八幡神社の鉄砲まつり

食事を済ませてもまだPM2:00前で、大名行列の始まるPM3:30までにはまだ時間があったので、小鹿野町のメインストリートに向かうことにしました。
299号はバイパスを一往復していますので、一本中に入った町役場のある通りに向かいました。
後で調べると興味深いモノや店などあったようですが、雨も小降りながら降り続いており、通りも閑散としてさびしかったので車でザックリ通っただけでした。
オートバイ(ツーリング)で町興しとは知っていたので、バイク専用駐輪場が見えたので車を停めて観にいきました。
小鹿野のオートバイの町興しはかなり本気のようで、専用駐輪場はもとより、ロゴマーク・イメージソングやイベントなどなど、盛りだくさんの内容です。

参考:【小鹿野町オートバイでの町興し】 http://www.town.ogano.lg.jp/kakuka/matidukuri/bike/biketop1.html

さて、そのオートバイ専用駐輪場ですが、立派な瓦屋根までついていて、奥に「夢鹿蔵」と言う真新しい蔵造りの店舗があります。
夢鹿蔵
入り口の前には野菜が販売されており、所謂地場の野菜を場所を提供して販売していると言うところでしょう。
地元密着型店舗の典型かもしれません。
お店のパンフレットの説明です。

小鹿野町観光商業情報館 夢(ゆめ)鹿(か)蔵(ぐら)
ふるさと小鹿野を語る情報を、味を、技と美を、この町に住む人、訪れる人全てに伝えたい。
私たちの町を愛する手と知恵がつくる洗練や楽しさや不思議や感動を普段の暮らしに届けたい。
絹街道のもてなしと新しさが行き交うところ、夢鹿蔵。---
産業遺跡から、旅と暮らしの生活施設へ。小鹿野町の近代を支えた百年の重み。
夢鹿蔵の前身、それは明治・大正・昭和と三代にわたり、この町の繁栄を見つめてきた旧埼玉銀行蔵です。1896年創建と伝えられるその存在は、かつて糸偏産業でにぎわった秩父界隈にあって生糸と繭の保管庫として機能。町民はもとより、絹街道を往く旅人たちにも親しまれていました。木造二階建て、瓦葺きという伝統的な土蔵造りでありながら、意匠や工法に「西洋」の趣向を持つ佇まいには、明治の小鹿野の人々が求めた近代化の、ある種の典型と見ることができます。
(パンフレットより)

中に入ると様々なお土産が販売されています。お菓子類や野菜、その中に例のしゃくしな漬もあります。
ライダーズ用に町興し用ロゴマークのステッカーなども販売されていました。
お店の方に2階へどうぞと言われ、階上にあがると、小鹿野歌舞伎関連の展示がされていました。
夢鹿蔵 夢鹿蔵
かつらや衣装などの実際に使用されたものの展示や絵や写真の展示など、興味深いものが様々展示されています。
歌舞伎については、今回観られなかったこともあり、次回鑑賞した際に細かく説明できればと思います。

1階に戻って奥が飲食スペースとなっています。縄文カレーなど一見怪しげなものがメニューにありましたが、コーヒーだけ頼みました。
夢鹿蔵
このスペースが大変なスペースで、正面に大きな歌舞伎の写真、壁やパテーションにはライダーのイラスト、後ろには何故かお地蔵さんもありで、中央に季節柄クリスマスツリーがあって、デコラティブではあるのですが、キッチュでもありそうな雰囲気です。
何か小鹿野を一箇所に集めてみました的な感じです。情報館というくらいですからそれも頷けます。
比較的若いヒトには受けるかもしれませんが、オジサン、オバサンには少し尻がムズムズするような場所かもしれませんね。

帰りがけに夢鹿蔵で「しゃくしな漬」をお土産に買い八幡神社に向かいました。
しゃくしな漬け
外に出るともう雨は上がっています。
ちょうどお祭りの佳境を迎えようとしているときに薄曇とはいえ雨がやんだのは何よりです。一気にお祭りモード全開で、時刻はPM2:30を過ぎていた頃でした。

ものの10分程度で再び八幡神社に到着しました。
既に午前中に停めた小学校の臨時駐車場は満杯で観客が徐々に多くなっているのが判ります。すぐ近くの別の臨時駐車場に停め事なきを得ましたが。
参道に戻ると参道の一角に人だかりがあります。別に何かをしているわけではないのですが、畑をみると”火縄銃演武場”と書かれていました。
火縄銃演武場
しばらく待っていると参道を火縄銃を抱えた一団がやってきました。
鉄砲隊
先頭に偉そうな人(とりあえず”隊長”とでも言っておきましょうか)がいてその後を2列で火縄銃を抱えています。
畑に下りて3列になって、まずは火縄に火を付けます。
鉄砲隊
当然と言えば当然ですが100円ライターで火をつけています。
ちょっと笑えますが、ここは我慢我慢。でも、つくづく雨がやんでよかったと思います。
さて、火縄の火がつき終わると、1列ずつ進み出て演武の始まりです。6~7人が1列になって、件の”隊長”の「構え」「打て」の合図で一斉に打ち出します。
鉄砲隊
轟音と硝煙でかなりの迫力を感じます。素人目には只打っているようにしか見えませんが、それなりに練習がいるんでしょうね。その後、何回かの演武の後2列目と交代します。
2列目も”隊長”の合図で打ちますが、今度は一斉ではなく一人ずつ順番に打ちます。中々凝った演出をしてくれます。
途中、打っている反対側に中学生と思われる3人が歩いていたため、関係者はあわてて注意していましたが、何かのどかな感じです。
その後も、3列目、そして混合で打ちながら終演を迎えます。
終演間際では”隊長”から何か言われていたようですが、打ち手から「もう、後一発しかねえよ」とかの会話で一気に伝統色から2008年に引き戻されました。
大変な拍手を持って終演致しました。
勇壮でしかもちょっとユーモラスな伝統を堪能いたしました。

Pm3:30から大名行列の開始とのアナウンスがあり、参道をすこし進みました。ちょうど歌舞伎の舞台からすこし社殿に近づいたあたりの社殿に向かって右側です。
それより先は既に人が結構並んでいましたのでここで待つことにしました。
さて、大名行列が始まると…、と言っても私のところからはチラッと高張提燈が見えるだけです。
そこから目の前に到着するまで10~15分程度掛かっているのでしょうか。のんびりしたものです。
最初の一団は高張提燈をもつ氏子達だそうです。
高張提燈
ちょうど私達の前で停まり石段上の境内にいる人の合図を待っているようです。
ちょうどここから石段までの参道の左側に先ほどの火縄銃保存会の人たち、そして右側にハンターの方達が待機しています。火縄銃保存会は八幡神社火縄銃空砲奉納保存会、川越藩火縄銃鉄砲隊保存会の方達だそうで、ハンターの方達は西秩父猟友会の方達だそうです。
そして更に警官が警備しているのですから、物々しいと言えば頃ほど物々しいことは無いでしょう。

そして境内からの合図と共に高張提燈をもつ氏子達が一斉に駆け出し社殿をめざします。「人間も走るのかい!?・・・」とびっくりしていると、火縄銃と猟銃の一斉放火です。
一斉放火
物凄い爆音と硝煙で一瞬全く社殿も見えなくなります。その中で氏子達は石段を駆け上がり、更に社殿を3周して拝殿で祈願するそうです。
「こりゃ、結構疲れるんじゃないかな。恐らく一杯飲んでいるだろうし…」などと勝手な推測をしていると、後ろの観客から、恐らく顔見知りなんでしょう、「こけるんじゃねえよ…」と一声掛かりドッと笑いが巻き起こっています。
どう見ても我々と同じか、或いはそれ以上のオジサン達ですから、想像すると結構ユーモラスです。
そして、同様に鳥毛組,御徒士組と我々のちょうど前で合図を待っています。特に御徒士組は下半身が結構出ているのでかなり寒そうで、その素振もちょっと笑えます。
鳥毛組 御徒士組
そして次々と鳥毛組,御徒士組が駆け出していきました。これが「お立ち」神事なのですね。

そしていよいよメインイベント御神馬の「お立ち」です。
最初に来たのは3才オスの「クシロキング」です。
クシロキング
やはり我々のちょうど目の前で合図を待っていますが、結構おちついています。
これだけ銃声の轟音のなか良く落ち着いていられるなあと感心していましたが、何となく理由がわかってきました。
午前中からずっと定期的に(2~3分間隔くらいでしょうか)大きな音が神社周辺に轟いていました。運動会の開催の前の花火のような甲高い音ではなく、田舎で田圃や畑の烏などを追っ払うための空砲のような少し低めの音です。
これがずっと朝から続いていますので、きっとこれで御神馬は慣らされているのではないかと推測します。
通常あれだけの銃砲がなったらかなり驚くでしょう馬でも。ですので、残念ながらパンフレットで詠っているような”異様な静寂を突き破り”という静寂はありませんでした。更に観客からの声援で一気にその場は盛り上がっています。
そうしているうちに合図があり、一頭目の御神馬「クシロキング」が走り出します。
一斉に揚る轟音。更に硝煙で見えなくなる境内。しばらくして御神馬が社殿の周りを回っているとドッと拍手と歓声が沸き起こっています。
たかが十数段の石段ですから、まさか転ぶことは無いと思いながらも一抹の不安が。それが一気に解消されたのですから拍手と歓声も理解できるところですし、感動すら生まれます。

ただ、いくら朝から音を出し続けているとは言え余りにも落ち着いているのは実に不思議です。
オーナーは熊谷市の方のようですが、どこで飼育されているのでしょうか。まあ、八幡神社って事はありえないと思いますが。
そこで調べてみたのですが、正確な答えは判りませんでした。ただヒント的な事柄がサイトにあったので記しておきます。
これは秩父夜祭での御神馬(秩父夜祭にも御神馬が出るのですね)を世話している方の《秩父市と秩父夜祭》というブログからの抜粋です。

今日は、秩父夜祭の御神馬の1日をお話します。
御神馬は、秩父乗馬連盟から1頭と、小鹿野町のクリオスティーブルから1頭の計2頭です。空はまだ日の出前の薄暗い午前6時頃、馬は中村の先祖代々馬の奉納をしている、井上家に来ます。
(以下省略)

秩父乗馬連盟は何となくイメージできるのですが、”クリオステーブル”とは一体・・・しかも小鹿野町と言うことで調べてみました。

[観光牧場] クリオスティーブル 埼玉県秩父郡小鹿野町飯田1259
業種 牧場経営
設立年月日 昭和46年4月
みどりの村のそばにある牧場。馬はきちんと調教されており、初めて馬に乗る人も安心して挑戦できる。大人から子供まで気軽に乗馬が楽しめると人気。外乗りも可能。
乗馬体験(引き馬、レッスン)、トレイルライド(外乗)、競技エントリー及びイベント出張フォロー、預託馬調教管理、カウボーイライフ
(ウェブサイトより)

参考:【クリオスティーブル】 http://www.fujinet.ne.jp/~nnaoko/page2/

観光牧場ですか。しかも飯田と言う八幡神社からは目と鼻の先。今回も関係しているのでしょうか。実際のところはわかりませんが、いかがなものでしょうか。
さて「お立ち」の続きです。
無事に一頭目が終わり、二頭目の御神馬「トカチホープー」の出番です。
トカチホープー
今更言うのも何ですが、どうしても”ホープー”は名前としておかしいですよね。通常なら”トカチホープ”でしょう。
まあ、そう書いてあったのですからそうしておきますが…。
3才のメス馬です。かなり入れ込んでいます。
手綱を持つ御者の足を何度か踏みそうなくらいバタバタしており、更に前に行ったり下がったりしています。競走馬もG1などはやはり興奮するそうですから、ここで入れ込んでも無理はないでしょう。

先の「クシロキング」は境内で社殿三周のあと祈願せずに境内で待っているようです。
そうこうしている内にスタートの合図です。
スタート スタート
一気に「トカチホープー」が駆け出しました。
例によって轟音と硝煙の中、石段を駆け上がり見事に境内に到着しています。歓声と拍手の中で社殿を三周し、そして、二頭揃って拝殿で祈願をしています。
奉納
これにて「鉄砲まつり」のクライマックス「お立ち」神事が無事終了いたしました。
観客は一斉に境内に向かい祈願を行っていますが、私達は最初に済ませたので帰り支度を始めました。
参拝

この後、御輿渡御・川瀬神事、更に夜には歌舞伎(上演したかどうかは不明)が上演されますが、もうPm4:30過ぎで寒さが募り家内がギブアップ寸前なので、これで帰宅することにしました。
あたりは大分、日が暮れていますが遠くの冠雪した山々を見ると自然の良さが伝わってきます。こんな情景は久しく見たことが無かったので非常に印象的であり感動的でもありました。
今年は結構多くの祭りを見ましたが山車や神輿の絢爛豪華な祭りが多く、それはそれで勿論素敵な祭りでしたが、今回はそれと違った伝統的でユニークな祭りが見れ、大変楽しみました。
次回は歌舞伎を見に、今度は暖かい時期に訪れて見たいと思っています。また、楽しめるといいですね。

2008.12.21記

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