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「かば焼き発祥の地」と玉蔵院

「浦和うなぎまつり」のさいたま市役所を出てから、「うなぎ弁当」やら色々な頂き物があったので、一旦車に戻り荷物だけ置いておくことにし、「うなぎ弁当」は3ケ購入したうち2ケをお土産に1ケは食べてみることにしました。
嘗て浦和在住の頃一度食べた「うなぎ」が美味しくなかったことは前述しましたが、20年位前のことでしたが結構今でも覚えています。身はやわらかいというよりはぼろぼろに崩れる感じで、焼き立てなのに皮が粘る感じ、そして見た目もタレの”照り”がなく、何となく貧弱(大きさではなく)そうな感じを憶えています。
ま、あくまで個人的な好き嫌いですし、感想ですから当然それがすべてを物語っているわけではありません。
そこで一般的な「うなぎ」の美味さってなんだろう、と考えてみました。
「うなぎ」に限らず料理の美味い不味いなどはすべて個人の主観によるものです。100%美味い料理は絶対にありえないはずですし、ただ統計的というか傾向として、「こういったものなら美味しい」とか「これなら我慢できる範囲」とかの線引きはあると思うのです。
このような線引きを様々なサイトで検証してみました。

まずは「うなぎ」として美味いというより、これは不味い…、といわれるもの。
1.小骨があたる:当然、通常の秋刀魚や鮭のような小骨があるわけではないのですが、いわゆる骨として感じられるような小骨があるものはダメ、ということ。
2.泥臭い:生息する環境(所謂、養殖の地域や環境)によって左右されるので、根本的に匂いの強弱によって価格設定も変わっているのではないでしょうか。
3.皮が硬い:これも同じように環境によって変わるはずです。
これ等は「うなぎ」の三大クレームといわれているそうで、多少調理法でカバーできる場合も全くないわけではない様ですが、実際のところはよくわかりません。ですが、これ等の要素が基本的に「不味い」と感じさせたり、或いは低価格販売の根底をなす理由であったりするそうです。

逆に「美味い」という積極的な理由として考えられるものを列記します。
前提としては、小骨が細い、皮が柔らかい、泥臭さがないとした場合に更に加味されるポイントです。
1.身に味があること:調理方法での問題で、程よい味が付いているか(しみこんでいるか)どうか。
2.身が硬くないこと:焼き立てという前提ですが、これは産地や価格によって左右されるのかもしれません。
3.焼き上がりは表面が香ばしく感じられること:調理方法の問題です。
4.中身がふっくらしていること:「うなぎ」自体の良し悪しと、調理法にからんでくるでしょう。
5.焼きたてのうなぎ:あくまで「鰻屋」で食べる前提です。

このような点をポイントに良し悪しを考える基準とするそうです。そしてこれ等をまとめると以下の3つの条件に集約されます。
1.「原料段階での良い鰻」という条件
2.料理法、タレなどの条件
3.地域性
ということになるのですが、結論は「うなぎそのものの良し悪し」に落ち着いてしまうようです。
「焼き方」とか「たれ」は二の次になるようです。

それでは一体「美味いうなぎ…、所謂、活うなぎ」とは、ということになるのですが、それには「活うなぎ」の流通から知る必要があるようです。
大前提として「うなぎの養殖」とは、うなぎが産んだ卵から生育させて…、というわけではなく、うなぎの稚魚である「シラスうなぎ」を捕って、それを生育(養殖)するわけです。
となれば当然「シラスうなぎ」の漁から始まるわけですが、この漁にも解禁日があって毎年12月1日~翌年の4月30日までと決められているそうです。
そして「シラスうなぎ」は約6ヶ月で出荷できるサイズに生育しますので、早ければ5月のGW開けには、国産の新仔が池揚げされるようになり、6月~10月までが出荷時期となるようです。
勿論最盛期は7月~8月に土用の丑の日向けにピークになるようです。
そしてその後、日本の気候の関係から冬によって品質が落ち始めるとともに在庫量も少なくなって、次シーズンの新仔池揚げまで極端に減少する流通サイクルなのだそうです。
この国産うなぎの流通サイクルを補うのが輸入うなぎで、いわゆる台湾・中国ものといわれるうなぎです。台湾や中国では一年中、温暖な気候により品質の一定したうなぎを養殖できるからなのです。
したがって国産の品質が落ちる11月頃から需要が高まりはじめ、翌年2月から本格的な輸入となるのです。
現在、2005年の国内年間鰻消費量データでは、国産は20,000トン、輸入物は活うなぎが23,500トン、加工品が50,000トンで圧倒的に輸入物が主力を占めているのです。

こうした中から鰻の良し悪が出現するのです。これは当然ながら季節的な問題や地域的な問題、そして養殖場による経営方針などの違いがあるためです。
例えば台湾や中国南部の広東省では池を掘っただけの露地養殖といわれ、日本や中国の福建省ではビニールハウスを利用した養殖が主流で、ボイラーを焚いて水温を約30度に保って成長促進が出来るそうです。
また、国内外の産地を問わず水質の違いもあります。これは同じ産地内でも違う場合があり、更に餌のやり方や温度管理などの個人的な違いなど、様々な違いがあるようです。
では一体、良い活鰻とは、という問いにもやはり結局、皮が柔らかく、身に味があり、適度に柔らかく、臭いがなく、適度に脂が多く、小骨の細いもの、という回答になってしまうのです。
したがって良い活うなぎを求める為には、やはり安定的に良い鰻を提供する産地(養殖池)を選ぶということしかないということになるようです。
そのために養殖池業者は「シラス」からの一貫生育や、天然水の取水などによる鰻のストレス低減、養殖密度の抑制による病気予防・無投薬養殖、水温・給餌などの管理等に取り組んで良い活鰻を供給する努力を行っているのだそうです。

すっかり前置きが長くなりましたが、実際に「うなぎ弁当」を食べてみます。
うなぎ弁当
一般的な鰻の量の4分の3でしょうか、開きが1つと半分1つの私的には余り見たことのない分量です。イベント用だからでしょうかね。
調べてみるとこれには規格あるそうで、これはかなり驚きです。
一般的な鰻の量、などと言っている場合ではないのです。
まずは鰻のサイズ規格ですが、12段階あるそうです。

1.孵化後まもない仔魚 (名称:レプトセファルス幼生) 透明な柳の葉状の形
2.0.15~0.2g (名称:シラスウナギ) メッコ、シロコ、ハマッコ 無色透明
3.0.2~10g (名称:クロコ) 黒味がかってきたもの。
4.10~50g前後 (名称:クロコ)
5.80g前後以下 (名称:ヨリシタ)
6.166g前後 (名称:6p、ヨタ ) 
7.200g前後 (名称:5p、ヨタ )  国産品の中心サイズ
8.250g前後 (名称:4p、太クチ) 国産品・輸入品の中心サイズ
9.333g前後 (名称:3p、中ボク) 輸入品の中心サイズ
10.400g前後 (名称:2.5p、大ボク)
11.500g前後 (名称:2p、大ボク)
12.666g前後 (名称:1.5p )

基本的に原料鰻のサイズは1kgで何尾物かを表します。例えば5pは5尾物で1尾は200gの活鰻ということになります。
次にこれを蒲焼きにした場合の規格です。

1.本網串:鰻の蒲焼きの中で最も伝統的な規格で形の良さが特長です。
5尾、6尾サイズをメインとし鰻1尾を半分にカットし、竹串を打つうな重に合うサイズで、専門店のうな重の大半はこの規格です。
2.正ポン半串:1尾から2串取ることができる規格で、網串が割高なときにはこの規格にシフトするそうです。
3尾・4尾原料をメインとするため、網串よりも値頃感を出せる上、略ポン半に比べても形が整っていて根強いニーズがあります。
3.シネスコカット:本来「四分一串」と呼ばれ、主に4尾サイズのものを3尾で4串取る、本網串に最も似せた規格品です。
専門店や業界筋の利用が多く、ランチタイム向けの特価うな重として販売されるそうです。
4.略式ポン半串:1尾から3串取る値頃感のみが魅力の規格で、原料サイズは2~2.5尾原料を使用します。
原料相場が安価なときは引き合いがありませんが、長焼き相場が高騰のとき、一気にニーズが増加します。不慣れなメーカーには難しい加工なのだそうです。
5.略々式ポン半串:原料鰻高騰によって登場した規格です。
1.5尾~2尾の超大型サイズで、従来の1尾3串取りの規格に対し、1尾4串取りのかなり無理のある加工方法のため、不格好な仕上がりになります。
原料相場が高騰を続ける中で、安さを提供するには最も適していますが、高い加工技術が必要となるものです。
6.ファミリーカット:2尾原料をメインに1尾を3つにカットした規格。
売場では多くは2枚1パック、3枚1パックで販売されていますが、消費者もなじみがあまりなく、販売店も扱い慣れていなかったりします。
さらに原料相場が高騰すると、4カットもありえるそうです。
7.中抜きハーフカット:ハーフカットとファミリーカットの中間に位置する規格です。
中抜きした部分を1本串にできるためメリットが大きく、1本串とハーフカットの両方のニーズに対応します。ハーフカットもどきの加工として積極的に行われています。
8.長蒲焼き有頭腹開き:関西でメインの伝統的な規格。
関東の専門店が竹串を打った鰻を一枚一枚焼き上げるのに対し、関西では頭付きのまま、4~5尾を連ねて金串を打ち一緒に焼き上げるので、冷凍蒲焼きも関西ではこの規格が浸透しているそうです。
9.ハーフカット:3尾原料をメインとする外食産業をはじめとした業界筋で、根強い人気があります。
原価を抑えなければならない業界筋に非常に魅力ある規格で、テイクアウト店での鰻弁当に最も使用されているものです。
10.長蒲焼き有頭背開き:もともと冷凍物として最初に登場し、最もポピュラーなことで知られる規格です。しかし相場の変動や、串・カット物で特売を打つ傾向が強まり、無頭長焼きのマーケットシェアをどこまで維持できるか、厳しい状況だそうです。
11.長蒲焼き無頭背開き:九州や北海道でメインとなっている規格。
有頭腹開きが高値のときは背開きが関西で販売されることも多々あるそうです。マーケットが小さく、絶対量が少ないため、生産量の把握・管理が難しく、あくまで腹開きの動向に左右される規格です。

実によく考え出された物ですね。
かつて鰻は専門店しかない時代には「本網串」だけだったのかもしれませんが、その後、テイクアウトやスーパー、外食チェーンなどが進出するにしたがって、厳密なコスト管理の上で考え出された物なんでしょうね。
そうするとこの「うなぎ弁当」は一体どの規格なんでしょうか。2~5あたりということになるのでしょう。

それでは食べてみます。
はっきり言ってこれまでの”うまい蒲焼きの条件”とか”美味い活うなぎの条件”とかからは、すっかり外れている弁当に対して美味いも不味いもないでしょうね。
根本的に捌き立て、焼きたて、出来立て、ではないのですから、しいて言えばスーパーとかに比べて美味いか不味いか、位のものでしょう。
そう考えると当然値段も量も違うので一概に比較も出きず…
となると唯一考えられるのがコストパフォーマンスで、その点で言えば中の下でしょうか。
多分出来たてなら中の上、或いは上の下くらいではないでしょうかね。
まあ、話のネタ、せっかく来たのだから、で買い求めたといっても過言ではありませんが、「浦和のうなぎ」を知ったきっかけとしては結構な「うなぎ弁当」でした。
ついでながら、蒲焼き発祥の地で食べた「うなぎ弁当」でしたが、それではうな重、或いはうな丼はどのようにして生まれたのでしょうか。

うな丼の元祖といえるのは、江戸時代文化年間(1804~1817年)、日本橋の芝居小屋が並ぶ堺町に、芝居の興行者に金貸しをしていた大久保今助という者といわれています。鰻が大好きな今助は、日本橋葺屋町にある鰻屋の大野屋に毎日出前をさせていました。当時、鰻の出前は温めたヌカの上に鰻を乗せ、冷めないようにしていましたが、ヌカが鰻に張り付くため、おいしく食べられません。そこで考えた今助は、「熱い飯を丼に盛り、飯の間に鰻を挟んで持ってきてくれ。鰻は冷めないし、飯はタレが染み込んで旨くなる」と大野屋に頼みました。大野屋はそれから、「元祖鰻めし」の看板を掲げ、繁盛したといいます。
割り箸の元祖も鰻屋といわれています。文化文政の頃(1804~1829年)、江戸の鰻屋に竹製の割り箸が登場したのが最初。「引き裂き箸」、「割りかけ箸」と呼ばれました。割り箸は滑らないので、串から外した蒲焼きを裂くのに、都合が良かったと思います。

まあ、美味ければ何でもありでしょう。
家内と半分ずつうなぎ弁当を食べて、やっと浦和散策に向かいます。
特に何も調べずに来たので、とりあえず久しぶりということもあり、まずは駅の方にでも行ってみようかと歩き出しました。
市役所から17号を県庁方面に進み、左折して丁度県庁の裏あたりを行きます。
その後、くねくねと適当に歩いていると寺院に着きました。「玉蔵院」という寺院です。
生垣に文化財の案内があります。

玉蔵院の文化財
玉蔵院は、真言宗豊山派の古刹で、その創建は平安時代といわれる。室町時代には学僧印融が来たりて中興した。古くは醍醐三宝院の直末であった。徳川家康からは寺領十石が寄進され、江戸時代には、住職が豊山長谷寺から派遣されるという格式の高い寺院となり、歴代の中には、後に江戸の役寺さらには本山である長谷寺に出世していった僧が少なくない。現在の伽藍は、元禄12年(1699)の災禍後、徐々に復興されたものである。

県指定有形文化財(絵画) 絹本着色両界曼荼羅 二幅 昭和53年3月28日指定
金剛界・胎蔵界の双幅からなる。各たて82センチ、横66センチ、額装。厳格に描かれており、筆致もよく芸術的価値が高い。形式化が進んでいることなどから室町時代に入る頃の作と考えられる。

県指定有形文化財(彫刻) 木造地蔵菩薩立像 一躯 昭和31年11月1日指定
像高66.9センチ、一木造りで芯を後方に去り内刳りはない。素木で目は彫眼、足下に蓮肉の一部を残す。素朴で大づかみの作風であり、衣丈もほとんど目立たない。古い様相も残すが、藤原時代末期の地方作と見られる。県内最古の地蔵菩薩像として、また古い一木造りの像として貴重な作例と言える。

県指定有形文化財(古文書) 玉蔵院文書 三二八通  昭和47年3月28日指定
印信・血脈・付法状といった真言密教にかかわる古文書類で、最古は嘉禎2年(1236)5月24日の道教付法状で、以降、大永6年(1526)の宵全付法状から宝暦4年(1754)の竜恵置書きまでのものである。特に道教付法状は印融の付仮名・加点が見られ貴重である。宵全付法状以降のものは、中世末から近世にかけての関東地方における真言宗の法流を知るうえで欠かせない史料と言える。

市指定有形文化財(建造物) 玉蔵院地蔵堂 一棟  昭和47年4月19日指定
市指定有形文化財(古文書) 酒井忠世書状 一幅  昭和52年3月30日指定
市指定有形文化財(古文書) 玉蔵院寺領寄進状及び朱印状 十二通  昭和54年3月29日指定
市指定有形文化財(歴史資料) 守護侍不入石杭 一基  昭和51年3月30日指定
昭和56年3月 埼玉県教育委員会・浦和市教育委員会・玉蔵院
(現地案内板説明文より)

まあ、実に文化財の多い寺院です。
浦和に10年住んでいても名前すら聞いたことがないのですから、「うなぎ」のことも大したことは言えません。
当時、浦和市の寺社で知っていたのは「調神社」くらいで、しかも行ったことは当然なかったのですから。

道の両側が同じ竹垣で囲われているので、おそらく嘗てはすべて境内だったのでしょう。
これだけの文化財が残っているのは、それなりの歴史と運があったということでしょう。大抵火災で失うケースが多いようですから。
竹垣沿いに歩いてまずは本堂に参拝に向かいました。
玉蔵院
本堂の前には石橋が架けられていて、右側には京都を思わせるような石庭、そして左側には樹齢100年以上を誇るという枝垂れ桜があり、桜の名所として花見の季節は賑わうそうです。

本堂の左手の方に地蔵堂があるようなので行ってみました。
玉蔵院地蔵堂
新しく綺麗な本堂とは対照的に歴史ある重厚さを持った地蔵堂です。ちょうどこのあたりで朝から降っていた雨も止みそうで、少し明るくなってきた中に浮かび上がるようです。
そばに解説があります。

浦和市指定有形文化財(建造物) 玉蔵院地蔵堂  昭和47年4月19日指定
《構造・規模》三間四方、入母屋造り、一間向拝つき、桟瓦葺き、間口・奥行とも8.34メートル
《概要》軸部は、ケヤキ材を用いた重厚な建築で、柱は円柱、柱上三手先の斗?で桁を受ける。中備は、十二支の蟇股を配している。軒は、二重繁?となる。 内陣は、裏側壁面から半間出して来迎柱を建て、来迎壁に須弥壇をつけている。内陣の天井は、花鳥などを描く各天井となっている。他に、欄間の彫刻、外陣天井の画など装飾が多い。
内陣蟇股墨書銘により安永9年(1780)の建立であることが知られる。三間仏堂ではあるが、本格的な造営を受けた仏堂建築でしかも建立年代が明らかであり、保存価値がきわめて高いと言える。
平成5年7月 浦和市教育委員会・玉蔵院
(現地案内板説明文より)

お堂自体も江戸時代建立ですから歴史的にも古く価値があるのですが、平安時代の地蔵が祀られているお堂として、当時から有名で、この地蔵を拝む為に集まって出来たのが浦和の町だといわれているそうです。
「うなぎ」より古い謂れが浦和にはあったようです。

ここからは道を隔てた境内に行ってみます。
正面に「山門」があります。これは市指定有形文化財となっています。
山門
この山門は「玉蔵院」の近くにある現在の「常盤公園」に江戸時代はじめ、将軍の鷹狩などの際の休憩所として「御殿」が造られていましたが、慶長16年ごろ(1611)廃止された後、この御殿の表門を拝領し玉蔵院表門としてきたものなのです。
しかし、現在の山門は2代目らしいですが、それでも文化年間のものだそうです。

山門の脇には鐘楼があります。
鐘楼
あまりメンテナンスされていないのか、朱色が随分とくたびれた色になっています。
元々は山門と本堂の間にあって鐘楼門として使われていたらしいのですが、おそらく境内の真ん中を横切る道の敷設によって現在の場所に移されたのではないかと推測されます。

他にも様々な碑などが多く見受けられるのですが、よくわからないのでこれにて玉蔵院を後にしました。
丁度、山門から出ようと思ったのですが、鍵がかけられていたので迂回して山門前から浦和駅方面を目指しました。

山門前の道は国道463号にいきあたり、その三叉路に「門前通り」という道標が立っています。
表参道
国道463号とはいっても仲町交差点~浦和駅西口交差点の間は旧中山道ですから、江戸時代のまさにメインストリートというわけで、そこから山門への道がかつての参道ということでしょう。

玉蔵院の地蔵に人が集まり、集落が出現してやがて宿場町となり、そこで供されたのが「浦和の蒲焼き」で、それが蒲焼きの始まりになったのでした。
「うなぎの蒲焼き発祥の地」浦和は実に辻褄の合う理想的な街なのです。

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