JR王子駅周辺を眺める

王子駅周辺 埼玉県上尾市の自宅を出発したのがAM8:30です。一旦JR大宮駅に出て、大宮駅からは京浜東北線でゆったり座って王子駅に向かい、ちょうどAM10:00頃王子駅に到着しました。
【それなりに進化している王子駅!?】
京浜東北線の王子駅は、高校から現在まで都内に通学通勤していますので、30数年通っていた駅です。しかし意外と下車することは少なく、恐らく10数回程度でしょうね、30年間で。
最後に王子駅を訪れたのは仕事の関係で4、5年前くらいでしょうか。 久しぶりに下車する王子駅ですが、それ程変わった様子は感じませんでした。ある程度は開発された後だからでしょうかね。
感傷に浸っている場合ではなく早速回答探しです。

問題9
「JR王子駅」バス停は、北区のシンボル、北とぴあ(ほくとぴあ)の前にある。その北とぴあ前の広場にも北村西望の作品がある。○○○○の平和公園にもある有名な「平和祈念像」だ。

問題だけであえて行かなくても判る問題ではあるのですが、折角ですから王子の平和祈念像を見に行きます。北とぴあも初めてですし。 王子駅から歩いてもホンの2.3分の場所にあります。

王子駅周辺 北とぴあは「北区の産業の発展と区民の文化水準の高揚」を目的として王子貨物駅跡地に建設され、1990(平成2)年にオープンした17階建てで、ホール、会議室、スタジオ、トレーニングルーム、プラネタリウムなどなど施設も充実していて、北区文化振興財団の事務所があることから様々な公演もおこなわれているそうです。
最上階の17階は展望ロビーになっているのですが、さすがに最初からゆっくりもしていられませんのでここは我慢の一手です。


王子駅周辺 この北とぴあの正面玄関左手に「平和祈念像」がありました。確かに長崎市の「平和祈念像」と同じです。
右手は原爆の脅威を、左手は平和を、横にした足は原爆投下直後の長崎市の静けさを、立てた足は原爆の恐怖を表し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っている、という「平和祈念像」そのままのものです。


これは長崎市の「平和祈念像」を製作した彫刻家の北村西望が、1981(昭和56)年北区の名誉市民第1号に選ばれたことと、北区の平和都市宣言施行5周年を記念して北村の遺族と長崎市などの協力により、1992(平成4)年、長崎にある像を縮小したサイズの平和祈念像として造られたそうです。 これって意外と知られていないですよね。
私も祈念像があることも、由来も全く知りませんでしたから。再発見と云うより新たな発見でした。

「平和祈念像」の気持ちは同じで…問題9の回答は=ながさき=でした。

幸先の良い(って、誰にでも判る問題!)出だしで、次は一旦王子駅方面に戻って線路を越えて飛鳥山へ向かいます。

王子駅周辺 王子駅周辺 王子駅改札に向かう途中、「王子カルチャーロードギャラリー」という通路があったので、渡りに舟とばかりに通ってみました。
この日は「母の日・父の日絵画展」といタイトルで子ども達の描いた似顔絵がずらっと張り出されており、このギャラリーも先の北とぴあと同じ北区文化振興財団が運営・管理しているようです。
ちょっとしたスペースも無駄にせず、更に有意義に活用するところは北区も侮れませんですね。


参考:【財団法人北区文化振興財団】 http://www.kitabunka.or.jp/index.htm

王子駅周辺 ギャラリーを見学しながら線路を越えると未知の世界です。
冒頭、王子駅には少ないが10数回は来訪しているといいましたが、実は飛鳥山方面(東京から見て線路の左側)へは降りたことがありません。したがって未知の世界なんです。勿論、車で通過することは何百回とありますが。 何はともあれ未知の世界に踏み込むと、そこは前時代的な世界でした。
王子駅東側はロータリーも広く、駅舎(と言うか、側だけ)もきれいでしたが、こちらは実に昭和そのままの感じです。
少し進むと綺麗に柵で囲われた水のない川が現れました。これが音無川だそうで、ここから音無川親水公園が始まっているらしいので、しばらく柵伝いに歩いてみました。


王子駅周辺 歩いていると「手づくり郷土賞」と刻まれたプレートの碑があります。これは「音無親水公園」が”街灯のある街角”として選定されたものです。国土交通省のサイトによれば、公園の施設に歴史と自然を感じさせられる手づくり感があることで選定されたようです。すべてを見たわけではないのでなんともいえませんが、柵や小道を見てもそんな感じをうかがい知ることができますね。


参考:【手づくり郷土賞(国土交通省・事業総括調整官室)】 http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/index.html

王子駅周辺 親水公園沿いを歩き続けると途中から王子神社への脇道がありましたので、王子神社にいってみます。
階段を何段か上がって進むと、都指定の天然記念物のイチョウがありました。


『都天然記念物 王子神社のイチョウ
所在:北区王子本町1一1 王子神社 指定:昭和14年3月
荒川に落ちる支流、音無川の左岸高台に王子権現がある。かなり遠方からでもこのイチョウは見え、付近と異なる風致地区を形成している。
大正13年の実測によると、目通り幹囲は6.36メートル、高さは19.69メートルであったという。枝はあまり多くないが、うっそうとしており、樹相はきわめて立派である。
当社は豊島氏の旧跡であり、このイチョウも、その当時植えられたものであると伝えられている。
昭和44年10月1日 建設 東京都教育委員会』

現在では恐らく遠くからは見ることは不可能でしょうが、かつては見晴らしも良い高台であったでしょうから、王子のシンボルとして見えていたのかもしれませんね。
このイチョウの木を過ぎると参道となります。

王子駅周辺 左手に立派な社殿が見えます。とりあえず参拝です。
この王子神社、特に由来書等はないのですが、創建は不明ながら、1322年には、当地の領主豊島氏が社殿を再興して紀州熊野三所「若一王子宮」が勧請されたことにより、古くは岸村と言っていたこの地を王子村と改めた、「王子」の地名由来の神社だそうです。
江戸時代では代々の将軍の崇拝を受けて「王子権現」の名で江戸名所の一つとなるほどで、非常に高い格式を持つ神社で、最盛期には飛鳥山も支配地としていたそうで、由緒ある神社なんですね。


王子駅周辺 参拝を済ますと境内に摂末社でしょうか朱の社が見えます。


「髪の祖神」関神社由緒略記
御祭神:蝉丸公 神霊・逆髪姫 神霊 ・古屋美女  神霊
「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも逢坂の関」 の和歌で有名な「蝉丸公」は延喜帝の第四皇子にして和歌が巧みなうえ、琵琶の名手であり又 髪の毛が逆髪である故に嘆き悲しむ姉君のために侍女の「古屋美女」に命じて「かもじ・かつら」を考案し髪を整える工夫をしたことから「音曲諸芸道の神」並に「髪の祖神」と博く崇敬を集め「関蝉丸神社」として、ゆかりの地 滋賀県大津の逢坂山に祀られており、その御神徳を敬仰する人達が「かもじ業者」を中心として江戸時代 ここ「王子神社」境内に奉斎したのが、当「関神社」の創始なり。
昭和二十年四月十三日戦災により社殿焼失せしが、人毛業界これを惜しみて全国各地の「かもじ・かつら・床山・舞踊・演劇・芸能・美容師」の各界に呼び掛け浄財を募り昭和三十四月五月二十四日これを再建せり。
王子神社 宮司

毛塚の由来
釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られたとき貧女が自らの髪の毛を切り、油に変えて献じた光が、大突風にも消えることなく煌煌と輝き世に貧女の真心の一灯として髪の毛の尊さと共に、毛髪最古の歴史なりと永く言い伝えられる由縁である。
毛髪を取り扱う我々業者は毛髪報恩と供養の為に、昭和三十六年五月二十四日「関神社」境内に毛髪の塔を建立し永く報恩の一助とする。
関神社奉賛会:東京人毛商工組合・東京床山協会・東京かつら協会・関西かつら協会』

簡単にいえば髪といっても”かつら”方で、”かつら”を扱う人々が「関蝉丸神社」を勧請した神社が「関神社」だと言うことです。 そして毛髪供養のために関神社に建てられたのが「毛塚」なんですね。
今のところは幸いにもお世話にならなくても済んでいますが、近い将来を考えて篤く参拝をしておきました。
ウンチクにはもってこいの神社ですね。

王子駅周辺 境内中央の参道に戻るとデザイン性のある案内板があります。王子田楽碑です。


『東京都北区指定無形民族文化財 王子田楽
王子田楽は、豊かな実りと無事を祈って、毎年8月、王子神社の例祭で、神前に奉納される伝統芸能です。花笠をつけ、鼓・筰・太鼓方が笛に合わせて踊る、全国でも数少ない芸能です。しばらく絶えていましたが復元され、王子田楽衆と王子田楽式保存会によって保存・伝承されています。
東京都北区教育委員会』

幻の王子田楽といわれてとても復興は無理だった状況で、様々な努力を重ね合わせてついに復興なった田楽だそうです。 だからこそ貴重な財産なんでしょうね。

参考:【王子田楽・祭りの花笠】http://www2.ocn.ne.jp/~sasara/ha-index.html

王子駅周辺 歴史と由緒ある王子神社を後にして、正式な参道入口から出て音無親水公園方面に戻ると「音無橋」にたどり着きました。


王子駅周辺 橋の袂から下に降りる階段がありますので降りてみると、音無親水公園に戻りました。親水公園の説明板があります。
【音無親水公園と奥に音無橋】


音無親水公園
音無川のこのあたりは、古くから名所として知られていました。 江戸時代の天保7年に完成した「江戸名所図会」や、 嘉永5年の近吾堂板江戸切絵図、 また、 安藤広重による錦絵など多くの資料に弁天の滝、不動の滝、石堰から落ちる王子の大滝などが見られ、 広く親しまれていたことがわかります。
「江戸名所花暦」 「遊歴雑記」などには、 一歩ごとにながめがかわり、 投網や釣りもできれば泳ぐこともできる、 夕焼けがひときわ見事で川の水でたてた茶はおいしいと書かれており、 江戸幕府による地誌、「新編武蔵風土記稿」には、このあたりの高台からの眺めについて、 飛鳥山が手にとるように見え、 眼の下には音無川が勢いよく流れ、石堰にあたる水の音が響き、 谷間の樹木は見事で、 実にすぐれていると記されています。
こうした恵まれた自然条件をいまに再生し、 後世に伝えることを願って、昭和63年、北区は、 この音無親水公園を整備しました。
「たきらせの 絶ぬ流れの末遠く すむ水きよし 夕日さす影」
「飛鳥山十二景のうち滝野川夕照より」
昭和六十三年三月  東京都北区 』

王子駅周辺 石神井川は北区付近で音無川と名前を換え、江戸時代から景勝地として親しまれていたのです。ですが、昭和30年代から始まった河川改修工事で石神井川の流路が変わり、この地が残された旧流路となったのです。そこで、この旧流路を「かつての渓流を取り戻そう」とばかりに造られたのがこの音無親水公園なのです。
そして園内には滝・橋、水車や行灯などが設置されていて、その当時の雰囲気を再現しているのです。 こういった努力が先の「手づくり郷土賞」や案内板の隣にある「日本の都市公園100選」にも選定される結果となったのです。
因みに都内では他に、国営昭和記念公園、日比谷公園、上野公園、水元公園、代々木公園が選ばれています。


現代に江戸時代の香りを残す王子駅周辺にはまだまだ多くの見どころもあるでしょうが、とりあえずこの辺で切り上げます。
何かの機会があれば王子稲荷神社なども廻って見たいですね。
「ミステリーウォーキング」は飛鳥山に向かいます。

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