いろりの里

埼玉県川口市新井宿1105 2014年7月13日訪問

店舗概要

完全個室でゆったり過ごせ、炭火焼・しゃぶしゃぶ・鍋料理などが楽しめます。
住所でナビ検索すると、住宅街に連れて行かれますので、道路沿いに看板と入口がある国道122号線を北上したほうが判りやすいです。
車2台で別々に行きましたが、2台とも迷いましたから。

今回は少々店舗概要が長くなります。
それと言うのも、料理はさて置き店の作りやサービスが実に興味深いからです。先ずはドンキホーテ兼用の駐車場に車を止めてお店に伺います。

国道122号線とドンキホーテの喧騒から、いきなり竹林の生い茂る佇まいに入り込みます。

いろりの里 帳場

竹林と和風の佇まいの玄関

玄関といってもここは受付のいわば帳場です。
古き蓄音機などもディスプレイされ、レトロ感満載の店内です。

受付を済ませて奥の座敷に向かいます。

特許出願済み

特許出願済み

特許出願挫折?

アテンド汽車の残骸!?

まず眼に入るのが「特許出願済」なる看板です。
料理を運ぶSLは後にして、3番目のお客様を誘導する汽車は、このように故障なのか、中止なのか残念ながら運転はしていないようです。
ここは自力で進むしかないようです。

座敷

座敷の配置と標柱

案内

1階は京浜東北線
2階は山手線

座敷はこのようにズラッと並んでいますが、提灯の下に面白い標柱があります。
そうなんです、座敷はすべて駅名となっていて、1階の座敷は手前から「1.秋葉原」「2.御徒町」・・・「15.大宮」と15部屋あるのです。
1番 秋葉原 14番 与野、15番 大宮

大宮-秋葉原間は20駅あるのですが。。。

実際は大宮-秋葉原間は20駅あり、気づいた範囲で新しい「さいたま新都心」と「西日暮里」はありませんでした。他は判りませんが、恐らく間違いやすいので「北浦和」「南浦和」「西川口」はないかも知れません。
まあ、それもご愛嬌でしょう。

そして座敷に向かいますが、左手はこれもまた佇まいのよい竹林の庭園となっています。

竹林 竹林

竹林の庭園

まるで絵に描いたような風情のある竹林で、その中を歩けるようにもなっているのが見事です。
古道具

農機具やSL部品のディスプレイ

更にその通路には農機具やSLの部品などもディスプレイされていて、実にノスタルジー溢れる空間となっています。
2階の座敷

2階の座敷

装飾

古道具などの置かれている階段と踊り場

なお、二階は山手線となっていますが、今日は使用されていないようです。
また、二階に上がる階段や踊り場には多くの古道具が置かれていて、こちらもレトロ感一杯の空間です。

田端の間 田端の間

引き戸にも「たばた」と書かれていました。

そして今回の座敷「田端」です。
座敷に入ると昼なお暗い、落ち着いた完全なる和風座敷となります。
田端の間 田端の間

大きなテーブルには2基の囲炉裏

大きな6人用のテーブルで、ゆったりとした空間になっていますが、排煙用の兼用ライトが低いので、一瞬圧迫感に襲われますが、掘りごたつ式に座ると丁度いい塩梅となります。

線路

窓の外も竹林と線路

そして座敷の窓の外も竹林で、まさに和風情満載の座敷です。その座敷と竹林の間に線路が轢かれており、縁側でSLの様子を見ることができるのです。

座敷に落ち着くと湯飲みなどが、スタッフの方が持ってこられますが、基本的には、全てセルフです、まあ、それも楽しみながらやれることと、返って待たされるといったわずらわしさもないので好都合かもしれません。
こうした店内で、いよいよ料理が運ばれてきます。

メインメニュー

【いろり焼コース】4,860円

いろり焼

前菜4品

●前菜:小鉢・刺身・茶碗蒸し・金目鯛煮付
いろり焼

いろり焼

●焼き物:黒毛和牛肉・殻付き帆立貝・有頭海老・いか・たら・自家製つくね・フランクフルト・コーン・焼き野菜
いろり焼

飯物

●麦とろご飯・お吸い物
いろり焼

デザート

●フルーツ(パイナップル)

感想

料理の前に飲み物を、と言うことで生ビールを含めてソフトドリンクをオーダーしましたが、ここでふとした疑問。 果たしてビールなどは、SLで運ばれるのか、否か、と言うことで、結局、スタッフの方が手持ちで配膳されました。確かに揺らされたら、、、ってところでしょう。

SL

満を持して発車のSLは「D-51」

SL

もうすぐ「田端駅」に到着

と言うことで、そろそろSLも出発のようで、機関車のライトも誇らしげに発車です。
無事に田端駅にSLが到着すると、室内に到着した旨のアナウンスが流れます。
下車 下車

貨車に積まれた料理を降ろします。

貨車のドアを開けて料理を降ろしますが、近くで見るSLは結構大きなSLです。
下車

全て降ろすと「ありがとう」の文字が

たっぷり積まれた料理を降ろして、貨車のドアを閉めるとSLはバックして戻るようになっています。ドアが発着のセンサーとなっているようです。
結局、今回は3往復で全ての料理が到着しました。

ここからは、いろり焼に舌鼓をうちます。
先ずは前菜からですが、それだけでも結構な量があり、これだけでも充分呑んでしまいそうです。
特に茶碗蒸しの大きさと金目鯛の煮付けは中々美味です。

前菜を食べながら「いろり焼」に入ります。

いろり焼

先ずは魚介から

結構、炭ながら火力が強いので、うかうかすると真っ黒になります。
有頭エビもイカも結構食べ応えがあります。値段の割にはエビも美味しく結構ぷりぷり感が溢れます。
いろり焼 いろり焼

ここからは一気に焼いて食べます。

肉も思っていたほどではなく、柔らかく美味しいのにほっとしました。

ここでかなりお腹一杯に近かったのですが、麦とろ飯とあっては食べないわけいきません。単なる白飯ならば皆食べなかったと思ったほど、お腹は一杯でした。

いろり焼

お吸い物はいくらでも温められる

流石に麦とろだけにするっと入ってしまいましたが、この後の苦しいことは、いうまでもありません。
そして最後に残ったのがデザートのパイナップルです。
一切れだけ食べたパイナップルは、かなり甘みの強いパイナップルで、子供向けかもしれません。
いづれにしても、何とか食べきりましたが、女性は幾分残してしまいました。
ガッツリ系でも充分足りるようです。
会計 会計

何故か会計は伝票ではなく栓抜きです

最後に会計する際は、何故か会計札とかかれた栓抜きをもって会計をします。
最初から最後まで実にユニークなシステムです。

いわゆる山海の・・・、と言うわけですから、逆にこの値段では味は期待できないかなと思っていましたが、CPはそれなりに良好って感じです。
じっくり呑むには、セルフですから、あまりお勧めできませんが、なんと言ってもファミリーで記念日などに利用するにはうってつけでしょう。
特に小さいお子さんのいる家庭は、十分楽しめること間違いありません。
レトロ感満載で、どこか田舎の旅館にでもやってきたような素朴な風情もたまには良いかもしれませんね。

2014.07.14記
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「たたら祭り」は、ジャンルBで4,659票を獲得して第14位にランクされました。

祭の名称である「たたら」とは、キューポラ(溶解炉)内の温度を上昇させる送風機のこと。川口の伝統的な鋳物産業を象徴している。
第一回は本町通りで1979(昭和54)年10月に開催。第五回からオートレース場とその周辺をメーン会場に移し、二日間開催に。その後、夕やみの八間通りを彩る前夜祭サンバが加わった。
夏の恒例行事となった現在は、流し踊りやダンスのほか模擬オートレース、フリーマーケット、子供向けゲームなどでにぎわう。フィナーレは花火大会でで締めくくる。1999年の参加者数は延べ38万6000人。
(本書の説明より)

川口市へは「安行の植木」「川口グリーンセンター」以来3度目となるのですが、実際には何十回と訪れています。
既に実家はありませんが、そもそも生れた故郷であり、友人も家族の墓地も残っている川口市で、昨年からは結婚した長女が川口市に住み始めたというのも何かの縁で訪れる回数も多くなったのです。
祭りのメイン会場は市の中心であるオートレース場でありながら、名称の元となった“たたら”や“キューポラ”は川口の鋳物産業のシンボルであることは説明どおりで、その鋳物の街こそが私の故郷なのです。
そして川口の産業である“鋳物”を全国的に知らしめたものが、映画「キューポラのある街」で、1962(昭和37)年4月8日に公開されてから51年後と言うこともあり、今回はたたら祭りとこの映画をリンクさせながら散策をすることにしたのです。
題して「“キューポラのある街”50年後の散策」で、祭りとロケ地を訪ねながら川口の歴史と産業、文化、そして現在を訪ねて見るのです。
私自身誕生してから50数年経過した故郷ですので、ここはじっくり味わって見ることにします。

たたら祭り 編

2013年の「たたら祭り」は8月3日、4日の土日に開催されました。
私が川口市に住んでいたのはちょうど誕生してから30年間の1985(昭和60)年まででしたから、既に「たたら祭り」は開催されていたことになるのですが、当時は全く祭りなどというものに関心が無かったので一度も行ったことはありませんでしたので今回の第35回目にして初めて訪れるということになったのです。
今年は川口市市制施行80周年も兼ねているようで、非常に区切りもいい年のようです。

宵祭り

8月3日土曜日は「たたら祭り」の宵祭りで、市役所前の通りである“八間通り”で行われます。
宵祭りは、いわゆる前夜祭のことで夕方頃から始まることから午後4時前には参加者も集り始めて、徐々に祭りの雰囲気も盛り上がってきますが、しばし川口陸橋下から八間道路を市役所に向かってブラブラと懐かしむように散歩してみました。
川口市八間道路 川口市八間道路
随分と店なども様変わりしていましたが、この「柏屋楽器」店は、昔のままのようです。
柏屋楽器
そして4時過ぎからは初午太鼓が市役所入口交差点で始まりました。かなりの人数による太鼓ですので、相当迫力があります。
初午太鼓 初午太鼓
しばし太鼓の演奏に耳を傾けたあと、更に進むと右手に「川口市民会館」が現れます。
川口市民会館
何かの用件で数回訪れたことがありましたが、ここは当時のままですね。
そしてその先の左手が市役所で、こちらも昔のまま殆ど変っていないようです。
川口市役所 川口市役所
数十年変らないのも街としては良いことなのか、良くないことなのか判断はつきかねますが、思い出としては変らないほうがホッとする気分になるのは私だけではないでしょう。
そういった意味では何も変らない故郷に帰って来た気がしてきました。

感傷にふける間もなく、流し踊りが始まるようですので市役所入口交差点まで戻ることにしました。
5時少し前にご当地のゆるキャラである「きゅぽらん」が登場します。
きゅぽらん
全国のゆるキャラの流行で、どこに行ってもお眼に掛る昨今で、その華々しさや可愛らしさを競う姿は微笑ましくもあるのですが、この「きゅぽらん」は若干形といい、色彩といい地味目ではあるようです。
それでも子供達は群がって写真に納まっていましたので、やはり人気はあるのでしょう。
きゅぽらん
そして壇上に川口市長が上がり開催の挨拶と号令によって宵祭りが開催されるのです。
川口市長
その前に市長から川口市のご当地ナンバープレートが決定した旨の発表がありました。郷土の誇りとして“川口”ナンバーが見られる日も近いということですね。
そして開催の号令とともに“流し踊り”が開始されます。
流し踊り 流し踊り
市役所などの公共団体、銀行などの企業、そしてサークルや有志などなど総勢6000人(確かそう言っていた記憶が・・・)の参加者があるようです。
流し踊り 流し踊り
そして曲は「たたら音頭」で、途中の休憩を入れて6時までの1時間只管踊るようです。
15分も見物していると、踊っている方には申し訳ないのですが、同じ踊りの繰り返しと耳にタコの音頭で早々と限界も近づいてきたので、ここは休ませてもらいました。

そして約1時間後、“流し踊り”も終わり、参加者の方々はぐったりした様子で三々五々帰宅するようです。
流し踊り終了
まさにお疲れ様でした、です。
6時過ぎからは“サンバパレード”が行われます。
この種のパレードは、浅草のサンバカーニバルが今や有名ですが、昨今は様々なところで開催されているようです。
早速1番手のグループが登場し、サンバの熱いリズムに乗り、会場もトロピカルな雰囲気に包まれていきます。
サンバパレード
かなり盛り上がり観衆もどんどん増えてきました。
ここは魅かれる光景をピックアップしておきます。

ディア・プリンセス&プリンス
ディア・プリンセス&プリンス ディア・プリンセス&プリンス ディア・プリンセス&プリンス
サンバはリズムが命
サンバはリズムが命 サンバはリズムが命
so Cool
so Cool so Cool so Cool
いつの時も子供は主役
いつの時も子供にはかなわない いつの時も子供にはかなわない
キュート
キュート キュート キュート
衣装も重要!
衣装も重要! 衣装も重要! 衣装も重要!
ちょっとPR
ちょっとPR
そしてパッション!
そしてパッション! そしてパッション! そしてパッション! そしてパッション! そしてパッション!
これが無いとはじまりませんね

やはりサンバはテンションが上がりますが、間違いなく言えることはシャッタースピードの設定が適当なため(というか未だに使い方がよくわからない;;)ブレブレの写真が山積みになっていることでした。
写真はともかくとして、夜も更けてとまでは言いませんが、サンバの心地よいリズムの中で今日は帰宅したのでした。

2013.08.18記
(荒川堤防編につづく)


はじめに

川口市立グリーンセンター」は、ジャンルAで13,238票を獲得して第3位にランクされました。

川口グリーンセンターは、園芸農業の振興と青少年の自然観察、緑と太陽と憩いの広場の三つの目的を持って1967(昭和42)年に開園した。武蔵野の面影を残す自然林と多くのケヤキ、大芝生、ツツジ山、花壇、ロックガーデン、大温室、池などを配した植物園ゾーンに、全長600mを走るミニSLや展望滑り台、フィールドアスレチックのある子ども広場を併設した敷地面積16万㎡の「都市型公園」。四季を通じて花の絶えない園内で、年間を通じてイベントも多数開催されている。
ヒョウタン型に流れるプール(冬季はアイススケート場)も隣接。子ども達に人気が高い。休日には市外や都内から、弁当持参の家族連れが多く訪れるレジャースポットだ。
(本書より)

川口市へは、一昨年の2011年4月に【安行の植木】で訪れて以来、ちょうど丸2年目の再訪となりますが、再訪といえども元々は私の生まれ育った町ですから、現在でも年に数度墓参や、友人宅を訪れています。
川口グリーンセンターは、前回の安行方面にあり地理的には川口市の中央と言ったところに位置しています。
昭和42年に開園した時は、勿論、川口市在住で小学生の頃だったように記憶していますが、当時居住していた場所が川口市の南側でしたから、子供同士で行くには結構遠い場所であったため数えるほどしかありません。
それ以降、訪れたことはありませんでしたからほぼ40年ぶりといった訪問でした。

川口市のシンボルマーク ゴールデンウィークの始まった2013年4月28日(日)、比較的温かい日にグリーンセンターを訪れたました。今回はグリーンセンターだけでなく、一昨年、川口市と合併した旧鳩ヶ谷市を巡る予定としました。
以前は陸の孤島と呼ばれた旧鳩ヶ谷市でしたが、遡れば江戸時代は交通の要所でもあったと言う歴史的な地理を持つ町だったのです。
今回は自然と歴史を楽しんでみる散策となったのですが、今回の散策からは文明の利器「スマホ」と「タブレットPC」が散策の情報収集として活用できるようになったのです。
いわゆるガラケーからスマホに替えただけのことですが、キャリアも替えたので、その特典としてタブレットをおまけに頂いたので、上手い具合にテザリングでタブレットも使えると、車での移動だったので持参してみたのです。
実に年寄り臭いのですが(実際にオッサン)、カーナビとスマホで散策って便利だねえ^^

(つづく)


はじめに

「安行の植木」は5,325票を獲得しながら惜しくも選外となったため、ジャンルEの選定委員会による決定で選出されました。

安行植木の起源は約380年前の江戸初期。館を赤山に移した第三代関東郡代の伊奈半十郎忠冶が、開墾とともに植木や花の栽培を奨励。これらを江戸で売り出した。安行在住の吉田権之丞が開祖といわれる。
明治初年は数十戸だった生産農家も昭和期に千数百戸を越し、安行地区は一大生産地を形成。戦後の高度経済成長と緑化ブームで急速に需要が増大し、川口の地元経済の発展を支えた。
(本書より)

川口市では「川口市立グリーンセンター」と「たたら祭り」と共に3件が選出されているのですが、この企画で川口市へ訪れるのは初めてです。
プロフィールにもある通り、生まれは川口市で、30年間在住していました。
昭和30年代の初頭生まれですから、いよいよこれから高度経済成長の波に乗るといういう頃で一番面白い時期でした。
殆ど戦後というイメージの無い戦無派である昭和30年代生まれですが、戦後の名残がヤミ市で、戦無派の代表がテレビでした。そんな中間な時代だからこそ、戦後の苦労を味わうことなく、目新しく楽しい享楽の世界に嵌っていくようなハーレムの時代だったとも言えるのかもしれません。
学校から帰ればまずは野球、そして家に帰って宿題を済ませればテレビの時間です。最も日中でも毎時間テレビ放送があったわけではないのを知っている最後の年代かもしれません。
その良き時代に育った町が川口市だったのです。

川口市の地理的環境は、川一つ越えば東京都の北区という立地にありながら垢抜けない埼玉県にあり、南部は「鋳物」と北部は「植木」という2代産業が骨格をなしており、それに彩を加えてくれたのがギャンブルと風俗というまさにごった煮のような町でした。
小学生の低学年の頃の友人同志での遠出は川口駅に行くことでした。東口のヤミ市や西口のひまわり模型が主で、おもちゃや模型を買っていましたが、休日は川口駅の東西でバス待ちの長い行列ができていました。大抵、耳に赤と青の2色鉛筆を差したおっさん達で溢れていて東口はオートレース、西口はボートレースという具合でした。
いつの日か大人になってからボート場行きのバス待ちの兄ちゃんに声をかけられたのが、小学生の同級生だったというのは実に微笑ましい思い出も浮かんできます。
そんな良き思い出のある川口市を出たのが今から25年前で、その後、鋳物は縮小していく中でギャンブルと風俗の町、川口は健在でした。
しかし、嘗ては三大風俗の町(吉原、堀の内、西川口)と誇っていた川口市も、バブル崩壊後の影響や、ベッドタウンとしての住民感情・施策などで徐々に風俗業も衰退していったのでした。
そして現在エルザタワーなどに代表されるような環境の良い!!ベッドタウンとして変貌を遂げた川口市ですが、その中でも歴史、伝統ともに誇れるものが唯一「安行の植木」となってしまったように思えます。

今回はそんな植木の町安行を散策するのですが、30年も在住していながら安行へは、通りすがりはあるにしても目的を持って訪れたことは皆無です。まあ、10代から20代で植木に趣味を持っている人は、まあ、余り聞いたこともないでしょうし…。
安行との些細な接点といえば、中学生の時の担任教師の実家が安行の植木業をされていて、卒業式に生徒一人ひとりに梅の苗木をいただいたような記憶があります。最も現在では実家もないので、当然梅の木もなくなっていますが…。
特に川口市の南部で育ったこともあり、唯一グリーンセンターに何度か行ったことくらいの経験しかないので、今回が初めての散策といっても良いでしょう。
ある意味では懐かしさも一杯ながら、興味津々といったところです。
今回は4月16、17日の土日の2日間をかけてじっくり散策してみようという力の入れようです。実に楽しみな散策です。

map川口市オフィシャルサイト】http://www.city.kawaguchi.lg.jp/