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はじめに

「南越谷阿波踊り」はジャンルBで9位、6509票を獲得しました。

『徳島県出身の地元企業の社長が「埼玉都民が多い越谷で一体感を実感できるイベントを」と、1985(昭和60)年に第1回を開催したのが始まり。毎年8月下旬にJR南越谷周辺の路上を舞台に行われ、今では越谷の夏を彩る行事にまで発展した。
1999(平成11)年は越谷市内の44連のほか、本場・徳島県や高円寺などから、合計で68連、延べ3800人が踊りに参加。地元企業や自治会、飲み仲間などで連を作り、「ヤットセー、ヤットセー」という威勢のよい掛け声とともに踊りを披露した。』(本書の説明)

越谷市は最近日本最大のシッピングセンター・イオンレイクタウンが出来たことで一躍知名度を上げました。JRでは、そのイオンレイクタウンの為に武蔵野線に2008年越谷レイクタウン駅を開業させたほどです。
越谷市内には意外と駅が多く、JRの武蔵野線では先のレイクタウン駅と南越谷駅。そして東武鉄道では、せんげん台駅、大袋駅、北越谷駅、越谷駅、新越谷駅、蒲生駅と8つの駅を持っているほど、越谷市かなり広いことが窺われます。

江戸時代には日光街道の宿場、越ヶ谷宿として栄えた町なので、やはり歴史をもつ古い町といえるでしょうが、ここでちょっと興味深いのはコシガヤには「越谷」と「越ヶ谷」の2つの地名があるということです。
そもそもこのあたりは古くから「越ヶ谷」と呼ばれ、「越(腰)の谷」の意味で大宮台地の麓にある低地を意味する地名だったようです。 それが1954年、当時の越ヶ谷町・大沢町・新方村・桜井村などが合併した際に、合併前の越ヶ谷町と区別するために「ヶ」を取って「越谷町」としたことに由来するのだそうです。そしてその後、越谷町は越谷市となるのです。
したがって旧越ヶ谷町にあたる越谷市の中心部の地名は現在でも「越谷市越ヶ谷」になっているのです。このように1954年の越谷町成立以前と以後で「ケ」が付くか、付かないかが決定されるそうです。
顕著な例が越谷市にある高校です。
1926年に創立されたコシガヤ高校は正式には「埼玉県立越ヶ谷高等学校」で、「埼玉県立越谷北高等学校」(1969年創立)、「埼玉県立越谷南高等学」(1974年創立)、「埼玉県立越谷西高等学校」(1979年創立)、「埼玉県立越谷東高等学校」(1982年創立)といったように、東西南北のコシガヤ高校には「ケ」が入っていないのです。
ちなみに小学校も1873年に創立(明治6年の創立という方が驚きです)した「越谷市立越ヶ谷小学校」には「ケ」が入っていました。
この様に越谷市自体も歴史に彩られた古くから栄えた町といえるのです。

その越谷市で阿波踊りが毎年開催されていることは、以前から知ってはいたのですが、それほど祭りに余り興味が無く、特に阿波踊りといった類のものについては、特に見たいと(当然参加などもっての外)思ったことはありませんでした。
しかし、家内は親戚が嘗て阿波踊りを高円寺でやっていたことから、数回見ていて興味を持っているようでした。
特に嫌々行くのではありませんが、このような機会ですので一度見ておいても何らデメリットは無いだろう・・・、(偉そうに言うほどのことではありませんが)と今回の越谷訪問となったのでした。
ここ何週か祭りに出かけていますが、猛暑の為に散策はせずに祭りだけを見て来る傾向があるので、今回は若干散策もしようと、少し早めに出発しました。といっても結局PM2:00過ぎでしたが。
猛暑の中、熱中症に気をつけながら越谷を散策します。

越谷地図越谷市オフィシャルサイト】 http://www2.city.koshigaya.saitama.jp/

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