八坂神社大神輿

時間も早かったことから、少し寄り道をすることにしました。
とはいっても、周辺の見所は前回の散策で凡そ巡りましたので、それほど見所は残っていませんが、祭り以外にこの時期ならではのモノがあるのでそこに向かってみました。

ハクレンジャンプ

前回も訪れましたが、栗橋は利根川を挟んで北は茨城県古河市になります。かつてこの地に関所があったことは前回の散策で知りましたが、この利根川ではここ何年とこの時期になると〝ハクレン〟のジャンプが見られるのです。
利根川 利根川
前回この利根川沿いは1月とあって極寒の地でした。今回は夏ということで夕涼みにはぴったりの季節です。妙に四季の移ろいを感じるという、極々当たり前のことに感心してしまいます。

さて、その〝ハクレン〟のジャンプですが、昨今TVニュースなどでも取り上げられていることから、結構メジャーになりつつあるようです。
〝ハクレン〟は中国大陸原産のコイ科の魚で〝コクレン〟とともに「レンギョ」と呼ばれ、日本では利根川・霞ヶ浦水系に多く見られる魚だそうです。
そして、この〝ハクレン〟がジャンプする理由は明確に判らないようですが、久喜市栗橋の観光協会のオフィシャルサイトにその理由が記載されています。

『■ハクレンのジャンプと産卵
ジャンプは産卵をする前日や産卵をする条件がととのいそうな時に多いようです。
産卵をするには、産卵日の前日ないし前々日が雨天で、水温が20℃前後、水の流量が毎秒500立方メートルから、1000立方メートル前後、また、卵をカモフラージュするための水の濁り(透明度13~22㎝程度)が適当な条件になったときに産卵をはじめるようです。
おもに6月から7月で、利根川の上流部に大雨が降り、流量が増加した翌日から、産卵する傾向があるようですが、その年の気象条件によっても異なるようです。
ハクレンが栗橋付近で産卵する理由
ハクレンの受精卵は水の流れがないと川底に沈んだりして、ふ化しません。栗橋付近で産卵された卵は下流に流されて、ふ化する2日後ちょうど、霞ヶ浦近くにさしかかり、稚魚は流れの少ない霞ヶ浦や北浦に入り込みます。したがって繁殖するのに都合がよいのです。』(久喜市栗橋観光協会オフィシャルサイトより)

ということで、こうではないかな的な理由のようです。
そして今年は6月14日から観測しはじめ、7月23日を持ってハクレンの産卵は終了とされたようです。 この間6月30日頃をピークにその前後数日間にジャンプが見られたようです。
見られる場所はこの辺りらしいのですが…。
ハクレンのジャンプ
99%ダメだろうとは思っていましたが、案の定見ることは叶いませんでした。しかし〝ここが〟あのハクレンジャンプの川と知っただけでも酒の肴になるでしょう。
しばし、夕涼みもかねて土手を散策してから、祭りの会場に向かいます。

静御膳

17日土曜日の祭り会場は、現在の国道4号線と並行する旧街道の北側にある「八坂神社」から南側の国道4号線と交差する辺りまでを往復するコースです。日曜日は市街地をグルッと駅前を通って一周するようです。 したがって、栗橋駅周辺は規制も無いので駅前の駐車場に車を止めておきました。以前来た時と同じように。
駅からのんびり歩いても15~20分くらいでしょう。

まずは「静御前」の墓に詣でます。1年半ぶりですが殆ど何も変っていませんでした。
静御前墓所
しいて言えば、以前来た時には石碑の一つにビニールが掛けられていたのですが、現在は綺麗になっていたくらいでしょうか。
記念碑 工事中の記念碑

静御前については前回の【 くりはし八福神 】で色々調べたので今回は特に何もありません。手詰まりってやつですかね…。

ここからまっすぐ行かずに南東方向に向かうと2人目の「静御前」と出会いました。
「栗橋いきいき活動センター しずか館」です。
かなり広い敷地と大きな建物ですが、よくよく見ればどうやらもともとは小学校のようで、建物には今だ小学校の校章が付けられていますので、廃校となってから間もないのでしょうか。
しずか館 しずか館
そして入口付近に「リサイクル自転車販売所」とあるので、思わず買ってしまおうかと思ったのですが、土曜日は休みでしたね、残念ながら。
小学校の跡という私にとってはかなり稀有な状況を目の当たりにしたので、乏しい情報をかき集めてこの辺りの事情を調べてみました。

旧栗橋町には3つの小学校があり、現在の久喜市として至っています。 1つは栗橋西小学校で明治6年に開校された町内で最も古い小学校で、昭和22年、栗橋町立静小学校、昭和33年には栗橋町立栗橋西小学校と改名され現在に至っています。
2つ目は栗橋南小学校で西小学校と同じ明治6年、愛敬学校として設立され、明治23年、市町村発布により豊田小学校となりました。
その後、豊田尋常高等小学校、豊田村立豊田国民学校、栗橋町立豊田国民学校、豊田村立豊田小学校、栗橋町立豊田小学校と学校令や町村分離・合併などで名称が何回も変わり、昭和33年、栗橋町立栗橋南小学校と改称されて現在に至っています。
そして最後の1つが栗橋小学校です。栗橋小学校は先の2つに比べ2001(平成13)年に開校した最も新しい学校です。
これは、栗橋町立栗橋東第一小学校、栗橋町立栗橋東第二小学校、栗橋町立栗橋北小学校の3校が統廃合され、旧・東第二小学校の校舎を増改築したものを新校舎として設立された小学校なのです。
そして廃校となった旧・東第一小学校は「栗橋公民館」となり、旧北小学校が「しずか館」として利用されているのでした。したがってこの校章は旧・栗橋町立栗橋北小学校のものだったのです。ちなみに「栗橋公民館」は〝ハクレン館〟と呼ばれているのだそうです。
現在ではこのようにリサイクル場としてや、栗橋雄武館道場が定期的に体育館を利用しており、スポットとして美術展なども行われているようです。

私自身は母校がなくなってしまったという経験がないので、何ともその気持ちを理解することは難しいのですが、地方の宿命なのでしょうか、過疎化と飽和老人の現象が小学校を生涯学習の場に変えてしまっているのです。まあ、同じ学習といえばそれまでですが。
社会派的な現状を垣間見てはいても、何ら感想もないまま思考は祭りに切り替わってしまっていました。

八坂神社の大神輿

ぼちぼち屋台の準備の始まっている中、今回の主役である「八坂神社の大神輿」を見学しようと八坂神社に向かいます。
縁日屋台
八坂神社へは前回の【くりはし八福神】のときに立ち寄っていて、狛犬ならぬ狛鯉のいる珍しい神社なのを憶えています。

神社の鳥居が見える場所に到着すると、境内にその「大神輿」が見えます。
もうすでに神輿の準備はできているようですが、まだ関係者の姿はありません。
八坂神社
近寄ってみるとたしかに立派な神輿で、特別驚くほど大きな神輿ではありませんが、先週の春日部夏祭りの御輿と比べると格段にに大きいですね。
神輿と神輿庫 大神輿
因みに素朴な疑問で「神輿」「御輿」の違いは何かと調べたら、全く同じ意味だそうで、どちらを使っても構わないようです。あまり面白みの無いことですが…。

大神輿についての説明があります。

八坂神社の神輿
八坂神社の御巡幸祭(夏祭天王様)は7月7日に神霊が「みこし」に移乗されて神の本居(神社)から氏子の区域を巡り御神威をくまなく垂れ給う祭りである。
「みこし」の渡御のその夜のまつりの情景は「みこし」の神霊の神秘な力が担ぎ奉仕する氏子達の心にはたらきかけまさに神意と人意とが一気に咲きほこり「みこし」自体が生き物のように奮い立ち町中興奮のるつぼと化し、ほら貝の響き阪東太鼓の神賑行事も加わって熱気のこもった「みこし振り」の中に町中が吸い込まれてゆく氏子達は、その中に魂のより所、生命の支え、躍動する心の根源を培ってゆくのである。
御巡幸祭は7月7日からはじまり仮宮に遷座し7月12日を中旅の日とし本祭は第3土日に行われている。
みこしの「大きさ」「壮麗さ」「精巧さ」氏子の奉仕する「豪快なみこし振り」の状景は、まさに全国的にも珍しい大フェスティバルが展開されるのである。
なお、昭和46年みこし復元をした時に、みこしの中から「文久3亥年10月吉祥日」の棟札があり、平成2年秋行われた天皇の御大典を記念して「阪東御輿会」が結成されたのである。
平成3年6月吉日』(現地案内板説明文より)

文久3亥年は1863年ですので、まさに幕末ですが神社自体の由緒に比べれば極々新しいということになるかもしれません。
大神輿 大神輿
早くその豪快なみこし振りを見てみたいものです。
神輿庫にもう一つ説明があります。

『栗橋町指定有形文化財 八坂神社の神輿
平成7年10月2日指定
この神輿は。八坂神社の夏祭(神幸祭)の神輿である。「天王宮御輿文久三亥(1863年)10月吉祥日}の棟札が、昭和45年の解体修理のときに発見された。台輪の大きさは、4尺6寸5分(1.41メートル)高さは、6尺5寸(1.97メートル)あり、関東では大きな神輿の一つである。
神輿は、永年にわたり渡御が続けられ多くの人たちに親しまれている。殊に明治19年(1886年)利根川鉄橋が完成し、明治天皇が行幸の折、河中で奉挙渡御し、勇壮な神輿振りが、天覧に供されたと言い伝えられている。
栗橋町教育委員会』(現地案内板説明文より)

現在は久喜市文化財と格上げされているのでしょうが、やはり神輿自体も由緒ある神輿なのです。
まだ時間が早いようなので、八坂神社をお参りします。
例によって社殿の前には狛犬ならぬ狛鯉が鎮座しています。
八坂神社
また、拝殿には「埼玉ふるさと自慢100選」に選ばれた案内が置かれています。更に「21世紀に残したい埼玉の自然100選」にも八坂神社の境内が選ばれたことが案内されています。
埼玉100選
ふるさと自慢が選定されてから10年。何も変らずそのままの良さが残っているところも、随分とあるのでしょうね。そういった魅力を訪ねようと始めた散策記ですが、ここに来て何となく感慨深げになってしまいました。

境内に戻ると関係者の方々が集まり始めました。
八坂神社境内
年配の役員の方たちは浴衣姿で、若い担ぎ手の方たちは各地区の法被を着て三々五々集まってきます。
まずは記念写真ということで神輿をバックに記念写真を撮っているようです。
記念撮影
そして関係者全員が神輿の周りに集まり、八坂神社宮司の祝詞があげられます。
神主祝詞
こう言ったところも、祭りといっても神事なのだなと改めて教えられます。先週の春日部夏祭りとのコントラストの違いが鮮明なところに興味を惹かれます。
そして総代でしょうか、無事に怪我の無いようにとの挨拶が終わり、いよいよ祭りの開始のようです。
総代挨拶

関連記事
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks