樹齢500、600年の「らかんまき」がそびえ立つ鎌倉期創立の寺院

概要

宝蔵寺は、医王山と号する新義真言宗の寺院である。開山(かいさん)の成賢(せいけん)は嘉暦(かりゃく)2(1327)年に没しているので、寺の創設はそれ以前ということになるが、鎌倉時代末期の寺院創立は上尾市域では大変珍しい事例になる。本尊は薬師如来であるが、現在の薬師如来座像は江戸時代の作で、寄せ木造り・玉眼・漆箔(しっぱく)である(『上尾市史』第9巻)。

宝蔵寺は新幹線の開通に伴い境内地は縮小され、建物も建て替えとなっているが、門から入って右手に進み新しい本堂に参拝する。本堂正面には「医王山」の扁額(へんがく)が掲げられ、色鮮やかな金文字が参拝者を迎えてくれる。本堂東側の通路から北側の墓地に詣でることができるが、そこには歴代住職などの墓所がある。再び入り口まで戻り、あらためてマキを見るが、実に見事で堂々と辺りを睥睨(へいげい)するように立っている。
このマキは、「らかんまき」として市の指定文化財になっている。マキ科にはいくつかの樹種があるようであるが、「イヌマキ」の変種ともいわれている。
暖地性の植物で関東以西に植生しているが、関東地方では房総などの海岸沿いに多いといわれている。宝蔵寺の「らかんまき」は、樹齢500、600年といわれ、関東内陸部の寒い地域で、これだけの年数を経てきたことは大変珍しいということになる。樹高は約10メートルであるが、主幹の根元から2本の幹に分かれており、幹の直径は1メートルといわれている(前掲書、『上尾の指定文化財』)。

ところでこの「らかんまき」で特筆されるべきことは、昭和56(1981)年に現在地に移植されていることである。新幹線開通に伴うものであるが、元は西向き山門から本堂に向かう境内の西寄りの地に生えていたという。樹齢500から600年の古木でしかも大木の移植には、大変な苦労と心配があったと思われるが、関係者の努力で見事に再生し、元の姿で参拝者を迎えてくれる(前掲書)。 (上尾市Webサイトより)

◆宝蔵寺 : 上尾市原市3659  《所在地地図

宝蔵寺

006hozo080.jpg 006hozo060.jpg 006hozo100.jpg 【宝蔵寺全景と本堂】

宝蔵寺・らかんまき

006hozo090.jpg 006hozo070.jpg 【上尾市指定天然記念物:らかんまき】

『上尾市指定天然記念物:らかんまき
上尾市大字原市三六五九番地 昭和四十二年五月一日指定
らかんまきは、マキ科の常緑喬木で、枝が多く、葉は厚く密生し、細長く五センチから八センチにおよび四季を問わず青々とし雌雄はその株を異にする。種子は、楕円形で、紅色の衣を着た羅漢の姿に似ているというところからこの名がうまれている。器具財などに用いられている。
この宝蔵寺にあるらかんまきは途中から二つの幹に分かれ、もう一つの幹は半ばから欠けている。幹回りは二、四七メートル、高さ約一〇メートル、樹齢は五、六百年と推定される。
文政十一年(一八二八)に幕府により編さんされた「新編武蔵風土記稿」によれば、宝蔵寺の開山は成賢で嘉暦二年(一三二七)に寂す、とある。これを信じうるとすればこのらかんまきは寺の創建と時期を同じくするものかもしれない。
なお、この樹木は、昭和五十六年六月に新幹線工事にともない新本堂南わきに移植され今日に至っています。
昭和五十七年九月十日  上尾市教育委員会 』(境内案内板より)

2009.2.11記
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