これまでの散策で随分と児玉町を見てきましたが、まだまだ見所が残っているとは思いませんでした。
後半は観音堂内部の拝観と、小平地区にある見所をめぐります。

百体観音堂-2

歴史と文化に色づいた成身院と観音堂を知り、いよいよ堂内を拝観します。
どのような光景がみられるのか興味津々です。

百体観音像

ここからは各自(といっても一人ですが)自由に拝観します。
先に三層になっていることは触れましたが、その理由は一層が秩父三十四観音、二層に坂東三十三観音、三層に西国三十三観音と、全てあわせると100体の観音像となることから「百体観音堂」と呼ばれているのです。

一層の秩父三十四観音 一層の秩父三十四観音

1層の秩父三十四観音

このように三十四観音が安置されていて、右回りに参拝していくと三十四観音を参拝したことになるのです。

旅歴メモ -百体観音堂の歴史- 天明2(1783)年旧暦7月8日、浅間山の大噴火により1500人以上の人が亡くなり、多くの遺体が利根川を流されていました。戸谷塚(現在の伊勢崎市)では連日総出で遺体を収容し、手厚く埋葬し地蔵尊を建立したそうです。
これを知った時の成身院69世元真は、死者のために法華経1万部を読誦し、百体観音像造立を発願するも果たすことはできませんでした。

弟子の元映は、まずは大日如来像造立の寄進を勧め、多くの寄進者により大日如来像が建立されたのです。それが堂宇前にあった大日如来坐像です。
その後、元映は江戸に出かけて護摩や講義などで資金を集め、観音像を江戸で鋳造し中山道の各宿場の人々によって成身院まで運ばれたのです。
こうして百体観音が完成したのが寛政4(1792)年で、観音堂やその周辺が整備されたのが同7年だったようで、各地の浅間山噴火犠牲者供養の建造物としては、最も大きく荘厳なものだったそうです。
明治時代になり、廃仏毀釈のため成身院は無住寺となり、明治20(1888)年の火災で観音堂を焼失し、観音像は全て溶けてしまったのです。その時奇跡的に残ったのが、先の大きな鰐口だったのです。

その後、明治40(1907)年に成身院の復興も始まり、明治43(1910)年にやっと観音堂落慶入仏式が行われたのです。しかしながらこの時安置された観音像は60体だけだったのです。
更に大正8(1919)年、花火が元で本堂を焼失し、再び無住寺となり、追い討ちをかけるように太平洋戦争中の供出により梵鐘なども失い、戦後の荒廃の時期には約半数の観音像が盗まれたのです。
そしてその後、銅像に限らず観音像の寄進をお願いし、地道に一体一体の寄進を受け、現在の100体になったのはかなり最近のことだそうです。

観音像 観音像 観音像

一体一体気持ちのこもった観音像

こうして拝観していくと、仏心はともかくとして温かい身持ちが察せられるのは私だけでしょうか。

二層の構造 二層の構造

二層の構造

二層への階段を上がると二層の構造が見て取れます。所謂二階建ての建物の中に、別に三層の建造物が作られているという構造で、斜めの屋根は一階と二階の間の屋根です。

二層の坂東三十三観音を参拝します。

二層の坂東三十三観音

二層の坂東三十三観音

室町時代の三仏

室町時代の三仏

途中へこんだエリアがあり、こちらには観音像とともに室町時代に造られた薬師、阿弥陀、釈迦の三仏が安置されています。
元々は三仏堂に祀られていたのですが、防犯上の理由からこちらに安置されているそうです。この三仏も市指定の文化財です。

ここもまた三十三観音を参拝して最後の三層に上がります。

階段

左手の階段が一層からのもので、
左側の階段が三層への階段

二層も右回りで参拝すると、美しい壁絵の描かれた戸の手前から三層に上がります。

三層は西国三十三観音で、これを参拝すると百観音巡礼となるのです。

三層の西国三十三観音

三層の西国三十三観音

観音像も美しいのですが、三層は特に天井画が素晴らしいです。
荘厳な三層

百観音巡礼の最後の三層は荘厳

馬頭観音

馬頭観音

そして最後の三層は、まさに絢爛な空間で、正面には馬頭観音が祀られています。これで百観音巡礼も終わり、更に下りの別なルートで一層まで降ります。

しかし、その時は気が付かなかったのですが、今写真を見ると妙なことに気が付きました。

右に巡礼順

馬頭観音の後ろの観音像は
左から右に巡礼順となっている

この位置に来るまで、馬頭観音の後ろの順路を確か左から右に進んできた記憶があります。三層に上がったときの写真でも観音像を右側に見ています。
ということはここだけ左廻り(反時計廻り)だったということでしょうか。或いは三層は到着層なので、三層までの順路が右回りであれば良いということでしょうか。
まあ、巡礼する気持ちに変わりは無いのですが、ちょっと気になるモノです。。。

そして最初に案内されていた2階からの風景を見ます。

2階からの眺望 2階からの眺望

2階からの眺望

最初の案内の際に、「三層に上がったら扉を開けて眺望を楽しんでみてください」といわれていたことから、その風景を眺めて見ます。
絶景、とまでは云いませんが、やはり春のこの時期、眺めは素晴らしいものがあります。
実に爽やかで華やいだ気分にさせてくれます。

帰りはまた違ったルートを右回りで降ります。

駕籠

違った視点から見る発見

違ったルートから降りますので、往きとは違う始点で三層を辿るので、二層にあったこのような駕籠はここで初めて気がつきました。
燈台元暗しですね。

内陣

観音堂の内陣

そして最後は観音堂の内陣を廻って一層に到着です。
仏心は別としても、歴史として、建造物として、そして文化としても見所のある観音堂でした。

最後に隣の総合運動場に戻り、成身院境内をパノラマで取ってみました。

境内のパノラマ写真

成身院の境内


仁王門から百体観音まで実に広い境内なのがわかりますが、往時は更に広かったことでしょうね。

今回の最大の目的であった百体観音堂参拝を終えましたが、時間もあることなので里から山に向ったエリアで、2ヶ所の湧き水のある地が目に留まります。

小平案内板

案内板にあった地図

当初は予定していなかったのですが、当日、案内板でその存在を知り立ち寄って見ることにしたのです。

分かれ道 分かれ道

運命の分かれ道、というほど大げさでは無いが。。。

百体観音堂を出て南に向うとT字路があり、そこに案内板があり道は左右に分かれており、左側に「秘水 岩谷洞 岩清水」、そして右側が「おいしい水の里 ごっくん水」と案内されています。
どちらに行っても良いのですが、まあ、「秘水・・・」といわれると、ということでまずは左手の「岩谷洞」を訪ねることにします。

岩谷洞

「岩谷洞」とありますが、案内板では「岩谷堂」となっています。どちらが正しいのでしょうかね。
案内図ではパーキングの絵があるくらいですから、当然車で向かいますが、意外と細い道でたまたま1台の対向車とすれ違うことがありましたが、退避路もなく何とかすれ違った結構ハードな道です。

ゆっくり走ること約10分ほどで駐車場に到着です。
車から外に出ると野鳥の綺麗な鳴き声が聞こえます。

オオルリ

駕籠のなかは綺麗な「オオルリ」

なんと駕籠の中に「オオルリ」がおり、その鳴き声が聞こえていたのです。この鳥は先客の方がつれてこれた鳥で、ここに泣かせに連れてきたのだそうです。
近くで拝見させていただいて、とても綺麗な青色に驚きました。実際「オオルリ」を見るのは初めてですから。

旅歴メモ -オオルリ- スズメ目ヒタキ科オオルリ属の鳥類の一種で、日本へは夏鳥として渡来・繁殖し、冬季は東南アジアで越冬するそうです。高い木の上で朗らかにさえずり、姿も囀りも美しいのが特徴です。
その青い色はフェルメールブルーで名高いラピスラズリ(瑠璃)で、コルリ、ルリビタキなど共に「青い鳥御三家」の一羽といわれているそうです。
更にそのさえずりは美しい声でゆっくりとピリーリーと鳴き、「日本三鳴鳥」(他はウグイスとコマドリ)といわれているのです。

オオルリの色と囀りを堪能して次ぎは湧き水です。

秘水 岩谷洞 岩清水 秘水 岩谷洞 岩清水

これが「秘水 岩谷洞 岩清水」

後ろの山から流れ出ている湧き水なのかもしれません。まあ、見たとおりですが、確かに美味しい水であることは間違いないようです。

反対側に「岩谷洞」への案内板があります。

ロナルド・ハリントン こだまの森

案内板

案内板に寄れば、このあたりは「ロナルド・ハリントン こだまの森」というそうで、ハイキングコースとして、「岩谷洞コース」と「ナツツバキ・イヌブナの森コース」の2通りあり、グルッと一周できるようです。
ちょっと調べてみれば、ロナルド・ハリントンとはサンダース・ペリー化粧品の創始者で、この化粧品会社の協賛によってこの一体が整備されているようです。
所謂、ネーミングライツみたいなものでしょう。こういう協賛も現実的に自然を生かすには良い取り組みですね。

岩谷洞への参道 岩谷洞への参道入口

岩谷洞への参道

そしてこちらの石祠や石仏が多く並んでいる場所が岩谷洞への参道のようです。
案内によれば、この岩谷堂は江戸時代の浄土宗僧の浄厳が念仏道場を開いた場所といわれ、その時代に広く信仰され、多くの参拝者が訪れたそうです。
そして石仏寄進が江戸時代から始まり、現在、春には万霊供養祭が開かれているそうです。

早速、参道を進んでみます。

岩谷洞への参道

急で狭い坂道の参道

急な坂で幅も狭い山道で、道場へ向う参道とあって結構きついです。更に追い討ちをかけるのは冬の大雪で倒れた樹木が参道を塞いでいることです。
まあ、なんとか跨げる範囲ですが。。。
参道の石仏 参道の石仏

参道沿いの石仏

確かに参道沿いには石仏がたくさん祀られています。大分倒れている石仏がありますが、やはり冬の大雪の影響でしょうか。

不動の滝 不動の滝

途中にある「不動の滝」

途中に「不動の滝」の案内板があり、その周辺に不動明王像が建立されていますが、滝は流れていません。
もう少し季節が良くなると滝の水も現れるのでしょうかね。

山門跡 山門跡

山門跡

しばらく登ると「山門跡」の標識が現れ、その先に参道の両側に石垣のようなものが作られています。これが岩谷堂のかつての山門だったということでしょう。
現在は石仏が安置されていますが、かつての山門とはどのようなものだったのでしょうかね。
参道の石仏

ここからは境内ってことでしょうか

山門跡を過ぎても急な坂が続きます。このあたりも石仏が多く並んでいて、寄進者の多さが偲ばれます。

しばらくするとやっと岩谷堂の到着のようです。

境内 境内

まるで要塞のような境内

再び山門跡のような石積みが現れますが、こちらのほうは更に規模も大きく、どうやらここからが岩谷堂となる感じです。
石積みの上にはおびただしい数の石仏が並んでいます。

そして左手の方に大きな石仏像が祀られています。

大きな石仏 大きな石仏

比較的新しく大きなが祀られています。

こちらは観音像でしょうか、かなり大きな石仏像が並んでいます。
丸太のベンチ

ベンチの代わりの丸太

観音像の前の丸太はベンチ代わりになっているようで、万霊供養祭がこちらで行われているそうです。

その左手に洞窟のようなものがあります。

岩谷堂

こちらが岩谷堂でしょう

この洞窟の中にもたくさんの石仏が祀られていて、どうやらこちらが岩谷堂のようです。
洞窟の名前が「岩谷洞」で、そこに作られた修験場が「岩谷堂」ということになるのでしょう。

健脚な方ならなんでもないところでしょうが、結構私には険しい坂道でした。
これも修行と考えれば。。。
この先に奥の院があり、更にその先は陣見山となるそうですが、これ以上進むのは体力的にも無理なのでここで下りることにしますが、その修験場の趣は充分堪能させていただきました。

ごっくん水

再びT字路に戻り、ここから「おいしい水の里 ごっくん水」に向かいます。
こちらも道は狭いのですが、岩谷洞よりはやや道幅も広く、しっかり舗装されているので走り易いです。

あじさい小路への道

あじさい小路への標識

しばし進むと「あじさい小路」への標識が現れ、この辺りからはぐっと渓谷の雰囲気の中を進みます。

渓谷沿いの案内板

渓谷沿いの案内板

途中に「東小平の不動滝」の案内板が現れます。案内板に寄れば、この道はかつての幹線だったようです。
不動明王の祀られた滝とあるのですが、確かに水の音はするのですが、その滝の姿を見ることができません。

不動明王の祭られている崖 不動明王

どこにいるのでしょうか

周辺を見渡しても最初は不動明王がどこにあるのかがわかりませんでしたが、よくよく見れば崖の中に安置されていました。

借金なし地蔵

地蔵尊

更に不動明王の他に地蔵尊も祀られています。なんと「借金なし地蔵」と書かれています。案内板に説明もありませんし、調べてみてもその由来は判りませんでした。
まあ、おそらく借金返済を願って祈願したら、借金がチャラになったというとってもご利益のある地蔵尊といったところでしょうか。
当然、手は合わせておきました。

不動滝からしばらく進むと大きく曲がる角にちょっとした駐車スペースがあります。

ごっくん水

ごっくん水案内板

「あじさいの小路」景観賞の碑

「あじさいの小路」景観賞の碑

ここが目指す「ごっくん水」のあるところですが、その横には「2010年彩の国景観賞受賞記念 あじさいの小路」碑があります。
あじさいの小路

あじさいの小路

この道の先があじさいの小路のようですが、流石に時期的には早いのでその美しさに触れることは出来ません。

ここから崖下に下ります。

ごっくん水 ごっくん水 ごっくん水

若干拍子抜けの「ごっくん水」と「ごっくん水」の云われ

な、なるほどと思わされる湧き水ですが、確かに水自体は大変美味しい水でした。ふるさとの森公園からあじさいの小路まで徒歩で来ると結構な距離がありますから、ここで一休みと行ったところでしょう。
あじさいの時期に再び訪れたいものです。

今回の散策はここまでです。
他にこの小平地区には「間瀬湖」や「日本神社」といった見所があるのですが、こちらは以前【へら釣のメッカ間瀬湖】で訪れていますので、そちらを参照してください。
季節の良いときに訪れるのは勿論ですが、過日の大雪により観音堂の屋根がゆがんだことがあったようですが、一方では雪景色の高窓の里もまた一見に値するようです。
2ヶ所の景観賞を受賞している児玉町東小平地区を季節ごとに味わうのも趣があるかもしれませんね。

2014.04.23記(完)

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コメント

  1. このGWでも帰省しましたので、関越道は年に数回は利用しますが、本庄児玉は通過するだけで、もちろん高窓の里やこのような寺院があることも知りませんでした。機会があったら訪れてみたいと思います。

    ( 12:41 )

  2. 薄荷脳70 | -

    山ぼうしさん、ありがとうございます。

    山ぼうしさん、ありがとうございます。
    私も児玉には何回か行ってましたが、ここまで奥深いものがあるとは思いませんでした。
    全国的にも珍しい寺院ですので、機会があれば是非^^

    ( 06:12 )

  3. 薄荷脳70 | -

    還暦ライダーさん、ありがとうございます。

    還暦ライダーさん、ありがとうございます。
    ごっくん水から上に行こうと思いましたが、時間もなく、あじさいも咲いていないので途中で引き返しました。
    返す返す惜しいことをしました;;
    情報、ありがとうございます。機会があればリベンジします^^

    ( 06:15 )

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