷲宮町オフィシャルサイト】 http://www.town.washimiya.saitama.jp/



はじめに

本多静六本多静六はジャンルDで6,020票を獲得し第8位にランクされました。


『菖蒲町出身で日本最初の林学博士。大宮公園や明治神宮外苑など全国各地の公園を設計した。日比谷公園(東京都)の設計では、初めて洋風を取り入れた。
1893(明治26)年に東京農科大学(現在の東京大学農学部)助教授に就任後、26年間後進の指導にあたる。退職後も文部、鉄道、陸軍など各方面の委員や嘱託に従事、防雪林や水源林の設計改良にも大きく貢献した。1952(昭和27)年85歳で死去。
町は博士の業績を称え、1992(平成4)年の名誉町民の称号を贈った。
2000(平成12)年5月には、生涯学習文化センターに博士の生涯を紹介する「記念室」を設置した。』

「本多静六博士」とは初めて聞いた方が圧倒的だと思いますが、明治神宮や日比谷公園などは全国区であり大宮公園といえば埼玉県民では知らない人のほうが少ないでしょう。それだけなじみの深い功績を残された偉大なる方なのです。
林学博士といわれてもイメージは植林とか地場の林業発展のために、的な研究を思い浮かべがちです。 そのような意味で遠いような近いような存在の博士を訪ねて菖蒲町に向かうことにしました。

菖蒲町とは正式には埼玉県南埼玉郡菖蒲町です。
埼玉県南埼玉郡には、この菖蒲町の他に白岡町、宮代町があります。菖蒲町は当初、蓮田市、白岡町との合併を目指していたそうですが住民投票で反対多数となり、現在は久喜市、栗橋町、鷲宮町、菖蒲町の1市3町の合併協議を進めているようです。このあたりはまだ、南埼玉郡のほか北埼玉郡や北葛飾郡などの小さな自治体が入り組んでいますので、様々な思惑の上で協議が進められているのでしょうね。
過日ニュースで平成の大合併に付いての報告が発表されていました。
1999年に3,232(670市、1,994町、568村)あった市町村数は、2010年2月1日に1,772(783市、800町、189村)になるそうです。約半数近くが消えていったということでしょうか。
もともと平成の大合併は財政的な優遇措置の合併特例新法が、来年3月末で期限が切れることによって収束して行くのだろうと思います。
色々功罪はあるのでしょうが、良し悪しはまた歴史が証明するのでしょうね。

話が飛んでしまいましたが、菖蒲町を訪ねるのは今回で2回目です。
最初は3年くらい前でしたでしょうか毎年6月に「ブルーフェスティバル」といわれる「あやめ」と「ラベンダー」のイベントが開かれていまして、それに行ったのです。
今回の主たる目的が「本多静六博士」ですから「ブルーフェスティバル」とは意味合いが違うのですが、どうせ折角行くならと「ブルーフェスティバル」の開催されている時期に向かうことにしました。
6月13日土曜日、関東も入梅したらしいのですがこの日は曇り予想ながら、午前中から良い天気です。
交通の便も余りよくないので、AM9:00過ぎに自宅を出発し車で向かいます。2度目の菖蒲町ですが、今回はどのような楽しみが見つかるのでしょうか。

map菖蒲町オフィシャルサイト】 http://www.town.shobu.saitama.jp/



はじめに

【定福院の羅漢と石仏】は、ジャンルAで5、212票を獲得し24位にランクされました。
本書にある概要です。

『定福院(じょうふくいん)は、1265(文永2)年に創建された古刹で、境内には手彫りの羅漢様が所狭しと並ぶ。1988(昭和63)年に「彫る会」が発足後、町内外から多くの人が訪れ、ノミと金づちを手に悪戦苦闘してきた。
1999(昭和11)年6月には500体を越えた。もともと「自由に楽しく」を合言葉にしてきたことから、記念すべき500体目は「だんご三兄弟」がモデル。
彫る会に参加する人たちのきっかけは「亡き夫のため」「自分がこれまで生きてきたあかし」「釣った魚の供養」など実にさまざま。羅漢様の表情もどれ一つ同じものはなく、彫る人の心の中を素直に表している。』

今回は、同じジャンルAで29位である【くりはし八福神】の一つとして栗橋町の定福院を訪ねました。

羅漢、羅漢仏などに触れるのは今回で三回目でしょう。
一度目は飯能市【飯能まつり】の際に訪れた天覧山にあった「十六羅漢像」です。
これは徳川五大将軍綱吉の頃、綱吉の母桂昌院が綱吉病気回復を祝って寄進したと言われている羅漢像でした。
二度目は蓮田市【黒浜沼】を訪れた際に立ち寄った慶福寺というお寺にあった「河童五百羅漢」です。
これは新潟県・中越地震物故者の慰霊及び復興祈願を河童好きの作者が河童に思いを込めて作成した羅漢像でした。
勿論、歴史的な見解も有るのでしょうが、羅漢の原点はいかに思いが込められているかが重要なのかなと考えさせられるものでした。
はたして定福院の羅漢と石仏とはいかなるものなのか、興味深い羅漢仏です。

北葛飾郡栗橋町オフィシャルサイト】 http://www.town.kurihashi.saitama.jp/



はじめに

【くりはし八福神】はジャンルAで29位の4,953票を獲得しました。
まずは本書の概要。

『「くりはし八福神」と名づけられた八福神巡りは1999(平成11)年に始まった。全長約7Km、所用時間は3時間から4時間。発案は石材店を経営する酒井勲さんで、息子の鉱治さんが制作にあたった。
七福神より末広がりで縁起がいい」と、恵比須、大黒天、毘沙門天、弁財天、布袋尊、福禄寿、寿老人に吉祥天を加え、町内の八つの寺に安置した。
古くから交通、商業の要衝として栄えた同町は多くの史跡や地蔵があり、信仰心の厚い伝統がある。御朱印を押す納経帳のデザインも町民らが協力して作成するなど手作りの福神だ。』

年も明けて2009年。仕事の都合で初詣をしていなかったこともあり、新年の縁起もこめて八福神めぐりに栗橋町へ向かうことにしました。
前日まで降っていた雨も上がり、若干風は強いながら天気も良く何とか八福神めぐりには好都合の1月10日(土)に車で栗橋に向かいました。
自宅から栗橋までな実に簡単でほぼ一本道で、県道3号さいたま栗橋線を利用します。 この県道は実に便利な道で、先日の蓮田(実際は別ルートを使用)や、今後訪れるであろう鷲宮、大利根などの方面はこれ一本でいける大変ありがたい道路なのです。
朝9時過ぎに自宅を出てホンの10分ほどで県道3号に合流します。ここからは何の考え無しの快適ルートで今日はどんな楽しみがあるのかワクワクものです。

北葛飾郡栗橋町オフィシャルサイト】 http://www.town.kurihashi.saitama.jp/





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。