「光の天才画家とデルフトの巨匠」を招いた男

フェルメール展の舞台裏

さて、この様なフェルメール作品7点との出会いでしたが、業界関係者の間では7点もの作品を一同に会するのは相当至難の業だと言われているそうです。
素人には、たかが7点と思うのですが、よくよく考えれば世界中の5分の一ですから比率的には確かにすごいことかもしれませんね。また、貸し出すほうから見ても、通常の展覧会の約2倍の4ケ月に渡るロングランで、準備期間を考えれば、およそ半年にも渡ってフェルメールが不在となるのです。これが、改修工事中の美術館ならいざ知れず、今回は7点とも所蔵先が異なっていて、更に各美術館にとっては目玉といっても良い作品でもあることを考え合わせると驚嘆の一語であるらしいのです。
にもかかわらず、これだけのフェルメールを借りられ、このような展覧会の実施が可能なのは何故かと言う疑問が沸いて来るのは当然でしょう。
そこで、今回の企画・運営スタッフの顔ぶれを見てみます。
これに関しては美術ジャーナリストの「むらたまこと」氏の解説を参考にさせていただきます。

パンフレット 主催は、東京都美術館、TBS、朝日新聞社。資金面ではTBS(次点・朝日)、ノウハウは朝日(次点:都美術館)、モチュベーションははTBS(次点:都美術館)ということで、ほぼ3すくみ状態であるらしい。
ですが、実際にフェルメールを集めたのは、上記の3社以外でした。

企画監修にブルース美術館の館長ピーター・C・サットンと、ボイマンス美術館チーフキュレーターのイェルーン・ヒルタイという名が入っていますが、彼らは展覧会の権威づけに駆り出された学者たちだそうです。
ブルース美術館とは、田舎町にありがちな芸術も科学も一緒くたになった博物館のようなものらしいのですが、このサットン氏は17世紀オランダ・フランドル美術の権威らしく、デ・ホーホやファン・デル・へイデンの著作もあり、1984年にはフィラデルフィア美術館で「17世紀オランダ風俗画の巨匠」展を組織していたくらい、オランダ美術ではその道のオーソリティだそうです。
因みに、サットン氏には『偽造と贋作──ペテンの芸術』(原題=Fakes and Forgeries: The Art of Deception)という共著があるのですが、もう一方のヒルタイ氏の属するボイマンス美術館は、ファン・メーヘレンの贋作をフェルメール作品として買った前歴があるそうで、2人の結びつきが想像できそうです。

そして、実際に今回の展覧会を企画したのが「企画:財団ハタステフティング」とあり、この財団がフェルメールを集めたそうです。
「財団ハタステフティング」は、日本でのフェルメール熱のきっかけとなった2000年の「フェルメールとその時代」展をはじめ、レンブラント展やゴッホ展なども企画しており、どうやらオランダに強いコネクションがあるそうです。その一方、系列のハタインターナショナルは「ジョージ・ルーカス展」や「アート オブ スター・ウォーズ」展などを企画していおり、ハタコンサルティングは絵画投資のコンサルも行なっているという、なかなか奥が深い企業だと、「むらた」氏は言っています。

そうしている処に、ちょうど”文芸春秋11月号”に「フェルメール展 名画争奪の現場」と題された記事が掲載されました。
ライターは、件の「財団ハタステフティング」の”ハタステフティング理事・作家”である秦新二氏です。

文芸春秋 秦新二氏は美術展の企画・ノンフィクション作品の執筆を生業としている方だそうで,先にもあったように、これまでに、2000年、大阪市立美術館「フェルメールとその時代展」、2002から2003年、京都国立博物館とドイツ・フランクフルトのシュテーデル美術館での「大レンブラント展」などの企画・実施をされた実績をお持ちのようです。
2000年大阪の場合はフェルメールの代名詞ともいわれる<真珠の耳飾の少女>を始め5点を展示されたそうですが、やはりここでも「たった5点・・・」と素人の勝手な批判が入りますが、近年の世界でのフェルメール関連の展覧会の規模を見ると5点がそれなりに大変なことであると言うことが理解できます。

近年の世界における規模順フェルメール展。
1.オランダ・ハーグ「マウリッツハイス王立美術館」展覧会-23点
2.アメリカ「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」展覧会-22点
3.2001年、ニューヨーク「メトロポリタン美術館」<フェルメールとデルフトスクール展>-15点
4.2001年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー<フェルメールとデルフトスクール展>-13点
5.2003年、マドリード「プラド美術館」<フェルメールとオランダ室内装飾展>-9点
で、2000年大阪はこの次辺りに来るらしいのだが、実際にフェルメール作品を1点も所蔵していない極東の島国で5点を集めるのも至難の業だと言われていたそうで、当時の大阪展では、「・・・5点もの作品が日本に集結したのは大阪での展覧会が初めてで、今後これだけのフェルメール作品を集結させるのは不可能とさえ言われています」と言う解説があった程でしたので、秦氏の実力振りを垣間見ることができるでしょう。

ここから、いよいよ本題のフェルメール展に向けての裏舞台ですが、まずは、現在のフェルメール作品がどこに所蔵されているのかを把握しておいたほうが、より臨場感を得られるようです。

フェルメール作品の現在の所蔵者。

アムステルダム国立美術館(アムステルダム)=4点 《小路》《牛乳を注ぐ女》《青衣の女》《恋文》
マウリッツハイス王立美術館(ハーグ)=3点 《ディアナとニンフたち》《デルフトの眺望》《真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)》
さすがにお膝元のオランダで、7点を所蔵し、フェルメールの代表作とも言われる《真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)》を所蔵しています。
ですが、以外と少ないのですね。そう考えるとマウリッツハイス王立美術館での展覧会で23点が集まったと言うのは、お膝元ならではの偉業なのでしょうか。

メトロポリタン美術館(ニューヨーク)=5点 《眠る女》《水差しを持つ女》《リュートを調弦する女》《信仰の寓意》《少女》
フリック・コレクション(ニューヨーク)=3点 《兵士と笑う娘》《中断された音楽の稽古》《婦人と召使》
ナショナル・ギャラリー(ワシントン)=4点 《天秤を持つ女》《手紙を書く女》《赤い帽子の女》《フルートを持つ女》
バーバラ・ピアセッカ・ジョンソン・コレクション(プリンストン=1点 《聖プラクセディス》
イザベラ・スチュアート・ガードナー美術館(ボストン)=1点 《合奏》
やっぱりアメリカですか。アメリカだけで14点所蔵しています。ただし、《合奏》は盗難により、現状不所蔵だそうですが、細かいことはさておき、ニューヨークに居るだけで、今回の日本でのフェルメール展より多い、常に8点のフェルメール作品が見れるのですから羨ましいかぎりでしょう。

ベルリン美術館(ベルリン)=2点 《ぶどう酒のグラス》《真珠の首飾りの女》
国立絵画館(ドレスデン)=2点 《取り持ち女》《窓辺で手紙を読む女》
ヘルツォーク・アントン・ウルリッヒ美術館(ブラウンシュヴァイ)=1点 《ワイングラスを持つ娘》
シュテーデル美術研究所(フランクフルト)=1点 《地理学者》
以外や以外のドイツは6点を保有しています。これってやはり”ナチ”関連なんですかねえ。

ナショナル・ギャラリー(ロンドン)=2点 《ヴァージナルの前に立つ女》《ヴァージナルの前に座る女》
国立絵画館(スコットランド)=1点 《マルタとマリアの家のキリスト》
英国王室コレクション(バッキンガム宮殿)=1点 《音楽の稽古》
ケンウッド・ハウス(ロンドン)=1点 《ギターを弾く女》
イギリスは堅実に(何を持って堅実と言うのか判らないが)5点を所蔵しています。それにしてもバッキンガム宮殿に所蔵されているとは驚きです。何か王室同士の繋がりか何かで所蔵することになったのですかね。

その他
ルーヴル美術館(パリ)=2点 《天文学者》《レースを編む女》
美術史美術館(ウィーン)=1点 《絵画芸術》
アイルランド国立絵画館(ダブリン)=1点 《手紙を書く婦人と召使》
個人所蔵=1点 《ヴァージナルの前に座る若い女》
ルーブルは以外と少ないのですね。でも、他に有り余る芸術がありますからね。
その中でピカ一に光ってますね個人所蔵。オークションか何かですかね。世界で根本的に枚数の少ない中で所蔵しているって、どんな気持ちなんでしょうかね。趣味、それとも投資? どちらにしても雲の上の存在でしょうか!?

このような分布だそうです。ただし、これはウィキベディアをもとにしています。ウィキにも書かれていますが、上記の作品が全て本物だとされたわけではありませんが、ここでは、そう考えられているという作品を挙げています。

そもそもこの展覧会の企画は、2005年から企画されたそうで、秦新二氏のパートナーとして、前述のピーター・サットン氏(アメリカ・ブルース美術館館長)、イェルーン・ヒルタイ氏(オランダ・ボイマンス美術館チーフキュレーター)の3名が中心となって実施されたのです。
企画目標として、2001年「フェルメールとデルフトスクール展」をこえるクオリティの展覧会を目指す、とあります。このときはそれぞれ、15作品と13作品を出展しましたので、数としては超えることが難しいので、クオリティアップとしてフェルメールの師のカレル・ファブリティウスも集めることを目標にしたそうです。
そして、肝心の作品点数に関しては、2000年大阪の5点をこえることを目標として定めたそうです。
史上最大の規模が、オランダ・ハーグ「マウリッツハイス王立美術館」展覧会の23点ですから、5、6点集めるのはそれ程のことではないのでは、と私自身も考えてしまいます。 ですが、そんなに甘くは無いようです。やはりそこが世界に三十数点しか無いといわれるフェルメールたる所以です。
ちょっとした例を挙げてみます。

もともとフェルメールの展覧会を企画する世界中の美術館学芸員には、暗黙の了解があるそうです。それは、ローン・リクエスト(貸し出し依頼)をしてはいけない作品が3作品あると言うことです。

その3作品とは、「マウリッツハイス王立美術館」所蔵の《デルフトの眺望》《真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)》の2作品と、「アムステルダム国立美術館」所蔵の《牛乳を注ぐ女》を加えた3作品だそうです。
デルフトの眺望 真珠の耳飾の少女 牛乳を注ぐ女 【左から《デルフトの眺望》《真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)》《牛乳を注ぐ女》】
これらは、政治的、物理的(痛みなど)な観点から依頼をしないことを前提としていたようです。 ですが、実際には日本でも公開されているのです。
実際に、2000年の大阪では《真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)》が、そして昨年2007年、国立新美術館で《牛乳を注ぐ女》が公開されています。
表面的にはそれ程「難しいことではないのでは・・・」と思うのですが、大阪の場合は”日蘭交流400周年記念”という大義名分もあり、特別に当時の首相・小渕恵三首相からオランダの首相に手紙を出して、貸し出しを得られたと言う経緯だそうです。
2007年の《牛乳を注ぐ女》は、もっと生臭い話で、本来《牛乳を注ぐ女》は「アムステルダム国立美術館」とオランダ文化省との間で、大陸間の移動はダメと言う特別な取り決めがあったにも関わらず、当時の「アムステルダム国立美術館」館長ロナルド・デ・レーウ氏の決定で貸し出され公開したのだが、公開のため来日していた館長が日本から帰国後の3日目、突如館長職を辞任したそうです。
理由は定かではないようですが、当時「アムステルダム国立美術館」は記念建造物の修復に掛かっていた時期だったそうですが、様々な理由により工期が遅れたための予算超過を補填するために貸し出したのではと推測されています。
このように、フェルメールの場合、貸し出しを受けるには、大層な労力や犠牲が強いられることがあるということです。それだけ困難が常に付きまとうと言われているそうです。

その様な困難は織り込み済みとも考えられるように、アタックは開始されました。
詳しい経緯は記載されていませんので、時系列的にわかりにくいのですが、アタックは並列に行われたようです。
その中で最初に了解を得たのが、スコットランド・ナショナル・ギャラリーの《マルタとマリアの家のキリスト》です。
交渉は比較的スムースに行われたようですが、貸し出しの際、余りにギャラリーに長時間掛けられていた(それだけ貸し出されることが少なかった様ですが)ため、”はずし方が判らない”と一悶着あったようですが、美術品輸送業者の担当者が覚えていて一件落着したそうです。
その後、「マウリッツハイス王立美術館」《ディアナとニンフたち》と「メトロポリタン美術館」《リュートを調弦する女》は、それぞれ比較的簡単に快諾を得たそうです。
次に決定したのは、「アントン・ウルリッヒ美術館」の《ワイングラスを持つ女》でした。
これも比較的スムースに快諾を得たのですが、その裏には、地道な努力があったようです。
かつて秦氏は、2002から2003年の「大レンブラント展」を企画された際に、「アントン・ウルリッヒ美術館」に貸し出しの依頼を掛けたそうです。だが、レンブラントの貸し出しには都合6回断られたそうです。
それにも関わらず、カタログの出版や作品の修復などの費用を継続的に寄付し、美術館へのサポートをし続けたそうです。その結果、今回のフェルメール展への快諾により、初めて《ワイングラスを持つ女》が日本に来ることになったそうです。
長期的な展望と地道な努力が実を結んだ好例といえるのでしょう。

次のターゲットはフェルメールを4点所蔵している「アムステルダム国立美術館」で、現在でも改修中のため難易度は低いと考えていました。
まず、交渉したのは《牛乳を注ぐ女》で、これは先の国立新美術館での公開が決定していましたので、それの期間延長を交渉したそうですがNGだったそうです。2点目の《青衣の女》は所有者のアムステルダム市が貸し出しを断ってきました。そこで、目をつけたのが《恋文》で、これは2000年、2005年と日本での公開に実績があり、かつカタログ出版協力の見返りとして了承されました。ですが、数ヵ月後、アムステルダムのほかの館からの強力な依頼により《恋文》の日本への貸し出しが困難になりました。
青衣の女 恋文 【《青衣の女》《恋文》】
「アムステルダム国立美術館」では、その代わりに《小路》を貸し出す約束をくれたことにより、瓢箪から駒のような日本初公開作品を借り出すことが出来たそうです。

6点目は個人蔵である《ヴァージナルの前に座る若い女》です。
所有者はベルギー人フレデリック・ロラン卿でしたが、2002年死去後、オークションでラスベガスのカジノ王、ステファン・ウィン氏が32億円で落札したそうです。
その後、44歳の実業家に渡ったそうです。これに関しての条件は明かされていませんが、個人蔵でもあることから、恐らく金銭的な交渉で決着したものだと推測するのですが、いかがでしょうか。

これまでで、6作品のフェルメールの公開が決定しましたので、当初の目標2000年大阪の5点を越えるという目標は目出度くクリアしたことになります。

このような経緯を見ると比較的簡単だった様に見えますが、断られたケースもかなりあったそうです。
例えば、ロンドン「ケンウッド・ハウス」の《ギターを弾く女》。当初、館長のサイモン・ターリーは承諾てくれたのですが、修復家が輸送に耐えられないと反対したため、借りることができなかったそうです。学芸員、しかも館長と言えども修復家の意見はある意味絶対のようで、反論する術も無かったようです。修復家の権限は絶対のものなんですね。
ギターを弾く女 【《ギターを弾く女》】

次にタイミングの悪かった2事例。

1つは、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《ヴァージナルの前に座る女》。
当初、ロンドン・ナショナル・ギャラリーには《ヴァージナルの前に座る女》と同時に、ファブリティウスの《楽器商のいるデルフトの眺望》を依頼しました。両作品共に内諾を得たのですが、同館の《ヴァージナルの前に立つ女》がイタリアの美術館への貸し出しが決定していたため、2枚同時の貸し出しは無理とのことで、ファブリティウスの《楽器商のいるデルフトの眺望》だけとなったそうです。
ヴァージナルの前に座る女 ヴァージナルの前に立つ女 【《ヴァージナルの前に座る女》《ヴァージナルの前に立つ女》】

2つ目は、ルーブル美術館蔵《天文学者》《レースを編む女》。

当初<天文学者>とフランクフルト・シュテーデル美術館の<地理学者>とのペア出品が可能なら貸し出せるとのルーブル側の回答があったのにも関わらず、しばらくして連絡が途絶えたのは、2009年日本のあるテレビ局が主催し、ルーブル美術館が所蔵する17世紀絵画の展覧会が決定しており、《レースを編む女》が貸し出されることになったからだそうです。
天文学者 地理学者 レースを編む女 【《天文学者》《地理学者》《レースを編む女》】
つまり展示時期は重複しないが、前後の準備期間を考えると2枚とも展示できない可能性があるため貸し出しが出来ないということです。
因みに今回のフェルメール展はTBSですので、当然TBS以外の局と言うことになりますが、2009年には、どこかで《レースを編む女》が見られるということですね。

次はちょっと笑える事例です。

他館に貸し出されたことがほとんど無い、英国王室コレクションン《音楽の稽古》については、殆どあきらめの境地で合ったようですが、実際にワシントン/ハーグ展では貸し出されたこともあるので、一縷の望みを掛けて交渉したそうです。
その際の回答が、「ワシントン/ハーグ展では、オランダ女王がエリザベス女王に手紙を書いた結果なので、日本でエリザベス女王と同じくらいの権限を持つ方の依頼なら可能性があるのでは・・・」との回答でしたが、当然、即刻撤退したと言うちょっと微笑ましい事例でした。
音楽の稽古 【《音楽の稽古》】

そして最後が「ウィーン美術史美術館」の《絵画芸術》。

これは当初貸し出しが決定されていて、日本サイドでは告知に入れられていた状況であったようです。
しかし、ここでまたもや「ケンウッド・ハウス」の《ギターを弾く女》と同様、修復家の突然の反対により 日本公開が中止となりました。これについては今回のフェルメール展のオフィシャルサイトでも告知しているのでご存知の方が多いと思いますが、本当の理由はどうやら別にあるそうです。
実際に、2004年には日本で公開されたように修復は成功していたそうで、この突然の中止は、オーストリア文部大臣の交代による政治的方針の変更がその主な理由のようです。
絵画芸術 【《絵画芸術》
表向き、裏向きがどうあれ、7作品の展示を予定していた日本サイドとしても、これにはさすがに収まりがつかないでしょう。しかも、発表後のお詫びと言うこともあって。
そこで、急遽頓挫していた「アイルランド・ナショナル・ギャラリー」の《手紙を書く婦人と召使い》の交渉を再開したそうです。
断られること4度の末、日本のお家芸でもある”札束攻勢”による、同館への将来的サポートの約束で合意したそうです。
この《手紙を書く婦人と召使い》は、かつてIRAにより2度盗難にあったそうです。そのため今回は、首都ダブリンのメイン空港を使わず、極秘裏のうちに別の空港からスコットランドヤード警備のもと日本に空輸され7月18日に到着したそうです。
実に展示会開催の僅か2週間前のことだったそうです。

関係者の努力により今回日本で最大規模(枚数)の7作品を集めたフェルメール展が開催されたのです。しかも日本初公開作品が5点も含まれているのです。
今回もまた大阪で言われたように、「今後これ以上の規模の・・・」と言われるのでしょうか。どちらにしろ様々な困難にたち向かう努力には敬意を表するとともに、今更ながら極東の小さな島国日本のパワーをまざまざと見せ付けられました。
違う角度で見ると、芸術を取り巻く政治や経済で奇麗事ではすまない業界であることは想像に難くないところですが、ここはひとつ関係者の多大な努力に敬意を表し、純粋にフェルメールを楽しむべきでなんでしょうね。

最後に余談ですが、これを書いていた11月23日(日)の午後、BS朝日で映画「真珠の耳飾りの女」を放映していました。
当然BS朝日ですから偶然ではないでしょうが・・・

2008.11.23記

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