はじめに

「招福大観音・勝福寺」はジャンルAで4,053票を獲得して40位にランクされました。

1993(平成3)年11月に完成した招福大観音は高さ10m。盛り土、台座を含めると約15mにもなる。青銅製の観音像としては県内最大だという。江戸中期に創建されたという勝福寺境内にある。
清水光亮住職が、真言宗豊山派の宗祖・興教大師の850年遠忌の発願として建立を思いつき、檀家の協力で完成した。「町の平和のシンボルに」との願いが込められている。
毎年4月の第一日曜日には春祭りが開かれるほか、秩父鉄道のバス観光コースにも組み入れられ、懐石料理も楽しめる。
(本書より)

2000年の100選選定の頃は大里郡川本町でしたが、2006年、深谷市、岡部町、花園町と共に合併し、現在は深谷市となっています。
100選では、ジャンルAの39位に【道の駅はなぞの深谷市(旧花園町)、ジャンルBの38位に【コスモス祭深谷市(旧岡部町)、そしてジャンルDの5位に【渋沢栄一深谷市がそrぞれランキングされていて、この100選めぐりを開始して間もない2008年の10月に上記の3ヶ所を一気に散策したのでした。

今にして思えば一気に散策するとはなんとも元気な限りでしたが、その分内容的に実にあっさりした内容でした。いずれ改めて散策したいものですが、今回はその深谷市の最後の100選である「勝福寺」をメインとして散策をします。
12月11日の土曜日、例年の同じ頃とは大分違い比較的暖かな日です。
深谷市の旧川本町周辺は、関越自動車道の花園ICからは非常に近いので今回も関越道で深谷市へ向かいました。

今回は比較的ゆっくりAM9:00過ぎに自宅を出発です。
「招福大観音・勝福寺」は別として、この川本周辺は「畠山重忠」縁の地として有名です。畠山重忠といえば鎌倉時代の武将で、首都圏はもとより全国的にもその名をとどめているところも多く、埼玉県の誇る武将の一人といえるでしょう。
そのような畠山重忠の歴史を辿りつつの散策を楽しむことにします。

map深谷市オフィシャルサイト】http://www.city.fukaya.saitama.jp/

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はじめに

秋の花と言えば色々あるでしょうが代表的な花の一つにコスモスがあります。”秋桜”と当て字で書くくらいですから、そうとう秋の花の代表でしょう。

コスモスの街そんなコスモスを2008年10月12日(日)、「おかべコスモス祭」の深谷市まで訪ねてみました。
【「コスモスの街・岡部」モニュメント】
この「コスモス祭」はジャンルB【芸術・スポーツ・芸能・祭り・風習・イベント 】で得票数1,334票を獲得し第38位にランクされました。
本書の説明です。

『岡部町の「コスモス祭」は、毎年10月の第一日曜日にコスモス街道周辺で開いている。郷土芸能や町の物産などのPRのほか、地域の交流の場として賑わいを見せている。
同町では、町の花コスモスを地域おこしの一つに据えている。コスモス街道は十数年前に約3Kmを整備、花は9月末から10月中旬にかけて咲き誇っている。
祭りでは、例年、商工会青年部、婦人会といった各種団体がお茶の接待、踊りなどのパフォーマンスを演じる。 夜には約3000発の花火が打ち上げられる。』

と言うことで、12日に渋沢栄一の所縁の地(ジャンルD【県所ゆかりの人物】渋沢栄一を参照)を訪ねた後に、この「コスモス祭」を訪れました。

※2000(平成12)年、本書が出版されたときは岡部町と記述されていますが、2006年に深谷市と合併したため、2008年現在では岡部町という町名は存在しておりません。
当時の町名の変更例
「大里郡岡部町大字岡○○番地」 ⇒ 「深谷市岡○○番地」
「大里郡岡部町大字普済寺○○番地」 ⇒ 「深谷市普済寺○○番地」
唯一、岡部という文字が残っているのは以下の住所だけだそうです。
「大里郡岡部町大字岡部○○番地」 ⇒ 「深谷市岡部○○番地」
したがって、ここでは旧岡部町のことは「おかべ」と記述いたします。

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はじめに

渋沢栄一

容姿は見たことがあると思います

日本経済の基礎を築き日本資本主義の父と呼ばれた深谷市が生んだ実業家、渋沢栄一は、ジャンルD【県ゆかりの人物】で得票数6.844票を獲得し第5位にランクされました。
【渋沢栄一 (国立国会図書館所蔵)】


本書ではこの様に紹介されています。

『栄一は、1840(天保11)年血洗島生まれ。青年期、一橋慶喜に仕え、慶喜の弟昭武の随行員としてフランスを歴訪。西欧文明を学び、明治維新後、実業界の発展に寄与した。
第一国立銀行をはじめ、創立した企業は500余にものぼる。また、教育、社会、国際親善などの事業約600の設立に関与。「道徳と経済の一致」を説いて、実業界の正しい発展を図った。1931(昭和6)年、91歳で永眠。』

現在発行されている日本の紙幣の肖像はご存知の通り福沢諭吉、樋口一葉、新渡戸稲造、野口英世、夏目漱石です。更に少し前の時代には聖徳太子、伊藤博文、岩倉具視、板垣退助が。更にその前の時代では高橋是清、二宮尊徳らが描かれていました。
国立印刷局によると、紙幣の肖像の選び方には特に決まりは無いそうですが、通貨行政を担当している財務省、発行元の日本銀行、製造元の国立印刷局の三者で協議し、最終的には日本銀行法によって財務大臣が決めることになっているそうです。まあ、つまり選んだ基準・根拠は教えませんよ・・・と言うところでしょう。
そこで、先の肖像になった人をみると、嘗ては政治家、現在では文化人が選ばれています。勿論、知名度などの基準もあるのでしょうが、やはりその時代によって選ばれているのでしょう。

国家や地域などが成立・維持していくために現在、必要不可欠なものが政治・経済・文化でしょう。それなのに政治・文化から紙幣の肖像になる人たちがいるのに、経済(純粋な実業家としての経済人)からは誰一人おりません。 これは一概に知名度だけの問題ではなく、やはり経済人はどうしても胡散臭い・・・否、コンプライアンス上においても私腹を肥やす的なイメージはぬぐえない。一般国民から見れば単なるヤッカミともとれますが、それが課せられる定めなのでしょう。
三井高福・岩崎弥太郎・安田善次郎・住友友純・古河市兵衛・大倉喜八郎などと言えばそれぞれ財閥創始者ですが、それらの人物と比べて大きな違いは、「渋沢財閥」を作らず「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通した点が評価されているようです。
ですが、やはり名前は知っていても詳細はわからないし、インパクトのある歴史を作ったわけではないと考えられがちです。
そんな渋沢栄一の足跡を訪ねて深谷市へ向かいました。

深谷市

深谷市の位置

深谷市オフィシャルサイト】 http://www.city.fukaya.saitama.jp/


はじめに

「道の駅はなぞの」はジャンルAで得票数4,137票を獲得し39位となりました。
本書の説明。

『国道140号バイパス沿い、関越自動車道花園インター近くにある道の駅「はなぞの」は、1998(平成10)年4月に特産品展示即売所や地場産レストランを備えたメーン施設「アルエット」がオープンした。ふれあい市民農園や農産物直売所、ひだまり公園などと合わせ、総面積は5.7haで、道の駅としては関東甲信越最大規模である。
洋風建築のアルエット内には、明治時代に造られた小前田の祭り屋台3基が展示されている。2haの市民農園には、一人30aの分区園のほかバラ見本園やブドウ体験園もある。』

ここも岡部町と同じく嘗ては花園町でしたが、2006年に深谷市と合併したため、2008年現在では花園町という町名は存在しておりませんし、花園とつく地名もありません。

「道の駅はなぞの」を訪れたのは2008年10月12日、深谷市「渋沢栄一所縁の論語の里」(ジャンルD「渋沢栄一」を参照)「おかべコスモス祭」(ジャンルB「コスモス祭」を参照)を見終わった後にやってきました。
当初の予定では、「論語の里」~「コスモス祭」を訪ねてから、ジャンルAの「招福大観音・勝福時」(ジャンルA「招福大観音・勝福時」を参照)を訪ねたあとで、ここに来る予定を立てていたのですが、コスモス祭を出たのがもう夕方近くだったため招福大観音・勝福時は後日と言うことにして、こちらを訪ねました。

2008年8月8日現在、全国に885箇所「道の駅」が設置されているそうです。
その様な中で、如何に特色を出し、埼玉のふるさと自慢としての価値ある施設としてのクリエイティビティを感じられるかがキーポイントなのでしょう。


深谷市オフィシャルサイト】 http://www.city.fukaya.saitama.jp/