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港七福神(その2)

2つの神社で序盤も終わり中盤に進みます。
本来のルートはこのまま一旦六本木交差点に戻り、六本木通りを南下すのですが、ここはちょっと遠回りながら新しい六本木を更に眺めます。

櫻田神社(寿老人)

龍土町美術館通り

龍土町美術館通り

天祖神社から北西に進むとT字路となり、「龍土町美術館通り」という標識を見ることができます。
龍土町は天祖神社で知った歴史ある町名で、美術館と言うのは国立新美術館のことなのです。

国立新美術館

美しい「国立新美術館」の建物

交差点の角にあるのが、その「国立新美術館」です。
残念というか、当然と言うか、1月4日では開いている訳がありませんので遠くから建物を眺めるだけです。

旅歴メモ -国立新美術館- 国立新美術館は日本で5館目の国立美術館として2007(平成19)年に開館しました。
東京大学生産技術研究所跡地に建設された美術館で、1977(昭和52)年に開館した国立国際美術館以来、30年ぶりに新設されたもので延床面積は日本最大を誇ります。
独立行政法人国立美術館に所属している中で唯一コレクションを持たないため、英語表記は“ミュージアム”では無く“アートセンター”となっているそうです。
以前訪れた【埼玉県立近代美術館】(埼玉県さいたま市浦和区、1982年)と同じ黒川紀章の設計で、美術館としては氏の最後のものなのです。

国立新美術館

「国立新美術館」の正面

直線と曲線で演出された正面は見事なのですが、冬の時期に見ると何となく寒々しいですね。しかし、色の調和のとれた新緑の季節や、涼しさを感じる暑い夏にはぴったりではないでしょうかね。

政策研究大学院大学

一生縁が無いであろう「政策研究大学院大学」

美術館の向かい合わせには「政策研究大学院大学」なる施設があります。
政策研究を専門とする大学院だそうで、1997年に国立大学として開設され、世界中から研究者が集まってきているのだそうです。
私には縁の無い施設ですが、まあ、こう言った存在を知るのも良い機会でしょう。

六本木ヒルズ森タワー

六本木ヒルズのシンボル
「六本木ヒルズ森タワー」

ここからは再び南に向かい六本木通りに突き当たった交差点に、「六本木ヒルズ」の高層ビルを見ることができます。
ここには高層オフィスビル 「六本木ヒルズ森タワー」を中心に、集合住宅 「六本木ヒルズレジデンス」、ホテル 「グランドハイアット東京」、テレビ朝日本社社屋、映画館「TOHOシネマズ」などの文化施設、その他の商業施設などがあります。
六本木ヒルズ森タワー

六本木ヒルズ森タワー

六本木ヒルズレジデンス

ホリエモンで有名な
「六本木ヒルズレジデンス」

テレビ朝日本社

視聴率No.1!? 驀進中の「テレビ朝日本社」


旅歴メモ -六本木ヒルズ-
江戸時代古地図(c)goo地図

江戸時代古地図(c)goo地図

江戸時代は長府毛利家(長州藩支藩の長門府中藩)の屋敷があり、乃木希典もこの地で生まれたそうです。
明治時代になると法律家・増島六一郎の邸宅となり、大戦後はニッカウィスキーの工場を経て、日本教育テレビ(後のNETテレビ→更に後のテレビ朝日)の敷地となったのです。
その後、テレビ朝日周辺の六本木六丁目は消防車が通行するのも困難な住宅密集地となったことから、テレビ朝日本社移転も兼ねた再開発指定地域となったのです。
そしてアークヒルズに続く大規模な都市再開発計画となったのですが、折からのバブル崩壊と当時この付近に居住していた約500世帯の反対運動等があり、結局約17年の年月をかけたのです。

毛利庭園

森タワーとテレ朝に挟まれた現在の毛利庭園

かつてここには檜町公園と同じように、広大な毛利庭園があったそうで、現在ではその大きさは見る影もないのですが、その名残だけは、兎にも角にも残されているようです。
テレビ朝日通り

“テレビ朝日通り”という標識があったような。。。

ここからは六本木ヒルズの脇の道を進みます。記憶が正しければこのテレビ朝日通りは、片側1車線の2車線の通りではなかったかと思うのですが。。。
グランドハイアット東京

ホテル 「グランドハイアット東京」

けやき通り

けやき通りから見える東京タワー

旧テレ朝通りを進んで左手の角にホテル 「グランドハイアット東京」が現れ、その前の通りがイルミネーションで有名な“けやき通り”です。

「櫻田神社」の表参道

「櫻田神社」の表参道

ホテル前の交差点のほぼ対角線上に3つ目の七福神“寿老人”の祀られる「櫻田神社」があります。ビルに挟まれた狭い参道が印象的なまさに都会の神社です。
櫻田神社の鳥居 櫻田神社の鳥居からみた六本木ヒルズ

櫻田神社の鳥居からみた六本木ヒルズ

こんな光景を予想しえたでしょうか、まさに都会の中にポッカリ残ったタイムトンネルと言ってよいかもしれません。

旅歴メモ -櫻田神社-
江戸名所図会の「霞山稲荷神社」

江戸名所図会
「霞山稲荷神社」

1180(治承4)年、源頼朝の命により渋谷庄司重国が霞山(現:霞ヶ関桜田門外)に「霞山稲荷神社」を創建し、1189(文治5)年、奥州征伐の奉賽として、源頼朝より30貫の田地が寄進されたのです。
この田地と一般の田地の境界に桜を植え、その桜が見事に咲き誇ったことから「桜田」と讃え、村の名も桜田村と称したことから鎮守であるこの神社も「櫻田神社」となったようです。当然、その地名の名残が桜田門であることはいうまでもありませね。
文明年間(1461~86)には太田道灌により社殿が改修された後、徳川氏入府後の1624(寛永元)年、霞ヶ関から現在の地に遷座したのです。

戦火から免れて残った鳥居 社殿前の天水桶

戦火から免れて残った鳥居と社殿前の天水桶

戦前までは大祭に使用された二階家屋を優に越す“鳳輩”があったそうですが、戦火で消失したそうです。また、この神社はこの付近で生れた新撰組の「沖田総司」と乃木希典のお宮参りの神社として有名だそうで、現在でも沖田ファンが、近くにある墓とともに参拝に来るそうです。
山椒は小粒でも・・・、的な由緒ある神社なのです。

最後に七福神参拝です。

寿老人の祀られている境内の稲荷社

寿老人の祀られている境内の稲荷社

特別に開帳された寿老人

特別に開帳された寿老人・・・、の祀られている所

ここ櫻田神社は“寿老人”が祀られていて、普段は社殿横の稲荷社に祀られていますが、期間中は社殿横に祀られており拝顔できるのですが、撮影禁止なのだそうです。
まあ、この稲荷社に祀られているのですから小さいことは間違い無いです。

旅歴メモ -寿老人-
寿老人

寿老人(c)七福神巡りウォーキング

橘守国画の寿老人

橘守国画の寿老人

中国の伝説上の人物で、日本では文字通り長寿の神とされ、不死の霊薬を含んでいるヒョウタンを運び、長寿と自然との調和のシンボルである牡鹿を従え、更に長寿のシンボルである不老長寿の桃を持っている、まさに長寿のオーソリティなのです。
この寿老人と福禄寿は中国の道教が起源で、他の神のように日本に来てから神道や仏教に結び付けられたものではなく、輸入されたイメージがそのまま活かされている神なのです。
しばしば寿老人と福禄寿は同一人物とされることが多く、その際は寿老人が外され代わりに吉祥天や猩々が加えられる損な役割なのです。

人間最後の神頼みは健康・長寿だそうで、老人天国の日本ではバブル期の如く商売繁盛となる神様でしょう。

麻布氷川神社(毘沙門天)

アークヒルズの「久国神社」で始まった今回の七福神巡りは、六本木ヒルズまでは“六本木”エリアを通ってきましたが、3つ目の「櫻田神社」が“麻布”エリアのはじまりで、ここからしばらくは麻布を散策することになり、「櫻田神社」の地番が“西麻布”で、このままテレビ朝日通りを南下すると“元麻布”となります。

風景画の描かれた塀

風景画の描かれた塀

右手の綺麗な風景画が描かれた塀に囲まれたところが「中華人民共和国」大使館です。
何かと、きな臭い昨今なので写真撮るのも・・・、と一瞬緊張感が走りましたね。

愛育病院

歴史ある愛育病院

更に先に進むとやはり右手に大きな病院がありますが「愛育病院」で、このあたりは“南麻布”となります。
この病院は1934(昭和9)年に昭和天皇が今上天皇(当時の皇太子)の出産を記念してその下賜金をもとに作られた恩賜財団母子愛育会が1938(昭和13)年)に開設した病院なのです。
1986年に憲仁親王妃久子が承子女王を出産したのをはじめ、2006年に文仁親王妃紀子が悠仁親王を出産した歴史と名声のある病院ゆえに、聖路加国際病院・山王病院と共に「ブランド出産御三家」の一つといわれているそうです。

有栖川宮記念公園入口

有栖川宮記念公園入口

愛育病院の先にある公園が「有栖川宮記念公園」で、都心の公園としては実に優雅で佇まいのよい公園です。
園内の散策路 園内の散策路

園内の散策路

園内は起伏に富んだ形状で、自然を活かした構成で、恐らく春や秋の季節には四季の花々が綺麗にみられるのではないでしょうかね。
熾仁親王銅像 記念碑

熾仁親王銅像と記念碑

また園内には有栖川熾仁親王の銅像があり、明治36年に建立されたものを、昭和37年に三宅坂旧参謀本部から移設されたものだそうです。

旅歴メモ -有栖川宮と有栖川宮記念公園- 有栖川熾仁親王は有栖川宮家の九代目で、明治維新、西南の役、日清戦争などで勲功を立て、その間、福岡藩知事、元老院議長、左大臣、参謀総長などを歴任し明治28年に亡くなられました。因みにこの熾仁親王は、14代将軍・徳川家茂と公武合体政策で降嫁した皇女和宮の婚約者だった人です。
元々、この地は江戸時代、盛岡南部藩の下屋敷として使われ、熾仁親王の亡くなった翌年の29年に栽仁王(熾仁親王の甥)用の御用地となったのです。
しかし大正2年に有栖川宮家が絶えたため、有栖川宮の旧称高松宮の称号を大正天皇の第三皇子光宮宣仁親王に与へ祭祀を継いだのですが、昭和9年に高松宮より東京市に賜与され、昭和50年には港区に移管されたのです。

新聞配達少年の碑

勤労少年を讃えた
「新聞配達少年の碑」

一般人には馴染みのない歴史ですが、この絶えた有栖川家を逆手にとって2003年に有栖川宮の祭祀継承者(宣仁親王御落胤)と自称する者による詐欺事件があったと言えばご記憶の方も多いかもしれませんね。

有栖川宮記念公園から北上すると地番は“元麻布”となり、大使館の多いエリアとなります。
その地に4つ目の七福神・毘沙門天が祀られている「麻布氷川神社」があります。

アルゼンチン大使館 氷川神社

アルゼンチン大使館と立派な石造りの鳥居

右手に大きな鳥居のある神社が「麻布氷川神社」です。この付近には大使館が多く、鳥居の目の前がアルゼンチン大使館なのです。
氷川神社の総本社と言えば、さいたま市大宮区の氷川神社であることは言うまでもありませんが、こちらの氷川神社もそれなりの由緒がある神社のようです。

旅歴メモ -麻布氷川神社-
江戸名所図会の「氷川明神社」

江戸名所図会の「氷川明神社」

麻布氷川神社の由緒は、鎌倉幕府の栄華を築いた清和源氏の祖である源経基が勅命を受け942(天慶5)年、平将門の乱を平定するため東征したときに武蔵国豊島郡谷盛庄浅布冠の松に境内を勧請したのが始まりです。
絶景の眺望で、多くの武将が鷹狩などで訪れた高台でしたが、方位の問題で1659(万治2)年に現在の地に遷座したのです。
江戸時代以降も麻布の総鎮守として崇敬され、明治・大正を経て昭和の戦災にあったのですが、神輿庫、神楽殿、手水舎は災禍を逃れたそうです。

境内は結構広いです。

神楽殿・神輿庫 手水舎

戦災を免れた建物

左から神楽殿・神輿庫・手水舎ですが、神楽殿には覆いが付いているのでしょうか。
氷川神社社殿

綺麗な朱の社殿

それではまずは参拝に社殿に向います。立て直された社殿ですので非常に綺麗な状態です。
氷川神社社殿

都会らしい借景

そして角度を変えて社殿を見ると、社殿の後ろに見事なタワーが聳えています。これが「元麻布ヒルズ」なのです。
まさに都会らしい見事な光景と言わざるを得ないでしょうね。

さて4番目の七福神は「毘沙門天」ですが、社殿に祀られているので拝顔できませんでした。

旅歴メモ -毘沙門天-
毘沙門天

毘沙門天(c)七福神巡りウォーキング

日本では四天王の一尊として造像安置する場合は「多聞天」、独尊像として造像安置する場合は「毘沙門天」と呼ぶのが通例なのだそうです。
この毘沙門天は時代によってご利益が変わっていました。平安時代初期は財福の神、中期は無病息災の神、末期は福の神として以降長い間信仰されたのですが、室町時代末期に七福神の一尊となり、江戸時代以降は特に勝負事の神として信仰されているのです。

毘沙門天は今ではその姿やご利益から、戦士、戦いの神といったイメージが強いのですが、この氷川神社では「毘沙門天」にも負けず劣らずの人気を誇った戦士がいたのです。

セーラーマーズこと「火野レイ」と「火川神社」 セーラーマーズこと「火野レイ」

セーラーマーズこと「火野レイ」と「火川神社」(c)テレビ朝日

この氷川神社はかつて爆発的な人気を誇ったアニメ・漫画の『美少女戦士 セーラームーン』の戦士の一人、セーラーマーズこと“火野レイ”が巫女をつとめる神社のモデルとなった神社なのです。
流石に現在ではその影響は無いようですが、人気絶頂のころは多くの“オタク”達が訪れたそうです。因みに埼玉県の鷲宮神社は今だにその「ラキ☆すた」人気は衰えないようです。

2014.01.12記(つづく)

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コメント

  1. 櫻田神社は「大都会の中の神社」の代表ですね~。
    このビルに挟まれた参道は、日本の神社を語るに足るものかもしれない。
    なんてことを思いました。
    そして、桜田門。勉強になります。

    ( 12:45 )

  2. 薄荷脳70 | -

    山ぼうしさん、ありがとうございます。

    山ぼうしさん、ありがとうございます。
    おっしゃるとおり大都会でも歴史は息づいている、そんな感じですね。
    因みに「櫻田」とか「御田」などの地名・名称は東京ではかなり歴史のある名称なのだそうです。
    私もその都度いい勉強になってます。

    ( 06:07 )

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