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小名浜八景 #1

今回の計画は「小名浜八景」です。
八景と名の付くところは全国津々浦々に存在しています。【八景】については、以前調べたので、そちらを参考にします。
そして、当然いわき市にも八景が存在するのです。観光資源として町が取り組んでいる八景では勿来八景が知られているようですが、いわき市にはもう一つ小名浜八景という八景があるようです。

こちらは歴史的事実はあるのですが、まだ、それを完全な形で観光資源として活かしてはいないようです。つまり勿来では八景それぞれの地に碑を設け、各八景をスタンプラリー的に散策できるのですが、小名浜ではそれがありません。
そこで、今回は小名浜八景を様々な情報から(といっても、それ程大げさなものではなく、その詩を調べれば意外と楽に推定できるのですが・・・)ある程度場所を特定して廻ってみようというものです。勿論、何百年も前の八景ですから、現在の八景とはなりえないでしょうが、古の思いに馳せることができれば、それはそれで一興でしょう。
題して無理やり八景探索とでも言っておきましょう。

永崎海岸

四ツ倉から小名浜に向うには国道6号線が一番早いのでしょうが、やはり県道382号線を海岸線に沿って走るのがいわきらしい光景が望めるベストコースです。 今回もその例にならい海岸線を走ります。
いわきの海岸はいわき七浜と言われていることは以前に知っており、今までに最北端の「久之浜海岸」から「豊間海岸」までの4つの海岸、そしてその中にある7つのビーチを巡ってきました。
今回は小名浜への途中にある、「永崎海岸」の永崎海水浴場に立ち寄ってから小名浜に向うことにしました。

その永崎海岸の途中に「竜ヶ崎八大龍王尊」なる社があるので寄って見ました。
竜ヶ崎八大龍王尊 八大龍王尊碑 海岸線に小さな朱の鳥居が立っていて、境内は極々狭い岩場で、大きな石碑に八大龍王尊と刻まれています。

ここには「龍神」が祀られていて、この龍神とは雨や水に関する一切を取り仕切っている神なのです。したがって海を生業としているいわきの漁師たちは、龍神信仰により海の波浪を鎮め、遭難から救ってもらえると信じ、ここに「八大龍王尊」を祀ったものだそうです。
江戸時代の龍神塔 海側の古そうな龍神塔は弘化5(1848)年に立てられたものらしく、かなり歴史のある「龍王尊」なのです。

それにしてもここから見える海も大層綺麗な風景です。
竜ヶ崎八大龍王尊とマリンタワー 右手側に見える海岸線が「永崎海岸」で、更にその先の突き出た陸地にある塔が、小名浜のマリンタワーです。

「龍王尊」から海岸線を進むと先ほど見えた「永崎海岸」の永崎海水浴場です。
永崎海岸

それほど特徴のあるビーチではありませんが、綺麗に整備された気持ちのよいビーチです。夏以外のほうが景色としては穏やかでよいかもしれません。
永崎海岸 永崎海岸

流石に、いわき七浜の一つで、いわきらしい海岸線を望むことができました。

八景-1 岬の帰帆

ここからいよいよ「小名浜八景」を散策します。
「小名浜八景」は元禄時代に内藤露沾が領内を巡って選んだ地です。内藤露沾は磐城平藩主内藤義概の子で、以前訪れた【久之浜海岸】に句碑があり、そこでプロフィールを知りました。
そして、その露沾が選んだ地が、諏訪晴嵐・虎山晩鐘・綱取秋月・岬帰帆・岡山暮雪・大原落雁・松之中夜雨・照島夕照の八景なのです。
場所は当時の小名浜の状況を調べるとおぼろげながらそのエリアは判明するようです。つまり当時(江戸時代)の小名浜は代官所を中心として町並みがつくられ、海の守りとして三崎の台地上の磐城平藩の御番所があったことから、現在の富が岡公園辺りから三崎公園のかけてのエリアが当時の小名浜の中心地であったようです。したがって八景もこのエリアを中心とした場所となるのです。

それから行くとまず「永崎海岸」から一番近い八景が、三崎海岸のようです。

●岬の帰帆:「暮をそき島根に帰る舟ひとつ」

三崎海岸から見る広大な海に浮かぶ一艘の船の所在の無さの寂しさと、自然の雄大さを感じさせる句なのだそうです。

そこで訪れたのがあのマリンタワーのある三崎公園で、三崎公園でも今回はマリンタワーではなく、海に最も近い潮見台に向います。
茶色の塔がその潮見台で、正式には三崎潮見台と書かれていました。
三崎潮見台 三崎潮見台

まずは展望台にのぼってみます。何度見ても♪海は広いな・・・、を実感するのみです。遠くに船が一艘見えますが、江戸時代とは違いあまり風情のない貨物船です。
三崎潮見台からの太平洋 三崎潮見台からの太平洋の貨物船

句では夕暮れ時でしょうから、昼過ぎのイメージでは全くその情景は違いますが、いつの時代でも海の風景は様々な表情をを見せてくれながらも雄大さはいつの時代も同じでしょう。
季節ごとの海、太平洋と日本海での場所の違いによる海、そしてそのときの心情の違いによって見る海。それぞれのスチエーションで違ったように見えるから、絵になるのでしょうね。

南側(右)と北(左)の海岸線もまた違った表情で、海岸の美しい光景が望めます。
三崎潮見台からの海岸線 三崎潮見台からの海岸線

マリンタワー 後ろ側にはあのマリンタワーがそびえています。

そして、下をみるとこの潮見台の目玉である、文字通りの潮見台があるのでそちらに行って見ます。
潮見台

あたかもバラの回廊のような道を進むと、突如、足元が無くなったような、なんとも居心地の悪い先端に到達します。
潮見台回廊

潮見台 当然ながら柵が無ければ貧血ものでしょうが、あっても落ち着かないのは、やや高所恐怖症気味のせいでしょうか。

風景もさることながら、この施設自体が面白い存在です。
マリンタワーとは少し違った情景を目に焼き付けて、次の八景に向かいます。

八景-2 綱取の秋月

次に向かうのは三崎海岸から海岸続きの小名浜下神白周辺です。

●綱取の秋月:「明月や綱取浦は波のはな」

綱取とあるので、現在の小名浜下神白綱取の辺りだと思われます。秋の名月に照らされた海に波しぶきが浮かんでは消え、を繰り返して 印象的な光景を残している様のようです。
人生の儚さを白い波に例えたり・・・、感傷的過ぎますね、これでは。

とにかくもその綱取周辺に向かうと、小高い丘の上に小さな神社があるので、まずは俯瞰を、ということで行ってみることにしました。
津崎神社 結構長い階段をあがって、何はともあれ参拝はしなければ・・・と。

津崎神社というそうで鳥居は新しそうですが、社殿は結構歴史を刻んでいるようです。特に由緒はわかりませんが、このような高台にあるので、このあたりの鎮守だったのかもしれません。
津崎神社 津崎神社

ここからは小名浜港を見ることができます。
津崎神社からの眺望 特に手前の建物のせいかもしれませんが、何となく一昔前の小名浜港のような光景です。実際に一昔前の小名浜港は知りませんが、あくまでイメージで。

江戸時代ではもっと長閑だったのかもしれませんが、近代的な現在の小名浜港と比較してなかなか風情のある光景を見いだすことができました。

次は津崎神社を降りて小名浜港に行ってみます。
先に進んだ左側に、なにやら壁面に絵が描かれた建物を見つけました。小名浜漁協冷凍冷蔵工場の建物のようです。
小名浜漁協冷凍冷蔵工場の壁画 建物の一番上に「いわき指定文化財 紙本着色磐城七浜捕鯨絵巻に加筆」と書かれていて、ちょうど柱で4分割されています。

左から三崎付近図、鯨を追っている所、鯨を捕っている所、鯨を引き上げている所の4部作です。
何処をどう加筆したのか判りませんが、江戸時代の捕鯨はいわきにとって一大産業だったのでしょう。
小名浜漁協冷凍冷蔵工場の壁画 最後のところに千両と染め抜かれた旗を立てていますので、鯨1頭かなりの価値があったのではないかと想像します。

いわきらしい壁画です。

ちょうどここから港にいけるようなので、波止場まで行ってみました。
小名浜港 やはり小名浜のシンボル、マリンタワーはどんな景色にも似合いますね。

更に先まで進むと多くの釣り人で賑わっているようですが、港を防波堤が囲っていますので、実に穏やかな港の光景です。
小名浜港 小名浜港

一方では捕鯨の荒々しさを、そして他方では終日野足りの風景を江戸時代の人は楽しんでいたのかもしれません。 間近でも、俯瞰でも、さすがは八景とでも言える、網取でした。

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