甦る古の原市沼と貴重な自然環境

概要

【はす池のこと】
何の根拠があるわけでなくあれこれと夢のような空想のような漠然とした考えだが、1000年も2000年以前の大昔のころは武蔵野の湿地帯には形や色に少々の違いはあるが、あちこちに蓮が咲いていたのではなかろうかと思う。そのころの原市沼は沼ではなく湖かと思われる程広々と満々と水をたたえていたのかなと想像は限りなく拡がる。

上尾市史には土毛蓮子の記事があり、何だかよく分からないが1200~1300年位以前の話らしく、平城京跡より出土の木簡と原市沼や上尾市内の泥深い低地の蓮との関連は今後調べていく必要があるとの事である。これに比べてずっと新しいが、小田原北条氏の影響下に入った岩槻太田氏の1567年の検地では、範囲は不明だが原宿の田は1町8反100歩で収穫量は少ないので税金は安かったようであり、この事は岩槻市史や上尾市史にも載っている。
この検地についての範囲は、現在夢か幻のようなことで無理な話だと思いつつ推理してみると、原市小学校の下の校庭上流あたりから原市沼の水際に近い場所が想像される。ここは土地の人がジョウ田と云っている場所で源流には清水が湧き8月1日の愛宕神社のト一口ー(灯篭?)祭りのころは参詣を兼ねてホタル見物ができた。ジョウ田とはどんな字を書くのか誰も知らないが、良田で上等のことではないことは確かだ。愛宕神社の下ではマメトラが動かなくなったり、沼南駅のそばの銀杏の南あたりでは深田もあった。水は現在の水路とほぼ同じ所に流れていたが、両側の耕件者が畔を少しずつせり出した狭い溝で、子供の頃家には内緒で1斗5升ザルを沈め竹棒で上から追い込んでフナやドジョウを捕まえられるほど川幅は狭かった。
昭和20年代後半ごろ春が来ると農具を持った一団がジョウ田の流れの川ざらいをやる日がある。顔見知りの人達ばかりで、呼びかけ人も作業内容も集合・解散もはっきりせず、只何となく適当にやつている有様。これは岩槻市史の綾瀬川モ刈り組合の昭和版かなと推察できる。ビロウ(尾篭)な話だが沼で小舟に乗り釣りの合間に立ち小便をすると観音坂の下りきった道の高さと目の高さが同じ位であったように記憶している。1567年の検地の頃のその他の場所は、傾斜のついた雑木林や畑が急に低くなり湿地帯にでもなっていたように思われる。

原市団地に東大講師で古文書解析者の故加藤安雄先生がおられ、その方の妙厳寺縁起解読の話によれば、「妙厳寺は現在の沼南高校あたりに○○年開かれ、その式には大勢の人が集まり盛大に行われた。その時、寺の松の木の陰が下沼に写って龍の姿に見え、籠淵山と名付けた。下沼には蓮の花が多数咲いていた。」との記述があったとの事でした。
北条氏滅亡後徳川家康が関東に移封され、家臣の伊奈忠次が丸山に来て、後に備前堤を築いて綾瀬川の治水に努めた。原市沼も干拓され田の面積が増えた。蓮池の現在地も水田化され、蓮は邪魔者扱いにされたと思う。埋め立てについては何の証拠もなく漠然とした考えの積み重ねだが、原市側は水面に対して埋め立てて耕作可能地と思われる線内を水田化し、それより外の沼の水面は舟つき場を除いて場所によっては埋め立てられ、条件の悪い深場はそのままで、矢部家所蔵の絵図面では、良くて下田、殆どが下下田の評価で労働はつらく、収穫は少なく味は悪く、幕府も税金のとれない水田だったかな、と耕作者の肩をもつ身びいきな推察と想像をしている。それでも昭和16年までは対岸の丸山側と外1ケ所で蓮が咲いていたのを知っているが、戦争中の食糧難で蓮根も食糧になったとの事である。

この咲いていた蓮は気の遠くなるほど以前から毎年繰り返し繰り返し咲いた。従って現在地にも蓮が咲いていない筈はなく、復元のために行田市より種を頂き苦労の未現況の通りになりました。原市沼の蓮を知らない多くの方々に実物を見てその美しさを堪能してもらいたいものだとの執念で愚直に取り組んでいます。
当原市沼を愛する会が1994年(平成6年)3月古代蓮復元のため市有地に蓮池掘削の許可を求めたところ、市有地ではあるが県の遊水地の計画があるので、上尾市の河川課より埼玉県の河川課にその意向を問い合わせした結果、蓮池の掘削の許可を得て古代蓮の復元に取り組みました。それが成功し第1号が咲いたのは1996年(平成8年)7月18日の朝でした。前夜から眠れない思いで一杯だったので嬉しい喜びと感激で一杯でしたが、その反対に育て方を教えてくれる人もなく戦前に沼に咲いていた記憶だけなので、覚悟だけは充分に持ち失敗に負けず咲くまで相当の苦労をせねばと思っていたのでいささか拍子抜けの感じも致しました。

古代蓮が咲き復元に成功したので、事前に打診した蓮池とその拡張用地を河道用地から除外できないかとの要望を埼玉県河川課へ出したが「計画の変更は難しいので調整池内に移植して復元し、そのため移植予定地は河道工事とは切り難して、移植の条件が整ったらエ事を始めるということでどうか」と聞かれたので異存なく賛成し、エ事実施までの期間にこちらも移植の蓮根の増産に励むことを約束した。これは河川課としては国土交通省との打ち合わせ済の計画の変更なので測量のやり直しやら図面の再提出やら再交渉のやり直しがあるのだなと判断したからであります。その後1998年以降も蓮の状況を県河川課を訪問して説明しました。

1996年やっと開花をみた池は 3mx5.3m=約16平方メートルで、開花数も80数輪で見物人も200人そこそこでした。その後13年間に増産拡張の結果、水面面積は1,930平方メートルに拡張され、2009年度の開花数は9,150輪、来場者は12,650人と、1996年当時とは比較できないほどです。
原市沼の蓮は過去大きなもので直径40cm、今年も直径34cmの花が多数咲き、専門家の注目の的です。インドや中国の蓮を中心に世界の蓮を実地に見て歩いている蓮文化研究会事務長の三浦功夫氏が2009年7月3日に来場し「いつ来ても花つきがよく大きく立派な花を咲かせているが何か特別な方法でもあるのか?」と聞かれました。新聞記事やテレビ等で他所の蓮は直径が30cm以下で27~28cm止まりの大きさです。また9月11日には原市の蓮が良いからと関西の蓮愛好家を見学に連れてこられるほど良好な状態です。蓮の開花期間中にはニューシャトルの交通の便が良いことから、県南や東京・横浜あたりからも多くの方々が見に来られ、花の匂いをかいだり、蓮の実を試食したり、写真を撮ったり、絵を描いたりして楽しみ、多くの感謝の言葉をかけられています。蓮の開花期を含め近隣の小学校や保育所の自然観察や課外教育の場として、またお年寄りの憩いの場として、公園の補助的役割も果たしています。
また、県環境部自然環境課でも7/24絶滅が危惧されている鬼蓮の調査に来ましたが、その時「鬼蓮は県内で北川辺、行田、原市の3ケ所だけなので大切に保護してください」と言われました。8/22には当方の報告に基づき絶滅したテガヌマフラスコモの調査に来られた山口征矢氏(東京海洋大学名誉教授・NPO埼玉県絶漉危惧植物種調査会理事)に来年夏に注目して報告を依頼されました。社会情勢も当時と大きく様変わりし、自然や緑を求める人々が増え、原市沼の蓮池は上尾市の花の名所、自然数育、憩いの場として貴重な存在になりつつあります。

もし蓮池を調整池河道用地内に移転するとしたら、調整池に移転するエ事は1996年当時より大規模工事となり、移転する池の形、配置、深さなどの具体策など複雑で考えるだけでも大変な事です。移転すると池底の高さによっては蓮花が全滅になることも心配されますし、また、うまくいっても5年間位はチラホラ程度の咲き具合でしょう。移転は蓮以外の水生植物と草花、名物化したブラックベリーなども含まれ、移植に伴う蓮の移植はボランティアに過大な負担となりすぎ、出来ません。もし移転しなければ、県、市のいづれかが負担しなければならない移転に伴う土木工事や架橋の費用が不必要となり、何かと省略し節約を旨とする時節柄、蓮池を現状で生かす方が歓迎すべきではないでしょうか。

それにもまして自然保護とのかねあいなども難しく十人十色の意見の相違もありそうで、複雑な出口のない袋小路こ追い込まれる危険性もあると思います。従ってできあがっている蓮池をそのままでボランティア活動が続けられるよう、
“蓮池はそのままで河道用地から除外して下さる事”
を上尾市議会に強く要望すると共に、2009年11月26日、島村市長にも提出しております。
(「原市沼のハス池」パンフレットより)

原市沼の古代蓮

原市沼の古代蓮 エントランス 蓮池入口

手作り感充満

アンケート調査 入口での来場調査

居住地:上尾、交通手段:自転車、来場回数:全くはじめて、とアンケートの回答したら絶句されました。確かに15年も原市に住んでいながら・・・

原市沼の古代蓮 原市沼の古代蓮

ハンガリー三色国旗テイスト。赤は血、白は純潔、緑は希望・・・!?

キャプション

キャプション 蓮池内には様々なキャプションが設置されています。

古代ハスと食用ハス
古代ハスとスーパーの食用ハスとの違いはよく質問されます。ハスは2000年ほど前に印度や中国から朝鮮を経由して日本に来たもので食用としては古い歴史があるそうです。
岩槻市史では昔の献立にクワイを出てきますが、ハスも煮物らしき調理方法で徳川末期の献立に出てきます。
古代ハスの地下茎は太いものでせいぜいバナナの大きさぐらいで天ぷらをするなら「いなげや」に行けと笑って教えます。
瓦葺の宇都宮線の東側は昔はハスが広く作られましたが、今はところどころに僅か乍ら残存しているようです。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

中々理解し易くて、さらに手作り感のあるキャプションで、楽しく見学できそうです。

蓮池内 蓮池 蓮池 ハス池遠景

思っていたよりもずっと広く見事でした。

白蓮

白蓮 紅白の蓮で目出度い蓮池となるのでしょう。

ここは白いハスの池です。前にピンクの古代ハスと同じ池で同時に咲かせて紅白で良いかなと混成になるのを期待しました。ところがどちらも咲いて計画通りは1年だけ、古代ハスが背が高いので白いハスが陰になり3年で白がなくなってピンクのみ咲きました。
そこでピンクの根が伸びて白ハス池に入れなくし白の保護の為ゴムをはりました。来年は古代ハスを別植えとし、その入物ごと池の一部を堀り低めに入物を沈め紅白共存の写真がうまく撮れる様、アマの写真屋さんサービスを実現しようかなと考えております。考えても相手が言うことを聞かないいで失敗もあると思います。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

残念ながら咲いていませんでした。

蓮01 蓮02 蓮03 蓮04 古代蓮の花

いつ見ても曼荼羅や極楽浄土の雰囲気を漂わせます。

鬼バス池

鬼ハス 絶滅危惧種のオニバスです。

昨年度の新聞報道では北川辺の鬼ばす池ではタネがとれず大ピンチで困ったとの事でした。
上尾市役所~北川辺役場のルートでタネをもらった恩返し、当池でとれたタネを2回ほど持参いたし担当者に大変喜ばれました。
先方の話ではどこかでタネをくれと言われた場合、ないとも断れず本場のメンツが丸つぶれになり内心ヒヤヒヤしていたが、心強い味方が出来て安心しましたとの事でした。
この話で県の自然保護課に知れ見に職員が来て北川辺、行田と原市の三ヶ所になりましたとの話でした。
実は秩父久昌寺のそばの池に移転を考えて昨年8月タネをばらまいて来たが、竹やぶを開墾したところヤセ池の池なので、6月19日行って見ましたが見事に失敗しました。
8月お盆のころ万全を期して再挑戦するつもりです。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

北川辺のオニバスは【下總皖一】で一度訪れ、その奇妙な花を見てきましたが、こんな身近なところにもあったのですね。
8月くらいに咲くので、またそのころ来て見ようかとおもいます。

風呂桶の蓮

風呂桶のハス 確かに風呂桶の蓮ではあります・・・。

古代ハスを庭で咲かせてと努力する人は年々増加し、今年4月第1日曜日にレンコンを取りに来た人は62人になりました。
ほとんどの人は土も持って行き、即日植え上手な人は7,8月頃花を見られるはずで、タネの場合は3年苦労するでしょう。
鬼バスの池のそばにある風呂桶には昨年7月末と8月初め受付の芽がでたタネが多すぎて、あまったタネを3回ほど指で穴をあけ押しこんで植えつけたものです。昨年も元気良く今年も早めに育ち葉の数、大きさ、色など良いのでツボミが出て2夏めに咲けばタネ栽培の新キロクになりますので、毎朝期待をして眺めております。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

どうゆう理由でこうなったのでしょうか。意味が・・・。

カメラマン カメラマン

やはり被写体にはうってつけと言うことでしょう。多くのカメラマンが来ています。

ブラックベリー

ブラックベリー ブラックベリー ブラックベリー ブラックベリーのトンネルです。

ツマミ喰いのおすすめ
ブラックベリーは5月の連休のころから花が咲き、ムダ花がなく咲いた花の数だけ鈴なりになります。
最初は青い実が赤くなり、濃紫色になります。その時にはタネばかり大きくて口の中でゴソゴソしてあまりうまいとは言えません。でも、そうなると待ち切れない人はツマミ喰いを始めスッパイなどと言い、そのくせ一粒が二粒と欲も手伝って未熟なブラックベリーのとりこになり受付けであきれた変心者として注意人物になります。
ブラックベリーのトンネルの中で行ったり来たりして中を通りぬけなくなります。ヤメテ下さいと注意したくなります。
受付けには、おみやげ用として小袋が用意され差し上げます。その小袋以外の袋に入れた場合袋ごと取り上げます。
そんな事はやりたくないので自覚して行動されるよう御願い申し上げます。すっかり取り切った様に見えても見落とされ、葉のウラなど丹念にさがせば完熟のものが指先でさわると落ちる事があります。
受付けであきれている様な注意人物には取れない完熟ものです。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

楽しんでもらおうと作ったブラックベリーですが、よほど不届者が多かったのでしょう、さらなるキャプションがありました。

御光来の皆様ツマミ食い出来るよう寒い冬にせん定をして古い枝をすべて切り落とし新しい枝を伸ばしました。カラスも赤い実は見向きもしません。良く見て完熟したものを選んでください。
サンサンと太陽の光をうけ自然のままで大きくなりました。消毒などいたしませんので安心です。
タダより安いものはない、それなら他人に取られるのはシャクだ、まわりの人は皆ライバルだと敵視し、手さげ袋の中に買物袋で二重にして大量にたくさん取ろうとドロボー様一歩手前の人もおります。健全な常識をお持ちの方はそんな人と間違えられない様ご注意下さい。
尚、おみやげ用ブラックベリーの小袋は受付にて差し上げます。小袋一杯は許容範囲です。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

適度に楽しむのが粋ってもんですね。くれぐれもやり過ぎは顰蹙をかうだけです。

蓮と蜂 蓮と蜂 古代蓮の蜂

たっぷり蜜をあるめているのでしょう。古代蓮の蜂蜜、古代の甘さが香るのでしょうか。

蓮池の藻 池にはたくさんの藻が茂っている・・・、はずです。

復員後原市沼で良く釣をしました。たくさんあったハスが姿なく淋しい気がしました。エサはミミズでした。
サツマイモでも釣れる事を聞きビックリしました。
スリ鉢でサツマイモをねり田舟の上からそのエサをつけて振込んだが底につかないうちに落ちて釣になりません。そこで小麦粉をまぶしてねってハリにつけその時はついていましたが、30分もたつと指がベトついてダメでした。
当時は秋の彼岸ごろになると水が澄んで底が見える。藻がビッシリはりつめているのを舟を漕ぐ竿をグルグル廻し30~40cmの穴のようになった藻の中で釣りました。
このビッシリはりつめた藻とその同類の藻らしきものがハスの間から見つかり早速県の自然環境課に連絡をしました。過去に原市沼にあったテガヌマフラスコモ又はそれと同類の藻なれば大発見です。
県より繰るか来ないかわかりませんが、ハスの浄化作用の結果が絶滅した藻をよみがえらせたのかよたいへん気にしております。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより

藻 池の藻は良く見えませんが、このバケツの藻のことなのでしょうか・・・。

テガヌマフラスコモ
故人になりましたが原市沼に昔からあった藻を欲しがる人があり、今の松池のハスの葉の下から少ししかない藻を差し上げておりました。ところが、松・竹・梅三池を2年間休ませ改修した結果、急に条件が良くなりたくさん採取し昨年は多ぜいの人にすすめました。エサとして小魚が食べ過ぎず、満腹で止め安全なかくれ場となり産卵場とし最適なので、水さえ取り替えれば長生きするからです。
ところが県のデータブック植物編によると名前はテガヌマフラスコモと云い車軸藻科の一種で絶滅したらしく原市沼、慈恩寺沼、伊佐沼にあったが、以降今日まで確実な記録がないとのことです
松池のものは冬枯れで一時なくなりましたが6月21日現在出てきたのがそうらしく貴重な絶滅種なので慎重に念には念を入れてよく調べてみようと思います。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

松池の藻 確かこの辺りが松池だったはずですが・・・。

蓮池と高架線 蓮池そばの高架線

高架線の高いほうが新幹線で、低いほうがニューシャトルです。

柳川なべ

柳川鍋 突然の柳川なべです。

ハスの浄化作用の効果があったのか小魚がたくさんふえました。鯉、フナ、メダカ、クチボソ、ハゼ、エビ、タナゴ、ヨシノボリ、ドジョウ、タニシ、雷魚の子供、亀など見うけられます。
ザリガニも協力者の努力、大奮闘で2万匹近くの多数取りました。また、知り合いが鴨川でビンウケでドジョウとりをやりたいとの事、ビンウケを作るのは大変なので10ヶばかりやるよ、でも鴨川のドジョウは、汚染がはげしく臭くて食用にならないのではと言ったら、何、一週間も飼って汚いものをハキ出させれば大丈夫と大きな期待をしてビンウケを持ち帰りました。
ハス池の場合松・竹・梅池の上流のビンウケ全部あげれば20~30ぐらいはとれます。
酒としょう油で煮て卵をおとせばけっこう焼酎のサカナになると思います。自分でドジョウとりはしないで、他人にやらせてそれをタダでもらいたい人は多数おります。
原市沼を愛する会
(蓮池内キャプションより)

確かにドジョウもたくさんいるのでしょう。
ネギを山盛りにした柳川鍋で一杯というのもおつなものです。冬になったら食べに行きたいです。

釣堀 釣堀 蓮池の先は釣堀になっています。

蓮池遠景 蓮池遠景 釣堀から見た遠景です。さらに広いのが見て取れます。

蓮池の花 蓮池の花 蓮池の花 池内には色々な花も植えられていて、それだけでも結構楽しめます。

パピルス これは古代エジプトで使われたパピルスで、意外なものも・・・。

蓮 蓮 充分堪能させていただきました。

スタッフの方の労苦に感謝しながら、今シーズン中にもう一度位来ようと思います。

2011.7.23記
関連記事
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks