旅のサイト【たびねす】に掲載された『東京大学でハチ公に再会!全米が涙した愛情物語のあるべき姿がここに』のフルバージョンです。 概要は記事をご参照ください。

東京大学ストーリー

東京大学の起源は、1684年に江戸幕府が設立した天文方と、1858年に江戸の医者の私財によって設立された神田お玉ヶ池種痘所、そして1797年に創設された昌平坂学問所です。
明治になり、これら江戸幕府直轄の3つの教育機関が、明治元年に開成学校、医学校、昌平学校として復興しました。
この3つの機関がのちに、東京開成学校と東京医学校となり、1877年にこの2つの学校が合併して『東京大学』となったのです。
校名に“大学”の名称を付けたのは日本で初めての学校でしたが、学士の学位を授与する機関としては、札幌農学校(現・北海道大学)についで2番目なのです。

東大の門は歴史への入り口

この東大の設立される前からあったのが、現在、東大の俗称ともなっている『赤門』です。
赤門は、旧加賀藩主前田家上屋敷の御守殿門で、1827年に第12代藩主前田斉泰が第11代将軍徳川家斉の第21女、溶姫を迎える際に造られたもので、現在は重要文化財となっています。

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全国的に有名な赤門ですが、『正門』ではありません。
その正門は、赤門の並びの本郷通り沿いにあり、築地本願寺の設計で知られる伊東忠太により、1912年に完成されたもので、こちらは登録有形文化財です。

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それ以外にも東大には多くの門があります。
東大医学部の代名詞になっている『鉄門』、旧前田家邸宅であった煉瓦造りの懐徳館の遺構を使用した『懐徳門』、周辺の町の門の意匠を取り入れた『西片門』などは歴史を背景とした門の数々です。
また、本郷キャンパスの隣にある農学部にな『農正門』等があり、門を辿るだけでも、興味深い散策なのです。

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校舎は中世ヨーロッパ浪漫

キャンパス内に入ると、歴史とその構造に目をひかれる校舎が点在しています。
正門からのペーブメントの先に聳えているのが東大のシンボルと云われる『東京大学大講堂』で、東京都の登録有形文化財第1号で、安田財閥の創始者・安田善次郎の寄付によることから、通称「安田講堂」と呼ばれています。

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全国的に知れ渡ったのは1967年の東大紛争によるTV中継で、その後、長い間荒廃状態でしたが、1991年より使用され、1996年に国の登録有形文化財となりました。

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この安田講堂は、東京大学建築学科の建築家で、後に総長となる内田祥三氏が基本設計を行ったもので、関東大震災後のキャンパス計画により、キャンパス内の多くの建造物を手掛けているのです。

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キャンパス内にある内田設計の中でも、『法文1号館』をはじめとして登録有形文化財に登録されています。

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これらの数多く存在している建造物に共通する特徴が“ゴシック様式”であることです。
これらの建造物を総称して“内田ゴシック”と呼び、中世フランスにタイムスリップしたかのようなヨーロッパ美と中世浪漫に包まれているのです。

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建物以外の建築物もクラシックな雰囲気を醸し出しています。
Daiwaユビキタス学術研究館や弥生会館などは、近代的な建築物でありながら、キャンパスの景観に見事にマッチしています。

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自然と文学に彩られたオアシス

キャンパスのなかで一番古い歴史を誇っているのが『三四郎池』です。

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加賀藩前田家が、大阪夏の陣後に現在の東京大学(一部)およびその周辺地を将軍家から賜り、1629年、前田家3代藩主利常の時に御殿と共に庭園が整備されました。
この庭園が“育徳園”と呼ばれ、その後の補修により、江戸諸侯邸の庭園中第一と称せられたのです。そして池の形が「心」という字をかたどっていたことから、“育徳園心字池”と正式に名づけられたのです。
後に夏目漱石の小説“三四郎”の作中で、三四郎と美禰子が出会った場所が、ここ育徳園心字池であったことから、以来、この作品にちなんで三四郎池と呼ばれるようになったのです。

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緑多いキャンパスのなかでも、特にここは緑濃い場所で、開発の進むキャンパス内にあっても、その歴史的価値と共に、癒し空間として貴重な存在なのです。
ここからは、ほとんどキャンパスの建物も見えませんし、都会にありながら騒音もほとんど聞こえないまさに都会のオアシスなのです。

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すっかり子ども達の遊び場となって、庶民の癒しの場になっている三四郎池なのです。

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ハチ公と博士の再会の農学部

農学部のある弥生キャンパスに2015年3月に建立されたのが『ハチ公と上野英三郎博士像』です。

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生粋の秋田犬として東大農学部教授上野栄三郎博士のところにやってきたのが1924年1月です。身体の弱かったハチを大変可愛がり、当時の農学部のあった駒場や渋谷駅にいつも送り迎えをされていたのです。
1925年5月、博士が大学で急死したのは、ハチが博士に飼われてから17か月の時で、その後、朝夕渋谷駅に博士の姿を求め続けたハチはご存知の通りです。
この美談によって作られたのが渋谷駅の忠犬ハチ公の銅像で、戦争による金属供出されたため、現在は2代目です。これは恩を忘れぬ犬として戦前の修身教育に利用されたものであることから、東大の像は、ハチ公が再び博士と会えた本来の姿である、喜びを表しているのです。

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銅像の前には“農学資料館”があり、農学部の様々な功績が展示されているのですが、この資料館の中には、上野博士の銅像と共に、ハチ公の“脾臓・心臓・肺・肝臓”が残され展示されているのです。

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まさに、ハチ公と博士の90年ぶりの再会に相応しい場所なのです。

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キャンパスは見どころ満載の名所

まだまだ見どころの多い東大です。
キャンパス内には、東大に貢献した工学博士・古市公威像やジョサイヤ・コンドル像などが立てられています。

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中には入れませんが、三四郎池同様旧前田家所縁の『懐徳館』も都会のオアシスで、その基礎の遺構も残されています。

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『東洋文化研究所玄関前獅子像』は、昭和20年度から公開されたものです。

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『赤門書庫』のエントランスポーチと階段跡で、大正期に作られた史料編纂所です。

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『ポンプ跡』も残っています。

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様々なベンチも楽しさを演出しています。

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壁やフェンス、更に瓦まで凝った装飾が見所です。

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まだまだ見どころは尽きないのですが、いずれいせよ東大生だけに独り占めさせておくには、もったいないキャンパスです。

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2015.06.20記
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