エピローグ

「染井銀座商店街」で最後の回答を手に入れて、キーワードを解いたことから商店街はまだ先に続くのですが、これで帰ることにしました。帰りはこのまま駒込駅へ向かう予定です。
商店街を戻りつつ、キーワードが解けたのは良いが、何を意味しているのかが判りませんでした。 「白い車体・・・」といからには電車とか自動車のことだろうと察しは付くのですが・・・

エピローグ もやもやとしながら「霜降銀座商店街」にもどると、来る時には気が付かなかった掲示板がありました。
丁度金魚亭支店の2つ隣で「しもふり情報基地」と呼ばれているようで、長い掲示板に様々な情報が張り出されている掲示板です。勿論「ミステリーウォーク」に関しての情報もありますし、お買い得情報とか、エコ情報とか情報満載でした。


何気なく見ている時に不意に思い出しました、西ヶ原の一里塚で見た「北区コミュニティバス」です。確かに「白い車体に桜の花びら」でした。ただ若干桜の花びらがデフォルメされていたので、気が付かなかったのです。

そういわれれば「ミステリー手帖」を見た時点である程度このキーワードは連想されていなければなりませんでしたね。所謂「ミステリー2時間TVドラマ」”チョイ役の大物俳優”のセオリーではないですか。
「ミステリー手帖」では「コミュニティバス」のことが再三再四語られているのも関わらず、実際のミステリーウォークではヒントにもなっていない。そのくせ本郷通り沿いではチラッと何回かは見かけている。まさに2時間ドラマの前半1時間で何故かチョイ役でしか現れない大物俳優は、後半必ず犯人か或いは重要な人物となることを。
それから言えば「北区コミュニティバス」は回答か、それにちかい何かであることを最初に見抜かなければならなかったのです。なかなか味なマネを・・・などと思っているのは私だけでしょうね(当然だろ、という声が・・・)
それでもまあ、意味がわかったのでとにかくスッキリして帰れる事は確かです。

来る時には「霜降銀座商店街」の最初にあったお店、団子屋の「まさゆめ」でソフトクリームを食べて疲れを癒し、一息ついてから「霜降銀座商店街」を抜けて本郷通り沿いをJR駒込駅に向かいました。

エピローグ 本郷通り沿いで偶然というか当然というか、コミュニティバスと遭遇です。確かに白に花びらです。
この図柄はは当分夢に見るかもしれないですね。


エピローグ 10分も掛からない程度でJR駒込駅前に来ました。
駅前には小さな公園があり「染井吉野櫻発祥の里 駒込」と刻まれた記念碑があります。
記念碑には以下のように記載されています。


染井吉野櫻発祥の里 駒込
駒込の一部は江戸時代 染井と呼ばれ, 巣鴨と共に花卉・植木の一大生産地であった。
この地で江戸時代以後 数多くの優れた園芸品種が誕生したが, 中でも染井吉野は, 当地の地名から名付けられ, 世界を代表する桜の品種となった。
左の絵は, 植木屋の第一人者, 染井の伊東伊兵衛の庭で 大勢の人が花を愛でている様子である。』

そしてその左の絵には以下のように記載されています。

染井之植木屋(絵本江戸桜) 北尾政美画 1803(享和3)年
花屋の伊兵衛といふ, つつじを植しおびたゝし, 花のころハ貴賤群集す, 其外千草万木かずをつくすとなし, 江都第一の植木屋なり, 上々方の御庭木鉢植など, 大かた此ところよりささぐること毎日々々なり』

後で知ったのですがここは「豊島区立 染井吉野桜記念公園」という公園で、駒込の駅前広場を地下駐輪場とともに公園として整備した時に、「ソメイヨシノ」発祥に地である駒込を記念して園名がつけられ、「桜の里」の碑が建てられたそうです。
園内はソメイヨシノの原種と言われるエドヒガンザクラとオオシマザクラが植えられ、サクラ同士比較ができるそうですが、どれがどれやら判りませんでした。咲いていませんからね。
ある意味日本一知られている桜の発祥地ですから、結構価値のある場所にいるのかなあ、などと感じたりしましたが・・・

エピローグ 公園の隅に「駒込橋」と刻まれた古そうな欄干の一部が置かれています。
かつて「駒込橋」として使われたものなのでしょうか。石造りの欄干、結構年代モノのような感じですね。


エピローグ エピローグ 公園を出てからJR駒込駅の本郷通りを隔てた反対側にある神社に向かいました。
「大国神社」です。ここは何をおいても駒込に行ったら絶対に寄ろうと決めていた神社です。


私が小学生のころですから、彼是40年前くらいでしょうか、当時、実家が埼玉県川口市にあったころ、商売の関連からか毎年大晦日に紅白歌合戦を見た後、この大国神社に初詣に来ていました。
私は毎年ではありませんが何回か連れて来られた記憶があります。当時小学生は早寝をさせられたので、公然と遅くまで起きていられるのは大晦日ぐらいです。そして初詣を終わった後、本郷通り沿いの近くの蕎麦屋(毎年決まっていたような気がする)て年越しそばを食べて帰ってくるという慣例がありました。これは母にも聞いたことがあるので間違いない記憶のようです。
確かに車で前はよく通るのですが、神社に入るのはホントに3、40年ぶりです。

エピローグ やはり当時は子供だったからでしょうか、もっと大きな境内と社殿だという記憶でした。まあ、夜中に来ていたのですから奥行などは良く見えませんからね。そして提灯だったか、雪洞だったか赤々と灯がともされていたような記憶です。


エピローグ 中に入るとさすがに40年の時が流れたのでしょうか、申し訳ない言い方ですがちょっと荒れている感じです。勿論、当時は商店の店舗前のテントのような物はなく、社殿に上がって祝詞を受けていたような気がします。
時代なんでしょうが、だいぶ思っていたイメージとは違っていましたが、いまだ残っていることにちょっと懐かしい思いで一杯です。


3、40年ぶりの参拝をして「大国神社」を後にしました。そうそうかつて母に何故駒込の「大国神社」なのかを聞いたことがありましたが、商売関連は確かにそうだったようですが、駒込の意味は判らないということだそうで、亡き父か祖父でないと判らなかったのでしょう。もう永久にわからないということですかね。

エピローグ たっぷりと郷愁に浸ってJR駒込駅から帰宅しました。


出来れば田端の文士会館にも寄ってみたかったのですが、時間的にも体力的に余地が無い為、今回は諦めて帰宅しました。
町としては馴染みがないわけではない町ですが、30数年前からの思いや、新たな興味など実に新鮮な経験ができました。
「ミステリーウォーク」自体も始めての体験で非常に楽しむことが出来ましたが、すべてをまわることが出来たわけではないので、また機会があれば見逃した場所などをまた訪ねてみたいものです。王子から西ヶ原・滝野川、そして駒込と非常に魅力的な町でした。
ま、出来れば今度は「宮部みゆき」の”江戸下町みすてりーうぉーく”(ひらがなが似合う)等も企画してくれるとうれしいですがね・・・

2009.6.5記

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