01-氷川神社参道007

初詣参拝客が毎年ベストテンにランキングされる武蔵一宮氷川神社は、今や全国区と云っても過言ではありません。
この氷川神社は、埼玉県さいたま市大宮区にあり、東京都・埼玉県近辺に約200社ある氷川神社の総本社で、他の氷川神社と区別する際は「大宮氷川神社」と呼ばれています。 そんな埼玉県民は知らない人がいないと云えるくらい著名な氷川神社で、「明治天皇御親祭150年祭」という聞きなれないイベントの噂を聞きつけました。
そこで埼玉県に根付く新訂 旅と歴史としては改めて武蔵一宮氷川神社と、このイベントを実施するプロジェクトXならぬプロジェクトH(氷川)の動向を探ってみました。

明治天皇御親祭150年祭とは?

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氷川神社の公式サイトに説明があります。

明治天皇の御親祭
明治元年、明治天皇は都を東京に遷され、当社を武蔵国の鎮守勅祭の社と御定めになり氷川神社親祭の詔(祭政一致の詔)を賜りました。
次で同年10月28日に明治天皇は当社に行幸、御自ら祭儀を執り行わせられ更に3年11月1日再び御親祭あらせられました。
此の様に明治天皇が御親祭あらせられたのは、桓武天皇が平安遷都の折賀茂社をお祀りした御例によられたものといわれ、その模様を謹写した山田衛居筆の13メートルの長大な氷川神社行幸絵巻物は当社の社宝として大切に保存されております。
次で明治4年5月14日、官幣大社に列せられました。
明治天皇御親祭50年祭は大正6年10月28日に、100年祭は昭和42年に厳粛かつ盛大に執り行われました。150年祭は平成29年の予定です。

何となく分ったような、分らない様な気分なので、もう少し噛み砕いて調べてみましょう。
初めに知っておくべきことは、「武蔵国の鎮守勅祭の社と御定めになり、、、」の一文です。
この【勅祭社】とは、天皇の命により勅使が例祭に遣わされ、奉幣(布帛、衣服、武具、神酒、神饌等が贈られる)される神社の事で、この例祭が【勅祭】と云われます。この時遣わされる勅使は天皇の代理人の使者のことで、勅使を迎える者がどんな官位の高いものでも天皇同様敬意を払うものとされています。そこで各地の寺社に残る勅使門は、この勅使を迎えるためだけの門で、普段は通行できない門として“あかずの門”などと呼ばれています。
氷川神社にも三の鳥居近くに勅使を迎える「勅使祭館」があり、勅使門である「勅使斎館冠門」があります。

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勅祭社の歴史を辿ると、平安時代中期の延喜式に見られるように勅祭の諸大社は全国にありました。しかし平安時代後期になると遠い場所にある諸大社への奉幣が避けられるようになり、その代わりに京都に近い神社が固定化され、伊勢神宮を始めとした石清水神社、賀茂神社などの「二十二社」が勅祭社の制度となったのです。ですが、これも室町後期に朝廷の奉幣が中断され、江戸時代に何度か再興が試みられたが果たされませんでした。
その後、国学の隆盛と復古神道により明治維新がなり、1868(明治元)年10月17日、明治天皇は氷川神社を勅祭の社として定め、これが近代における勅祭社の始まりとなったのです。
この時の【勅書】の内容が公式サイトに掲載されています。

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そして明治天皇は、桓武天皇が平安遷都後に賀茂神社(現・賀茂御祖神社と賀茂別雷神社)を祀った例に倣って同年10月28日に氷川神社に行幸し、自ら祭儀を執り行ったのです。
この後、明治3年に東京とその近辺の12社を准勅祭社と一時的に定め、1883(明治16)年、賀茂神社(賀茂御祖神社、賀茂別雷神社)の賀茂祭(葵祭)と、石清水八幡宮の石清水祭が勅祭と定められて以降、その数を増やしていきました。
そして現在の勅祭社は以下の16社となっています。
賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)、石清水八幡宮、春日大社、熱田神宮、出雲大社、氷川神社、鹿島神宮、香取神宮、橿原神宮、近江神宮、平安神宮、明治神宮、靖国神社、宇佐神宮、香椎宮、朝鮮神宮 因みに東京の准勅祭社は現在、観光的な要素を持った「東京十社」として人気です。

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この様に氷川神社は16社の勅祭社の一つであり、近代勅祭社の始まりという栄誉を受けた日本を代表する大社とも云えます。また、皇室の崇敬の篤さはこれだけにとどまらず、【四方拝】で遥拝される神社の一社でもあることもまた重要な位置づけです。
四方拝とは、宮中で行われる一年最初の儀式で、天皇が元旦の午前5時30分に皇居の宮中三殿の西側にある神嘉殿の南側の庭に設けられた建物の中に入り、伊勢の神宮の皇大神宮・豊受大神宮の両宮に向かって拝礼した後、続いて四方の諸神を拝する儀式です。
伊勢神宮の後は、天神地祇、神武天皇陵・先帝三代(明治天皇の伏見桃山陵、大正天皇の多摩陵、昭和天皇の武蔵野陵)の各山陵、武蔵国一宮(氷川神社)・山城国一宮(賀茂別雷神社と賀茂御祖神社)・石清水八幡宮・熱田神宮・常陸国一宮(鹿島神宮)・下総国一宮(香取神宮)で、ここでも皇室における氷川神社への崇敬がお判りになることでしょう。

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こうした経緯の明治天皇の御親祭が、今年150年を迎えるのですから、如何に「明治天皇御親祭150年祭」が氷川神社にとってビッグイベントであるかがご理解できると思います。
「新訂 旅と歴史」では、私一人の総力をあげ(-_-;)、細く少ない情報源を頼ってプロジェクトHを探り、情報を提供していきたいと考えています。
ちょっとだけご期待ください!

2017.02.05記

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コメント

  1. 明治100年は小学校4年の頃でした。あれから50年が経つんですね~。「大宮氷川神社」は過去3回参拝しました。ヒカワは出雲の斐伊川から来ています。つまり出雲大社と同じでスサノオや大国主を国譲りで破れた出雲系の氏族がこの地に移住して武蔵国造とあいなったわけですよね~。天皇家は出雲の祟りを恐れていますので丁重に祀る訳です。

    ( 06:11 [Edit] )

  2. 薄荷脳70 | -

    Re: ありがとうございます^^

    ローリングウェストさん、コメントありがとうございます。
    なるほど、やはり“祟り”がポイントなんですね^^
    情報ありがとうございました!

    ( 06:25 )

  3. グレッグレイク、ジョンウエットンと訃報が連続したのでエイジアの「ヒートオブザモーメント」を公開いたしました。あわせて先日、天王洲アイルで展示されている「デビッドボウイ大回顧展」を見に行った来ました。本当に素晴しかったので一般記事で2月16日に公開いたします。こちらにも是非遊びに来られて下さい。

    ( 12:53 [Edit] )

  4. 薄荷脳70 | -

    情報ありがとうございます。

    情報ありがとうございます。
    早速、寄らしていただきます^^

    ( 18:17 )

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