港七福神(その4)

麻布十番の「十番稲荷」を参拝して、残りは2ヶ所です。
現在はPM2:00すぎで、まだタイムアップまでは1時間以上ありますので、十分時間内に廻ることは可能です。
昼食と休憩で体力の回復を図って終盤のスパートをかけます。

熊野神社(恵比寿)

十番稲荷を終えて向うは赤羽橋方向で、ここは十番稲荷の前の通りである都道319号線、通称・外苑東通りを東方向に進みます。

Mancy's Tokyo 当時のマハラジャ

LUXURY SALON+CAFE「Mancy's Tokyo」の使用前・使用後

ホンの20~30m進むと左手に「Mancy's Tokyo」というカフェがあります。
この建物をみてピンと来る方は、バブリー体験をされた方で、かつて日本を席巻したディスコ「マハラジャ」のフラッグシップ“麻布十番店”だったところなのです。
まさにバブルの代名詞的な高級ディスコでしたが、個人的には全く縁がありませんでしたね。

新一の橋 外苑東通り

新一の橋交差点と外苑東通り

そしてそのまま進んだ交差点が「新一の橋」で、もう少し外苑東通りを進んだ先の交差点を左折します。
東麻布 東麻布

普通の町並みの東麻布

左折した周辺の地番は東麻布ですが、六本木ヒルズに代表される「西麻布」、元麻布ヒルズや大使館に代表される「元麻布」と比べると実に地味な「東麻布」と言えるかもしれません。

狸穴坂 狸穴坂

狸穴坂

しばし進むと民家の前に坂があり、「狸穴坂」となっています。
“まみ”とは漢字の通り、雄タヌキ、ムササビ、アナグマの類をいい、昔その穴が坂下にあったからと言う文字通りの坂です。
結構急な坂を上ると「ロシア大使館」となり、右折して東へ進むと「飯倉」となるのですが、その前にちょっと寄り道をします。

東京アメリカンクラブ

東京アメリカンクラブ

ロシア大使館前を通り過ぎると右手に「東京アメリカンクラブ」なる建物があります。
聞きなれない名称なので調べてみると、会員制の社交クラブなのだそうです。

旅歴メモ -東京アメリカンクラブ- 社団法人東京アメリカンクラブは、1924年にアメリカで排日移民法が制定されことを受け、東京クラブにいた51人のアメリカ人会員が同クラブを脱会し、独自に1928年(昭和3)年、在日アメリカ人が妻や恋人と楽しむための会員制社交クラブとして、帝国ホテルの向かいにあった麹町区に設立されたのです。
その後、丸の内に移るのですが開戦後封鎖され、敗戦後1949年に再開され、1972(昭和47)年に現在地に移り、現在では約5000人のメンバーと約12,000人の家族会員が所属しているそうです。因みに、この土地の前身は南満州鉄道の東京支社だったところだそうです。

結構ステータスの高そうなクラブですが、入会のハードルも高いようで、入会金300万、月会費約4万円で、会員2人の紹介と英語での面接があるという、残り少ない私の人生ながら一生縁の無い施設です。
と言っても朗報があり、クラブ80年の歴史で初めて会員以外も利用できるレストランができたようです。コース料理は10,000~20,000円、ワインは1本5,000円~の完全予約制、と聞けば、やはりハードルの高い施設でしたね。

史跡「日本経緯度原点」

史跡「日本経緯度原点」

ちょっと進み難そうな雰囲気ですが、東京アメリカンクラブの先には「日本経緯度原点」なる標識があります。

旅歴メモ -日本経緯度原点- 日本経緯度原点は、わが国における経度と緯度を測定する基準となる点である。明冶25年(1892年)に東京天文台の子午環(特殊な望遠鏡)の中心を日本経緯度原点と定め、その経度、緯度および方位角を原点数値として決定した。
大正12年(1923年)の関東地震では子午環が崩壊したため、日本経緯度原点の位置に金属標を設置した。
平成13年(2001年)の測量法改正により、測量の基準として世界測地系を採用した。この改正に伴い、新たな原点数値を世界測地系に基づき決定した。
その後、平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震による地殻変動に伴い、日本経緯度原点が東へ27センチメートル移動したため、原点数値を以下の値に改正した。
原点数値
経度:東経139°44′28.8869″・緯度:北緯 35°39′29.1572″・方位角: 32°20′46.209″(つくば超長基線電波干渉計観測点に対する値)
平成23年10月21日 国土地理院
(現地碑文より)

原点の金属標 原点の金属標

原点の金属標

こちらの中心にあるのが「金属標」で、日本の経緯度の原点となるのです。
だから何だということにもなりますが、まあ、「だから原点なのです」しか言いようがありませんね。
原方位角

原方位角

石碑の横には原方位角を表す石柱がありますが、これも方位を表す原点と言うことなのでしょう。
謎の石柱 謎の石柱

謎の石柱

そのほかにも石柱がいくつかあるのですが、謎のままです。単なる飾ではないでしょうね、きっと。。。
いづれにしても地理好きなら泣いて喜ばれるところでしょうね。

アフガニスタン大使館

アフガニスタン大使館

前に見えるお洒落な建物が「アフガニスタン大使館」ですが、ロシア大使館の近くにあるのも歴史のなせる業でしょうか。
東京タワー 桜田通り 桜田通り

路地からも見えるシンボル「東京タワー」

ここからは路地を抜けて7番目の「熊野神社」に向います。路地を抜けると国道1号線となりますが、通称は「桜田通り」で再びあの“桜田”が現れるのです。

熊野神社境内

熊野神社境内

7番目の「熊野神社」は国道1号線沿いにあります。
やはり都会にある神社ですので境内地はかなり狭いようです。

旅歴メモ -熊野神社- 由緒等は不祥ですが、文明年間(1469~87)に太田道灌により再興され、江戸時代では武家から崇敬されたいたそうです。
江戸名所図会「飯倉熊野権現」

江戸名所図会「飯倉熊野権現」

江戸名所図会によれば“飯倉町にあり、或人云養老年間芝の海濱に勧請ありしを遥の後今の地に移さるとぞ。別當は三集山正宮寺といふ天台宗にして東叡山に属せり。毎年六月朔日より三日まで祭礼を修行す。”と記載されていることから、養老年間(717~724)には、芝の海岸に勧請されていた古刹と言えそうです。
明治5年に村社に列格するも、大戦で焼失し昭和27年に再建されたのだそうです。

JAFサッカー御守

JAFサッカー御守

熊野三山における神使は言わずもがなの“八咫烏”なので、ここ熊野神社にJFAのお守りがあるのは微笑ましい限りです。サッカー御守というのだそうです。
熊野神社社殿

熊野神社社殿

この熊野神社に祀られているのが恵比須神です。

旅歴メモ -恵比寿-
恵比須

恵比須(c)七福神巡りウォーキング

恵比須は七福神の内の唯一の日本の神です。狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的で、漁業と商売の神様として信仰されています。
ここでの由緒は少し違い、この地にあった稲荷社に戦勝祈願で太田道灌が鯛を供えて感謝した故事から、祈願成就の際には土製の鯛を供えることが風習となり、鯛=恵比須と言う姿から恵比寿神として信仰されるようになったのだそうです。

昭和32年に当時隣接していた飯倉小学校の講堂建設のために境内地の一部を譲渡し、さらに昭和40年、桜田通りの拡張のため、境内地の前面が削られたことから、随分と窮屈な境内になってしまったのですが、それでも七福神や八咫烏などなど、ご利益一杯の神社と言えそうです。

宝珠院(弁財天)

熊野神社を参拝してからは、桜田通りを一旦北上し「飯倉」の交差点を右折します。

飯倉交差点

飯倉交差点

この“飯倉”も古い地名で、伊勢神宮の供物を調進する御厨の地で、米を納めた倉があったことからこう呼ばれたのです。
東京タワー 四季バラ

タワー下の四季バラ

このまま東に向うと東京のシンボルであった「東京タワー」となりますが、柵に絡んだ四季バラが綺麗に咲いているのには、ちょっと癒されますね。

東京タワー 東京タワー

55周年の東京タワー

今年は55周年だそうで本来ならもっと騒がれるのでしょうが、時代の変遷はちょっと残酷でもあるようです。
それでもまだまだ愛されている東京のシンボルのようです。
55周年

55周年記念展示

以前【「江 ~秘めた地の芝地区~」彷徨】で訪れたとき、ここには南極のカラフト犬の記念像があったのですが、どこに移されたのでしょうか。

紅葉谷 紅葉谷

冬もそれなりに風情のある「紅葉谷」

その先はやはり以前訪れた【紅葉谷】です。
紅葉谷のタワー 宝珠院

紅葉谷から見える東京タワーと宝珠院

そして紅葉谷を抜けると最後の七福神が祀られている「宝珠院」となります。先の紅葉谷を訪れた際にやはり訪れていますが、そのときよりは七福神の時期だけにちょっと華やいだ雰囲気が漂っています。

旅歴メモ -宝珠院- 創建は平安時代まで遡り、三井寺の開山智証大師が遣唐使の際に弁才天女に助けられ、その彫った尊像である「除波尊天」が現在の弁財天だと言われています。
その尊像は頼朝や北条家に伝えられ、後に西誉上人により増上寺が建てられ厚く祀られたのです。
その後、家康によって庇護された増上寺とともに尊像も厚く信仰され、江戸開府がなったことから、この尊像を「開運出世弁財天」と名付けたのです。
増上寺山内 芙蓉洲弁天社

江戸名所図会「宝珠院」

その様子は江戸名所図会でも「増上寺山内 芙蓉洲弁天社」として描かれています。
江戸時代の当初は増上寺の中に安置されていたことから、庶民は直接参拝できないため、1685(貞亨2)年、増上寺の外に弁天堂を建立し、同時に弁天堂の別当として宝珠院が開創されたのです。
現在は「開運出世巳成金」として福寿円満厄難消滅縁結びのご利益を授けているのです

弁天堂 弁財天

弁天堂と前像の弁財天

朱色の弁天堂が鮮やかで、前像の弁財天の白い肌のコントラストが綺麗です。

旅歴メモ -弁財天-
弁財天

弁財天(c)七福神巡りウォーキング

弁財天は、古代インドにおける川の神(女神)で、水神、農業神として崇拝されましたが、仏教の守護神として日本に入ってきた当初は、8本の腕に宝珠・剣・弓矢・金剛杵等を持った姿(八臂像)だったものが、鎌倉時代になると2本の腕(二臂)で膝を立て琵琶を弾く姿(像)が一般化し、芸能の神様ともいわれるようになったのです。
現在は、学問・弁舌・音楽・除災・財宝・至福を与える神で、農業神・海上神・福徳神などとしてご利益のある女神と信仰されているのです。
因みに江戸時代には、それまで「弁才天」と呼ばれていたものが、より現世利益の“財”を強調した「弁財天」と呼ばれるようになったのだそうです。

弁天堂とタワー

宝珠院の後に見える東京タワー

こちらの宝珠院のバックは同じ紅白の東京タワーで、誂えたようなカラーリングで江戸と昭和のコラボレーションです。
閻魔大王像

閻魔堂の閻魔大王像

またこちらの境内で有名なのは文化財でもある閻魔堂の「閻魔大王像」です。縁日は「お閻魔さま」と呼ばれて親しまれているそうですが、何となく不気味なんです。

七福神色紙

完成した七福神色紙

そして参拝後、最後の朱印をいただき七福神朱印の完成です。
朱印を頂いた巫女さんより日付も入れていただき、「お参りご苦労様でした」との労いのお言葉をいただき、とてもすっきりした気分に浸れることができました。
ちょっとした心遣い、やはりホスピタリティの重要さと言うことでしょうか。

さてこうして七福神めぐりも終了したのですが、以前訪れたときに気付かなかったことが、この期間ゆえに知ることができました。

「三竦み」の図

「三竦み」の図

それは「三竦み」という石像で、説明によれば「ヘビがカエルを食べる・カエルがナメクジを食べる・ナメクジがヘビを溶かす」という“三すくみ”を意味しているのだそうで、これは物事が動かなくなる、転じて、争いがない平和の象徴を意味し、世の中は平等であることを表現しているのだそうです。
この3つが境内に祀られていると聞けば、参拝しないわけにはいかないでしょう。

ヘビ像

ヘビ像

本堂の右手にとぐろを巻いているのが「ヘビ」です。結構大きなヘビで“大蛇”と言っても良いでしょう。
カエル像

カエル像

境内右側の地蔵尊の左手にいるのが「カエル」で、正月飾りが妙に可愛らしくもあります。
ナメクジ像 ナメクジ像

ナメクジ像

ヘビの左側、閻魔堂のまえにいるのが「ナメクジ」ですが、こちらは小さいので、柱に多くのナメクジがいるようです。
三竦み位置

三竦み位置

このように三匹が三角形の位置に祀られていて、まさに“三竦み”となっています。
今年は穏やかな1年であると良いですね。

弁天沼

弁天池

こうして終了した今年の七福神めぐりでしたが、最後は弁天池を通って「赤羽橋」に向い、ここから電車で帰宅となります。
赤羽橋交差点

赤羽橋交差点

ここ赤羽橋も古い土地で、元々は土器を作る家が多く、土が赤かったことから“赤埴”と呼ばれ、いつの頃からか“赤羽”となったのだそうです。

赤羽 赤羽橋

江戸名所図会「赤羽橋」と現在の「赤羽橋」

江戸名所図会の挿絵にも描かれ、中央の橋が「赤羽橋」で、写真が現在の「赤羽橋」です。
江戸名勝図会「赤羽根」

江戸名勝図会「赤羽根」

江戸時代には「赤羽根」と表記することもあったようで、増上寺の西安に位置していたことから、増上寺の五重塔とともに描かれることが多かったようです。
このあたりは幕末に赤羽接遇所が置かれ、外国人の宿泊施設などがあり、アメリカ公使館の通訳だったヒュースケンが暗殺されたのは、赤羽接遇所からアメリカ公使館のあった麻布善福寺へと戻る途中のことだったそうです。

トレンドタウンマップ

現在のトレンドタウンマップ(c)三菱地所レジデンス

現代と古が融合するお洒落な街での七福神めぐりも一興でしたね。赤羽橋駅に着いたのはPM3:00過ぎで予定時間まではまだ充分余裕がありました。AM11時にスタートした七福神めぐりはPM3:00の終了で、昼食・休憩を除けば実質3時間程度で、比較的手短に現在のトレンドを味わえるルートと言えそうです。
来年はどこの七福神にしようかと、鬼が笑っています。

2014.01.22記(完)

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