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埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)丸山駅前に一つの案内板があります。
案内板
史跡・伊奈氏屋敷跡の説明で、かつてこの地は伊奈氏支配の地であったことを物語っています。 地番は北足立郡伊奈町で、隣接市は上尾、桶川、蓮田市となります。 この町名は案内板にもあった江戸時代初期の関東郡代で利根川東遷事業を行った伊奈忠次を輩出した伊奈氏の屋敷があったことにちなんでいます。 と、言うことで、今回は隣接町と言うこともあり、ルートは駅前にある「ふるさと歩道案内図」を基にノンビリとポタリングしてみました。
ふるさと歩道案内図

代官屋敷跡コース

代官屋敷跡コースは、丸山駅を起点とし主に代官屋敷とそれに関連する歴史を散策するルートです。
本来は「無線山・代官屋敷跡コース」ですが、ここでは丸山駅の東側の“代官屋敷跡”を中心に散策します。

伊奈氏屋敷跡

スタートは丸山駅です。
丸山駅
見慣れた光景で特になんと言うことも無いのですが、伊奈レンタサイクル<忠次号>は以前から良いアイディアですね。
丸山駅レンタサイクル
サイクリングの街を標榜する我が上尾市にもあるのでしょうかねえ。
東北・上越新幹線の高架下を進むと、左手にニューシャトルの車輌基地がります。
ニューシャトル車輌基地

旅・歴メモ ニューシャトルは通称で、正式には「埼玉新都市交通伊奈線」といいタイヤで走る新交通システムの鉄道です。
大宮駅から内宿駅までの12.7kmの短い鉄道ですがさいたま市、上尾市、伊奈町の2市1町を通る路線で、途中「鉄道博物館」駅があるといえば見知った方も多いでしょう。
1983年に部分開通し、1990(平成2)年に全線開通した比較的新しい鉄道です。

車輌基地を先に進むと高架下は沼に被われます。
原市沼 原市沼
こういった光景も珍しいかもしれませんが、この沼を原市沼といい、この原市沼の南方向に文字通りの「沼南駅」があるのです。
道はここで行き止まりですので、ここからはUターンします。
ニューシャトル
ちょうど、シャトルが通過しているのが見えますね。

高架下を戻った右手にあるのが「伊奈氏屋敷跡(入口)裏門跡」です。
伊奈氏屋敷跡(入口)裏門跡
とは言っても、だだっ広い空き地が残されているだけですが、実際は案内板にあるように障子堀などの遺構があるのですが、調査後保存の為に埋めもどされたようです。
遺構(空撮写真) 遺構(空撮写真)

旅・歴メモ< 関東郡代・伊奈忠次が1590(天正18)年、ここに陣屋を構えて幕府直轄領約30万石を管轄する拠点としたところで、1629(寛永6)年に三代忠治が川口市赤山に陣屋を移すまでの間、この地が地方支配の中心となった場所なのです。
屋敷跡の大きさは東西350m、南北750mという広大なもので、ここがその屋敷の裏門に当たると考えられているところです。

この裏門跡の周辺もこのように鬱蒼としているのですが、このような立て看板が立てられていました。
遺構 立て看板 立て看板
どんな経緯があるのかは知りませんが、行政側と住民(地権者)側が対立していることは間違いないようです。
まあ、それぞれの考え方があるのでしょうから、第三者はおとなしく見るだけですね。
遺構と宅地
裏門跡から東へ進むと案内板と石碑があります。
伊奈氏居館跡碑
このあたりは二の丸があったところのようです。
傍らの碑は「伊奈氏居館跡碑」とあり、少なくとも戦前以前のものでしょう。
この案内板にも注意書きがありますので、よほど争いが酷いものなのかもしれません。
何れにせよ、ここまで書かれていると奥に進もうとする気はおきないでしょうね。
二の丸跡 二の丸跡

カーブミラーにある標識の「表門跡」に進みます。
案内標識
ここにも案内板があり、お決まりの注意書きもキチンとあります。
案内板の航空写真での位置関係によれば、この辺りが表門跡ということでしょうか。
遺構空撮 表門跡周辺
ちょうど、この案内板近くに流れている川が原市沼川で、以前来たときにはここに橋があったのですが、震災でしばらくは通行止めとなり、その後仮の橋が掛けられているようです。
原市沼川 原市沼川
このように伊奈氏屋敷跡は関東支配の中心地として広大な敷地を誇っていたようです。

願成寺・法光寺

代官屋敷跡から少しばかり東に進むと「願成寺」があります。
願成寺
住宅地の一画に参道入口があり、参道を進むと白亜の壁とコントラストを成す山門がなかなか印象的です。
願成寺

旅・歴メモ 願成寺は1505(永正2)年に当時の小室藩(鴻巣領)に阿弥陀堂を建てたのが創建と言われており、その後、1594(文禄3)年、伊奈忠次が現在地に移し、寺号を願成寺ときめ鴻巣市の勝願寺末寺としたのです。
伊奈忠次との関わりの深い寺院なのです。

山門を入ると本堂が改築中のようで工事用の塀で囲われています。
願成寺境内
したがってお参りはこちらの仮設の堂宇をお参りするようです。
太子堂
本尊は阿弥陀如来ですが、こちらに祀られているのは聖徳太子像ですので太子堂かもしれません。
聖徳太子像
そして何よりも伊奈氏との関わりを残しているのが町の指定文化財ともなっている「伊奈熊蔵忠勝の墓」です。
伊奈熊蔵忠勝の墓

旅・歴メモ 伊奈家は伊奈忠基が松平広忠・徳川家康父子に仕え三河国小島城を居城としたのがはじまりで、その次男・忠次が徳川家康に仕え、家康の関東入国とともに代官頭(関東郡代の前身)となるのです。
その後譜代大名として武蔵小室藩の初代藩主となり、忠次没後、忠次の長男・忠政が小室藩並びに関東郡代を継ぎました。
そして伊奈忠政の死去により、忠政長男の忠勝が跡を継いだのですが9歳で早世したため、武蔵小室藩は無嗣改易、つまり没収となったのです。
しかし忠次の功績を重く見た幕府は忠勝の弟の忠隆に1186石の所領が与え、明治維新まで旗本として存続し、一方の関東郡代も忠次の次男である忠治が川口市に【赤山陣屋】を移し世襲し、1792年の伊奈忠尊まで続いたのです。
そしてこの忠勝がこの願成寺に葬られたのです。
因みに鴻巣市の【勝願寺】には、忠次・忠治の墓所があります。

まさに伊奈氏との関わりが深いことが理解できる寺院でした。

願成寺から北上すると「法光寺」があります。
法光寺
道沿いにある寺号標を曲がってしばらく進むと左手に境内を見ることができます。
法光寺
こちらも立派な山門が鎮座していて、その正面に本堂があります。
法光寺

旅・歴メモ 791(延暦10)年にあの“坂上田村麻呂”により創建されたという由緒ある古刹です。
面白いのはこの寺の宗派で、元は天台宗に属し泉福寺(桶川市)の末寺だったのですが、1563(永禄6)年に徳星寺(上尾市)と所属宗派を交換して真言宗となったのだそうです。
宗派変えと言うのは結構聞く話ですが、交換というのは初めて知りました。
どのような理由、経緯があって交換するものなのでしょうか。

古刹だけあって文化財も豊富で鎌倉時代の名工・運慶二十八歳の作といわれる御本尊阿弥陀如来像・仏像画・十三仏板石塔婆があります。
十三仏板石塔婆
本堂も新しくなり緑濃い綺麗な境内で、埼玉県のふるさと散策コースとなっているそうですから、昨今のパワースポットとでも言うのかもしれません。

森と田園コース

ここからは市街地を離れて伊奈町の郊外を走ります。
田園風景
元々伊奈町は梨やぶどうなどを栽培する農村だったのですが、町の中央を走る埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)をはじめとした交通路の整備、教育施設の誘致を発端に宅地造成が急速に進んでいるのです。

八幡堰

法光寺から更に北西に向って走ると風景は一気に田園風景となります。
左に見える高架線が“東北新幹線”で、スタート時の丸山駅までは東北・上越新幹線は並行し、丸山駅から先で二股に分かれ、北東の蓮田市方面に東北新幹線が、北西の桶川市方面に上越新幹線が走っていくのです。
田園と高架線
その東北新幹線の高架近くにあるのが「八幡堰跡」です。
八幡堰跡

旅・歴メモ 八幡堰は灌漑の目的で綾瀬川に設けられた堰で、水量の少ない川や底の低い川の水を堰き止めて、水面を上昇させるための施設です。
記念碑文によれば、元々このあたりは見沼代用水から灌漑用水を利用していたのですが、充分な量が確保できないため文政年間(江戸時代1818~1830)に水量の補充分として堰が造られ、後に石や煉瓦などで補強されたのだそうです。
昭和初期まで完全なものが残っていたのですが、昭和7年の綾瀬川上流の改修で消滅したのです。

これらが堰の名残でしょうか。
八幡堰跡 八幡堰跡 八幡堰跡
江戸時代の名残はありませんが、思いを馳せることはできそうです。

建正寺・氷川神社

東北新幹線高架をくぐって西方向へ向かい、ここからは社寺めぐりです。
住宅街の奥にある寺院で、かつての参道入口であったであろう路地の角にはこんなものが置かれていました。
建正寺参道 建正寺参道
このあたりはかつては田園だったのでしょうが、宅地化によりこのような光景となったのでしょう。
山門は1854(嘉永7)年の建立で、寺院自体が江戸時代の息吹を残している古刹なのです。
建正寺山門 建正寺山門
山門を抜けた正面が本堂です。
建正寺本堂

旅・歴メモ 建正寺は寿永年間(1182~1184年)の平安時代に現在の丸山辺りに創建され、慶長年間(1596~1615年)伊奈忠次が丸山に築城するため、この地に移ったのです。
本堂堂宇は1786(天明6)年に再建され、その後昭和59年に大改修が行われたものです。
また、薬師堂は1844(天保15)年の建立で、昭和62年に改修され堂内の薬師如来の鉄仏像は町指定の文化財となっています。

こちらは薬師堂です。
建正寺薬師堂
伽藍は見た感じは比較的古さを感じませんが、平安時代からの古刹のある伊奈町は侮れないこところでしょう。

「建正寺」から歩いても数分のところにあるのが「氷川神社」です。
一の鳥居の先はタイムトンネルのように長い参道です。
氷川神社参道
タイムトンネルを抜けた先に1対の狛犬が鎮座している境内と社殿です。
氷川神社境内氷川神社社殿

旅・歴メモ 勧請されたのは1248(宝治2)年で鎌倉時代です。
当時は素戔嗚尊の男体宮と稲田姫命の女体宮の2社あったのだそうですが、いつの間にやら合祀されていたのです。
その後、南北朝時代に再建され、江戸時代には小室郷八か村の総鎮守となりました。
当時、伊奈家の家臣であった大河内家は男子に恵まれず、この氷川神社に参詣したところ男子を授かったと伝わっており、このような故事から夫婦円満、子授祈願の鎮守として信仰されているのです。
また、江戸時代において時の老中で忍・川越城主の松平伊豆守信綱に庇護されたことから、境内にある天神社は“知恵伊豆”と称されていた松平信綱にちなんで「伊豆天神」と呼ばれているのです。
この後、明治6年村社、明治40年には旧小室村内の39社が合祀され、昭和19年に郷社となり現在に至っているのです。
絵に描いたようなエリートコースで出世してきたサラリーマンのようです。

その風格が社叢と遇いまった境内でしょうかね。
氷川神社社叢
そのシンボルが文化財でもあるこのスギでしょう。
氷川神社「スギ」
そしてこちらがひっそりとしていますが「伊豆天神」です。
伊豆天神 伊豆天神 伊豆天神
総鎮守らしく「力石」が残っているのは、庶民に親しまれた名残でしょう。
力石

清光寺・小貝戸貝塚

氷川神社から途中「伊奈町役場」を横目で見て再び北上すると「清光寺」があります。
伊奈町役場
こちらも住宅街の一画にあるのですが、やはり参道はかなり長いです。
清光寺参道
しかも参道口にはこのような庚申塔があるので、かつては交通の要所だったのでしょう。
庚申塔
こちらも長い参道を進むと正面に朱色が鮮やかな本堂を見ることができます。
小室観音

旅・歴メモ 新編武蔵風土記稿及び古記録等によると、創立は応仁(1467~1469)年以後慶長(1596~1645)年以前といわれ、天台宗岩槻慈恩寺末寺となるのですが、その後の途中経過は不明です。
明治維新当時は相当の規模の本堂を有し、付属建物等も数多く存在したのですが諸事情(無檀家等)のため本堂等を取り壊し、隣接境内地にある観音堂を本堂に充て現在に至っています。なお、観音堂は聖徳太子の作と伝えられる聖観音像を主尊とし、1702(元禄15)年には足立板東33ケ所観音霊場第5番寺となります。
1778(安永7)年建立の六間四方の堂宇を1911(明治44)年に茅葺屋根を瓦葺に改め、その後昭和46年の改修後現在の堂となったのです。

現在では通称「小室観音」と呼ばれて広く親しまれているようです。
小室観音
境内には幾つかの石像・石塔などがありますが、これは1701(元禄14)年作の伊奈町で一番大きい地蔵で250cmあるそうです。
地蔵
氷川神社同様、寺叢と共にその由緒を誇っているかのようで、由緒ある空気が漂っているようです。
社叢

この小室観音の裏手にあるのが「小貝戸貝塚」の碑ある貝塚跡です。
小貝戸貝塚
埼玉県指定の史跡となっています。

旅歴メモ この小貝戸貝塚は縄文時代前期(約7000年前)のもので、ヤマトシジミを主として、アサリ、ハマグリ、ハイガイなどがあり、大正13年に指定史跡となったのです。

記念碑自体も文化財であるかのような風格です。
そしてここには清光寺の本坊があり、傍らには不動堂があります。
清光寺本坊 不動堂
現在では観音堂、本坊、不動堂が点在しているように見えるのですが、実際には結構広い境内を持っていることになるのです。
この周辺は丸山周辺よりも更に古い歴史をもったエリアと考えても良いのでしょう。

2013.09.21記
(後編につづく)

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去る7月20、21日の土日に埼玉県北足立郡伊奈町にある「埼玉自動車大学校」で、“オートジャンボリー2013”が開催されました。
埼玉自動車大学校とは学校法人佐藤栄学園の専門学校で、根幹は整備士を目指す人たちの学校なので、この学校がオープンキャンパスの一環として、毎年この時期に行っているのがこのオートジャンボリーです。
一般的にオープンキャンパスとは、その学校へ入学を希望・考慮している人に対して施設内を公開し学校への関心・理解を深めてもらうプロモーションイベントの一つです。しかし、今回のオープンキャンパスは専門学校、及び自動車関連と言う特殊性もあって一般の人たちも充分楽しめる内容なのです。要するにオープンキャンパスと学園祭が融合したようなものですね。
今まで知らなかったのですが、今回は毎日のように通っている最寄り駅の前にポスターが貼られていて知ったという経緯です。
実に歩いても10~15分の距離にある学校で、よく見れば自宅から見れる距離なのです。
自宅からの光景
夏本番の両日、熱中症になりそうな気候のなか出掛けてみました。

7月20日、土曜日 晴れ

入場門である正門を抜けて受付を済ませます
オートジャンボリー入場門
エントランス前のロータリーに展示されているレーシングカーの数々
ロータリーの展示と1号棟
これだけで期待感MAX!

棟内に入るとハーフカットカーが展示。普段は余り見られないもの。
ハーフカットカー
な、何とポルシェも一刀両断!!!!
ポルシェのハーフカットカー ポルシェのハーフカットカー
まさに五右衛門の斬鉄剣で斬られたかの如し
ハーフカット以外にもヒストリックカーがあり、ほぼ私と同年代の「BMW600」
BMW600 BMW600
これはフロント部分がドアになっていて乗り降りするんです。 何となく記憶にあるような、ないような・・・。
陸王は私達の世代より一昔前の世代でしょうが、いつの時も大きなものに乗りたがるのが、人の性!?
陸王
逆に近未来的なバイクとクルマも展示、否、これ販売されているみたいです。
近未来的なバイクとクルマ 近未来的なバイクとクルマ 近未来的なバイクとクルマ
こんなのに乗ったらオッサンは落ち着かないでしょうねえ;;
このようなカスタムカーもありました。
カスタムカー
マッハ55・・・!?

こちらは「クルマに落書きしちゃおう」的なコーナーで、大人気なく落書きしてきました! 
クルマに落書きしちゃおう クルマに落書きしちゃおう
ちょっと控えめに・・・
でもその隣にはレーシングカーもあり、訳がわかったようなわからないような。。。
学校のレーシングカー
更にド迫力のジープや、どんな音が出るオーディオシステムなどなど。
ド迫力・・・ ド迫力・・・
これらは実際にその業者が販売しているみたい。いいビジネスチャンスですね。
こんなカッコよいサイドカーがあれば、こんなサイドカーも!?
サイドカー サイドカー
サイドカーの霊柩車、否、霊柩バイクで、名付けて「MIROKU」だそうです。
霊柩バイク
「悠久の旅立ちを鉄馬の鼓動とともに」というキャッチコピーがThat's so Cool!

別の棟では埼玉県警・自衛隊協力とカスタムカーの展示
いたって普通のパトカーながら、何となく大門軍団を思い出すのは私だけ?
パトカー展示
でもって、自由に乗れるのが嬉しいが、ミニスカポリスはいません、念のため。
白バイ展示
こんなサイドカーもあったのですね。
白バイ展示
どんなときに使われているの・・・。

隣ではこの学校でカスタマイズされたクルマたちの展示です。
「モトはスープラでした」といわれても、判るかい!、とオリジナルの写真をそえておきました。
カスタムカー スープラ
単に見るとカッコいいガルウィングなのですが、よく見れば、、、フォ、4ドアガルウィング!!!!
4ドアガルウィング 4ドアガルウィング
何となくカッコよいのか、鬱陶しいいのかわかりませんが、よく作ったものです。
これなんかセットで売れそうなほどカッコよいです。
カスタムカー
介護用ですが、こうなるとオシャレ~
カスタムカー
出かけるのがより楽しくなるのかも知れないですね。
そして学校が所有しているクラシックカーたち
クラシックカー クラシックカー
流石に学校ですと、妙に納得
一画にはミニタリーショップもあり~の、
ミニタリーコーナー
自衛隊協力のジープ?
自衛隊協力のジープ
更にミリタリー風の240Zって。。。って、
240自衛隊仕様?
これはカスタムカーでした。
そしてここでのメインはこれ、「東京オートサロン2013」でカスタムカー部門で最優秀賞を受賞した作品。
カスタムカー部門最優秀賞 カスタムカー部門最優秀賞
当然、この学校のカスタムカー科の作品だそうで、これで出かけたら視線が眩しいでしょうね。
大したもんです。

別の棟に移る途中にも、何気に「フェラーリ348tb」が!
フェラーリ348tb
確か20年以上前に発売されたのですが、当時の新車価格は1880万円だったそうです。「そんなん誰が買うか!」と悔し紛れに遠吠え
こちらの棟ではペイントカーが展示
ペイントカー ペイントカー
展示といいながらも、こちらも同様にお願いすれば施工してくれるようです
和風のアメ車というのもセンスが良いのか、悪いのか!?
和風のアメ車
でもこれならやってみたい気がする;;
眺めるだけでも楽しくなってくるのがミソ!

デザインカー展示

そして7月20日のメイン展示は、グラウンド兼テストコースのデザインカーの展示です。
グラウンド兼テストコース グラウンド兼テストコース
流石にテストコースがある学校は珍しいでしょうね
デザインカーと言うとどんな、と思われるでしょうが、いわゆる“痛い”やつです。
そう、本日の特別出演は「痛車」の皆さんです。

まず目を引いたのが、こちら。
痛車
全身、痛々しい姿が見事です。
これらがいわゆる一般的(一般的って意味もわかりにくいが)な痛車!?
意外とガルウィングにしているクルマもあるんですね。やはりカッコよさが違うのでしょう。
ガルウィング仕様 ガルウィング仕様 ガルウィング仕様
バイクとコーディネートと言うのも案外オシャレなもんです
コーディネート コーディネート
で、もってヒトもセットだったりして。。。
コーディネート
当然ながらモチーフとしているキャラがあるわけですね^^
モチーフ モチーフ モチーフ
これも痛車姉妹?
痛車姉妹? 痛車姉妹?
更にワンボックスとか、レトロ風とか、バリエーションも豊富で。。。
バリエーション バリエーション バリエーション
どうですか、気も狂わんばかりに美しいクルマの数々でしょう^^
見事な痛車ぶり 見事な痛車ぶり 見事な痛車ぶり
自分のクルマも、なんて思っていませんか。。。
オッサンは止めておきましょうね、家族から見放されますから・・・。

最後は私が一番気に入ったベストオブ「ITASHA」です。
ベストオブ「ITASHA」 ベストオブ「ITASHA」 ベストオブ「ITASHA」
何が凄いって、ドアやトランクなどをすべて閉めると、外からは痛車に見えないって、事ですよ!
羊の皮を被った狼・・・、とはちょいとニュアンスは違いますが、いずれにしても良く考えられていると思いませんか。 センスの良さに脱帽です。
ということで、初日のメインイベントは後にして、隣のイベントスペースを覗いてみましょう。
とにかくウォーリーを、ではなくてウィリー大好きな人の「ウィリーチーム」の妙技です。
ウィリーチーム ウィリーチーム
楽しい演技を見て暑さも厳しくなってきたので今日は退散です。

7月21日、日曜日 晴れ

二日目も調子づいて行ってしまいました。なんと言っても近いので。。。
まずは昨日見なかった処をブラッと見学
中庭には模擬店などが並んでいます。
模擬店
ステージもあるようです。まだ、準備中のようですが。。。
ステージ

そして学校らしい展示が、これ「作動カットモデル」!!!!
作動カットモデル
恐ろしく地味ですが、意外と子供に人気あったりして
作動カットモデル 作動カットモデル
そしてこちらはカスタムやチューンアップや・・・、って諸々の業者が出店しているようです。
出店テント
この後にあるのが実習用のクルマを保管する立体駐車場ですって。
立体駐車場
滅多に見られる光景ではないですね。
子供のためにラジコンやプラモデル販売などもあるんだ
ラジコンコーナー 販売 販売
つい買ってしまいたい衝動を抑えるのに必死

ヒストリックカー展示

ということで、これからは本日のメインイベント「ヒストリックカー」の展示です。
ワイドで取るとこれだけのボリュームの展示がされているんです。
全景
壮観、壮観!

まずはこれ「いすず べレット」ですが実にナンバープレートがヒストリックです。
べレット
“千 5”とは、千葉陸運局のことでしょうか?
概ねこう言ったナンバープレートが多く、「埼5」とか「栃5」「神5」といったシンプルな陸運局の分布なんですね。
クルマもまだすくなったからでしょう。

ここでお断りです。
本来クルマのナンバーはブログなどでは見せないようにするのが一般的ですが、この場合は勝手ながら見せるため(=撮影OK)のイベントですから、あえてプライバシーはの侵害はないもの(=撮影OK)と勝手に解釈して掲載しています。
もし不都合がおありでしたら、修正又は削除致しますのでご連絡お願い致します。

ナンバープレートといえばもう1台、オシャレなクルマを見つけました。
117クーペ 117クーペ
ありがちといえばその通りですが、まさに「117クーペ」です。
117クーペ
美しいジウジアーロのデザインは未だ健在、ってところですね

この種のイベントでは比較的参加の多いのが「スカイライン」です。
なんと言っても生沢徹で一世を風靡した“箱スカ”こと「スカイライン2000GTR」ですから。。。
箱スカGTR
“羊の皮を被った狼”の異名とともに憧れのクルマの一台の方も多いはず。
羊の皮を被った狼
“ケンメリ”も忘れてもらっては困る名車です。
ケンメリGTR

更に煌びやかな走り屋なら、やはり「セリカ」でしょう
クーペとLBが並んで展示されています。
セリカ セリカLB
“XX”もあるのですが、魅力的には。。。
セリカXX

華麗さならやはり「フェアレディ」でしょう。 なんと言っても“マイフェアレディ”のオードリー・ヘップバーンから名付けたのですから!
その始まりは「ダットサンFL1600」。
ダットサンFL1600
そして「ダットサンFL2000」から「日産FLZ」の時代へ、となるわけですが、美しさは変りませんね。
ダットサンFL2000 日産FLZ 日産FLZ
貴婦人の「240Z」がいなかったのは寂しいですが。。。

“山”といえば“川”と同様、実力派の走り屋で「レビン」といえば「トレノ」とこだまします^^
レビン&トレノ
並んでいるところが実に素敵でしょう
こだまといえば“ヨタ8”に“エス6”こと「トヨタスポーツ800」と「ホンダスポーツS600」もはずせません!
トヨタスポーツ800 ホンダスポーツS600
世代的には私より少し前の世代の方の憧れとなったのは、やはり浮谷東次郎の影響!?

そしてヒストリックブランドといえば“ダッツン”こと「DATSUN」でしょう。
初期の「ダットサン1000」から「ダットサンブルーバード」そして「ダットサンサニー」は大衆車の王道なんです!
ダットサン1000 ダットサンブルーバード ダットサンサニー
一方のトヨタだって、大衆車の王道が鎮座しています。
高級車と大衆車の系譜である「トヨペットクラウン」に「トヨタコロナ」、そして「トヨタパブリカ」
トヨペットクラウン トヨタコロナ トヨタパブリカ
このパブリカはコンバーチブルなのでそうは見えないのですが、そもそもは国民車構想の元に造られたんですって。。。知らなかったわ~
国民車構想といえばやはりこれ「スバル360」でしょう。
スバル360
ズバリ国民車で、日本のモータリゼーションのきっかけと言え、軽自動車の名車といえるのですね。
ついでに軽自動車を見ると「マツダR360クーペ」と「マツダキャロル」です。
マツダR360クーペ マツダキャロル
戦後の日本車として、初めて「クーペ」を名乗った車と、軽自動車初の4ドアセダンというエポックメイキングなクルマ
どちらも小粋なクルマっす
軽でもトラックならこちら「ダイハツミゼット」
ダイハツミゼット
“稲村ジェーン”や“三丁目の夕日”などのレトロ映画に引っ張りダコでした。

ここでちょっと外国車も見ておこう
“バック・トゥ・ザ・フューチャー”といえば「デロリアン」で、“ルパン3世”の2台目の愛車といえば「フィアット500」ですね。
デロリアン フィアット500
「フィアット1600」もあったのでついでに。。。
フィアット1600
ドイツから参戦は名車「VWカルマンギア」に「メッサーシュミット」
VWカルマンギア メッサーシュミット
メッサーシュミットは文字通り航空機メーカーが造ったクルマですが、僅か10年程の製作だったのです。
当時のカタログの説明が面白いです。
参考:【カタログで見る昭和30年代の車】http://www.asahi-net.or.jp/~rf7k-inue/me/kr200.html フランスからは「シトロエン2CV」が参加
シトロエン2CV
小粋な形状と相まったデザインでエスプリ感が増している~♪
外国車の最後はイギリス車で「ジャガー」に「ヒルマン」、そして「ロータス」です。
ジャガー ヒルマン ロータスヨーロッパ
特にロータスは個人的に大好きなクルマで、「ヨーロッパ」は“サーキットの狼”で一躍有名になったのですが、チャップマンの心意気が残された最高傑作です。
その中でも特筆すべきは“JPSカラー”仕様
ロータスヨーロッパJPS ロータスヨーロッパJPS
F1を彷彿とさせるカラーリングが懐かしい
そして“47GT”レース仕様
ロータスヨーロッパ47GT ロータスヨーロッパ47GT
実際のレースでいくつかの優勝を勝ち取ったクルマだそうです。
ちょっと感激!

再び日本車に戻って終盤
日本車でもお洒落に拘るとこうなるのかも「日野コンテッサ」と「マツダ・コスモスポーツ」
日野コンテッサ マツダ・コスモスポーツ マツダ・コスモスポーツ
“コンテッサ”の意味は「伯爵夫人」で、ルノーの香りが漂ってきそう。
コスモスポーツはマツダのロータリーエンジンの礎となった、と言うよりは“帰って来たウルトラマン”のMATの専用車と言った方が判りやすいかも。。。
紅白でめでたい!?

いくつか抜けたクルマもあるのですが、最後はこれ「ホンダ・シティ」です。
ホンダシティ
個人的ながら、学生時代愛用の原付「ホンダダックス」から、社会人となって1年目の冬のボーナスを全額頭金として購入した最初のクルマがこの「ホンダシティ」だった懐かしいクルマ
ここにあるのは「カブリオレ」ですが、実際に購入したのは「マンハッタンルーフ仕様」のシティ
ホンダシティ マンハッタンルーフ
そしてシティに積み込める「モトコンポ」も欲しかったのだが、ダックスがあったので諦めた。
モトコンポ
懐かしいモトコンポもあったのが実に愉快

初めてながら満ち足りた気分で今回は終了
最後に一画でのイベントの吹奏楽コンサートを聞いて帰路に。。。
吹奏楽コンサート
私自身が入学したくなってしまいましたが、毎年恒例にしよう!

2013.08.01記

町制施行40周年記念 2010ばらまつり

今年も春のバラの季節が到来しました。
先日は西武ドームで開催された「第12回 国際バラとガーデニングショウ」に出かけてバラを堪能してきました。
そして5月の最後の日曜日の5月30日に伊奈町の町制記念公園のバラ園を訪れました。
3、4年ほど前にも一度訪れたことがあり、それなりに立派なバラ園でした。
自宅からも車で約20分くらいですから、のんびり出かけてもOKです。9:00過ぎに自宅を出て9:30少し前には到着です。

伊奈町制施行記念公園駐車場に車を置いて公園に向かい「伊奈町制施行記念公園」とかかれたアーチをくぐって公園内に入ります。

この伊奈町の〝伊奈〟は「伊奈かっぺい」…、ではなく豊臣秀吉の小田原攻めの際に活躍したといわれる徳川家康の家臣・伊奈忠次がこの地に陣屋を構えたことに由来しています。私が通勤に使用しているニューシャトルの丸山駅の周辺にその堀などの遺構が残っています。 そして昭和18(1943)年に伊奈村となり、昭和45(1970)年11月1日町制施行により伊奈町となったのです。そしてその町制を記念して昭和48(1973)年開園されたのです。広さは約10haあるそうです。
本来なら平成の大合併の際に与野のY、大宮のO、浦和のU、上尾のA、伊奈町のIを取った「YOU AND I」合併構想があったのですが、 最終的に合併は浦和・与野・大宮が合併してさいたま市となり、その後岩槻市が編入したのでした。
このときは上尾市が合併に反対し、合併構想から外れたため飛び地となってしまった伊奈町は除外されてしまったのです。 もしこのとき合併していれば、現在ではさいたま市となっているはずでした。是非は別として。
とにかくもこの町制施行から今年はちょうど40周年を迎えるそうで、今年は「町制施行40周年記念 2010ばらまつり」と銘打たれている、記念すべき年のバラまつりなのです。

アーチの入口からまっすぐ進むとバラ園に突き当たります。
伊奈町制施行記念公園バラ園ここからでも十分綺麗なバラを見て取ることができます。一見した感じ以前訪れたときよりもかなり広くなったような気がします。

このバラ園は開園15年後の昭和63年に約270株の植栽で開園したそうです。その後、平成2年4月町制施行20周年時にバラが「町の花」に制定されたのをきっかけとして、徐々に拡大し現在では12,000㎡の敷地に現在約300種4500株以上のバラが植栽されており、この規模は埼玉県内では最大だそうです。

伊奈町制施行記念公園バラ園伊奈町制施行記念公園バラ園まずは入園料の200円を支払ってバラ園に入園します。
入園チケットは通常のチケットではなくシールになっていて、これを身体やモノに貼り付けて見せれば当日に限り何回もバラ園に入園可能なようになっています。なかなか考えられたものです。

伊奈町制施行記念公園バラ園ちょうどバラ園の中央を分断する通路がありますので左側のバラ園から散策します。


クイーンエリザベス最初に目に付いたのが「クイーンエリザベス」で、文字通りイギリスを代表する女王の名を冠したバラです。気品に満ちた…といったところでしょうか。

フリージア次に「フリージア」という名のバラです。フリージアといえば水仙ですが、水仙に似ているから…とも思えませんし、何処からこの名が付いたのでしょうね。でもこの黄色は気品のある色で、とっても良い感じです。

アンドレルノートルこれは「アンドレルノートル」と名の付いたフランス産で、実にオレンジっぽいグラデーションが綺麗なバラです。

ばら園ばら園ブロックでみても様々な色が交じり合って大変美しい光景です。

ばら園ピンクのグラデーションが美しいこのバラは「オーナードゥバルザック」という名で、あの文豪の名を冠しているのでしょう。


中央の東屋のある広場には「伊奈忠次」に関する説明があります。

『今年は伊奈備前守忠次公没400年です!! (1550~1610年)
伊奈町は、武蔵野の面影を残し緑豊かな自然林に囲まれ住んでみたい街として今、最も輝いている町です。
伊奈の由来は、江戸時代初期に関東郡代として活躍した「伊奈備前守忠次公」に因んで名付けられたもので町のいたるところにその歴史と伝統が息づいています。
忠次は天文19年(1550年)に生まれ、初めは熊蔵家忠と言っていました。幼少の頃から人並みはずれた秀才で、志も大きく、徳川家康に使え三河、近江、駿河の三州を駆け巡り、治水、土木、開田をすすめ住民の生活及び徳川家の財政安定に貢献しました。忠次は、豊臣秀吉の小田原攻めに主君家康の命を受け、軍の輸送などに軍功をたてました。家康は三河国小島の旧領地と、武州小室、鴻巣領の1万3千石を忠次に与え、後に従五位下備前守を命じました。
伊奈街における忠次は、小室郷(小室字丸の内)に陣屋を構え関八州(上野、下野、常陸、安房、上総、下総、相模、武蔵)の天領(幕府直轄地を治め、検地の実施、中山道その他の宿場の整備、加納備前堤、川島大囲堤を築堤するなど関東各地にわたって、治水、土木、開墾等の事業に大きな功績を挙げました。また民衆の立場にたって温情ある政治を施し、治水は勿論のこと河川の改修、水田開発、産業の発展を図り、財政の向上に貢献した忠次は、家康の信頼も厚く家臣や領民にも感謝と尊敬をされながら、慶長15年病のため61歳でこの世を去り鴻巣市の勝願寺に葬られました。
平成22年4月 伊奈町商工会・伊奈町観光協会』(現地案内パネル説明文より)

町制施行40周年であると共に、伊奈忠次没後400年という偶然のような(偶然でしょう)記念すべきとしなのですね。伊奈町としても何かイベントをする計画でもあるのでしょうか。
ひょんなことから伊奈町の歴史の一端に触れることができました。

再びバラを観賞します。
カリナ毒々しくも見える「カリナ」は見る人によって受けるイメージが違うのではないでしょうか(私だけ・・・!?)。

アクロポリスロマンティカ「アクロポリスロマンティカ」は全体的にみると色の濃淡があって華麗です。

ストロベリーダイキリ「ストロベリーダイキリ」と名付けられたこのバラは文字通りカクテルの名で、実にキュートな色合いです。

ラディアントパフュームまた「ラディアントパフューム」は上品な黄色いバラですが、パフィームというくらいでバラの香に何となく柑橘系のにおいが混じったような不思議な香でした。

次に目に付いたのが日本産のバラです。
しのぶれど「しのぶれど」と風流な名前がついたバラは、その名のとおり落ち着いた気品のあるパープルのバラです。

るるもうひとつ「るる」は特に形が面白く、遠目からはざくろのようです。

アシュラムドイツの「アシュラム」は大変きれいなオレンジ色で、特にこのバラらしい形状がグッドです。

ハニーブーケアメリカの「ハニーブーケ」というバラはオレンジがかった黄色のグラデーションが気品をかもし出しています。

ピンクノックアウト一面に咲いたこのピンクのバラは文字通りの「ピンクノックアウト」でまさにファンタスティックです。

琴音琴音それとは対称的な白を基調としたしっとりとしたバラが「琴音」です。
しっとりとした落ち着きがあります。

こうして半分近く見てきましたが、やはり以前と比べて大分増えているようで、かなり見ごたえがあります。

ここからは右側のバラ園を散策します。
ユリイカフェンス近くにある黄色いバラは「ユリイカ」で、アルキメデスが〝アルキメデスの原理〟を発見したときに叫んだ〝わかった!!〟というギリシャ語の名を由来としているそうです。
たしか「ユリイカ」っていう本もありましたが、このバラの何がわかったのでしょうかね。

こちら側は一つ一つのバラというよりはガーデンとして整備されたのが、以前と比べて随分と変わったところです。
バラ園バラ園バラ園右側のバラ園の端の部分はスロープで幾分高くなっていて庭園を多少俯瞰できるようになっています。

バラ園バラ園全体の色合いのバランスをみているだけでも見事になりつつありますね。

プリンセスアイコそしてやはりありました「プリンセスアイコ」。絶対に造られるとは思っていましたが・・・。


そして次が今回最高に注目のバラです。
カフェラテカフェラテ平成21年5月17日、伊奈町商工会青年部創立30周年記念植樹「カフェラテ」で、 作出年が2005年でオランダで作出されたものです。

確かにカフェラテのイメージが実によく見て取れます。少し開ききるとイメージが薄れてきますが、咲ききる前の色、形が絶妙にすばらしく、個人的に「シャルルドゴール」以来の超強力インパクトのバラです。
お気に入りのバラにしておきましょう。
マイガーデンもう一つ同じ記念植樹で「マイガーデン」があります。こちらは極々一般的に美しいと思われる白いバラです。
ホイップクリームのようなイメージがキュートです。
カフェラテに入れたミルク!?・・・って、ことではないでしょう。
伊奈の夢石園の一角には「伊奈の夢石」と題されたモニュメントが設置されています。
1999年5月と記載されていますが、以前訪れたときには無かったような気がするのですが・・・。


バラ園バラ園各所にアーチやゲートが造られつるバラで覆われています。
これは自宅の庭で作りたい一番の候補じゃないでしょうかね、一般的に。
平均的に日本で作られたものは比較的清楚であったり、気品の高そうな感じを受けます。
羽衣この「羽衣」などもそうで、何となくこの淡い感じが(写真で伝えられるかどうか・・・)さすが日本の侘び寂び文化を彷彿とさせます。

ジョージベストそれと対称的なのがこちらの「ジョージベスト」です。

北アイルランドの伝説的なサッカー選手ジュージ・ベストにささげられた品種だそうで、売上の一部はジョージ・ベスト基金(肝臓病とアルコール依存症の研究)に寄附されるのです。
恐らくマンUの赤いユニフォームをイメージしているのかもしれませんが、実にインパクトのある真っ赤なバラです。
しかし、日本をイメージしたフランス生まれもあるのです。
ピンクサクリーナピンクサクリーナ「ピンクサクリーナ」という名のバラで、桜のようなバラという意味が込められているそうで、フランスで生まれた「桜色のバラ」なのです。まさに〝サクラ〟のイメージです。

はまみらい「はまみらい」は横浜開港150周年記念として作成された新品種だそうで、明るいサーモンピンクが華麗です。

ブルームーンそして最後がお馴染み「ブルームーン」です。今回「シャルルドゴール」がほぼ終わりかけていたようなので、青バラの代表です。
いつ見ても青バラはあくまでも気高いのです。


バラ園すっかりバラを堪能してきました。

今後もこのバラ園は恐らく拡大・拡充が図られていくでしょうから、毎年来ても常に楽しめるバラ園なのです。
来年も楽しみです。

PS.最後に今回のバラ園の最大の注目を忘れていました。
伊奈ローズちゃん「伊奈ローズちゃん」という〝ゆるキャラ〟です。

伊奈町観光協会PRマスコットの着ぐるみだそうで、当然町制施行40周年を記念してのものです。
伊奈町のオフィシャルサイトによると「伊奈ローズくん」という男の子もいるようです。
実に平和な日本です。

2010.6.25記



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