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700年余の時を刻む「弘長の板碑」

概要

「ぐるっとくん」を瓦葺の「氷川神社」で下車すると、目の前に楞厳寺の案内板がある。案内に従って石灯籠の並ぶ道を100メートルほど行くと、もう山門である。山門前には六地蔵が立ち並んで、参詣者を迎えてくれる。
楞厳寺は曹洞宗の寺院で、原市の妙厳寺の末寺といわれている。『新編武蔵風土記稿』によると、開山は喜翁禅師で、同禅師は永禄7(1564)年2月8日の没となっている。従って同寺は、永禄7年以前に創建されていたことになる。同書には「本尊正観音ヲ安置ス」とあるが、現在寺内に安置されている「木造聖観音菩薩像」は江戸時代の作である。これは、寄せ木造り・玉眼であるが、漆箔などは後に補修されたものである。楞厳寺は曹洞宗の寺院なので、道元禅師の座像も安置されているが、開山座像とともに瑩山禅師の座像も祭られている。瑩山は曹洞宗二大本山の一つである能登の総持寺を開いた人なので、当時は同寺の配下にあったものとみられる。なお能登の総持寺は、明治になり横浜市鶴見に移されている(『上尾市史』第9巻)。
享保6(1721)年の上瓦葺村々方明細帳には、わずかであるが楞厳寺のことが記されている。この記録によると、除地として5反歩が楞厳寺持ちで、うち水田が1反2畝歩である。ほかに同寺抱えの除地が1反歩あり、これは地蔵免となっている。この記述からみると、同寺は古くから田畑を所有しており、これには年貢が免除されていたことになる(『上尾市史』第3巻)。なお、明治期に作成された『寺院明細帳』によると、境内敷地は897坪、本堂間口10間2尺・奥行き8間4尺とある。庫裏(くり)のほかに地蔵堂の所在も記されている(『上尾市史』第9巻)。
楞厳寺に所在している文化財で、名の知られているものに「弘長の板碑」がある。これは、山門から本堂に向かって右手に安置されており、参詣者はいつでも拝観することができる。埼玉県内は板碑の多いことで知られるが、最も古いものは江南町に所在する嘉禄3(1227)年銘のものである。楞厳寺の板碑には弘長元(1261)年9月21日と刻まれているので、県内最古の板碑からわずか30年後に造立されたことになる。江南町の嘉禄銘板碑は全国で最古なので、楞厳寺の板碑も大変古い時代を伝えるものといえる。この板碑は高さ105センチメートル、幅35.8センチメートル、阿弥陀一尊種子板碑で、市指定文化財となっている(『上尾の指定文化財』)。
(上尾市オフィシャルサイトより)

◆楞厳寺 : 上尾市瓦葺1043 

山門

山門へ導く境内前の石燈籠で、整然と連なった光景が荘厳さを醸し出しています。
楞厳寺 燈籠 一つ一つの燈籠が大きいので迫力も感じます。遠くに見えるのが山門です。

山門の反対側には六地蔵のお出迎え・・・・か?

楞厳寺 六地蔵 右から同サイズの地蔵が六地蔵で、檀陀地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障地蔵、日光地蔵です。
そのほかに大きな地蔵が2体と、坐像(だと思うが)が1体祀られています。

かなり大きな地蔵堂です。

楞厳寺 山門 山門には様々な仏像や石像、更に石碑などが並んでおりここはまさに壮麗です。

楞厳寺妙厳寺】の末寺というだけあって、妙厳寺の山門にもあった「不許葷酒入山門」の石碑があります。

「不許葷酒入山門」の意義
禅門の境内は全てがこれ修業道場の聖域である故に、仏祖釈迦尼如来が「仏の十戒」の中に禁止の掟を定めた酒類や邪悪臭の強い葱韮大蒜などの類の修業の妨げとなる不浄のもの、及び聖域を汚すもの、修業の本旨を失うものは山内に入ることを禁ずるの心の戒めを表示する禅宗特有の表看板である。
平成4年6月 当山26世 稲田独尊 記之
(現地石碑解説文より)

境内

参道の左側に様々な仏像と鐘楼、正面に本堂、そして右側にも仏像があり、非常に賑々しい参道です。
楞厳寺 境内 楞厳寺 境内 楞厳寺 境内

鐘楼 鐘楼 鐘楼。 通称「まごころの鐘」に鯉の滝登り!?

燈籠にぬいぐるみ 燈籠からぬいぐるみ。ちょっとしたユーモアに癒される。

水子地蔵と慰霊碑 水子地蔵尊と平和観音菩薩のある慰霊塔で、再び凛とした空気が流れます。

萬霊供養塔 萬霊供養塔 六地蔵の祀られた萬霊供養塔。ここでも燈籠が圧倒的な存在感を示しています。

本堂

本堂 重厚感ある壮観な本堂です。
かなり最近再建されたようで非常に綺麗です。

扁額 楞厳寺扁額。
これも非常に新しく綺麗な扁額で、これから時代と共に歴史を刻んでいくのでしょう。

本尊 本尊 中央が「木造聖観音菩薩像」で、その両側が「道元禅師坐像」と「瑩山禅師座像」です。

庫裏 楞厳寺庫裏

文化財

弘長板碑 弘長板碑 弘長板碑 前面のガラスは何のためにあるものでしょうか。

上尾市指定有形文化財 弘長板碑
上尾市大字瓦葺1043 楞厳寺
昭和39年3月1日指定
国内で最も大きな板石塔婆(板碑)も最も古い塔婆も埼玉県内にあり、塔婆数でも宝庫とされている。市内では破片まで入れて450基近い塔婆を調査しているが、鎌倉時代にまでさかのぼるものは少ない。国内で最古のものは大里郡にある嘉禄3年(1227)のもの、市内では楞厳寺所蔵の弘長元年(1261)のものである。高さは1.05メートル、上部に阿弥陀如来の種子(梵字)キリークを刻む。
楞厳寺そのものの創建はもっと新しい時代であろうが、墓地内には40数片の塔婆片が発見されている。
昭和54年8月1日 上尾市教育委員会
(現地案内板説明文より)

2011.02.25記
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