フェルメールが発する光は、観る人の眼から入り胸の奥の幸福の扉を照らしだします。
西洋美術史上、最も才能溢れる画家、三十数点しか現存しない作品により謎のベールに包まれた画家、ヨハネス・フェルメール。350 年以上の時を経て、いま世界中で最も熱く高い脚光を浴びています。
独特な光の質感と知性的なタッチで人を魅了する絵画の中で、とくに評価の高い作品群が奇跡のように集まりました。 同時にフェルメールが生涯を過ごしたオランダの小都市が育んだ美の潮流デルフト・スタイルの画家たち、カレル・ファブリティウス、ピーテル・デ・ホーホ等の名作も紹介します。
日本初公開の作品もふくめ、いまだかつてこれほどの傑作が日本で一堂に会したことはありません。
名作たちに時を忘れ心奪われる、おそらく最初で最後の展覧会です。

≪開催概要≫

【タイトル】
フェルメール展 -光の天才画家とデルフトの巨匠たち-  Vermeer and the Delft Style
Commemorating the150th Anniversary of the Conclusion of the Treaty of Amity and Commerce with the United States, the Netherlands, the United Kingdom and France
【会 場】 東京都美術館 企画展示室(上野公園)
【会 期】 2008 年8 月2 日(土)から12 月14 日(日)
【主 催】 東京都美術館、TBS、朝日新聞社
【特別協賛】 第一生命保険
【協 賛】 損害保険ジャパン
【後 援】 外務省、文化庁、オランダ王国大使館、アメリカ大使館、ドイツ連邦共和国大使館、オーストリア大使館、BS一i、TBS ラジオ、OTTAVA
【協 力】 日本航空、日本通運、セコム、JR 東日本
【音楽協力】 東京藝術大学音楽学部
【宣伝協力】 HBC/ATV/IBC/TBC/TUY/TUF/BSN/SBC/UTY/TUT/MRO/静岡新聞社・静岡放送/CBC/MBS/RSK/RCC/BSS/tys/ITV/KUTV/RKB/NBC/RKK/OBS/MRT/MBC/RBC
【企画監修】 ブルース美術館 館長 ピーター・サットン、ボイマンス美術館 チーフキュレーター イェルーン・ヒルタイ
【企 画】 財団ハタステフティング

≪展覧会によせて≫

ブルース美術館(アメリカ)館長 ピーター・サットン

本展覧会は、フェルメールによる作品の魅惑的な美しさを紹介し、それを17 世紀中葉にデルフトで生まれた特徴的なスタイルの中に位置づけるものです。また同時にこの展覧会は、芸術史における最大の謎のひとつに迫ります。1650 年以前、デルフトは退屈で保守的な街にすぎませんでした。地理的には要所にあり、街としての存続には問題なかったのですが、政治活動からは隔離され、商業的な成功とは程遠い状態にありました。当時この街には、流行おくれの画家や素人画家しかいなかったのです。
しかし17 世紀の中葉、この街に突如として、空間描写や自然光の描写、遠近法を用いて、前例がないほど自然かつ幻想的な絵を生み出す革新的な画家のグループが形成されました。本展覧会は、このスタイルの源泉をたどり、デルフト・スタイルの最も重要とされる作品の数々とともに、その主要な画家たちを紹介いたします。

デルフト・スタイルは初めに、ヘラルド・ホックヘーストやエマニュエル・デ・ウィッテなどといった建築画家によって生みだされました。実在するデルフト教会の内部が、巧みな遠近法で描かれるようになったのは、彼らがはじまりです。レンブラントの才能ある弟子カレル・ファブリティウスは、1647 年にデルフトに居を移し、すぐに遠近法の達人として名声を確立させました。彼が描いた小品《楽器商のいるデルフトの眺望》は、ファブリティウスが遠近法に通じていたことを示す現存する唯一の作品であり、本展覧会の見所のひとつです。
ファブリティウスによる作品は最も希少な作品であり、現存する作品は12 点(*1)しかありません。その中で、最も有名な彼の自画像を含む4 点(*2)の作品が今回の展覧会に出品されます。ファブリティウスによる作品の大部分は、1654 年にデルフトのほぼ1/4 を焼いた火薬庫の爆発によって失われたと考えられており、彼もその爆発の中で命を落としました。
ファブリティウスは何度となくフェルメールの師であるとの説が囁かれました。しかし当時のデルフトには、フェルメールに新しい画法を伝授することができた画家が他にも数人いたことが分かっています。

1650 年代後半には、ピーテル・デ・ホーホが、風俗画や日常風景を描きはじめました。彼は室内や路上の風景画に、非常に自然なタッチや幾何学的秩序を取り入れたほか、白光の描写や、見る者の視線をある点からある点へと導く技法も使用しています。あまり知られていない彼の作品《女主人への支払い》は、彼の空間と光の描写を美しく示している作品です。

この展覧会では、偉大なフェルメールの画法の確立を初期の作品《マルタとマリアの家のキリスト》と《ディアナとニンフたち》から追っていきます。
彼はこれらの作品を描いた後、デルフト・スタイルの技法を用いた実験を行い、光に満ちた美しい空間を描いた《ワイングラスを持つ娘》を描きました。
この作品で彼は、静かな部屋の片隅に佇む1人の女性という典型的なスタイルを確立しました。また今回の展覧会では、フェルメールによる現存する2 点の風景画のうちの1 点《小路》が日本で初めて公開されます。最後に、フェルメール晩年の傑作《手紙を書く婦人と召使い》が特別出展されることになりました。

本展覧会では、他にエサイアス・バウルセ、ヤコブス・フレル、コルネリス・デ・マンのような画家の作品も紹介します。彼らは空間の幾何学的表現や光の描写への興味をデ・ホーホやフェルメールと共有していました。
デルフト・スタイルはデルフトに生まれてすぐに消え去ってしまいました。その技法の担い手たちは、技法を確立させたあと、アムステルダムのようなより期待の持てる市場へと旅立ってしまったからです。1675 年にフェルメールが没するまでには、この街は以前のように重要ではない街に戻っていきました。しかしこのデルフト・スタイルの作家たちは、350 年以上も愛され、輝きを放つ作品を残していったのです。
(*1 しかしマウリッツハイス王立美術館長デュパルクおよびヒルタイ博士は8 点としている)
(*2: *1 で述べた8 点のうちの4 点)

≪作家・作品紹介≫

Johannes Vermeer ヨハネス・フェルメール (1632-1675)

ヨハネス・フェルメールは、17 世紀に活躍したオランダ画家の中でも最も評価の高い画家の一人である。しかしながら何世紀にもわたり、彼の存在は謎に包まれていた。
彼による作品は、わずか30 数点しか現存していないからだ。彼の存在が再発見され、彼の作品に「フェルメール作」という表記が冠せられるようになったのは、1870 年代になってからのことである。さらにこの画家の生涯についてはあまり知られていない。
1632 年に絵画の売買を趣味とする絹織物職人の息子として生まれたフェルメールは、自らも絵画の売買に熱心で、その生涯の全てをデルフトで過ごした。フェルメールの画家としての師についても、あまり明らかにされていない。同じくデルフトで活躍していた画家、カレル・ファブリティウスに師事していたという説もある。いずれにせよ1653 年にフェルメールは地域の画家組合に入会している。
現在フェルメールが描いたと判明している作品は、わずか30 数点しかない。宗教画が多い初期の作品には、ユトレヒトのカラヴァッジョ派の影響を見ることができる。しかしこれ以降の彼は、1人か2人(それも通常は、女性であることが多い)の人物によって構成される繊細な室内画を主に制作した。親しげな様子を描いたこれらの作品に登場する人物は、手紙を読んだり、首回りの襟を正したり、牛乳を注いだりなど、日常生活の作業に熱心に没頭している。またフェルメールの作品では、光が窓から差し込んでくる様子が多く描かれている。彼は光が物にあたっている様子を描く達人だった。

《マルタとマリアの家のキリスト》 Christ in the House of Martha and Mary 日本初公開作品
1655 年頃 油彩、カンヴァス 160 × 142 cm
スコットランド・ナショナル・ギャラリー(スコットランド)所蔵 National Galleries of Scotland, Edinburgh

フェルメールの初期のものと思われるこの作品は、彼が駆け出しの画家として抱いた興味やどこで修行したかについて、示唆に富んでいる。力強いタッチや人物構成を見ると、彼はユトレヒト派に通じていたようである。作品の由来は、スコットランド・ナショナル・ギャラリーの蔵品目録、「ブリストルの某家から某家具商が8 ポンドか81サンティムズで購入した」という記録から始まる。その後、1901 年、ロンドンのフォーブス・アンド・パターソン画廊の展覧会に展示されて、同じ年、フェルメールの作品と認められた。この時の所有者は、スコットランドのスカルモーリ城主W.A.コーツで、彼の2 人の息子が、父親を記念して美術館に寄贈し、今に至っている。
いくつもの修正跡からは、キリストの右手の人差し指、横顔と耳、マルタの右袖の端の位置を若干描き変えた事がわかる。また、テーブルにかけられた東洋風の敷物は、《眠る女》に描かれているものと、よく似ている。もしかするとフェルメールは、所有していた敷物をもとに、色を変えて絵の中に描いたのかもしれない。

《ディアナとニンフたち》 Diana and Her Nymphs
1655-1656 年頃 油彩、カンヴァス 97.8 × 104.6cm
マウリッツハイス王立美術館(オランダ)所蔵 Koninklijk Kabinet van Schilderijen Het Mauritshuis, The Hague

この《ディアナとニンフたち》は、神話をテーマにしたフェルメールの作品としては、唯一現存する作品である。作品の主題は珍しく、ギリシャ神話の女神ディアナがニンフと休息し、黙想するひとときを描いている。
ニンフを引き連れ、岩の端に座る女性は、頭の王冠に載っている三日月によって狩りの女神ディアナであることがわかる。ふつう彼女を描く時、よく描かれる弓や矢は、ここには描かれていない。何かを考えるように顔を下に向ける女性の姿は、薄暗がりのなかにどこか静謐な雰囲気をかもし出しているのが分かる。
色彩の対比と光の効果が美しいこの《ディアナとニンフたち》は、初期のフェルメールがどのようにその画力を磨いていったかをみる手がかりになる作品といえるだろう。

《小路》 The Little Street 日本初公開作品
1658-1660 年頃 油彩、カンヴァス 53.5 × 43.5 cm
アムステルダム国立美術館(オランダ)所蔵 Rijksmuseum, Amsterdam

《小路》は《デルフトの眺望》と共に、フェルメールの現存する2枚の風景画のうちの1枚である。1682 年にディシウス・コレクションのリストに見ることができ、その後も常に高い評価を得ていた。1819 年頃、J.マレーはこの絵を見て次のように賞賛した。
「ある通りの片側の眺め。そして一軒の家の開いたドアの所に老女が座って仕事をし、通路の向こうではもう一人の女が流しを磨いている。全てがこの画家特有の誠実さと才気で描かれている」と。この作品はいくつもの変遷を経て、最終的に、1921 年H.W.A.デーテルディングにより、アムステルダム国立美術館に寄贈された。
X線写真を見ると、フェルメールが、左側にある通路に視覚的ゆとりを持たせるため、戸口に座っていた人物を塗りつぶしたことがわかる。また、絵の中の建物に関しては、16 世紀以前の外観である事が判明している。ただ、それがどこにあった建物であるのかについては議論が分かれ、決定的な証拠がないまま、未だに解決できない謎の一つとなっている。

《ワイングラスを持つ娘》 The Girl with theWineglass 日本初公開作品
1659-1660 年頃 油彩、カンヴァス 77.5 × 66.7 cm
アントン・ウルリッヒ美術館(ドイツ)所蔵 Herzog Anton Ulrich-Museum, Braunschweig

この作品は初め、ディシウス・コレクションに収められており、1696 年の競売の時に、ブランシュヴァイクのアントン・ウルリッヒ公に購入されたといわれている。1807 年には、ナポレオン1 世によってパリに持ち去られてしまうが、幸い1815 年にブランシュヴァイクに返還された。ただし、1900 年ヤン・フェスが、「ベルリンの修復家ハウザーが、かなりひどい扱いをした」と、記している。幸運なことに、ニスの層は傷んでいるものの、その下の細部は完全に保存されていた。美しい窓の家紋は、《紳士とワインを飲む女》"The Glass of Wine" (ベルリン国立美術館所蔵)に描かれたものと同じである。
以前ド・ミリモンドは家紋の女性を、身をくねらせる蛇を手に取る「弁論」の像と解釈した。しかし、1978 年には、R.クレスマンにより手綱を持つ女性は伝統的に「節制」を表すと正しく判断され、室内で展開される色恋沙汰への戒めとして描かれたのではないか、といわれている。

《リュートを調弦する女》 Woman with a Lute 
1663-1665 年頃 油彩、カンヴァス 51.4 × 45.7 cm
メトロポリタン美術館(アメリカ)所蔵 The Metropolitan Museum of Art, New York

現在《リュートを調弦する女》として知られるこの絵は、1817 年P.ファン・デル・スフレーとダニール・デュ・プレ競売で売られたときは、絵の中の女性が弾いているのはギターだと思われていた。またド・ミリモンドは、女性は楽器(リュート)を調律しているのであって、演奏しているわけではないことを指摘した。
イギリスで、コリス.P.ハンティントンが購入した後、1897 年、彼の全ての蔵品とともに、メトロポリタン美術館に遺贈され、1925 年には同館に移管された。

《手紙を書く婦人と召使い》 Woman writing a Letter,with her Maid 日本初公開作品
1670 年頃 油彩、カンヴァス 72.2 × 59.7 cm
アイルランド・ナショナル・ギャラリー(アイルランド)所蔵 National Gallery of Ireland, Dublin

フェルメールの晩年の様式の優れた一例である。人物を大きく見せるために視点を低く置き、空間を慎重に分割し構図を熟考している。 背景の絵は、ルーヴル美術館所蔵の《天文学者》にも描かれている《モーセの発見》である。

《ヴァージナルの前に座る若い女》 A YoungWoman Seated at theVirginals 日本初公開作品
1670 年頃 油彩、カンヴァス 25.2 × 20 cm 個人蔵

この可愛らしい小さな絵は、個人コレクターの手に残っている最後のフェルメール作品である。作品は黄色い毛織のショールと白い繻子のドレスに身を包んだ若い女性が、ヴァージナルの前の青いベルベットの椅子に座っている様子を描いている。長年、この作品は比較的世間に知られておらず、限られた学者しか目にすることができなかった。
近年の科学的研究により、この作品が描かれた手法がフェルメールの手法と完全に一致することが証明された。この作品の比較的に粗雑なカンヴァスは、《レースを編む女》"The Lacemaker"(ルーヴル美術館所蔵)が描かれたカンヴァスの縫い目と非常によく似ており、これら2点の作品の支持体(*1)がおそらく同じ布地から切り取られたものだということが分かる。下地の構成もフェルメールの独特な方法に則っている。さらに使用されている顔料 ――リード・ティン・イエロー、グリーン・アース、そして非常に高価で、深い青の原料となるほとんどフェルメールの作品にしか使われていないウルトラマリン(ラピス・ラズリ)――が、この作品の作者を裏付ける強い証拠となっている。
(*1 支持体とは絵を支えるもの。水彩画なら紙であったり、油彩画ならばカンヴァスや木であったりする。)

Carel Fabritius カレル・ファブリティウス(1622-1654)

ファブリティウスの名前の由来は、ラテン語で「職人」という意味の “ faber ” からきている。自らこの名を選んだ彼の最初の職業は、大工だったという説もあった。しかし彼は、おそらくビームスターで教師をしていた父から、絵についても学んでいたと言われている。
1641 年、ファブリティウスはアムステルダムのレンブラント工房に入り、レンブラントの助手を兼ねた弟子となり、ここで数年を過ごした。1645 年に独立した彼は、最初はビームスターで、1650 年からはデルフトで画家としての活動を続けた。だが1654 年、デルフトの四分の一を焼いた火薬庫の大爆発の犠牲になり、彼は命を落とした。ファブリティウスは、レンブラントの弟子の中でも最も才能がある弟子の一人といわれていた。彼は肖像画を描いたほか、トロンプ=ルイユ(騙し絵)の表現法を確立した。

《楽器商のいるデルフトの眺望》 AView of Delft,with a Musical Instrument Seller’s Stall
1652 年頃 油彩、カンヴァス 15.4 × 31.6 cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)所蔵 The National Gallery, London

この作品は、カレル・ファブリティウスが錯視的な遠近技法の達人だったことを示す唯一の現存する作品である。まずこの作品には、旧ランゲンダイク運河のそばにいる楽器商と彼の前に横たえられた楽器が描かれている。また絵の中央に、東端から北西を望むデルフト新教会が描かれていると同時に、絵の左側にはデルフトの町役場が遠くに描かれている。右側に目を向けると、ブロートブルグを超えてヴローウェンレヒトの家々が見える。1874 年に増築された新教会の尖塔と、2 つの運河は描かれていないが、この作品は地形的にはおおむね忠実に描かれている。しかしながら距離感は、極端に斜めに歪められているので、カンヴァスに描かれたこの作品が当初、どのように展示され、鑑賞されたのか憶測をよんだ。現在では、詳細は異なるが、ほとんどの論者が遠近法のトリックを仕込んだ箱の中に設置されたということに同意している。

《アブラハム・デ・ポッテルの肖像》 Abraham de Potter (1592-1650)
1649 年頃 油彩、カンヴァス 68.5 × 57 cm
アムステルダム国立美術館(オランダ)所蔵 Rijksmuseum, Amsterdam

作品の右上部の隅に名前が記されているこの男性は、アムステルダム出身の絹商人、アブラハム・デ・ポッターである。記録によると1649 年にカレル・ファブリティウスがこの作品を描いたとき、デ・ポッターは58 歳だったとされているが、妙なことに一方では、デ・ポッターの生年は1592年と言われている。ファブリティウスとデ・ポッターは、家族ぐるみで親交があった。
1647 年、カレル・ファブリティウスは、アブラハムの息子であるヤスパーから650 ギルダーを借用している。おそらくファブリティウスはそのお礼として、この作品を描いたのだろうが、彼は後にその借金を返済している。この作品は、等身大ではない。

Pieter de Hooch ピーテル・デ・ホーホ(1629-1684)

ピーテル・デ・ホーホは、1629 年にロッテルダムで、タイル工とその妻との間に生まれ、彼は画家としての活動をデルフトで始めた。当時の通例どおり、彼には画業の他にも副業があり、リネン商人の助手としても活動していた。デ・ホーホは室内で楽しげに語り合う人々で構成された装飾的な室内画を専門としており、窓や別の部屋と通じるドア、遠くの部屋の風景などが彼の作品には多く登場していた。他のオランダ画家と同じように、デ・ホーホの室内画には多くの隠喩がこめられている。
1661 年にアムステルダムに移り住んで以降、デ・ホーホと彼の周辺の画家たちは、優美で瑞々しいスタイルに傾倒していった。晩年、デ・ホーホはアムステルダムの精神病院で亡くなったといわれているが、彼にいつ死が訪れたのかは分かっていない。

《幼児に授乳する女性と子供と犬》 Woman with Children in an Interior
1658-1660 年頃 油彩、カンヴァス 67.8 × 55.6 cm
サンフランシスコ美術館(アメリカ)所蔵 Fine Arts Museums of San Francisc

この作品は母性と家庭愛の美を称えるデ・ホーホ作品の最も純粋な例といえるだろう。親密な空間の表現、暖かさと明るさ、(主に赤、黄、青を基調とした母親の服の色合いと、アクセントとなる帽子の黒に見られるような)シンプルな色使いは、子供をあやす永遠の母親、すなわち神聖なるマドンナを賛美している。

《食料貯蔵庫の女と子供》 Woman with a Child in a Pantry
1658 年頃 油彩、カンヴァス 65 × 60.5 cm
アムステルダム国立美術館(オランダ)所蔵 Rijksmuseum, Amsterdam

この作品は昔から《食糧貯蔵庫》とも呼ばれているが、17 世紀中頃のオランダには、そのような特定の目的のために作られた部屋はまだ作られていなかった。子供の長いブロンドの髪、ドレスと金の刺繍が施された帽子、帯と金のボタンは、この子が男の子だということを示している。この作品はピーテル・デ・ホーホの作品の中でも最も世に知られた室内画であり、18 世紀にはすでに有名な作品になっていた。

Jan van der Heyden ヤン・ファン・デア・ヘイデン(1637-1712)

ヤン・ファン・デア・ヘイデンは、17 世紀オランダを代表する都市風景画家の1人である。また彼は消火活動に興味をもっていた人物でもあり、消防ホースの発明者としても多くの人に知られている。画家としてのヤン・ファン・デア・ヘイデンは、細部まで描きこんだ穏やかな風景画で有名である。作品の細部にまで及ぶこだわりは、彼のテクノロジーへの興味の表れだといえるだろう。ファン・デア・ヘイデンの作品は、本物そっくりのように見えるが、彼は作品の構成のために、描く対象を調整している。彼が描いた作品には、建築学上ありえない作品などもあった。

《アウデ・デルフト運河と旧教会の眺望》 View of the Oude Delft Canal,Delft
1660 年頃 油彩、パネル 55.3 × 70. 8 cm
デトロイト美術館(アメリカ)所蔵 The Detroit Institute of Arts, Detroit

オスロ美術館から出品される風景画《デルフト旧運河と旧教会》と非常に密接な関係を持っているこの作品は、典型的なデルフトの風景、すなわち旧デルフト運河と旧教会を非常に正確に描きだしている。この作品から、アムステルダムにおいて傑出した風景画家であったファン・デア・ヘイデンが、デルフト・スタイルの形成にも影響を与えた可能性をみることができる。

《アウデ・デルフト運河から見た旧教会の眺望》 The Oude Delft Canal and the Oude Kerk,Delft
1675 年頃 油彩、パネル 45 × 56.5 cm
オスロ国立美術館(ノルウェー)所蔵 The National Museum of Art, Architectureand Design, Oslo

旧デルフト運河と頑丈で印象的な尖塔をもつ旧デルフト教会を望む景色を描いたこの作品は、ファン・デア・ヘイデンが描いた2 枚の旧教会の絵の1 枚である。
これら2 枚の作品は、ほとんど同じ視点から描かれているが、作品の制作年には15 年もの開きがある。デトロイト美術館所蔵の作品と比較すると、遠近技法を使った空気感の表現に対する理解と、光と影の表現に重要な進歩をみることができる。

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