NHK放送博物館 #3

次のコーナーからが報道・スポーツ・教育・教養・娯楽番組を通してみた放送の歴史です。
流石にNHKだけあって相当古い機材があるのですが、コンテンツなどの古い資料もあるので理工系にも文科系にも興味深く見学できる博物館です。

放送が伝えるもの-2

こちらのコーナーはスポーツです。
スポーツといえば中継放送というくらいで、先ずはNHKが放送したスポーツプログラムをまとめて見ます。

スポーツ放送ことはじめ
NHKでは、ラジオの時代から、大相撲や高校野球など、プロ・アマチュアの世界を越えて、さまざまな競技を取り上げ、放送してきました。
そして、メディアの発展と共に、スポーツ放送は音声から映像へ、白黒からカラーへ、さらに国内中継から国際中継へと大きく進化してきました。
□ラジオ時代
1927年(昭和2):第13回全国中等学校優勝野球大会を甲子園球場から実況中継(スポーツ中継の初め)
1928年(昭和3):春場所大相撲の実況を両国国技館から放送(相撲放送の初め)。天皇陛下即位の大礼記念として「ラジオ体操」放送開始。
1932年(昭和7):オリンピック・ロサンゼルス大会をロサンゼルスKFI局から“実感”放送
1936年(昭和11):オリンピック・ベルリン大会を実況中継
□テレビ本放送開始 1953年(昭和28年)
1953年(昭和28):大相撲夏場所(蔵前国技館)で初のテレビ(本放送)中継。第35回全国高校野球大会(甲子園球場)で初のテレビ中継。プロ野球ナイター「阪急対毎日」(西宮球場)で初のテレビ中継
1955年(昭和30):大相撲初場所優勝力士(千代の山)に初のNHK金杯贈呈
1960年(昭和35):オリンピック・ローマ大会を“コマ撮り録画(電波)”“空輸VTR”で放送
1964年(昭和39):オリンピック・東京大会で初のテレビ生中継。
1968年(昭和43):冬季オリンピック・グルノーブル大会で初のカラー衛星中継
□総合テレビ全面カラー化 1971年(昭和46年)
1972年(昭和47):冬季オリンピック・札幌大会で初の全カラー中継
1977年(昭和52):MLBワールドシリーズ第1戦「ヤンキース対ドジャース」で初の衛星(録画)中継
1978年(昭和53):ワールドカップ・サッカー(アルゼンチン)で初の衛星中継
1984年(昭和59):オリンピック・ロサンゼルス大会で初のハイビジョン撮影
1987年(昭和62):MLB(米大リーグ)、NFL(米プロフットボール)放送開始
1988年(昭和63):大相撲ハイビジョン放送開始
□BS放送本放送開始 1989年(平成元年)
1992年(平成4):PGA(米プロゴルフ)放送開始
1993年(平成5):Jリーグ開幕戦(ヴェルディ対マリノス)をBS1で中継
1998年(平成10):冬季オリンピック・長野大会で全競技を中継(BS1)
□BSデジタル放送開始 2000年(平成12年)
2000年(平成12):オリンピック・シドニー大会でBSデジタル試験放送
□地上デジタル放送開始 2004年(平成16年)
2004年(平成16):オリンピック・アテネ大会を1157時間33分放送
(解説パネルより)

こうしてみると、歴史を刻んだり、技術の進歩を見せるには、やはりオリンピックのようなビッグイベントは欠かせないということになるのでしょう。

このことはじめの幾つかに関連された展示があります。

野球放送のはじまり
全国中等学校野球大会 甲子園球場1927年(昭和2)8月13日 担当は大阪放送局 魚谷忠アナウンサー
魚谷アナウンサーの実況中継は、雑感などを入れず進行中のプレーを描写。「ソラ」や「サア」といった掛け声を発しているのが特徴。
(解説パネルより)

展示されているのが「野球放送創始記録」です。
野球放送創始記録
これは1927年(昭和2)8月、甲子園球場において中継放送された第13回全国中等学校野球大会(現在の高校野球で、初のスポーツ実況中継)の実施報告書だそうです。
とにかくスポーツ実況中継の記念すべきプログラムですから、相当力が入ったのでしょうね。トラブルなどはなかったのでしょうか。

大相撲放送のはじまり
大相撲の中継放送は昭和3年1月の春場所から始まりました。
土俵際のマイクには松内アナウンサーが向かい、決まり手に詳しい国民新聞の記者をわき役に一番一番、熱情を込めて放送しました。相撲放送の基礎はこの時期に築かれました。
(解説パネルより)

そしてこちらに展示されているのは「大相撲のNHK金杯(初代)」です。
大相撲のNHK金杯(初代)
昭和30年から36年まで使用されていたものだそうです。これは放送開始30周年を記念して作られ、正倉院御物金銅八曲高杯を模したものだそうです。
放送も金杯も気合入りまくりといったところも野球と同じようなものでしょう。
この後、昭和30年~40年に野球も大相撲も「巨人・大鵬・卵焼き」といわれた黄金期を迎えるのです。やはり野球と相撲は日本の2大人気スポーツといっても過言ではないのでしょう。

ここには第10回のロサンゼルスオリンピックをはじめ、東京・札幌オリンピックなどの資料が展示されています。
特に1932年のロサンゼルスオリンピックの展示品には当時の選手のサイン色紙がありますが、金メダルに輝いた、馬術のバロン西、お家芸三段跳びの南部忠平、そして宮崎康二をはじめとした最強の競泳男子などの名を見ることができます。
第10回ロサンゼルスオリンピック 第10回ロサンゼルスオリンピック
そして東洋の魔女の東京オリンピック、日の丸飛行隊の札幌オリンピック、更に「フナキ~~」の長野オリンピックなど、感動とともに様々な歴史を逆に刻んでいくスポーツのパワーを感じさせられました。
オリンピック

NHKは報道、娯楽だけでなく民放では余り注力できない教育という分野も非常に重要なファクターです。勿論、昭和30、40年代には生涯学習といった言葉はなく、まだ、子供を中心とした教育でした。
その中でもNHKで人気を博したのが人形劇です。

右側のショウケースには、あの「ひょっこりひょうたん島」の人形達が勢揃いしています。
ひょっこりひょうたん島
確かこの頃は小学生の高学年だったこともあって結構冷静に見ていたような気がします。ドン・ガバチョの存在感と中山千夏の博士が大好きでしたね。

そしてその反対側には、何と懐かしい「ブー・フー・ウー」が展示されています。
ブー・フー・ウー ブー・フー・ウー
番組の最初は必ずお姉さんがネジを巻いて人形達が動き出すのを、本当のことだとずっと思っていましたから、…そうゆう時代も私にはあったのです。まさしく小学生低学年のころです。
当時としては、個人的に相当なインパクトだったのでしょうね、いまだに主題歌は忘れていません。

するとこの展示パネルに当時の演出が説明されていました。

お姉さんが、カバンの中から3匹の人形を取り出し、魔法のネジを回してスイッチを押すと、あら不思議。人形達が、動き出します。
この演出をするために3種類が作られました。
1つ目は、動かない人形
2つ目は、ギニュール(棒使いの人形)
3つ目は、ぬいぐるみ(人が入る)でした。
この仕掛けは、ずっと秘密にされていました。
(解説パネルより)

なるほど、低学年の私が本物だと思い込むのも無理はないということの証でしょうか…。
展示品の左にそのねじ回しのハンドルがあります。随分懐かしいものです。
ブー・フー・ウー
そしてパネルには声の出演者の写真が掲載されています。
ブー・フー・ウー
左から、あのドラえもんの「大山のぶ代」、後のパーマンを演じた「三輪勝恵」、そして一人おいて、トットちゃんこと「黒柳徹子」です。
当然この3人が「ブー・フー・ウー」なのですが、ボーイッシュな大山さんと、何とこの当時小学生の三輪さん、そしてめちゃくちゃカワユイ黒柳さんと、いやあホント驚きです。

そしてその隣はやはり日本の文化の象徴であるドラマや芸能番組などのエンターテイメントのコーナーです。
ドラマ
ここにもドラマの歴史があります。

ドラマ番組の変遷
1925年(大正14):ラジオ劇「大尉の娘」放送(ラジオドラマ形式の初め)。ラジオドラマ「炭鉱の中」放送。
1934年(昭和9):ラジオ小説「母のこころ」放送(ラジオ小説の初め)
1940年(昭和15):技研からテレビドラマ「夕餉前」を実験放送(テレビドラマの初め)
1947年(昭和22):連続放送劇「向こう三軒両隣」「鐘の鳴る丘」放送開始(ラジオ)
1952年(昭和27):連続放送劇「君の名は」放送開始(ラジオ)
1955年(昭和30):東京・大阪4元ドラマ「追跡」放送(テレビドラマ初の芸術祭賞受賞)
1956年(昭和31):「お笑い三人組」テレビ放送開始
1958年(昭和33):「事件記者」「バス通り裏」放送
1961年(昭和36):<連続テレビ小説>放送開始(第1回「娘と私」)
1963年(昭和38):<大河ドラマ>放送開始(第1回「花の生涯」)
1966年(昭和41):連続テレビ小説「おはなはん」が人気に
1972年(昭和47):学園ドラマの原点「中学生日記」放送開始。<銀河テレビ小説>放送開始(第1回「楡家の人々」)
1983年(昭和58):連続テレビ小説「おしん」が大人気(最高視聴率62.9%)
1987年(昭和62):大河ドラマ「独眼流正宗」が人気に
2003年(平成15):韓国ドラマ「冬のソナタ」が大人気
(解説パネルより)

ドラマというとやはり民放の方が作りは上のように思えますが、連続テレビ小説と大河ドラマは今のところは不滅のようです。
ここには台本などの展示とともに、ドラマでは欠かせないかつての効果音器具が展示されていました。
効果音器具 効果音器具
そして、この先の展示は、音楽・落語・古典芸能やカメラ・テレビなどの放送局と茶の間を繋ぐ数々の機器の展示でした。
音楽・落語・古典芸能 放送機器 カメラ

このコーナーを出た壁面には歴代の「連続テレビ小説」と「大河ドラマ」の絵葉書が展示されていました。
「連続テレビ小説」 「大河ドラマ」 「大河ドラマ」
今思い出すと、連続テレビ小説では第14回の「鳩子の海」、そして大河ドラマは第11回の「国盗り物語」辺りから良く見るようになりましたね。

このフロアでは企画展示の行われているスペースがあります。
一つはこちらで、「こんにちは ふるさと・地域放送局のちから~NHK徳島~」というローカル局による特別展示で、今回は徳島放送局による展示です。
企画展示
昨今、民放でもネット局の紹介や、或いはネット局を活用した番組作りが多くみられるようになってきました。特に最近では「○○のケンミンショー」では、ドラマ仕立てでネット局をアピールするという、なかなか凝った演出も見られ、現在では文字通りのネットしているだけでのものではなく、視聴率獲得のためのツールといっても過言ではないかもしれません。個人的に福島のTV番組を見る機会が多いのですが、地元密着型でユニークな番組も結構ありますから、全国に少しずつでも紹介させるには非常に良いことですね。

もう一つの企画展が「語学番組の変遷」です。
語学番組の変遷
残念ながら後にも先にも語学番組に慣れ親しむことはありませんでしたが、NHKならではのプログラムといるのでしょう。
その歴史が記載されています。

語学番組の変遷
1925(大正14)年7月20日、東京放送局から岡倉由三郎講師による「英語講座」がはじまりました。大阪放送局は9月15日、名古屋放送局では12月10日から「英語講座」が放送されました。この講座では当初からテキストを使用し、語学講座のテキストが刊行されています。
しかし、戦時中になると、軍の外国語追放の方針により、開戦と同時に語学講座は中止され、外国語追放はどんどんエスカレートしていきました。
戦後、占領軍の進駐で、英語会話熱は高まっていきます。1945(昭和20)年9月に発行された『日米英会話手帳』は360万部を売り上げる超ベストセラーになりました。
ラジオも戦後すぐ、「実用英語会話」「基礎英語講座」を開設しました。なかでも1946(昭和21)年2月に始まった「英語会話」は大人気になりました。月~土の午後6時台「証城寺の狸囃子」のメロディに「カム・カム・エブリボディ ・・・」の歌詞をつけたテーマソングは人びとの心を惹きつけたのでした。講師の平川唯一は、巧みな話術とユーモアのある題材で評判となりました。テキストの発行部数は月20~30万部に達し、手に入れるのも困難だったほどです。
また、語学番組はテレビが放送を開始すると日常会話の表現など、テレビならではの番組も誕生しました。
そして、世界がグローバル化していく中、放送する語学の数も増え、勉強する目的により語学番組も選択できようになりました。最近ではクロスメディア企画として人気の「チャロ」シリーズなど、最新の語学番組情報もお伝えします。
今回の展示では、英語講座を中心に語学番組の歴史やテキストなどを展示します。
(NHK放送博物館オフィシャルサイトより)

開局と同時に始まっていたとは少し驚きました。
「証城寺の狸囃子」のエピソードは後に何かで聞いたことがありますが、テーマソングだったのですね。

そして通路の壁面には「愛宕山」に関する古写真が掲出されています。
明治初年の愛宕山上の様子や、昭和5年の愛宕トンネル工事の新聞写真、昭和6年の愛宕山のサイレンなどです。
愛宕山古写真 愛宕山古写真 愛宕山古写真
そしてフレームに収まりきれなかった幕末にベアトによって撮影された有名な「愛宕山のパノラマ」も掲出されています。
愛宕山古写真
これを見ると如何に愛宕山の眺望の良さを理解できますね。

放送ライブラリー・特別展示

4階フロアの半分以上を占めているのが番組や図書・資料のライブラリーです。
パネルにもあるとおり、NHKの所有しているコンテンツを視聴できるコーナーで、まだ行ったことがないのですが、埼玉県川口市のスキップシティのNHKアーカイブスと同じものでしょう。
放送ライブラリー
今日は時間もないのでスルーですが、じっくり見たいコンテンツもあり機会があればまた訪れたいです。

極狭い一角に「NHK紅白歌合戦特別展示」コーナーがあります。
NHK紅白歌合戦
NHKホールのジオラマや、出場歌手のサインなど展示されていますが、ここだけは一部撮影禁止のようなので、この紅白歌合戦の優勝旗だけ撮っておきました。

そしてその隣が「大河ドラマ特別展示」室で、謂わば今回の散策のラストといえる展示室です。
入口正面には当然の如くドラマ「江」で、主演の上野樹里が着ていた「江」の小袖です。
大河ドラマ特別展示
右手には現在までの大河ドラマで使用された衣装が幾つか展示されています。
こちらの3着は平成12年度放映の大河ドラマ「葵徳川三代」で使用された、三姉妹の打掛と小袖です。
大河ドラマ特別展示
左から、「淀」「初」「江」の順です。 この時のキャストは「淀」が小川真由美、「初」が波野久里子、「江」が岩下志麻でったようです。
他には「炎立つ」「琉球の風」「八代将軍吉宗」や、「信長」の時の少年使節団の衣装や、「いのち」での着物などが展示されていました。
大河ドラマ特別展示 大河ドラマ特別展示
更に台本やポスターなどが幾つか展示に花を添えています。
大河ドラマ特別展示 大河ドラマ特別展示 大河ドラマ特別展示
また、珍しい展示としては“下野人形”の「利家とまつ」もあります。
大河ドラマ特別展示

最後に大河ドラマの一覧のパネルが掲出されていますが、現在までの50作品のなかで時代で多いのが、江戸時代の19作品、次いで戦国・安土桃山時代の17作品となっています。
厳密には時代をまたがっているものもあるので正確とはいえませんが、いずれにしても短い時代の中で作品が多いのが、やはり安土桃山時代の信長、秀吉にまつわる作品と幕末に関連する作品(9作品)でしょう。
題材的に人気のある戦国~安土桃山の魅力ある武将と、幕末の動乱期のダイナミックな歴史が受けるのではないでしょうかね。
その他の時代では、平安時代3作品、鎌倉時代4作品、南北朝・室町時代2作品、明治時代3作品、昭和時代2作品となっています。
ちなみに人気のバロメーターとして、主役として2回以上取り上げられたヒーローは5人います。
3作品作られたのは一人「大石内蔵助」で、「赤穂浪士」(昭和39年・第2作)、「峠の群像」(昭和57年・第20作)、「元禄繚乱」(平成11年・第38作)です。
ついで2作品に取り上げられたのは4人います。
源義経:「源義経」(昭和41年・第4作)、「義経」(平成17年・第44作)、 豊臣秀吉:「太閤記」(昭和40年・第3作)、「秀吉」(平成8年・第35作)、 徳川家康:「徳川家康」(昭和58年・第21作)、「葵 徳川三代」(平成12年・第39作)、 坂本龍馬」「竜馬がゆく」(昭和43年・第6作)、「龍馬伝」(平成22年・第49作)です。
そして、これらの人物が絡んでいる作品となるとずっと多くなるわけで、やはり魅力ある人物を中心としたドラマ作りとなってしまうのは、視聴率の問題もあり仕方ないことでしょう。
また女性を主人公とした作品も今回の「江」を初めとして結構あるものです。
古い順に、「三姉妹」<架空人物>(昭和42年・第5作)、「おんな太閤記」<秀吉の正室・ねね>(昭和56年・第19作)、「春の波涛」<日本初の女優・川上貞奴>(昭和60年・第23作)、「いのち」<架空人物>(昭和61年・第24作)、 「春日局」<春日局>(昭和64年・第27作)、「花の乱」<足利義政の正室・日野富子>(平成6年・第33作)、「篤姫」<天璋院篤姫>(平成20年・第47作)、「江」<浅井江>(平成23年・第50作)と8作品となるのですが、 「利家とまつ」<前田利家とその妻まつ>(平成14年・第41作)と「功名が辻」<山内一豊とその妻・千代>(平成18年・第45作)を含めれば10作品となるのです。
余談ながら、大河ドラマの視聴率にも係わってくるのがキャスティングで、上記の中の「峠の群像」はジャニーズのアイドルが大河ドラマに出演した最初の作品だったようです。
矢頭右衛門七役に“たのきんトリオ”の「野村義男」、清水一学役に“少年隊”の「錦織一清」、そして伊達村豊役を“シブがき隊”の「薬丸裕英」が演じていたそうです。
このような様々な歴史の積み重ねの上に、現在の「江」がまた一つ歴史を積み上げていっているというわけです。

そしてここNHK放送博物館最後のコーナーは「放送文化賞記念コーナー」です。
「放送文化賞」とは、NHK開局25周年を記念に放送文化の発展・放送事業の向上に功績のあった人物を顕彰するために、1949年に制定された賞で、正式名称は「日本放送協会 放送文化賞」です。
毎年2月に発表し、3月22日NHKホールで開催される放送記念日式典で表彰され、現在までに400名受賞されているそうです。

まず目に付くのが横綱の化粧回しで、左が横綱「若乃花」(初代)で、右が横綱「佐田の山」です。
横綱の化粧回
2人も当時の理事長として解説者として大相撲の中継放送に貢献したこに対して受賞しています。
こちらにはシンセサイザー奏者「冨田勲」、落語家の「柳屋小さん」(五代目)、漫才の「内海桂子・芳江」、サッカーの「岡野俊一郎」らが受賞されています。
放送文化賞記念コーナー
また、中央の展示ケースには台本やマイクロフォンが展示されています。
放送文化賞記念コーナー

「日曜名作座」は、第16回放送文化賞(昭和39年度)の受賞者 森繁久彌と加藤道子、二人の名優のみの出演で名作の世界をドラマ化するユニークな構成のラジオ番組。
昭和32年から現在まで続いている人気ラジオ番組です。また1974年(昭和49年)にすぐれたラジオ文芸として「菊池寛賞」を受賞。
2008年(平成20年)から、西田敏行と竹下景子の二人が担当。
(解説パネルより)

若干、手前味噌の帰来はあるものの、「NHKに貢献した方を表彰して何が悪い」という声と、ほぼ私の年齢と同じ(1年違い)の長寿番組ということで納得しておきましょう。
それにしてもこのような恐るべし長寿番組がまだあったのですね。

そして正面の壁には今年受賞した方の一覧と、賞状や副賞などが展示されています。
放送文化賞記念コーナー
今年受賞した方は以下の通りです。
青柳正規(国立西洋美術館館長)、池端俊策(脚本家) 、小沢愼治(愛知工科大学教授)、桂三枝(落語家)、鎌田實(諏訪中央病院名誉院長)、外山雄三(NHK交響楽団正指揮者)、富司純子(女優 )の7名のかたでした。
ちなみに第1回の受賞者は、徳川夢声(俳優・著述業)、宮城道雄(邦楽演奏家)、山田耕筰(作曲家・指揮者)の3名だったそうです。

これでNHK放送博物館の見学を終えたわけですが、大河ドラマのみならず、何時間いても飽きないくらい盛りだくさんの展示で、非常に見ごたえがありました。
ここは是非一度見学されることをお勧めします。老若男女楽しめると思います。

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