ぎょうだ古墳めぐりの旅 #3

「八幡山古墳」の次は同じ若小玉古墳群のもう一つの現存する「地蔵塚古墳」に向います。 車で5、6分の所です。
朝から大分灰色の雲に覆われていたのですが、薄日こそ差さないけれど大分雲の色が白くなってきて、雨の心配もなさそうな気配です。暑くもなく寒くもなく散策にはちょうど良い気候となりました。

地蔵塚古墳

「地蔵塚古墳」は工場地帯の中にあった「八幡山古墳」に比べ、まさに住宅街に突如現れた古墳といっても良いロケーションにあります。
地蔵塚古墳 古墳の前に案内板が設置されています。

県指定史跡 地蔵塚古墳 昭和38年3月29日指定
この古墳は、若小玉古墳群の一つで、墳頂に地蔵堂が安置されていることから、地蔵塚古墳と呼ばれています。
墳形は、方墳と思われ、築造時期は、7世紀中葉頃と考えられています。規模は、一辺約28メートル、高さ約4.5メートル、周堀幅約1メートル、深さ40、50センチメートルです。石室の形態は、胴張りで、奥壁と天井石は緑泥片岩、他は安山岩の切石を用いています。奥壁及び側壁下には、根石が置かれていました。遺物としては、石室内から、鉄鏃(矢じり)片や須恵器片が少量出土しています。
この古墳の最大の特徴は、左壁・右壁及び奥壁に線刻画が描かれていることです。烏帽子を被った人物、弓を引いている人物、馬、水鳥、家かと思われるものが描かれています。北武蔵唯一の線刻画として、大変貴重なものといえます。
平成元年3月 埼玉県教育委員会・行田市教育委員会
(現地案内板説明文より)

県指定史跡 地蔵塚古墳 石室 ここがその石室ですが、壁画保護のためこちらは中には入れませんので石室が一体どうなっているのかは判りません。

線刻画 行田市のHPから無断で借用していますので問題あれば削除しますが、これがその線刻画です。
《写真:(C)行田市教育委員会》

まあ、写真で見てもあまりよく分かりませんが・・・。

この古墳も墳丘に上れるようです。

墳頂からの眺望 墳丘から眺めるとまさに住宅地の中の古墳ということが判ります。

六地蔵 階段をあがった左手に地蔵尊が祀られています。

結構古そうな地蔵像もあるのですが年代等はわかりません。しかし、これらの地蔵像から「地蔵塚古墳」と名がつけられたのではないかと推測します。

高山地蔵 そして正面には社があります。

高山地蔵 高山地蔵 社の中には仏像が祀られ、脇に高山地蔵、子育て地蔵と書かれた行灯が置かれているので、この社は地蔵菩薩を祀った「高山地蔵」と呼ばれる社なのではないかと思われます。

となると「地蔵塚古墳」の名称はこの「高山地蔵」を由来としているのかも知れません。 それにしても浅間社ではないのが逆に珍しいかもしれません。

地蔵塚公園 古墳の隣には公園があります。

文字通りの「地蔵塚公園」で、春には桜も見られるようで古墳とセットで住民の憩いの場なのでしょう。

虚空蔵山古墳

「地蔵塚古墳」のあとは小見古墳群に移動します。
「地蔵塚古墳」から北に向って車で20分ほどでしょうか、小見古墳群の中の「虚空蔵山古墳」に到着です。
小見古墳群のなかでは特に国の史跡となっている「小見真観寺古墳」があるのですが、こちらは以前【聖徳太子立像と例大祭】で訪れていますので今回は省きました。

虚空蔵山古墳 「虚空蔵山古墳」はちょうど道路の交差点の角にあります。

ぎょうだ歴史ロマンの道 虚空蔵山古墳
虚空蔵山古墳は、小見古墳群に属する前方後円墳で、小見真観寺古墳の北西に隣接して位置しています。
残念ながら現在は前方部の墳丘の一部が残るのみですが、平成20年の発掘調査で、後円部と周溝の一部が県道の東側で確認され、推定墳長約60mの前方後円墳であったことが明らかになりました。周溝内からは大きな乳房を持つ笑い顔の女性の人物埴輪、馬形埴輪、太刀形埴輪、円筒埴輪などの破片が出土しています。埴輪の形態から小見真観寺古墳に先行して6世紀後半に築かれた古墳であると思われます。
なお、現存する墳丘は東西26m、南北約19m、高さ約3m、墳長には名前の由来となった虚空蔵菩薩がまつられています。
平成21年3月 行田市教育委員会
(現地案内板説明文より)

虚空蔵山古墳 前方後円墳の後円部はちょうど道を挟んだ向こう側にある石材店の辺りにあったようです。

従って前の県道が後円部と前方部の括れあたりということです。確かに残念なことではあるのですが前方部だけでも残ったのを良しとしなければならないでしょう。それにしても発掘調査でよくそんなことが分かるものですね。専門家にとっては当たり前のことかもしれませんが、素人にとっては驚嘆すべきことです。
ついでに右手に見える樹木が並んでいる辺りが「小見真観寺古墳」です。

そしてこの案内板に説明にある「大きな乳房を持つ笑い顔の女性の人物埴輪」の写真が掲出されています。

大きな乳房を持つ笑い顔の女性の人物埴輪 「大きな乳房」かどうかは写真からは良く分かりませんが、笑っていることは確かです。

これだけにこやかな顔であると、何となく古代人に癒される気がしてきます。

ここの古墳も墳丘にのぼれます。
虚空蔵山古墳 説明にあった虚空蔵菩薩の説明が別にありました。

虚空蔵菩薩
うし、とら生まれの守本尊
虚空が無辺であるように広大な知恵と慈悲をそなえた大菩薩です。
人々に福徳と円満を授けます。
(現地案内板説明文より)

虚空蔵菩薩には福徳や知恵が無限に内蔵されていて、人々の願いを叶えるためにその蔵から自在に取り出して救済をする菩薩なのです。つまり一切のものが何の妨げもなく自由に存在、運動し変化する機能である虚空と、全ての人々に利益安楽を与える宝を収めている蔵という特性を持った菩薩ということですが、現在では記憶力を良くするということがご利益の主になっているようです。
かつては地中の蔵である地蔵菩薩と、宇宙の蔵である虚空蔵菩薩は対で祀られたそうですが、現在は地蔵菩薩が六地蔵などの独自の信仰により一人立ちしてしまったために対で祀られる事はほとんど無いようです。

虚空蔵菩薩 墳頂にはその虚空蔵菩薩を祀った社があります。

かなり綺麗に改築されているようなので、地元の方が常に整備されてるのでしょう。

中央上部にはっきりとは見えませんが虚空蔵菩薩像が祀られているようです。
虚空蔵菩薩 虚空蔵菩薩 その下には3つの石碑が鎮座しおり、左側は虚空蔵尊と刻まれていますが、その他の2つは何と刻まれているかは判明しませんが、結構古いものかもしれません。

確かに年とともに記憶力が鈍っているような昨今なので、特に力をいれて参拝しておきました。
先の「地蔵塚古墳」とこの「虚空蔵山古墳」とは中々面白い取り合わせでした。

天神山古墳

「虚空蔵山古墳」の次は同じ小見古墳群の「天神山古墳」に向います。歩いても5分位のところです。

特筆すべきことも無い小さな古墳です。
天神山古墳 直径20m位の円墳のようですが、それ以外のデータは何も判りません。

天神社 それでも墳丘の小さな社がありますが、文字通り「天神社」なのでしょう。

嶺雲寺 墳丘から眺めると、ちょうど前に「嶺雲寺」という寺院が見えるのでちょっと寄って見ました。

嶺雲寺山門 綺麗に並べられた燈籠のある参道の先には山門が控えています。

六地蔵 嶺雲寺本堂 山門の先の左手には古い地蔵尊や新しい六地蔵などがあり、更にその先に本堂があります。

とにかく参拝をしましたが由緒などは全く判りませんので少し調べてみました。

嶺雲寺の歴史
當山は、1536年(天文5年)室町時代中頃の武将で忍城主である「成田家16代下総守長泰公」から寺領を与えられ、「小見山嶺雲寺」と呼称する寺院が 建立された。
その後、1582年(天正10年)長泰公の帰依により、清善寺(行田市忍)6世住職である明嶺理察大和尚を開山としてお迎えし法灯が脈々と継がれ、現在32代目の住職が法灯を守っている。
明治初期には、周辺の子ども達に読み書きを教える寺子屋が「小白学校」となり、地域の発展にも尽くした。堂内に祀られている小見薬師如来は、1749年(寛延2年)当寺九世祥厳乾瑞大和尚の代から信仰され、諸苦を癒すと大切にされている。
2003年(平成15年)本堂の老朽化に伴い「平成の大改修」を実施し、均整のとれた本堂が復活した。
その後、新墓地造成と境内整備が進められ「お墓参り」が気持ちよくできる寺を目指し、寺院と檀家が協力し合い活気のある運営が進められている。
毎年夏(7月)には蓮花が開き、11月第2土曜日夕方には「二尊会コンサート」が開催される。寺の行事は「降誕会(花祭り)」「施食会(8/15)」「両彼岸会」「涅槃会」等があり、一般の方々も自由に参加できる。
(嶺雲寺オフィシャルサイトより)

伽藍全体が新しそうなので比較的新しい寺院なのかと思っていましたが、意外といっては失礼ですが古刹だったのですね。

HPを見ていて改めて寺院の維持ということが大変なことだと考えさせられました。
寺院には檀家、神社には氏子、ある意味これらの方々が各社寺の運営資金母体となるのですから、檀家や氏子が離れていけば自然とその資金は減少していくわけで、如何に増やしていけるかが(数だけでなく内容も)社寺の存亡を左右するのです。
ここでは開かれた寺院をテーマに日々努力されているようですが、確かに私自身も一家の墓がありますが、殆ど檀家らしい活動は皆無ですから、寺院にとっては当てにできない不良檀家ということになるでしょう。
この後も、少子化、風習の風化、道徳の低下などなど、寺社を巡る環境は厳しいのかもしれません。全国で起こった市町村の「平成の大合併」ならず「平成の大習合」などという時代が来るのかもしれませんが、頑張っていただきたいとしか言う言葉はありません。
余計なお世話と言われそうですが、確かに余計なお世話でした・・・。

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