菊人形展 #1

箕輪門を抜けていよいよ二本松城の内部に入ります。菊人形展は、箕輪門を抜けて三の丸跡でおこなわれているようです。
菊人形展エントランス 菊で飾られた立方体のゲートが菊人形展のエントランスです。

エントランス広場 中央に様々な菊が展示され、両側は飲食や土産物などが並んでいます。

その中央の菊の展示では、千輪咲きといわれる手法の菊が目を引きます。
三色千輪咲き

千輪咲きとは1本の苗を何回も摘心(新芽を摘み取ること)を繰り返して枝数を増やし、1年かけて3、400輪を咲かせ半球形になるように花を並べて咲かせる仕立て方法です。
当初は単に菊を本数分挿しているだけなのかと思っていましたが、これがたった1輪の菊からできていると知って驚愕でした。しかも弧のにあるのは3色です。一体・・・。説明があります。

三色千輪咲き
○栽培日数 1年2ヶ月
千輪咲きに対して、三色千輪咲きの場合は、外国産のヨモギを台木(接ぎ木の台にする木)にし、赤、白、黄色の菊を接ぎ木することにより栽培される。
まず、前年の8月下旬から9月に台木となるヨモギの播種(作物の種をまくこと)を行う。2月から3月下旬に接ぎ木を行うが、この場合配色を考えて接ぎ木を行う。その後は1色の千輪咲きと同じように摘心を繰り返して花芽を増やしていく。
(現地案内板説明文より)

趣味なのか、ビジネスなのかわかりませんが、とにかく大層手間のかかることです。それにしても最初に思いついた人はたいしたもんですね、本当に。
前垂れ型懸崖 こちらにあるのは、懸崖、という仕立て方で、このように前に垂れ下がった形のものは、前垂れ型懸崖、といい、滝のように垂れ下がったものを静岡から広がったことから、静岡型懸崖、という2種類あるそうです。

仕立て方は違いますが、つくり方は基本的に千輪咲きと同じだそうです。
まだ、ホンの前哨戦のようなものですが、始めから驚嘆すべき菊の数々です。

大河ドラマ「龍馬伝」

早速、チケットを購入して菊人形会場に入ります。
菊人形展チケット

菊人形第1会場 華やかな菊で埋め尽くされたような展示会場です。正面には案内のスタッフが順路を指示しており、中央奥にはやはり居りました「ゆるキャラ」です。

菊人形展ゆるキャラ 公募された94点から選ばれたキャラは「菊松くん」というそうです。昔々おそ松くんというのがいましたが・・・。

そして中央付近には千輪咲きがありますが、先ほどのとは規模が違います。こちらは紛れもなく1000輪以上ある千輪咲きなのです。
千輪咲き 育てるのに2年かかるそうで、大変な労苦なのでしょうが、きっと作られている方は労苦とは思っていないのでしょう。

競技菊 そのほかには競技花といわれるコンテストの菊もあります。

競技菊 特にこのオレンジ色というか、初めて見る色の菊に目を惹かれました。ちょっとピンクグレープフルーツのようなジューシーなイメージです。

そして一番奥に今回のメインテーマである大河ドラマ「龍馬伝」の菊人形が展示されています。

◆タイトル「お龍と結婚」
タイトル「お龍と結婚」

お龍と結婚
1866(32歳)、寺田屋事件で重傷を負った竜馬は薩摩藩に匿われ命拾いをした。その後、龍馬とお龍は結婚し、西郷隆盛と家老・小松帯刀に案内されて、薩摩藩船で静養を兼ねて薩摩(鹿児島)に向う。
二人は、約3ヶ月、鹿児島に滞在し、楽しい日々を送る。(日本初の新婚旅行といわれる)。そして鹿児島を離れ途中長崎でお龍を下ろし、下関に向う
(現地案内板説明文より)

中央の二人が龍馬とお龍。龍馬の左側が小松帯刀、でお龍の2人隣が西郷隆盛です。ちなみに薙刀を持って舞っている人形は、本当に回転しています(って特に驚くほどのこともないですが・・・)。
タイトル「お龍と結婚」 人形もそうですが、家屋の屋根や池の周囲の菊が本当に綺麗です。

最初の展示としては掴みはOKといったところでしょう。

ここから順路に沿って進みます。
競技菊 順路の左手が競技花「三輪競技花(赤色部門)」で、右側に菊庭園があります。

菊庭園 庭園のタイトルは「安達ヶ原の風景」だそうです。

右手奥にあるまだ余り菊の花の無いものが木付けという仕立て方法のものかもしれませんが、実に様々なつくり方があるものです。

◆タイトル「龍馬誕生」
タイトル「龍馬誕生」

龍馬誕生
1835年11月15日、郷士・坂本八平の次男として、土佐(高知)城下に生まれる。坂本龍馬は、五人兄弟の末っ子で、長男の権平とは21歳、長女・千鶴とは19歳と親子ほども年が離れていた。すぐ上の三女・乙女とは3歳違い。それだけではない、幼少時には、祖母・久ほか、大勢の下男下女と同居していた。母、幸、40歳のときに誕生した「恥かきっ子」の龍馬は周囲の者たちから、大いに甘やかされて育てられた。
(現地案内板説明文より)

長宗我部家の家臣の流れゆえに郷士となっていた坂本家ですが、分家の際に本家から多額の土地財産を相続しており、かなり裕福な家庭だったようです。
左から長女・千鶴、三女・乙女、母・幸と幸に抱かれた赤ん坊の龍馬、父・八平、長男・権平という家族一同・・・って、次女の栄が居ないのは何故?

◆タイトル「寺子屋の落ちこぼれ龍馬」
タイトル「寺子屋の落ちこぼれ龍馬」

寺子屋の落ちこぼれ龍馬
1846年(12歳)土佐(高知県)。名前は坂本龍馬。町人郷士、坂本家の末っ子である。泣き虫の寝小便たれ、侍のくせに、剣術の稽古よりも、本屋の質屋で、そろばんを弾いているほうが楽しいほうであった。廟所番を務める父の八平が、そんな龍馬を見かねて楠山塾に入門させ、習字と四書を学び始めるが、ついていけず成績はすぐれなかった。読書嫌いで、学友からいじめられ、泣きかえることもたびたびあった。
(現地案内板説明文より)

高知城下小高坂にある楠山庄助の私塾に入塾したものの、余りの出来の悪さから楠山から手に負えないと見放されたという伝承ですが、実のところは堀内という少年と諍いがあり、楠山は堀内を退塾処分にしたのだが、父・八平が喧嘩両成敗とばかりに龍馬も自ら退塾させたというのが真実のようで、龍馬が大器晩成型であることを強調するために、伝記などで落ちこぼれと脚色されたからだといわれています。
当然一番左が楠山庄助で、その隣が龍馬、それ以外の少年はA・B・Cですが、堀内君はいるのでしょうか・・・。

菊人形が出来るまで・菊付け体験コーナー 次に行く途中に体験コーナーとして、「菊人形が出来るまで・菊付け体験コーナー」があります。

つくり方の手順が説明されています。
1.胴殻作り:稲わらを糸で巻いた巻藁を作り、これを使って人形の形を立体的に作り上げます。
2.建て込み:出来上がった等身大の胴殻を座に設置して、人形の振りにあわせて形を整えます。
3.菊付け:建て込まれた胴殻にヒノキの葉を貼り、その上に根の付いたままの菊花を添わすように止めます。
菊人形が出来るまで・菊付け体験コーナー こうした手順で1日1体が精一杯のようで、1体に使用される菊株は約50、60株になるようです。

見るからに大変そうですから。

◆タイトル「千葉道場」
タイトル「千葉道場」

千葉道場
弱虫・龍馬は姉・乙女の勧めで小栗流剣術を学び、めきめき腕を上げ、逞しくなった。1853年(19歳)、さらなる剣術修行のため、土佐を発ち江戸ぬ向う。
入門先は桶町・千葉道場。ここは江戸の三大流派・北辰一刀流の名門であり、道場主は開祖千葉周作の弟・千葉定吉。師範は長男の重太郎、妹は「千葉の鬼小町」の異名をとる女剣士・佐那である。土佐では腕を鳴らした量までも、ここでは赤子も同然である
(現地案内板説明文より)

左から師範・重太郎、道場主・定吉、龍馬に女剣士・佐那です。
当時の江戸三大道場は、、技の千葉周作の北辰一刀流道場「玄武館」、力の斉藤弥久郎の神道無念流「練兵館」、そして、位の桃井春蔵の鏡新明智流「士学館」です。
これらの三大道場からは数多くの歴史に残る剣士を輩出しており、「玄武館」は清川八郎、藤堂平助、山岡鉄太郎、「練兵館」からは桂小五郎、高杉晋作らの長州藩士を、そして「士学館」からは武市半平太、岡田以蔵等がいたそうです。
龍馬は残念ながら三大道場ではありませんが、「玄武館」に出入りしていたといわれていますが、いかがなものでしょうか、無いとはいえませんが・・・。

このコーナーの反対側には、テーマのバックボーンとして黒船来航が描かれています。
黒船来航 ちょうど千葉道場に入門後黒船が来航したという日本のターニングポイントを表したものでしょう。

トピアリーの孔雀 そのストーリーに関係するのか、しないのかは不明ですが、トピアリーの孔雀が置かれています。
写真では判りにくいですが。

五重塔 また、正面には菊で飾られた五重塔がそびえます。
この菊人形展のシンボルと云えるものでしょう。

◆タイトル「勝海舟との出会い」
タイトル「勝海舟との出会い」

勝海舟との出会い
1862年(28歳)、龍馬は志を抱き脱藩。見聞を広めるため千葉道場に寄宿する。道場主・千葉定吉の計らいで、幕府・政治総裁職・松平春嶽に拝謁することが出来た。松平春嶽はこの型にはまらない風変わりな男を気に入って、軍艦奉行並・勝麟太郎(海舟)に紹介することを約束してくれた。
そして、ついに勝海舟を訪ね、勝から西洋文化のすばらしさ、いま日本がすべきことを説かれ、その場で弟子になることを決意した。
(現地案内板説明文より)

ここでは左から勝海舟、千葉重太郎、龍馬が並んでいます。
一般的には龍馬と重太郎が開国論者の海舟を暗殺するために訪れたが、海舟に説得され弟子になったというのが通説ですが、これは海舟の誇張、あるいは記憶違いといわれ、実際には説明にあるように春嶽に紹介を貰い訪れたところが正しいようです。
但し、紹介を受けて訪れたときは、12月9日に門田為之助、近藤長次郎と一緒にだったようで、重太郎と訪れたのはその後の12月29日といわれているので、この菊人形のスチエーション時点ではすでに龍馬は弟子になっていた後のようです。

「龍馬伝」もこれで前半が終了ですが、この先ににも菊が展示されています。
北斎巴錦 初めて見る菊で実にしっとりした色合いの美しい菊です。
「北斎巴錦」という菊だそうです。

加賀の前田家の殿様が参勤交代の途中、長野県の小布施に立ち寄った際、そこに飾られたこの菊を見て大変気に入り名前を尋ねたのですが、名前を答えられなかったので殿様は「巴錦」と呼ぶように命名したことから、地元の人々はこれを殿様菊と呼ぶようになったそうです。
菊図 そして、この巴錦は葛飾北斎も好んだようで、北斎が小布施で制作した肉筆画「菊図」中に描かれていることもあり「北斎巴錦」という品種となったようです。

華やかさを持ちながらも、落ち着いた雰囲気をも持ち合わせている不思議な菊です。

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コメント

  1. tarou | oh9AE8Cw

    見ごたえがありました。また 訪問します。

    ( 16:36 [Edit] )

  2. 薄荷脳70 | z3DJMOlI

    ありがとうございます。

    そう云っていただくと俄然モチベーションがあがります。^^
    是非、またお寄りください。
    > 見ごたえがありました。また 訪問します。

    ( 03:43 [Edit] )

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