江戸初期に陣屋を構えた地

概要

水上公園から運動公園通りを東へ200メートル歩くと芝川に架かる国体橋となる。昭和42(1967)年に国民体育大会が上尾市を中心にして開催されたが、その時上尾運動公園が新設され、周辺の道路なども整備された。この国体橋はその折新設されたもので、上尾市が全国へ大きく飛躍した年の象徴でもある。(上尾100年史)

国体橋から芝川に沿って180メートルも南下すると、左手に芝川に架かる新橋が見える。この橋は旧上尾宿と原市村をつなぐ原市新道の橋で、橋名も新道の建設にちなんだものと見られる。新橋から更に南へ歩くと右手には県立スポーツ研修センター、県立武道館などが続くが、500メートルほど進むと左手に日の出橋が見えてくる明治初年の資料を見ると、上尾下村の小字は陣屋・薬師原・馬喰新田の三つで、日の出橋の東側が陣屋、西側地区は薬師原である。そして中仙道に沿った西端の区域が、小字の馬喰新田である。ここでは日の出橋を渡り、陣屋の地を歩いてみることとする。
橋を渡り200メートルも東上すると、真言宗寺院の放光院の裏手となる。東側の道路から南側の山門へ廻り参詣することになるが、この寺院の本尊「木造宝冠阿弥陀坐像」は江戸中期の作で、上尾市指定文化財になっている。
また、境内に旗本松下豊前守房利の供養塔があり、これも指定文化財である。松下氏は上尾下村・門前村・須ヶ谷村などの領主で、供養塔は安永4(1775)年、豊前守房利の100回忌に子孫が建立したものである。

寺院北側通りを東へ60メートルも歩くと、信号のある交差点となる。この交差点より北へ4、500メートルも進むと、左手に陣屋公民館が見えてくる。
この公民館の辺りは、江戸初期に領主の西尾壱岐守吉次が陣屋を構えた地と伝承されている。現在陣屋の遺構を見ることはできないが、それでも公民館より西へ100メートルも歩いて、芝川を望む眺望の地に立つと、陣屋構築には好条件の地であったことが分る。吉次は徳川家康関東入国時に5000石の地を給されるが、後には嗣子忠永が大名となりこの地を去っていく。だが、菩提寺は原市妙厳寺で、ここには西尾家歴代の墓があり、公民館よりおよそ5、600メートルほどの位置にある。
(元埼玉県立博物館長・黒須茂)-「公報あげお」より引用-

上尾歴史散歩:芝川を下り、西尾氏墓所に詣でる

水上公園前の交差点。右上が上尾水上公園方面で、右下から左斜め上に走っている道路が運動公園通りです。
国体橋前と水上公園の交差点 「国体橋」へは左上へ歩きます。


国体橋 国体橋 これが昭和42(1967)年に国民体育大会が開催されたときに造られた「国体橋」です。
橋の欄干にはモニュメントが飾られています。


国体橋 橋の下を流れているのが芝川。


国体橋の下を流れる芝川 国体橋から芝川沿いを歩きます。


新橋 新橋 新橋 2,3分で「新橋」に到着。


原市新道 「新橋」の通りが「原市新道」となります。


県立スポーツ研修センター 県立スポーツ研修センター 「新橋」の袂の交差点の角が「県立スポーツ研修センター」


当然ながらこの施設は一般も使用できる。
私もここのスポーツジムの会員で、1回100円の使用料で時間を問わずトレーニング機器は使い放題。
県立スポーツ研修センター会員証 会員になるためには200円支払って研修を1回受ければOK。
とってもコンビニエンスです。


再び「新橋」から芝川沿いを南下すると芝川と反対側に県立武道館(裏手)となります。
県立武道館 県立武道館 県立武道館
この武道館は平成16(2004)年 「彩の国まごころ国体」として2回目の国体が行なわれたときに造られたもの。
剣道渡満遠征記念碑 裏手には「剣道渡満遠征記念、昭和8年7月・・・」と刻まれた石碑があります。
詳しい由来はわかりませんがが武道館にふさわしい石碑です。


日の出橋 日の出橋 日の出橋 更に芝川沿いを歩くと「日の出橋」に到着。


薬師原方面 「日の出橋」の西側の薬師原方面。


陣屋方面こちらが「日の出橋」の東側の陣屋方面。


「新橋」方面の芝川 そして「日の出橋」から「新橋」方面の芝川を眺めます。


そして「日の出橋」から陣屋方面に歩ます。
東京電力上尾変電所 リトルリーグのグラウンド 道の左側に東京電力上尾変電所は、そして右側にリトルリーグのグラウンドが広がっている。


放光院 陣屋方面を進むと角が「放光院」です。


「放光院」先の交差点 「放光院」を進んだ先の交差点を左折します。


陣屋公民館 陣屋公民館 まっすぐ進んだ先の左側に火の見櫓があるところが「陣屋公民館」で、ここが西尾壱岐守吉次が陣屋を構えた地といわれるところです。


原市新道原市新道と庚申坂の道標 「陣屋公民館」を更に先に進むと交差点があり、この交差する左右の道が「原市新道」となりますが、左折側の通りは「庚申坂」と名前がつけられています。


庚申坂 庚申塚 僅か20m程度の長さのゆったりとした「庚申坂」を下ると右手に「庚申塚」があります。


新橋 そしてその先が「新橋」につながっているのです。


原市新道 「原市新道」を元に戻って先に進みます。しばらく進むと大きな通りと交差します。


妙厳寺 妙厳寺 この交差点を右折した樹木のある所が西尾家の菩提寺の「妙厳寺」です。


原市新道 原市新道 そしてこの交差点を直進するのが「原市新道」で、やがて「原市街道」に突き当たります。


2010.6.13記
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