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はじめに

2012年6月30日~9月17日まで東京都美術館で開催される「マウリッツハイス美術館展」では、あのフェルメールの名画「真珠の耳飾りの少女」が来日するということで開催前から話題になり、スポンサーである第一生命のCMをご覧になった方も多いことでしょう。
フェルメールCM
フェルメールは、2008年8月の東京都美術館【フェルメール展】、2012年3月のBunkamura“ザ・ミュージアム”【フェルメールからのラブレター展】に行きましたから、これは仕上の意味も含めて「行かなければならん」とまるで義務的に、会期終了間際の2012年9月12日に訪れたのでした。
この様子はなかなか記事にできなくて、放置プレイ状態で約半年が経過したのですが、今年の汚れは今年の内にという大掃除の意味も込めて急遽掲載することにしたものです。

フェルメール2012

以前の記事でも記載したのですが、この「真珠の耳飾りの少女」は、今後よほどの理由がなければ貸し出されることは無いだろうと聞いていました。が、その作品が日本にやってくるのですから驚きの一言です。
実際にこの作品が日本にやってきたのは、1984年「マウリッツハイス王立美術館展」、2000年「日蘭交流400周年記念特別展覧会 フェルメールとその時代」についで3度目となります。
2000年の出展の経緯は日蘭交流400周年記念という大義名分があったことから、当時の首相・小渕恵三からオランダの首相宛に手紙を出して貸し出しを得られたという経緯があったのですが、今回はどのような手法を駆使したのか興味のわくところです。
そこでまずはその理由を探ることからはじめたのですが、その理由は意外と簡単で、要するにマウリッツハイス美術館と東京都美術館の利害が一致したからなのです。
それは今回の展覧会の主旨からその様子が窺うことができます。
パンフレット

フェルメール、レンブラント、ルーベンスーめくるめく巨匠たちの競演
オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館は、西洋美術史に大きを影響を及ぼした17世紀オランダ・フランドル絵画の世界的コレクションで知られています。2012年に同館が改修工事で一時休館するのに伴い、名品約50点を選りすぐった展覧会が実現します。最大の注目は、世界的なフェルメール・ブームのシンボル的存在「真珠の耳飾りの少女」です。最初期作「ディアナとニンフたち」とあわせて2点のフェルメールが出品されます。さらには、最晩年の「自画像」をはじめ一挙に6点が並ぶレンブラントは壮観です。そのほか、ハルス、ライスダール、ルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)ら、巨匠たちの傑作の数々を堪能する格好の機会です。なお、本展は、2010年から改修のため休館していた東京都美術館の、リニューアルオーブン後第一弾の特別展です。作品鑑賞の環境やレストランをどの設備面が充実し、ますますフレンドリーさを備えた「新しい都美」に、ぜか足をお運びください。
(パンフレットより)

という事で、リニューアルして休館するのであれば、その間貸し出しして幾許かの費用を捻出しようと考えるのは最も至極なことです。一方、東京都美術館側としてもリニューアルオープンを飾るに相応しいオープニングをと渡りに船といったところと思われます。
勝手なれど以前聞いた舞台裏から推測すると、単なる貸し出し費用以外にもプラスアルファのインセンティブを付加したのではないかとも考えられるのです。
いづれにしてもこのような理由で貸し出しがいとも簡単に得られるなら、大義名分も何もあったものでは無いということになるわけです。
一見アカデミックな美術館の展覧会とは、裏を返せば結局ビジネスだということが判る好例と言っても良いでしょう。まあ、だから何が悪いということではなく、一つの名画には多くのビジネスチャンスがあるということと理解しておきましょう。

マウリッツハイス美術館展

それでは早速、東京都美術館に向かいます。
上野公園にはこのような柱巻があったり、号外もどき(朝日新聞主催ですから)もあり人気の高さをうかがわせます。
柱巻き 号外もどき
暑い中を歩いていくと美術館に到着です。
東京都美術館 東京都美術館
平日ながら既に60分待ちの状況ですが、まずはチケットを購入します。
チケット売り場 チケット
そして仕方なく行列の最後尾に着きます。
行列 行列
しばらくはじっと我慢の子ですが、以前見たオブジェも健在でまさに「Shane、Comeback!」は古いので、「I'll be back」です。
オブジェ オブジェ オブジェ
行列は館内に入れたのでかなり涼しいのですが、行列状態は変わりません。
行列 行列 行列
そしてまさに待つこと1時間、やっと会場に入ることができました。
入館
当然、ここからは撮影禁止ですから雰囲気だけです。
今回の展覧会の目玉は勿論「真珠の耳飾りの少女」ですが、他にはマウリッツハイス美術館の所蔵する作品約800点のうちから48点の作品が第1章から第6章に別れて展示されています。
会場図

第1章 美術館の歴史
1.ヨーハン・マウリッツ胸像、2.フレデリック・ヘンドリックの肖像、3.オラニエ公ヴィレム5世の肖像、4.ソフィア・ヴィルヘルミナ妃の肖像、5.マウリッツハイスの景観、6.マウリッツハイスの「レンブラントの間」1884年
マウリッツハイスの景観 《マウリッツハイスの景観(アウグストウス・ウェイナンツ)》

第2章 風景画
7.ホーホエルテン近郊のライン川の眺望、8.帆船の浮かぷ湖、9.漂白場のあるハールレムの風景、10.農家のある森、11.牧場の牛、12.べントハイム城の眺望、13.イタリア風の風景、14.狩りに向かう貴族たちのいる、ホフフェイフェル池のほとり
漂白場のあるハールレムの風景 《漂白場のあるハールレムの風景(ヤーコプ・ファン・ライスグール)》

第3章 歴史画(物語画)
15.四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪、16.聖母被昇天<下絵>、17.スザンナ、18.シメオンの賛歌(レンブラント)、19.シメオンの賛歌(ヘルデル)、20.ディアナとニンフたち(ヨハネス・フェルメール)
ここにはフェルメールのもう一つの作品が展示されているのですが、何となくその他大勢といった感じで、やはり「真珠の耳飾りの少女」に気も漫ろといった感じです。
ディアナとニンフたち 《ディアナとニンフたち(ヨハネス・フェルメール)》

第4章 肖像画と「トローニー」
21.真珠の耳触りの少女(ヨハネス・フェルメール)、22.アンナ・ウェイクの肖像、23.ペーテル・ステーフェンスの肖像、24.笑う少年、25.ヤーコプ・オリーカンの肖像、26.アレッタ・ハ-ネマンスの肖像、27.ミハエル・オフオヴィウスの肖像、28.椅子の傍らの少女、29.首あてをつけたレンブラントの自画像、30.笑う男、31.自画像、32.老人の肖像、33.羽根飾りのある帽子をかぶる男のトローニー、
笑う少年 《笑う少年(フランス・ハルス)》
自画像 《自画像(レンブラント・ファン・レイン)》

ここでいよいよ「真珠の耳触りの少女」とご対面となるのですが、そのための選択肢が2つあります。
1つはこの名画の前に人が一人分通れるスロープがあり、このスロープを進むと約2メートルほど前の「真珠の耳触りの少女」を独り占めして見ることができるという再び行列必至の鑑賞方法で、但し立ち止まってはいけないという条件付ですから、牛歩戦術(懐かしい)でも5秒程度が良いところでしょう。
もう一つは行列もなくすぐ見られるのですが、スロープの後ろ側からなので、必ず人越しにやや遠目で名画を鑑賞するという方法なのです。まあ、折角ですから名画を独り占めコースを選び、約15分ほど待ってやっとご対面です。
真珠の耳触りの少女 《真珠の耳触りの少女(ヨハネス・フェルメール)》
ライティングの効果もあるのでしょうか、思っていたよりラピスラズリの“ブルー”は鮮やかで、かなり感動的でした。
また、意外に耳飾の真珠が結構輝いているのにも驚きました。

ここでこの「真珠の耳触りの少女」の魅力を探ってみます。
マウリッツハイス美術館でこの作品を「ガール(少女)」という愛称で呼んでいて、この「ガール」の正体は誰にもわかっていません。したがって、この絵は特定の誰かを忠実に表現した肖像画ではなく、想像で人物の上半身を描いた「トローニー」とされているのです。
それは「ガール」の身に付けている異国情緒あふれるトルコ風のターバンが、同時代のオランダには無い服装であることが第一の理由で、そのほかにも背景の闇や左側からの光、そして振り返るポーズと視線など、空間的な造作や人物配置の一切無い謎めいた雰囲気から「トローニー」と考えられているのです。
そして特徴的なポイントを挙げてみます。

青 青:「フェルメール・ブルー」として有名で、これは中東から輸入されたラピスラズリを原料とした「ウルトラマリンブルー(海を越える青)」が使用され、大変高価な顔料で、鉱石ゆえに退色が少ないのです。

真珠 真珠:白い絵具を数回乗せただけだそうで、光だけで表現された真珠は、顔との比率で凡そ直径3センチを越す大きさのものです。したがってあまりの多きさ故に何かのレプリカを見たのか、それとも想像で描いたものなのかと推測されるのです。

唇 唇:わずかに開いた艶やかな口元が、何を語りかけようとしているのかが想像力をかき立てます。一番右側の白い点は、過去の修復際に誤って一度塗り消されたのだそうですが、1994年の修復時に再発見されたのです。

光と影 光と影:左側からの光だけでは影に隠れるはずのターバンのすそを、あえて浮き上がらせた技法は「光の画家」とよばれるフェルメールの面目躍如たるものがあります。
人工的な照明をあてたかのような演出で、フェルメールが好んで使った黄色の明るさが活きているのです。

来歴 来歴:画家の財産目録に記載があることから、この絵は生涯売らずにいたようです。死後約220年たった1881年の競売時には保存状態が悪いため、僅か2ギルダー30セント(現在の1万円にも満たない)金額で落札されたのです。

このような謎めいた特徴が、世界中に名声を広げ、その価値を高めているのでしょう。

第5章 静物画
34.万歴染付の花瓶に生けた花、35.豪華な食卓、36.燃えるろうそくのある静物、37.ヴァニタスの静物、38.ワイングラスと懐中時計のある静物、39.5つのアンズのある静物、40.ごしきひわ、
万歴染付の花瓶に生けた花 《万歴染付の花瓶に生けた花(ヤン・ブリューゲル(父)》

第6章 風俗画
41.ヴァイオリン弾き、42.恋わずらい、43.手紙を書く女、44.ヴァイオリン弾き、45.牡蠣を食べる娘、46.レースを編む老女、47.デルフトの中庭、48.親に倣って子も歌う
親に倣って子も歌う 《親に倣って子も歌う(ヤン・ステーン)》

最後はお約束のオリジナルグッズの販売ですが、今回はお土産はなしです。
オリジナルグッズ
流石に世界の名画だけあって感動は間違いないところで、この一枚でだけでも充分満足できる展覧会でした。
来年(2013年)1月6日まで、神戸市立博物館で開催中ですから、どうしても見たい方は神戸まで行かれたらいかがでしょうか。
帰り際、東京都美術館の近くの国立西洋美術館では“ベルリン国立美術館展”が開催されていて、フェリメールの「真珠の首飾りの少女」が展示されています。
真珠の首飾りの少女
こちらも初来日ですが、流石に暑さと時間もないことから、今回は断念しましたが、それにしてもややこしいタイトルです。
まあ、同転んでもフェルメールは永遠ですね。

2012.12.31記
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はじめに

きっかけはネットサーフィンでした。
5月のとある日、リンクさせていただいている“お父さんの旅”ブログで何気なく見つけた【水玉バス】という記事を見て「草間彌生」というアーティストを知りました。
思わず目を見張るようなそのイマジネーションに驚き、そのアートに興味を惹かれたのです。
ブログでは長野県の松本市美術館でしたので、とても見に行きことは難しいので非常に残念な思いながら「草間彌生」のサイトを確認したところ、なんと4月14日~5月20日まで埼玉県立近代美術館で展覧会が開催されているではないですか。
20日までといえばあと2週間という時でしたので、これは何とかしなければと予定をやりくりして向うことにしたのです。

埼玉県立近代美術館は最寄り駅がJR京浜東北線・北浦和駅ですから、自宅からも30分ほどですからほぼ地元に近いところです。
以前からその存在は知っていたので、一度訪れたいとは思っていながら、何となくの敷居の高さが行動に移せない状況だったのですが、この展覧会が背中を後押ししてくれました。
会期も終了に迫った5月18日、美術館のあるさいたま市浦和区に向かったのでした。

mapさいたま市浦和区オフィシャルサイト】http://www.city.saitama.jp/index_urawaku.html


はじめに

既に2年半前になろうとしている2008年11月に上野の東京都美術館で「光の天才画家とデルフトの巨匠たち」と題されたフェルメール展が開催されました。
この模様は【フェルメール展とその舞台裏】として掲載しましたが、それから早2年後に再びフェルメール展が開催されたのです。

前回も大変な盛況だったのですが、昨今フェルメールの人気は非常に高いようです。
ここで前回と記載したのは個人的なことで、オフィシャルとしては2009年の「ルーブル美術館展 -17世紀ヨーロッパ絵画-」で『レースを編む女』が、2011年には「シュテーデル美術館所蔵 フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」として『地理学者』が出展されているのですが、フェルメールの冠である展覧会では無いという意味で前回ということにしています。
元々、美術愛好家には人気だったのでしょうが、やはりあの「ラピスラズリ」の神秘性と、作品数の少なさが一般的な我々ミーハーにも人気となる由縁なのでしょう。

昨年の2011年10月27日から始まった今回の展覧会は2012年3月14日で終了ということで、終了間際の2012年3月11日(土)に渋谷Bunkamuraを訪れたのです。
一方、その数日前に新聞で銀座でもフェルメール展が開催されているという、全く噂にも聞かない展覧会が開催されているということを知りました。
モノはついでとばかりに、渋谷と銀座、そう東京メトロ銀座線のフェルメールラインとなるわけなので、今回は電車で渋谷に向ったのでした。

朝10:30頃にゆっくり自宅を出発し、大宮から埼京線1本で渋谷に到着したのが12:00少し前でした。
渋谷へは仕事で年中通っているのですが、Bunkamuraへプライベートで行くのは初めてかもしれません。相変わらず混雑している渋谷ですが、土曜日でしかも寒い日とあって平日より人が少ないといえるかもしれません。意外な一面を見た気がします。
そして、今日3月11日は多くの人にとって特別な日で、東北地方太平洋沖地震の一周年、否、一周忌にあたるのです。少なくとも個人的に震災に無縁ではなかった私にとっても、震災の爪あとは今だ消えることはないようです。
様々な思いの中で、今回の散策をかみしめてみたいと思います。


千代田区に25年以上通勤していてほとんど花見らしい花見をしたことがないサラリーマン生活で、ふと思いついた花見。 一度くらい見てみようかとサクラを求めてふらふらと千代田区を歩いてみました。
千代田区といっても様々なサクラの名所があるのですが、今回は極めてオーソドックスなルートを散策しました。

千鳥ヶ淵緑道

スタートは「千鳥ヶ淵緑道」からです。
墓苑入口交差点内堀通りの交差点「墓苑入口」からスタートしました。

千鳥ヶ淵緑道千鳥ヶ淵緑道交差点を渡ると「千鳥ヶ淵緑道」」と書かれたタイル塀があり、ここから緑道が始まります。

英国大使館方面ちょうどここから斜め反対側を見ると「英国大使館」のサクラが見えます。


千鳥ヶ淵に関する案内板です。

千鳥ヶ淵周辺のご案内
千鳥ヶ淵と桜
千鳥ヶ淵のサクラはその大部分がソメイヨシノで、古くは明治14年(1881)に英国大使館前に植栽されたと記録されています。現存する最も古木となったソメイヨシノは昭和5年(1930)に植えられたものですが、多くは戦後の復興気運を背景に昭和30年代に植樹されています。
今では東京屈指の桜の名所となり、多くの方々に親しまれています。
千鳥ヶ淵緑道は、昭和40年(1965)に開通した道路を、昭和54年(1979)に歩行者を優先した緑道として整備したもので、平成21年(2009)の桜の植栽余地を確保するとともに、一年を通して自然に親しめる四季の道として再整備されました。

千鳥ヶ淵
千鳥ヶ淵は慶長11年(1606)、江戸開府とともに築かれた内堀の一つです。その名の由来は、かつて半蔵門土橋まで広がっていた淵の形が千鳥に似ているからといわれています。明治34年(1901)に代官町通りが内堀通りまで整備されたときに、新たに土橋が築かれ、半蔵濠と分かれて今の形になりました。
また、千鳥ヶ淵は旧江戸城の一部として、昭和38年(1963)に文化財保護法による特別史跡「江戸城跡」に指定されています。』

千鳥ヶ淵緑道碑ちょっと先には、同じく千鳥ヶ淵緑道と刻まれた石碑がありますが、最初に置かれた道標なのかもしれません。


ライトアップについての案内がありましたが、これも時代を反映したもののようです。

千鳥ヶ淵緑道のライトアップ 期間:3月27日(金)~4月5日(日) 時間:午後6時30分~午後10時頃
千鳥ヶ淵のさくら、太陽光で発電しLEDでライトアップしています。
(前年比)CO2排出4.2t → 0.2t(約4t減)
消費電力(時間当たり)約150KWH → 約15KWH
千代田区千代田区観光協会』

ここでまするならライトアップしなけりゃいいのに、と、つい思ってしまいますがね。

千鳥ヶ淵墓苑この先の左側の木々が生い茂っているところが、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」です。
第二次世界大戦で海外で死亡した日本の軍人や一般人のうち、身元が不明の遺骨を安置する「無名戦没者の墓」で、1959年(昭和34年)につくられました。

千鳥ヶ淵のサクラ千鳥ヶ淵のサクラこの墓苑を過ぎた辺りから桜並木となります。

千代田区観光案内所千代田区の観光案内所なども設置され観光に一役買っているようです。


千鳥ヶ淵水上公園、千鳥ヶ淵ボート場緑道を左に大きくカーブして進むと、緑道の左手に道があります。
ここがかの有名なボート小屋がある、正式には「千鳥ヶ淵水上公園、千鳥ヶ淵ボート場」と呼ばれるところです。

ボート乗り場ボート乗り場上の展望台下部がボート乗り場(桟橋)となっていて、上部が展望台となっています。

展望台からのサクラこの辺りから写す風景がよく見るアングルの桜風景です。


桜並木桜並木ここから先はずっと桜並木が緑道の両側に続きます。

桜並木水辺のサクラ左側には赤い葉の生垣が続いていてピンクの桜と良いコントラストをなしています。また右側はは千鳥ヶ淵水辺のサクラです。

ブロンズ像その先にブロンズ像があります。

千代田区の「さくら再生基金」「さくら再生基金」の飴隣には千代田区の「さくら再生基金」のテントがあり、気持ち寄附をしたらオリジナルの桜金太郎飴をいただきました。

緑道の碑緑道の碑いよいよここで千鳥ヶ淵緑道も終わりです。 靖国通りと交差する地点に、墓苑入口と同じように碑とタイル塀がありました。


ここからは靖国通り沿いを神田方面へ向かいます。
左側に「九段坂公園」がありました。

九段坂公園
「坂の多い東京の中でも九段の坂は霞んで見える程長かった」(明治東京名所図会)というかつての九段坂は、また現在とは比較にならぬほど勾配もきつかったという。
関東大震災(大正12年)後、坂の頂上を市ヶ谷寄りに移し傾斜をゆるくする工事が行なわれ、市電(都電)が坂の中央に設置された。現在は、靖国通りの一部として車の往来が激しい。
坂下の田安門近くには、常燈明台(正式には高燈籠)という燈台がある。かつては坂上の靖国神社前にあったこの燈台の灯は、品川沖の船ばかりではなく、遠く房総からも望見されたという』

九段坂公園からの千鳥ヶ淵のサクラ「九段坂公園」から見た千鳥ヶ淵の桜です。
「常燈明台」とサクラ「九段坂公園」の靖国通り沿いの桜また、桜に囲まれた「常燈明台」と「九段坂公園」の靖国通り沿いの桜です。
靖国通りの桜並木そしてここから、歩道橋を渡って靖国神社へ向かいますが、その歩道橋から見た靖国通りの桜並木です。


「光の天才画家とデルフトの巨匠」を招いた男

フェルメールの人気

噂の”フェルメール展”かなりの人気で、相当な待ち時間が必要との事。
試しに待ち時間を教えてくれる展覧会ダイヤルというものがあるので通話してみると、平日の午前中にも関わらず何回掛けても通話中で掛からない。意味があるのか無いのかわからないダイヤルサービスですが、「常に通話中ということで、どれだけ混雑しているかは察ししろ!・・・」とでも言いたいのでしょうか。

それにしても異常なほどの人気です。オフィシャルサイトには”11月11日(火)、開催87日目で来場者数が60万人を突破しました。”とあります。単純計算すると1日に約6.900人ですから、異常といえば異常です。
まあ、一つの人気のバロメーターとしていつの間にか上野駅構内にフェルメールグッズの販売ブースが出来ていたことからも推測できますね。
フェルメールグッズ店舗 【上野駅構内のフェルメールグッズ店舗】

今回の展覧会、「光の天才画家とデルフトの巨匠たち」と付けられたとおり、フェルメール研究者の小林頼子目白大学教授は、フェルメールの人気の理由を「作品に光学画像を思わせる特徴があることも現代人の心をとらえるのかもしれない」と分析しています。更に、作品数が少なく、希少性が高いことが人気の理由でもありそうで、一挙に7点もの作品が集まった今回は、人気が出るのは当然なのかもしれません。
因みに以下の年表は、これまでに日本に来日したフェルメール作品と展覧会です。出典はウィキペディア。

1.1968年・・1969年「レンブラントとオランダ絵画巨匠展」国立西洋美術館、京都市美術館
《ダイアナとニンフたち》
2.1974年「ドレスデン国立美術館所蔵 ヨーロッパ絵画名作展」国立西洋美術館、京都国立博物館
《窓辺で手紙を読む女 》
3.1984年「マウリッツハイス王立美術館展」北海道立近代美術館、国立西洋美術館、愛知県美術館
《真珠の耳飾の少女》《ディアナとニンフたち》
4.1987年「西洋の美術 その空間表現の流れ展」国立西洋美術館
《手紙を書く女》
5.1999年「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」京都市美術館、東京都美術館
《手紙を書く女》
6.2000年「日蘭交流400周年記念特別展覧会 フェルメールとその時代」大阪市立美術館
《聖プラクセディス 》《天秤を持つ女》 《リュートを調弦する女 》《真珠の耳飾の少女》《地理学者》
7.2000年「アムステルダム国立美術館所蔵 17世紀オランダ美術展 レンブラント、フェルメールとその時代展」愛知県美術館、国立西洋美術館
《恋文》
8.2004年「フェルメール《画家のアトリエ》 栄光のオランダ・フランドル絵画展 ウィーン美術史美術館所蔵」東京都美術館、神戸市立博物館
《絵画芸術》
9.2005年「震災復興10周年記念 ドレスデン美術館展 世界を映す鏡」兵庫県立美術館、国立西洋美術館
《手紙を読む女》
10.2005年・・2006年「オランダ絵画の黄金時代 アムステルダム国立美術館展」兵庫県立美術館
《恋文》
11.2007年「フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」国立新美術館
《牛乳を注ぐ女》

1968年からのおよそ40年間で、展覧会は11回開催されており、今回が12回目となります。
60年代、70年代、90年代に各1回、80年代に2回の計5回開催されてますが、2000年以降は6回開催されており、今回で7回目となります。つまり40年のうちこの10年間に開催された展覧会が多いということが何を意味するかと考察すると、1つには最近日本でもフェルメールの人気が上がってきている。つまり芸術やアートの底辺が広く厚くなっている傾向であるのではないか。もう一つは、それだけフェルメール作品を日本に借り入れられる何かのパワーが上がっている結果であるとか。
この様なことが考えられますが、要するに、人気が出たから展覧会が多くなったのか、展覧会が頻繁にあるので人気が出たのか、ということで結局は”卵と鶏”になってしまうのですね。そして、人気があるから多くの客を呼ぶという論理でしょうか。

確かに、これだけの人気ですから多くの方が来場するのも無理ない話ですが、そのうち本来のアートやフェルメールなどに日頃から親しんでいる所謂、好事家がそれ程多いとは考えられません。恐らくPR効果による動員パワーが上がったという結果は容易に想像できます。
自分自身を考えれば正にパブリシティ効果ということは明白でしょう。
よくよく考えれば、私自身のアートや芸術への興味自体は悲しいくらい希薄なものです。思い起こせば、小、中学校の見学などは別として、比較的有名な作品や展覧会などと言うものは皆無に等しい位のもので、恐らく(これ以前は記憶が定かでない)初めての絵画鑑賞は、あの《モナリザ》だったはずです。

モナリザ初公開(後にも先にも)の時に上野の国立博物館へ行きました。確か高校生だったと思います。平日、授業を抜け出して3.4人の友人と共に行きました。それでも1、2時間は待たされたのではないでしょうか。
モナリザ展 【当時のモナリザ展ポスター(c)荒木淳一の庭】
博物館内に入っても、展示されている部屋は大変広く、その中で1点だけ展示されていて部屋の中を来場者が2重3重に渦巻き、《モナリザ》の前では立ち止まれない、っといった情景だったような記憶があります。(なにぶん30年以上前の話ですから・・・)

その次に見た有名な絵画は、やはり《モナリザ》でした。
ちょうど日本で見てから約10年後、ルーブル美術館で再び対面することが出来ました。まだ、今のように《モナリザ》だけ特別な空調施設の展示ではなかったと記憶しています。
当然、ミロのヴィーナスとか他の展示物も見ましたが、如何せん半日くらいだったので、それ程多くを見ることは出来ませんでしたし、あんまり憶えていないのですね、恥ずかしながら・・・。
それから4.5年後に山梨で《種まく人》、ミレーでしたか鑑賞した記憶があります。ただ、間違いなく言えることとして、これは決してミレーを見るために行ったのではないということです。何のために行ったかはっきり憶えていませんが、恐らく会社の社員旅行か、あるいは家族旅行で行った先に偶然あったので、的な話だと思います。

このような人ですから、別段絵画に特に感心があった訳でもなく、さらにフェルメールに特別な興味があった訳でもないのです。それでもあえてフェルメール展に行く理由は・・・ズバリ、”ミーハー”です。そう、”みーちゃん、はーちゃん”なんです。
きっかけは”フジテレビ”ではなく”TBS”。
11月3日に文化の日スペシャル・世界芸術ミステリー「フェルメールの暗号」という番組です。見られた方も多かったかもしれませんが、簡単に言ってしまえばこんなところでしょうか。

「フェルメールが絵画に残した謎・・・暗号を3人の男が読み解く」という触れ込み。
その3人とは、
1.フェルメールを発掘した男(・・・金儲けが出来る!秘密)
2.フェルメールの贋作男(・・・自尊心からの復讐劇)
3.独裁者ヒトラーがフェルメールに魅せられた理由(・・・単に世界の名画を集めたかっただけ)
といったら面白そうですか。全く面白そうだとは思いませんでしょう。
でも、こんな内容でも、

『光の天才画家「ヨハネス・フェルメール」のその美しい絵画は野心溢れた男たちの人生、そして歴史をも動かしたのだ。 透明な光、その美しさの裏側に画家・フェルメールが託した、物言わぬ暗号の意味とは・・・!
・・・フェルメールが絵画に残した謎の暗号/メッセージが、ついに明らかになる!』

と書かれたら確かに見ますよね、TV。【全文掲載はこちら(c)TBS】

恐らく番組を見られた方の多くは多分こう言うでしょう。「言うよね?」(By 大西賢示)
突っ込みどころ満載の番組で、いちいち突っ込んだら紙面がいくらあっても足りないといっても過言ではないでしょう、って言うくらいトンデモな番組。
イントロ部分からいきなり、2枚の《モナリザ》の件。えっ、ええー、最初からパクリ!?
一気に途中省略して、極めつけは「独裁者ヒトラーがフェルメールに魅せられた理由」・・・
ゲストの山田五郎氏さえ見終わって「強引だね?」と感想を漏らしたくらいだから、一般視聴者にとっては”鼻から牛乳””とんでも八分”。地獄の隅で小さくなっているヒトラーがみたら、おそらく「アホか!」の一言。馬鹿馬鹿しいにも程があるほどの内容。
”マクダラのマリア”の二番煎じ、或いは二匹目の鰌かもしれないが、それにしてはチープ、チープ、チープすぎる!

「視聴者なめたらあかんで・・・」 やはり落ちるところまで落ちてしまったかTBS的なところでしょうか。
かつては”ドラマのTBS”と言われ、「私は貝になりたい」から始まって「岸辺のアルバム」や「金妻」「ふぞろいの林檎」などをへて「渡鬼」まで話題作や問題作などかなりクオリティの高いドラマを制作していたと記憶します。 それが今や、数字の取れるのは発言に興味のある”アッコにお任せ”と大量投入の”感謝祭”くらいなもの。ドラマだって”渡鬼”と”黄門様”のダッチロール。最近では二進も三進もいかず、挙句の果てに”私は貝・・・”のリメイク。
イベント宣伝なら、それでも良いから、せめて見ていて楽しい番組を制作して欲しいものです。 感動とか啓蒙とか無関係のチープで胡散臭い番組はもう結構です。
と、これだけ局・番組批判しているにもかかわらず、それに乗ってしまう私は・・・恐らく最低なミーハーなヤツなんです。




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