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後編はいよいよ祭りの開始です。
関東一の祇園祭で、一体どんな素敵な祭が見られるのでしょうか。

愛宕八坂神社

祭りの前に最後の散策として、星溪園からほど近く本来の主役である「愛宕八坂神社」を参拝します。

愛宕八坂神社

愛宕八坂神社

境内は人っ子一人居ない、閑散とした空気が漂っています。
愛宕八坂神社

社殿も寂しそうな空気

それもそのはずで、一応現在、祭神は行宮(お仮屋)に行っており留守なのですから。
愛宕八坂神社

愛宕八坂神社の社額

社額を見ると判るのですが、正式には「愛宕八坂神社」となります。
愛宕神社と八坂神社が相殿となったと言うことですね。

旅歴メモ -愛宕八坂神社- そもそもは大永2(1522)年に大善院3世行源法師(鎌倉町の野口医院の先祖)が、火事の多かった熊谷の街の火災防止のため、京都の愛宕神社を勧請して邸内に祀りました。
次に文禄元(1592)年、疫病退散を祈って京都の八坂神社を勧請し、あわせて市の発展と商売繁昌のための市神と伊奈利神とともに愛宕神社に合祀し、「愛宕牛頭天王稲荷合社」としました。
明治になると、神仏分離によって大善院の管理を離れて、社号も「愛宕神社」に改められました。
昭和20年8月14日の空襲で焼失したのですが、国道17号の拡張により、現在の境内地に移転して昭和26年に社殿が再建されたものです。
この境内地は、元々現在、向かい側にある「宇佐稲荷神社」の境内だったのですが、「愛宕様が移って来るなら少しでも広いほうが良いでしょう」と境内地を譲ってくれたものだそうです。
ちょっといい話ですね。

愛宕神社の祭神は愛宕権現=伊弉冉尊で、八坂神社の祭神は牛頭天王=素戔嗚尊という図式になります。
そして八坂神社の例大祭が「祇園祭」ですから、「熊谷うちわ祭り」が八坂神社の例大祭となり、素戔嗚尊が行宮に出張しているわけですね。
とすると素朴な疑問で、伊弉冉尊が留守番をしているのではないかと思うのですが、いかがなものなんでしょう。更に愛宕神社の例大祭はないのか、ともつい考えてしまいますが、まあ、それで上手く行ってるなら余計なお世話でしょう。

境内には記念碑など、「鳶」に関するものがあります。

記念碑など 記念碑など

記念碑など

流石に火防の神・伊弉冉尊だけあって「鳶」が盛んだとかと言うことでしょうか。
いずれにしても熊谷の鳶組合は昨年創立100周年を迎え、浦和の組合と並び県内最古の歴史ある組合として、市の無形民俗文化財に指定されています。
現在は1月の出初式、うちわ祭りの年番送り、11月の地区消防点検で、「梯子乗り」や「木遣り」が披露されているそうです。

巡行祭

いよいよこの日の行事「巡行祭」が始まる模様です。
巡行祭とは、ある意味お披露目みたいなもので、祭りでは各地区を順に廻るとされているようです。
このうちわ祭りでは、大胆にも国道17号線を通行止めにして17号線上を巡行するのですから、生活より祭りという伝統のなせる業と言わざるを得ないでしょう。

国道17号線の通行止め 国道17号線の通行止め

滅多に見られない国道17号線の通行止め

勿論、交通は大渋滞になることは請け合いで、帰りに聞いたラジオではまさに渋滞情報の嵐でした。

また、国道沿いには様々な露天商などが、軒をひしめいています。

沿道

熊谷流冷房

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夜になったら来てみたい

それはそれとして、別の機会に。。。

各所から続々山車や屋台が国道17号線の西方の石原地区のあたりに向かい集合します。
総勢12台ですから、実に壮観な眺めになることでしょう。

各所から集まる山車・屋台

各所から集まる山車・屋台

山車の前の綺麗どころ

山車の前の綺麗どころ


山車の前には、シンボルロードでもあったのですが、5人程度の綺麗な女性が先導するのが、お約束なのでしょうか。しかもマイネーム入りの提灯を持っているのですが、先ほどの案内所と関わりが!?

旅歴メモ -山車・屋台- 山車とは、日本の祭礼の際に引いたり担いだりする出し物の総称です。一般的には花や人形など豪華な装飾が施されていて、地方によって呼称や形式が異なります。
■山のつくもの:やま(山車)、ひきやま(曳山)、かきやま(舁き山)、やまほこ(山鉾)、やまかさ(山笠)など
■車のつくもの(上記を除く):だんじり(地車)、さいしゃ(祭車)おくるま(御車)など
■笠のつくもの(上記を除く):かさぼこ(笠鉾)(秩父地方など)
■台のつくもの:やたい(屋台)
現在、日本全国で行われている祭礼のうち、5件の祭礼で使用されている山車計66台が重要有形民俗文化財に指定されていて、これらを曳き出すいずれの祭礼も重要無形民俗文化財の指定も受けています
日立風流物:山車1基(茨城県)、高山祭:屋台23台(岐阜県)、高岡御車山祭:山車7台(富山県)、祇園祭:山鉾29台(京都府)、秩父夜祭:屋台6台(埼玉県)

ここ熊谷うちわ祭りでは、人形の乗ったものを「山車」、人形の無いものを「屋台」と呼んでいます。
12台が揃うと、年番(幹事みたいなものでしょう)の山車から順に180度回転して、東に向きを変えます。

先ずは八坂神社宮司などの関係者が巡行を始め、つづいて年番の仲町の山車が先頭を切って曳かれます。

アテンドのイメージガール!?

アテンドのイメージガール!?

関係者の巡行

関係者の巡行

年番の仲町の山車

年番の仲町の山車が続く


そして何故か撮影タイムとなります。
撮影タイム

撮影タイム


その間に仲町の山車はとまり、後から来る5台がそろい曳っかわせがはじまります。
6台があつまります

6台があつまります

仲町にも綺麗どこ

仲町にも綺麗どこが、やはりマイ提灯で。。。

6台の曳っかわせ

6台の曳っかわせ


お囃子の叩きあいと言うことで、前日と翌日は12台揃った叩きあいが見られるのです。
今日は半分ですが、それでも結構盛り上がる迫力は十分伝わってきます。

叩きあいが終ると、先ほど同様仲町を先頭に山車の巡行が始まります。

左右1台づつの巡行

左右1台づつの巡行


ここで順に山車・屋台の紹介を簡単に致しましょう。

■仲町区:山車(人形:素戔嗚尊)昭和30年製作

仲町区:山車

緑を基調として、渋い赤と青のハッピがカラフル

初代は花屋台を使用し、後に妻沼町(当時)に譲渡。昭和三十年に新しく山車を製作、当初は一層でしたが、昭和56年新たに鉾を加え、二層式の山車として完成し現在に至ります。

■第壱本町区:山車(人形:神武天皇)明治31年製作

第壱本町区:山車

歴史ある山車が誇らしげ


第弐本町区の山車を参考に、初めて地元熊谷で製作された山車で、御拝柱と床柱がズレているのが特徴で、昭和43年に市の有形文化財に指定された。
お囃子は熊谷祇園囃子の始まりとされ伝承されてきましたが、囃子会に女子は参加できないそうです。

■櫻町区:屋台 平成6年製作

櫻町区:屋台 櫻町区:屋台 櫻町区:屋台

黄色のハッピが眩しい


櫻町区内では、明治の初~中頃より御神輿が町内を練り歩いていましたが、昭和54年に伊勢町区より譲り受けた屋台でうちわ祭に参加し、平成6年、現在の屋台を新調しました。

■第弐本町区:山車(人形:天手力男命)天保年間製作

第弐本町区:山車

12台では一番歴史のある山車


この山車は長く江戸天下祭に参加していたもので、明治24年、東京神田の紺屋が個人で所有していたものを、熊谷市中家堂の二代目主人中村藤吉を中心とした数名が世話人となり購入したものだそうです。

まだまだ続く山車・屋台の巡行

続く山車・屋台の巡行

銀座と筑波がほぼ同時に


■筑波区:山車(人形:日本武尊)昭和36年製作

筑波区:山車 筑波区:山車

ゴールドの装飾が輝いている


初代山車は明治35年鴻巣より購入し、大正5年2代目山車を製作して昭和35年まで使用されました。現在のものは、昭和36年に新調したものです。
筑波区のお囃子は、うちわ祭のお囃子の原型である三手鼓囃子を明治35年以降深谷の高島より伝授され、現在に引き継がれているそうです。

■銀座区:山車(人形:熊谷次郎直実公)平成6年製作

銀座区:山車

地元の偉人をすかさず活用

銀座区:給水山車

後に付いている
給水山車が可愛い


銀座区では、大正13年に製作された屋台を使用していたが老朽化に伴い、平成6年熊谷で唯一、重厚さを増す裳階を付けた現在の山車を新調しました。「全国祇園祭山笠巡行」や、復活した「江戸天下祭」に招聘されたそうです。

■荒川区:山車(人形:大国主)平成24年製作

荒川区:山車 荒川区:山車

一昨年建造したばかりの新しい山車

荒川区:給水車

こちらの給水車は故障?


昭和22年の屋台も老朽化し、今年新たに「山車」が完成しました。
制作は創業403年の「世界最古の打楽器店」として知られる㈱浅野太鼓楽器店で、山車を制作したのは初めてですが、豪華絢爛な姿は「動く芸術品」と呼んでいるようです。

■彌生町区:屋台 大正13年製作

彌生町区:屋台

提灯の文字がお洒落

彌生町区:屋台

見送り幕がヴィヴィット


大正13年に屋台を新調。昭和21年、前年の空襲で焼け野原となった市街地を当町屋台が巡行し、市民の励みになり、復興の力となったそうです。お囃子は、当時、音色の人見と名高い藤沢村人見向在家(深谷)より伝承し、昔は、芸妓衆が金棒先頭に手古舞い姿で木遣りの披露もしていたそうです。

■伊勢町区:屋台 昭和54年製作

伊勢町区:屋台 伊勢町区:屋台

多少屋台の幅が狭い


昭和10年製作の初代屋台を櫻町に寄贈し、現在の屋台は町内の道路が狭いため、狭い道路でも巡行出来るように作られているのだそうです。
懸魚(後方)に神を守護する四神の一つである玄武が飾られていることから、お囃子会を「玄武お囃子会」と称しています。

■鎌倉区:屋台 昭和28年製作

鎌倉区:屋台

やはりこちらも先導の綺麗どこ

鎌倉区:屋台

八千代号とは風雅な名称です。


明治29年製作の山車(人形は素盞嗚尊)は、市中電線化に伴い、明治42年越生町の黒岩町に譲られました。
その後、御大典記念(大正期)として八千代号(屋台)が製作されましたが、太平洋戦争にて焼失し、昭和28年、現2代目八千代号が製作され、今日に至ります。

そろそろ終盤になります。

残った山車

残った山車


■本石区:屋台 昭和12年製作

本石区:屋台 本石区:屋台

ズッシリした屋根が重量感をかもし出している

本石区:屋台

自走しない給水車!?


市内最大・最重量の屋台で、唐獅子牡丹を基調とした屋台です。お囃子は深谷市藤沢より伝承し、今日に至っています。
正面は素戔嗚尊が八岐大蛇を退治する姿、上部は立体的な唐獅子、下部は唐獅子牡丹が屋台を一周という唐獅子尽くしです。

■石原区:屋台 昭和12年製作

石原区:屋台 石原区:屋台

ブルーのハッピが眩しい

石原区:屋台

立派な給水車!?


昭和12年に石原三丁目屋台として新造されました。熊谷唯一の四方破風屋根を持ち、鬼板は八岐大蛇、各懸魚には四神の見事な彫刻が配されています。
お囃子は、深谷の小台より職人が来てお囃子をしていたものを地元の有志に引継がれ、昭和51年より伝承しているそうです。

以上、12台の山車・屋台の巡行が、、、って、もう1台残っているのですが、13台目!?

■謎の本町!? 

謎の本町!?

スカイフルーのハッピが綺麗

謎の本町!?

下の提灯に「籠原本町」の文字が


籠原は、熊谷市の西部地区にあり、籠原駅が最寄り駅となります。基本的にうちわ祭りは、熊谷市の中央地区の祭礼なので、他の7地区は入れないのですが、推測ですが毎年1台、や2台が特別参加するのではないでしょうかね。
そのような意味で、今回は13台の巡行となるようです。

石原地区を出発した山車・屋台は国道17号線を一路東を目指します。

あの「お化け屋敷前」を通過

あの「お化け屋敷前」を通過


県道91号線を右折して行宮にむかいます
一斉に山車の人形を上げます 一斉に山車の人形を上げます

一斉に山車の人形を上げます。

国道17号線では信号機などの柱があるため、低いままで通過しましたが、この県道の信号機などは折りたたみになっていることから、ここからは一斉に山車の人形を掲げて巡行します。
人形が闊歩するような見事な光景

人形が闊歩するような見事な光景

行宮前の堂々たる巡行

行宮前の堂々たる巡行

まさに山車の真骨頂ともいえる光景を目の当たりにします。
この周辺ではMCによって説明がなされていますが、流石の暑さでMCも一服です。
MC

熱中症に気をつけないと


そして行宮前の交差点で、一気に90度ターンして行宮前に到着です。

90度ターン 90度ターン

90度ターン


一同頭を垂れて、行宮に参拝します。
一同が参拝 一同が参拝

一同が参拝


そして参拝が終ると、元の道に戻って巡行を続けるのです。
今回は気温や時間の問題で、これ以上、滞在し続けるのは無理なので、これにて帰宅となります。

Tシャツ

熊谷駅で販売されていたTシャツ

煌びやかな山車・屋台と、豪壮な巡行、そして見事な叩き合いと、関東一の祇園祭として恥ずかしくない見事な祭りのようです。
夜の祭りを楽しめなかったのは残念ですが、また来年のお楽しみということにしておきましょう。
暑い夏の、暑い熊谷で、暑い祭りの一端を堪能しました。

2014.7.29記(完)

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