霞ヶ城公園 #2

菊人形を半分ほど見たところで、霞ヶ城公園への出入口があり、半券でまた再入場が可能なことから霞ヶ城公園を散策することにしました。

霞ヶ池とるり池

菊人形会場を出ると目の前に大きな池があります。
霞ヶ池 「霞ヶ池」というそうで、紅葉も見られ大変綺麗な池です。

霞ヶ池と智恵子の藤棚 その池のほとりに藤棚があるのですが、「智恵子の藤棚」と名付けられています。

智恵子の藤棚
元二本松町長今泉修二氏が自宅の庭にあったものを寄贈したもので、これは智恵子の生家の庭にあった藤の木です。
二本松観光協会
(現地案内板説明文より)

確か二本松には智恵子の生家があるのでしたね。
結構長い藤棚で、時期になると大層綺麗な藤が見られそうな立派な藤棚です。

ここから「霞池」にそって進みます。
七ツ滝 右手に「七ツ滝」と書かれた小さな滝が流れています。
謂れは判りませんが、見る限り階段状になっているので、きっと7段あるから七ツ滝ということにでもなったのでしょう。

るり池 その先にはもう一つ綺麗な池があります。「るり池」というそうです。

るり池
光重公時代の造園の姿を今に残す。布袋滝との組み合わせが小規模な回遊式庭園ながら、自然との一体感をかもし出している。
(パンフレットより)

右奥にうっすら見えるのが布袋滝でしょう。回遊式庭園といわれても確かにそれと人目でわかるような感じではありません。
ただ、ここも紅葉が綺麗でなかなか癒される空間です。
きっと瑠璃色のような水の色から付けられたのでしょう。

洗心亭

洗心亭 「るり池」を先に進むと「洗心亭」という家屋があります。

福島県指定重要文化財 洗心亭 1棟 平成16年3月23日指定
二本松城址南西より、霞ヶ池西畔の丘腹に東西して建つ茶亭である。桁行五間、梁間二間、浅い床と天地付の棚および簡素な平書院を飾る北端の上座敷から中座敷・下座敷を一文字型に並べて配し、東西から北面にかけて幅2尺の樽縁を外縁式に折り回す。柱や土壁・建具等をはじめ、軒天井や垂木などに至るまで、すべて数奇屋風の手法が採用されている。
建立や沿革は、明治40年(1907)旧二本松藩士安部井磐根の執筆による「洗心亭記」が残され、これによると前身は城内に建立された茶亭のうちの1棟「墨絵の御茶屋」で、天保8年(1837)背方の崖崩れにより阿武隈川畔地蔵河原に移築され、藩主の釣茶屋として利用されていたものであるという。明治維新後、旧藩士の授産などに従事していた山田修に旧藩主から譲渡され、明治40年、城跡内の現在地(ほぼ旧所在地と推定)に再移築された。二本松市歴史資料館所蔵「安井時僚覚書」によれば、延宝7年(1679)にはその存在が知られているため、創建は17世紀中葉ぐらいであったと推定される。
大名による茶屋(茶室)の県下における数少ない遺構の一つとして重要である。
二本松市教育委員会
(現地案内板説明文より)

茅葺のかなり大きい建物です。
この手の建造物は大抵、江戸時代その土地の名家であった庄屋や豪商などの住居として残っているケースはよく見ますが、さすがに大名のとなると茶屋程度になってしまうのですね。スケールが違います。
洗心亭 ちょうど菊人形展が開催されていたからでしょうか、ここでは抹茶等をいただくことが出来るようでした。

洗心亭からの眺望 目の前の「霞ヶ池」を見ながらもまた風流なものです。

紅葉、智恵子の藤棚、そして遠くに菊で飾られた五重塔と、なかなかの景観です。

霞ヶ城の傘マツ

傘マツ 一旦「るり池」の方に戻り先に進むとしいたけのような奇妙な松があります。

二本松市指定天然記念物 霞ヶ城の傘マツ
八千代の松といわれるアカマツの巨木で、根元周囲3.0メートル、目通り幹囲3.9メートル、樹高約4.5メートルあり、地上1.6メートルで三枝している。南の支幹は枯死し、中央の支幹は周囲2.2メートル、北の支幹は1.5メートルあり、東西に約14メートルで傘状に広がっている。
指定樹齢約300年といわれ、樹勢も旺盛であり、独特の形状を呈している。
昭和51年7月21日指定 二本松市教育委員会
(現地案内板説明文より)

松というのは「箕輪門のアカマツ」のように自然に育成されたものでも、あえて形作られたものにしても常に品があるんですね。
日本での松文化といってもよいのかもしれません。

鶴松 「傘マツ」の隣には何と「鶴松」があります。

こちらは特に形作られたものではないようですが、何処となく鶴に見えないこともないような気がします。となると本当は「傘マツ」は最初は「亀マツ」として作られたのではないのでしょうかね、何となく形も似ているようですし・・・。

二本松城跡のイロハカエデ

イロハカエデ 「傘マツ」の先には、更に大きな樹木が立っています。

二本松市指定天然記念物 二本松城跡のイロハカエデ
「傘マツ」の西、園路の左斜面下部に植えられているイロハカエデである。
根元は斜面にそって西側が東側より1.3mほど高く、高所面における根回りが3.5mあり、高所の根元から約0.5mのところで3本の幹(幹囲 2.1m、1.8m、1.4m)に分かれ、さらに上部で枝分かれし、東西17m、南北15mに枝を張り、樹高が約12mでやや南東に傾いている。
小枝が複雑に張り楓特有の樹形を示すとともに、幹は所々こぶ状をなし古木の観を呈し、秋季には見事な紅葉を見ることができる。樹齢350年から400年であるが樹勢は旺盛である。
二本松城においては、寛永年間から明和年間にかけて「るり池」周辺の回遊式庭園をはじめとする庭園の整備が行われており、そのとき植えられたと思われる楓の古木が多く見られ、このイロハカエデはその代表的なものである。
平成12年4月1日指定 二本松市教育委員会
(現地案内板説明文より)

イロハカエデは極々一般的にいわれるカエデのことで、日本で一番多く見られるカエデです。
斜面に立っているのも余り見られる光景ではないところに面白みがあります。園内のカエデはかなり紅葉しているものが多いですが、このイロハカエデはこれからといったところでしょう。

イロハカエデのある斜面の先に神社らしき屋根が見えたので行ってみます。
特に何の飾りもなく実にシンプルな神社です。
丹羽神社 「丹羽神社」だそうで、丹羽家の鎮守だったのかもしれません。

余りに簡素なので拍子抜けしますが。

安達太良山

洗心滝 イロハカエデを後にして西の方角に向かうと「洗心滝」と名付けられた滝があります。

文字通り洗い清める滝という意味でしょう、神社などにある手水舎によく洗心の文字が刻まれているのを見かけますね。
四阿 更に先に進むと一気に眺望がひらけ、四阿が左手に設置されています。

安達太良山
磐梯朝日国立公園で、南から和尚、安達太良、船明神、鉄山、箕輪、鬼面山と北に9キロメートルにわたって火山頂を連ね、主峯安達太良山は一名「乳首山」とも呼ばれている。・・・海抜1700メートル
鉄山と船明神に囲まれた「沼の平」は明治33年(1900)年の大爆発によってできた直径500メートルの噴火口で、荒々しい山肌がそそり立ち、月世界を思わせるような不気味な様相を呈している。山頂よりの眺めは雄大で、東に阿武隈山脈を一望に収め、西に磐梯山を手に取るようにのぞむことができる。
遠くには那須連峰、飯豊の山々が見られ、標高1700メートル程度のと思えない程高山的趣がある。東に広がる勢至平、僧悟台には高山植物も多く、初夏には「ヤエハクサンシャクナゲ」県(天然記念物)が咲きみだれ、秋の紅葉が終わると山麓一帯は、一面白銀のスキー場となり、4月頃まで楽しめる。
「奥岳温泉」からゴンドラリフトを利用すれば終点から山頂まで約2キロメートル徒歩1時間余りで行ける。
また、山頂附近1400メートルにある「くろがね小屋」は県営で、100人の収容能力をもち、温泉つきの山小屋である。
二本松観光協会
(現地案内板説明文より)

これが安達太良連峰なのでしょうか。
安達太良連峰 左から2番目が安達太良山なのですが、いまひとつよく判りませんが中央付近にある凸部分を安達太良山と思っておきましょう。

できれば、展望台とかにある写真に名前の記載されている看板とかあると判りやすいのですけれども・・・。
確かに安達太良山を含めた安達太良連峰の魅力は判るのですが、もう少し何と言うか、安達太良山自体の説明とかあると嬉しいですね。
まあ、観光協会の案内板ではしょうがないですね。
それにしても雄大な景色で、ストレスも洗心かもしれません。

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