学問とスポーツの文武両道の守護神

概要

創建時期などの具体的なことは不明ですが、祭神は素戔嗚尊で厄除けの神、縁結びの神、安産の守護神として参拝されており、祭事は、元旦祭と9月10日の例大祭の年2回です。
平成2年10月25日には、京都の北野天満宮から分霊を受けて境内に天満宮を創建し、「学問の神様」として受験シーズンには参詣者が多いようです。また、近年では埼玉県の高校野球名門校である浦和学院の野球部員や関係者が毎年7月県大会が始まる前に祈願祭を斎行しお守りを受けているのですが、最近の浦和学院の活躍で「スポーツの神様」としても知られるようになり、近くの学生やリトルリーグチームなどがしばしば参拝に訪れているそうです。
学生にとっては学問とスポーツの神様として実に頼もしい神社です。

◆瓦葺氷川神社:上尾市瓦葺1035-1

境内・参道

瓦葺氷川神社 参道 縦に細長い境内に社号標と鳥居が参道にあります。

左側に大きな空き地があるのですが、現在ゲートボールなどが行なわれている運動場になっています。ここは瓦葺自治会館ですが、もともとここも境内だったのかどうかはわかりません。
瓦葺自治会館 たまたま今日は上尾消防署の体験イベントが行なわれていました。

瓦葺氷川神社 境内 境内も休日はゲートボール場と化しているようです。

社殿・境内社

瓦葺氷川神社 社殿 比較的立派な社殿です。

瓦葺氷川神社 本殿 本殿も小ぶりながらしっかりとした造りのようです。

瓦葺氷川神社 境内社 境内の右側にあるのが境内社で、奥が天満宮です。

その他

瓦葺氷川神社 力石 境内の挟まれた一角に大きな石が置かれています。「力石」です。
彫られた銘はよく判りませんでした。

力石
展示の大石に銘が彫られています。
「奉納 力石三十〆目 瓦葺村叶」

起源と歴史
力石の存在が確証されるのは、16世紀に作られた「上杉本洛中洛外図屏風」で、弁慶石の銘を持つ力石が描かれている。また、1603年の日萄辞書に力石の項があり「力試しをする石」とされている。江戸時代の連歌に「文治2年の力石もつ」という句があり、おそらく文治2年(1186年)に銘か言い伝えがある力石があったのであろう。現存する力石に刻まれた年としては、寛永9年(1632年)が知られているかぎり最も古い。江戸時代から明治時代にかけては、力石を用いた力試しが日本全国の村や町でごく普通に行なわれていた。個人が身体を鍛えるために行なったり、集団で互いの力を競いあったりした。神社の祭りで出し物の一つとして力試しがなされることもあった。
石の形は表面が滑らかな楕円形が多い。滑らかな石は持ち上げにくいが、体に傷つけずにすむ。ほとんどの力石は60キログラムより重い。米俵より軽くてはわざわざ石を用意する意味が無いという事であるらしい。上限は様々で、中には300キロに達するものもある。あまりに重い石は一人で持ち上げることは不可能だが、それはそれで別の挑戦方法がある。
(現地案内板説明文より)

2011.02.27記
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