最後に・・・

2011年3月11日(金)午後2時46分ころマグネチュード9.0という未曾有の大地震が発生しました。ちょうどこの「勿来八景」に訪れた3月5、6日の一週間後でした。

これは宮城県沖を震源とする国内の観測史上最大の大地震で「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震、東北沖地震)」と命名されました。東京でも震度6、5弱と非常に強い揺れを感じました。
当時仕事中だった私は、会社には戻れたものの鉄道不通のため帰宅難民として会社で一夜を過ごしました。
その様な未曾有の大地震から現在10日が経過した2011年3月21日、警察庁のまとめでは死者・行方不明者21,911人との発表があり、明治以降、国内最悪の津波被害とされている1896年の明治三陸地震の死者数21,959人とほぼ同数になった(まだ希望が無いわけではない)と報道されています。
このような大惨事になったのは地震は勿論のこと、高さ10m以上もの津波の来襲によるところが大きいようです。更にこの災害により福島第1原発、及び第2原発が停止されながらも、冷却システムの故障により放射性物質が放出されるという、2次災害ともいえる大きな不安を与えています。
これによる電力供給不足の結果、首都圏では初めての計画停電が実施され被害の長期化が窺える中で、首都圏でもガソリンや米、電池などなど不足するという事態も起こっています。

ガソリン不足 ガソリン給油行列 行列待ちのガソリン給油

計画停電前 計画停電中 計画停電、実施前と実施中

しかしながら実際に福島県いわき市に家族、親族を持つ身としては、首都圏の帰宅難民や停電、物不足など直接の被災地と比べれば全く瑣末なことといえるでしょう。
10日経過した現在でも被害の全容はわからず、更に多くの人たちの避難も続いています。避難された方、現地に今だ残っている方などの苦労は言葉では表せないものでしょうし、我々が単に同情だけではすまない事態でもあるでしょう。
しかし個人でできることは知れており、私たちができることは義援金や節電などを行い少しでも早く被災地の方々が復興の途につける様応援するだけです。
被災した方々の一刻でも早い復興と、いわき市を初めとした各地の被災地の美しい自然・歴史・文化がまた輝くことをここに祈念いたします。

2011.3.21記

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