歴史を尋ねる散策記。歴史の必然、偶然を楽しんでいます!!!!
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現代を代表するオシャレな街の一つが代官山
江戸時代、代官の屋敷があった説や代官が管理する山林があったからという説があるが、いづれにしても当時の要所ではなく、関東大震災後さえも、同潤会の代官山アパート(旧称・渋谷アパート)が建った昭和初期あたりまでは一面の雑木林で、闇夜に梟が鳴くような鄙びた街であった
その代官山が現在のお洒落な街に発展するきっかけが、現在は重要文化財となった「旧朝倉邸」
甲州武田家に仕えた武士であった朝倉家が、帰農して渋谷に住まい、水車を利用した収益で資産家となり、当時の渋谷周辺の土地を買い占めた大地主となる。
その末代の朝倉虎治郎は、渋谷区議会議長や東京府議会議長を歴任した政治家で、大正8年に邸宅として建てられたのが、この「旧朝倉邸」である
旧朝倉邸の見所は、ほぼ全室が畳敷きで、屋根は瓦葺き、外壁は下見板張という典型的な和風大邸宅で、部屋ごとに違ったデザインを施していることである
正式な応接間として使用される部屋は伝統の「書院造り」
武家の時代からの書院造りの踏襲である
凝った障子、欄間や襖に描かれた絵や彫刻は華美ではなく、渋く輝いている
一室しかない洋間は、あくまで簡易洋風接待用で基本的には執事室
和洋折衷といった趣か。。。
若干、とってつけたような風情からも伺える
私的な空間は「数奇屋風座敷」
代表する「杉の間」は、杉の板目をそろえた一風変った贅沢な空間で、これだけのものは当時かなりの財力が必要だったようである
しかし、それを自慢げにしないところに好感がもてる
隠れた贅沢や凝ったつくり、つまり遊び心一杯といったところ
木製のレールなどもその一つであるが、派手さはないが、なかなか渋い、、、現在で言えばクールといったところか
建物の中に見られる蔵の扉や金庫といったところは、やはり財力の象徴
金があることは決して悪いことではないが、やはり庶民にはねたましい!
その財力は蔵の様子からもうかがえる
2階建ての蔵はそれなりの重厚感を醸し出す
華麗、というよりも渋い佇まいはまさにクールジャパンといえる大正浪漫の傑作であろう
もう一つの見所は庭園である
回遊式庭園は文字通り庭園を巡ってこその庭園
崖線を利用した庭園は、かつて富士山や目黒川を借景とした庭園で、その眺望は見事であったと思われる
庭園への門も新しいものながら趣がある
石畳や石段の風情は、それで一つのアート!?
庭園に配置された石燈籠などもより和風の風情を醸し出す、回遊式たる由縁か
そして庭園からみる建物の佇まいも、落ち着いたシックな佇まいである
まさにクールジャパンの旧朝倉邸であるが、大戦後は所有していた土地の大部分を失い、本宅も相続税支払いのために売却された。
手元に残った土地を活かした不動産経営をしていた朝倉家は、早急な開発ではなく、長期にわたり快適な空間として続く開発を望み、1967年に出あった建築家・槇文彦氏に「代官山集合住宅計画」を立案させた。
当時、このエリアは住居専用地区だったため、店舗の開設は認められていなかったが、行政との交渉の末、住居と店舗が混在する建造物を実現させたのである。
これが現在の「ヒルサイドテラス」で、お洒落な街代官山の始まりとなったのである。
因みに「ヒルサイドテラス」内にある猿楽神社は、猿楽町の由来であり、更に神社の建っている築山は古墳時代の円墳である
古代と近代と現代をつなぐのが「旧朝倉邸」の魅力であろう
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