日本全国桜の名所は数々あれど、知られざる桜の名所が豊島区駒込エリア。
ここは桜の代名詞『ソメイヨシノ』が生まれた地で、歴史的に云えば日本一の名所と言えないこともない。
今年の花見は、この駒込で桜を愛でてみた。

豊島区立染井吉野桜記念公園

最寄駅はJR駒込駅。
早速、駅前で花見の歓迎なのか、珍しいものが目に映る。
日本で唯一の桜のポストで、やはりソメイヨシノ発祥の地であることから、日本郵便が建てたそうだ。

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駒込駅横にある公園が『豊島区立染井吉野桜記念公園』
桜といえばソメイヨシノと言われるほどの品種であるが、おそらく一斉に咲き、一斉に散る優雅さと儚さを併せ持ったところが、日本人の琴線に触れるのであろう。

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このソメイヨシノは、“エドヒガンザクラ”と“オオシマザクラ”を交配してできた品種。
そこでこの公園には“エドヒガンザクラ”と“オオシマザクラ”が植えられており、親品種の比較ができるようになってる。

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一角には『染井吉野桜発祥之里 駒込』碑がある。 碑文によれば、駒込の一部は江戸時代、染井とよばれ、巣鴨とともに花卉・植木の一大生産地で、数多くの園芸品種が生まれたとある。 絵は、植木屋の第一人者、染井の伊東伊兵衛の庭で大勢の人が花を愛でている様子である。

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公園の横の歩道にある「駒込橋」欄干は、かつて掛けられた橋の遺構かもしれない。 桜とのコントラストが綺麗である、こちらは正真正銘のソメイヨシノである。

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駅前にあるのが『大国神社』
1783年に創建され、1879年に神社としての体裁を整えた。
祭神は文字通り大黒様なので、商売繁盛は勿論のこと、かつて徳川家斉が鷹狩の帰りに立ち寄り、その後11代将軍となったことから出世大国とも呼ばれている。

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氏神を祀っていないので氏子はおらず個人的な信仰対象とする崇敬神社故に、遠方からの参拝も多いらしい。

妙義神社

桜の美しい神社が『妙義神社』
日本武尊が東征の際に陣営を構えたところと伝承され、後の651年に社を建てて白鳥社と号したという豊島区最古の神社。

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武神として崇敬を集めた太田道灌が戦の前に祈願をし連勝を収めたことから「戦勝の宮」とも称され、現在は勝負の神として“勝守り”を授与している。

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境内社に「道灌霊社」があり、その横には1642年に建てられた庚申塔も残されている。

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神社の隣の豊島区立妙義児童遊園付近は綺麗な桜が見られる。
一服の清涼剤。。。

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妙義神社HP: http://www.myogi.tokyo/

門と蔵のある広場

『門と蔵のある広場』は、江戸時代から明治後期まで染井を代表する植木職人として活躍した丹羽家の腕木門と蔵を保存して公園としたもの。
腕木門は江戸時代後期のもので豊島区指定有形文化財、蔵は元々木造土蔵造りを昭和に鉄筋コンクリートに作り直したもので、国の登録有形文化財。

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広場にはソメイヨシノが植えられ、ここも花見のスポットである。

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蔵は地下一階地上二階の三層構造で重厚感が漂う

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この広場の北側にある駒込小学校の正門に2本のソメイヨシノがある。

このソメイヨシノこそ、江戸時代の終わり頃に、この染井地区の植木屋に寄って作り出された、正真正銘、由緒あるソメイヨシノ。

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1657年の振袖大火の復興により「染井通り」が作られ、その通りに柳沢家下屋敷(現六義園)、藤堂家下屋敷、建部家下屋敷(現染井霊園)などの大名屋敷が作られ、これらの広い庭の手入れに駆り出された農民たちが、その後、植木屋となり、一大園芸地区となるのである。
現在の駒込小学校も、当時は松平家下屋敷の一部であった。

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西福寺

駒込小学校正門から北西に延びる小道が桜並木の見どころ。

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この小路の途中にあるのが『西福寺』
創建の年代は不詳ですが、に江戸時代から存在した寺院で、江戸時代、大名藤堂家家中の祈願寺となり、その規模が非常に広大であっといわれているが、明治維新後に縮小されたという。

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墓地には、徳川将軍家の御用植木師として名高かった伊藤伊兵衛政武の墓(東京都の史跡)がある。
伊藤家は代々伊兵衛を名乗り、近くの藤堂家の下屋敷に出入りし庭の世話をしているうちに植木屋となり、江戸第一の種苗商となった。
四代目の政武は江戸城にも出入りして将軍吉宗の御用植木師となり、城内の植木を管理していた。
政武は樹仙と号し、「増補地錦抄」などを著している。
その墓所を桜が見守っている

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境内には、六体の地蔵が刻まれた六地蔵がある。
これは明暦元年(1655)に造られたもので、豊島区内では最古のもの。

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西福寺の隣に『染井稲荷神社』がある。
染井の鎮守で、関東大震災や戦災にも被災しなかったことから、火防の神様として信仰が篤かった。

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道を挟んで『染井よしの桜の里公園』
ソメイヨシノ発祥の地として整備された公園。

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公園の隣の土地には苗床があり、染井の桜の枝を接いだ接木苗を栽培し、成長した時点で全国に送り出している。 まさに発祥の地、染井産の「ソメイヨシノ」である。

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染井霊園

染井よしの桜の里公園から更に北西に進むと『十二地蔵』がある。
享保15年の大火による犠牲者の冥福を祈るため建てられたもので、舟形の石に6体の地蔵が二段に刻まれている。

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十二地蔵の先が『染井霊園』
明治5年に雑司ヶ谷霊園、青山霊園とともに開設された公営の共同墓地。
元は建部内匠頭下屋敷跡で、西側には谷戸川源泉の長池があったといわれ、当時も現在も花見の名所である。

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もう一著名人の墓所が多いことでも知られている。

“浮雲”で名高い明治の小説家「二葉亭四迷」
本名は“長谷川 辰之助”で傍らにペンネームが。

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日本の思想家、文人の「岡倉天心」
日本の文化を紹介した天心にふさわしい、ソメイヨシノに彩られた墓所。

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日本の仏師、彫刻家の「高村光雲」、詩人、彫刻家の「高村光太郎」、そしてその妻「高村智恵子」の眠る高村家墓所。

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この他、50名ほどの著名人の墓所があるが、染井霊園の周辺の寺院にも著名人の墓所がある。

『慈眼寺』には芥川龍之介・比呂志・也寸志親子の墓所。

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そのほか「本妙寺」に遠山金四郎、千葉周作、「勝林寺」には田沼意次などが眠っている。

息をのむほどの絶景と言われる名所ではないが、やはりソメイヨシノ発祥の地で見るソメイヨシノは格別である。

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2015.04.18記
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はじめに

謹賀新年
東日本大震災一色といってもよい2011年が終わり、2012年の幕開けとなりました。
日本にとっても震災の爪あとが未だに残る程の不幸な1年でしたが、個人的にも震災に無関係ではありませんでした。激動の1年といっても過言ではない年が過ぎ、とにかく気持ちだけでもよい年をと願うのは私だけではないでしょう。少しでも良い年となるよう大なり小なり思わざるを得ない年明けとなったのです。

2012年、新年最初の散策は、昨年散策した【谷中七福神】同様、七福神めぐりで幕開けとなりました。全国各地に数多くある七福神めぐりの中から今回選んだのは「雑司が谷七福神」でした。
これは昨年の谷中七福神が江戸(東京)で最古の七福神でしたが、反対に「雑司ヶ谷七福神」が東京で最新の(恐らく…)七福神だったことからです。「雑司が谷七福神」は昨年の2011年に始まったばかりの今年2年目の七福神めぐりなのです。
エリアで言えば「雑司が谷」は豊島区で池袋駅周辺の喧騒の近くにありながらも、閑静な住宅街と歴史豊かな街として以前より一度訪れてみたいと思っていた場所です。
渡りに船とばかりに今年第1回目の散策をここに決定したのでした。

例年のごとく1月2日にTV観戦していた箱根駅伝も、東洋大のぶっちぎりの往路優勝で、総合優勝もほぼ決まったのも同然の様相だったので1月3日に七福神めぐりに訪れました。
朝9:00頃自宅を出発し、ニューシャトルから大宮駅に出て、湘南新宿ラインで池袋に到着です。ここから東京メトロの副都心線で一駅の「雑司が谷」に向かい、到着したのが10:30頃でした。
2012年の幕開け、どのような散策ができるか楽しみです。

豊島区観光協会】http://www.kanko-toshima.jp/