小名浜八景 #3

八景めぐりは更に北上します。
この先の3ヶ所のうち2ヶ所は松之中と同様、非常に特定しづらいエリアですので八景らしい光景が望めるかどうかは難しいところでしょう。

八景-6 大原の落雁

●大原の落雁:「雁おろす景のどかなり君ケ塚」

大原だけでは場所が良く分かりませんが、文字通り君が塚と詠まれていますので場所は小名浜君ケ塚です。雁の群れが長閑な光景をかもしている様なのだそうです。
きっとこの周辺も田園地帯だったのかもしれません。

とにかく、小名浜君ケ塚の地名のある辺りまでナビできましたが、その地名となる標識なども見当たらず、やっと南君ケ塚の地番表示だけは見つけることが出来ました(それが何になる・・・とも思いますが)。
小名浜南君ケ塚

一応、この周辺をぐるぐる巡ってみたのですが、当然田園風景など望める術も無く、現在では全くの住宅地のようです。
小名浜君ケ塚 小名浜君ケ塚 とりあえず雰囲気だけということで、近くにあった公園付近の写真をとっておきました。

ここも松之中同様、それらしい場所があれば教えていただきたいものです。

八景-7 岡山の暮雪

岡山とは現在の小名浜岡小名のことだそうなので、君が塚から更に北上します。

●岡山の暮雪:「白雪に暮るるや峰の姫小松」

岡小名は里山が広がっているところが多いそうで、その里山の姫小松に積もった雪景色を愛でたのでしょう。

そこで岡小名地区にある里山を探してみたところ、樹木の鬱蒼としている小高い丘にある寺院を見つけました。
江戸時代の寺といえば、現在と違ってワンダーランドですから、里山と寺院が一緒にあるところが、一番それらしい匂いを感じます。

寺院の名は安立寺です。
山門から見える風情は何となくそれっぽいではないですか、雪はありませんが。
安立寺山門

安立寺本堂 境内に向かうと印象的な屋根の本堂があります。

参拝をして本堂の周りを散策してみますと、何となくこんな景色を見ることができました。
安立寺からの風景 安立寺からの風景

境内が他より少し高くなっているので、岡小名地区を多少俯瞰できるようです。きっとこのあたりに松があったのかもしれません。
安立寺三申 何となく八景らしい景色を探しあてて最後の八景に向かいますが、境内には三猿の石像があり、ちょっとユーモラスな光景にひき付けられました。

八景-8 照島の夕照

八景最後は照島です。いうまでも無い「ウ」の生息地として、「ウ」が国の天然記念物に指定されている場所であるから全国区でしょう。
なぜか、ここだけ他の八景とは随分場所が離れているのですが、昔からここだけははずせなかったのでしょうかね。
その照島を見るために、最後の八景の地、いわきサンマリーナへ向かいます。

●照島の夕照:「照島や余所の時雨は夕日影」

夕日が海の方向に沈み、照島のシルエットがだけが浮かんでいる、そんな情景を詠っているそうです。ちょうど時間もPM4:30頃なので、やっと本来の時間の八景が見られるのでしょうか。

位置的には小名浜港を間にして、三崎公園とは南北の両端の位置関係です。車でも三崎公園から(実際に走ったわけではありませんが)3、40分かかるでしょう。
やがていわきサンマリーナに到着です。
いわきサンマリーナ もともとは福島国体の為に作られた施設だそうで、マリンスポーツは当然ながら釣りの名所としても多くの方が訪れているようです。

いわきサンマリーナ公園 駐車場の一角にベンチや四阿のある公園らしきものがあり、正面は山肌もあらわな崖が続いています。

その崖の先の海岸線の左側にポツンと小島を見ることができます。これが照島です。
照島 照島

マリーナからの太平洋 海にはクルーザーやヨットが海原を漂っていて、夕暮れ近くのゆったりした時間を感じます。

しかし完全な夕暮れにはまだ程遠く、残念ながら中途半端な夕日の照島でした。
それでも最後に実に八景らしい光景を見ることができました。

2ヶ所ほど怪しげな八景でしたが、それでも中々よい景色を堪能することができました。
当然、いわき七浜といわれる中の小名浜ですから、海の光景は素晴らしいのはある意味当たり前かもしれませんが、内陸もそれなりに風情を感じられる八景でした。出来ることなら、やはり江戸時代に観てみたいものです。

これにて本日の散策は終了の予定でしたが、戻る途中サンマリーナの近くに妙な建物があったので立ち寄ってみました。
大畑公園展望台 どうやら展望台のようで、下の植栽の部分には大畑と樹木で文字が描かれていました。

展望台の左手は公園のように整備されていますので、まず展望台の先に公園を散策してみました。

大畑貝塚
大畑貝塚は1970年から72年にかけて発掘調査され、貝層を含む約3mの縄文時代中期から後期にわたる貝殻の堆積が確認され、土器・石器・骨角器・埋葬人骨・埋葬犬・竪穴住居・貯蔵穴などの貴重な遺物、遺構が発見されました。
鹿角製漁具や魚骨などの出土品により、当時の漁労活動がわかり、ここではカツオ漁が盛んに行われたことがうかがわれます。
また、貝塚の最下層からは、祭祀遺構(約30cmの大型アワビ72個・完形土器15点・巨大な石棒など)が発見され、貝塚が、単にゴミ捨て場でなく、縄文人の聖なる信仰の場でもあったとも推定されます。』(現地案内板説明文より)

なるほどここは貝塚だったのですね。
それにしても30cmのアワビって一体どんなアワビなんでしょう。それほど捕獲されないこともあって大きくなったのでしょうかね。
現在なら30cmのアワビのステーキは一体いくらするのでしょうか・・・。

隣には石碑があります。こちらは工業団地開設の記念の石碑のようです。
大畑公園工業団地碑

『ここ小名浜臨海工業団地は、いわき市泉町下川及び黒須野のうち、面積約400ヘクタールの地域で、地権者415名並びに下川土地保存合名会社のものであった。
この地は、白砂青松の海辺から山紫水明の田畑、山林に及び、住民は醇風美俗にして、先祖以来農林漁業に精励し、子孫永住の地として、ここを愛してきたのです。
また、思えば、小名浜港は、藩米の積出に石炭の輸送にと近代経済のかなめとして次第に重要性を増し、その繁栄は地元民をはじめ県民の多年に亘る悲願であった。
時うつり星かわり、今や小名浜港は本県が誇る重要港湾となり、その後背地であるこの地は、南東北の重要な工業開発の拠点として、住民の絶大な理解と協力によって、工業団地が造成されたのである。
今や兎を追い、小鮒を釣った山野の面影は一変したが、永年生活の基盤であった土地の取得に協力された地権者並びに移転者の胸中を思い、深い感謝の意をこめて、この碑を千載に残さんとするものである。
昭和54年3月26日 福島県知事 松平勇雄』(現地碑文より)

小名浜港の発展の歴史の一端といったところでしょう。いずれこのような事実も風化していくのでしょうが、何十年後にこの碑で事実が伝えられるのが歴史の醍醐味でしょう。

それでは最後に展望台に登ってみます。 意外と高さがありますね。
サンマリーナ方面 こちらの方角が南で、先ほどのサンマリーナ方面です。

茨城県五浦方面 遠く見える突き出た岬は茨城県の五浦海岸でしょうか。いよいよいわき七浜も終盤に近くなってきたということでしょうかね。

そしてこちらが北側で、小名浜の石油コンビナートを見ることができます。
小名浜石油コンビナート

夕暮れの石油タンクは、意外と無機質なものではなく、一つの情景を醸し出している感じがします。
コンビナートからマリンタワーを望む 遠く見えるのがおなじみマリンタワーで、その岬の先端が三崎公園です。

つまり、今日半日であの三崎公園から内陸を通ってグルッと小名浜港を廻ってきたことになります。
なかなか充実した散策だと自己満足して、本日の散策はこれで本当に終了です。

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