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「浦和うなこちゃん」と調神社

JR浦和駅に到着です。
浦和駅
現在浦和駅は高架駅化の工事中で一部完成した西口はグリーンのガラスで随分と趣が変わっているのですが、相変わらず面白みのない駅です。近代的でもなく、それでいて伝統を感じさせるでもなく、ただ時代に取り残された駅としか感じなかった20年前から殆ど進化していないかのようです。
浦和駅は1883年日本鉄道が現在の東北本線・高崎線にあたる鉄道の一部である上野 - 熊谷間を開業した際に開設された駅で、その当時、上野 - 熊谷間の駅は、上野・王子・浦和・上尾・鴻巣・熊谷のたった6駅しかなかったほど歴史的な駅なのです。そして更に県庁所在地とまでなった駅なのですが、何となく残念です。
まあ、唯一有名なのは、日本の鉄道駅で方角と地名のみの組み合わせで四方が揃っているのは浦和だけであるということ(東浦和駅・西浦和駅・南浦和駅・北浦和駅)と、浦和と付く駅が7つ(現在は8つ)ある(浦和駅・武蔵浦和・中浦和を加える)とTV番組で流れたことくらいでしょうか。

駅前ロータリーはやはりレッズが目に付きます。
レッズ看板
真ん中にはレッズ応援看板が立っていますし、商業ビルにはレッズのポスター等が多く見受けられ、いまや「レッズ」におんぶに抱っこ状態なのでしょうか。
更に伊勢丹をはじめコルソなどの西口やパルコなどの東口ともに再開発され、かつての文教都市の面影が少し薄れてきてはきていますが、全体的に中年のオバサン街といった風情です。
20年前は、その時の年齢でそれ程違和感がなかったのですが、20年経過した今でも違和感がないのですから徐々に中年化してるのでしょう。確かに大宮駅周辺と比べると、年齢的には20歳位違いがある感じです。どちらが良いとか悪いとかではないですが、家内は浦和の方が来易くなったと言ってます。

さて浦和駅前のロータリーに件の「浦和うなこちゃん」の銅像があります。
うなこちゃん像

浦和のうなぎは、江戸時代に中山道を通る旅人に提供したのが始まりです。
浦和は、うなぎの蒲焼発祥の地と云われその伝統の味が受け継がれています。
浦和うなこちゃんは、さいたま観光大使として活躍しています。
(現地碑文より)

そもそもこのキャラクターは2008年5月に旧浦和市の伝統産業であり、大宮の盆栽や岩槻の人形とともに、さいたま市の伝統産業に指定されている「浦和のうなぎ」を記念し、”浦和のうなぎを育てる会”のイメージキャラクターとして、漫画家の「やなせたかし」氏がデザインしたキャラクター「浦和うなこちゃん」です。
そして昨年の「うなぎまつり」に併せて2008年5月に除幕式が行われたそうです。石像は高さ1,2メートル、重さ約2,6トンの御影石で”浦和のうなぎを育てる会”が約150万円で製作して市に寄贈したものだそうです。
確かに「うなぎまつり」のポスターや「うなぎ弁当」の包装紙などにも印刷されています。
鰻弁当のうなこちゃん
さすがに「やなせたかし」氏ですから、関西方面の怪しいキャラとは違い、どこからもクレームの付きそうもない完璧なキャラでしょう。

更にこのキャラは観光大使にも任命されているようなのですが、現在このさいたま観光大使に任命されているのは13組(4団体、9個人)いるそうです。

1.漫画(文化):あらい太朗(漫画家、イラストレーター)・見沼区在住
2.うなぎ(文化):浦和うなこちゃん(「浦和のうなぎを育てる会」イメージキャラクター)・さいたま市を代表する食文化である「うなぎ」
3.サッカー(スポーツ):浦和レッドダイヤモンズ(プロサッカークラブ)・本拠地
4.サッカー(スポーツ):大宮アルディージャ(プロサッカークラブ)・本拠地
5.人形(文化):金子友紀(女流人形作家)・岩槻区在住
6.サッカー(スポーツ):川島永嗣(プロサッカー選手)・中央区出身
7.サッカー(スポーツ):球舞(フリースタイルフットボールチーム)・浦和区を拠点に活動
8.鉄道(文化):中土美智子(鉄道博物館職員)・大宮区在勤
9.盆栽(文化):山田香織(盆栽家)・北区在住
10.芸術:吉武大地(歌手)・中央区出身
11.音楽(文化):MARIN鈴(咲いたまつり2008「The登竜門」夢KANAユニットオーディショングランプリ獲得団体)・さいたま市民まつり
12.産業観光(経済):関根綾乃(さいたま小町、会社員)・大宮区在勤
13.産業観光(経済):永妻由奈(さいたま小町、大学生)・北区在住

任命の委嘱式に出席したやなせ氏は「うなこちゃんは無口なので僕が頑張らなければいけない」と冗談交じりに話されたそうですが、まあ、「アンパンマン」にでも登場すれば一躍人気者となるのでしょうが、そんなうまい話は無いですよね。
サッカー、鉄道博物館、盆栽などはすでに全国区ですから、「浦和のうなぎ」がこのキャラで全国区になれるかどうかは努力次第というところでしょうか。
因みに「浦和うなこちゃん」には、やなせたかしさんが作詞した「ウナギヌラヌラソング」という歌も存在するらしいでが…。

浦和駅からまた旧中山道に戻って南に向かいます。
この先の旧中仙道沿いには「調神社」があります。「つき神社」と読むのですが「月の宮」とかつて浦和にいた頃は呼ばれていました。
ですので知ってはいたのですが、ついぞ来たことがありませんでしたのでいい機会とばかりに訪れてみました。

この「調神社」には七不思議があるそうです。
その一つ目が境内に入る参道入口に七不思議の一つ「鳥居が無い」という伝説があるそうです。
調神社
単に境内に伊勢神宮への貢物を運び入れる時に邪魔になるので鳥居を建てないことにした、ということがその真相のようですが、面倒、或いはコストが掛かる程度のことでしょう。
ですが一応「鳥居の代わりですよ」的な石柱がありますので、それ程面白い都市伝説ともいえませんね。

鳥居もどきの近くに行くと第二の七不思議の「狛犬のかわりにウサギ像が置かれている」があります。
調神社狛兎
その理由は、「調=つき」を「月」と考え、ウサギを神の使姫とする習慣ということです。
確か「埼玉県栗橋の八坂神社」は狛犬の変わりに”狛鯉”が置かれていましたから、色々あって面白いんじゃないですか。
全国を探すとまだまだあるんじゃないでしょうかね。

横に由来書があります。

由緒略記
当社は天照大御神、豊宇気姫命、素盞鳴尊の三柱を祭神とする延喜式内の古社にして古より朝廷及び武門の崇敬篤く、調宮縁起によれば第9代開化天皇乙酉3月所祭奉幣の社として創建され、第10代崇神天皇の勅命により神宮斎主倭姫命が参向此の清らかな地を選び神宮に献る調物を納める御倉を建てられ、武総野の初穂米調集納倉運搬所と定めらる。
倭姫の御伝により御倉より調物斎清のため当社に搬入する妨げとなる為 鳥居、門を取り払はれたる事が起因となし現今に至る。(現地案内板説明文より)

「延喜式内の古社…」と言っているように、延喜式神名帳がまとめられた927年にはすでに存在していて、”式内”ということから式内社2861社のうちの1社であることが判明しているということです。しかし創建はそれよりずっと古く、第9代開化天皇の在任期間と考えると、紀元前158年~紀元前98年の間には創建されていたということとなります。大宮氷川神社の創建、紀元前473年には劣るにしても、2000年以上前のことですから歴史を感じないわけにはいかないでしょう。
但し明治時代での旧社格は県社ですので、それ程格式の高い神社ではなくなっているようです。
更に由来には「調物を納める…」とあるのですが、これは嘗て歴史で習った「租・庸・調」の”調”のことで、伊勢神宮に納める”調”を保管する倉庫が境内にあったのか、或いは保管する倉庫群の中に鎮座していたのかはよくわかりませんが、いずれにしてもそこから社名の「調神社」が命名されたようです。
そのため”調”の運び入れ等の邪魔になる為、鳥居を撤去し、更に時代は下がって中世に「調」と「月」が同じ読みから月待信仰にに結びついて「ウサギ」像に変わったと言う、ここでもとっても辻褄の合いそうな歴史が展開されます。
余談ですが、この”調”とは繊維製品を言うのですが、絹を納めるのが「調絹」、布(麻・葛など)を納めるのが「調布」で、現在の調布市はこの布を納めていたことから付いた都市名だそうです。

由緒書の反対側には文化財の一覧があります。

調神社の文化財

調神社旧本殿(建造物) 昭和53年3月29日市指定
一間社流造り、屋根は銅板葺きである。向拝の軒は唐破風で、身舎桁行1.80メートル、梁間1.50メートル、これに奥行1.30メートルの向拝が付く。棟札により、享保18年(1733)の建立であることが知られる。
扇面三十六歌仙絵(絵画) 昭和53年3月29日市指定
紙本墨書きで、料紙は金地扇面であり、三六面中十八面が現存している。寛文9年(1669)、将軍安泰などのため、近習4名が奉納したものである。
神輿鳳凰(工芸品) 昭和53年3月29日市指定
神輿の頂につけられていた鳳凰で、鍍金した銅板で組み立てられている。高さ48.5センチメートル、翼の広がり36.55センチメートルで、全体的に簡素であり、室町時代の作である。

調神社扁額(書跡) 昭和53年3月29日市指定
ケヤキ材で、縦93.2センチメートル、横57.1センチメートル。正面に楷書で「調神社」とある。金箔が押され、享和2年(1802)に松平定信によって書かれたものである。
調宮縁起(古文書) 昭和53年3月29日市指定
紙本墨書。寛文8年(1668)9月、玉蔵院十二世寂堂が撰した。式内社である調神社の創建、祭神をはじめ、中世末期の荒廃、徳川家光の社領寄進などが記されている。
調神社の境内林(天然記念物) 昭和45年3月10日市指定
ケヤキやムクノキの大木を主とする落葉広葉樹の古木林である
昭和60年10月 浦和市教育委員会・調神社
(現地案内板説明文より)

中世末期に荒廃していたなどとは興味深い記述ですね。
境内を奥に進むと様々な建物があります。
右手の方には手水舎や境内社の「調宮天神社」「金毘羅神社」があります。
鳥居
「金毘羅神社」の前には別の参道があるのですが、こちらには鳥居がありますので、当然のことながら七不思議は話としては面白いと言うことです(誰もがそう思っている、確かに)。
また、丁度正面には神楽殿があり、今年の干支である丑の大きな絵馬が下げられています。
神楽殿
大宮氷川神社でも神楽殿に同じような物がありました。
左手には社殿があり、重厚感あふれる拝殿です。
社殿
とりあえず参拝を済ませて境内を散策しました。

丁度裏手の方へ回れる道があるので、道沿いに進んでみました。
なんともウサギの噴水のある池がありますが、ここも七不思議の一つで「御手洗の池の魚は片目になる」という曰くつきの池です。
御手洗の池
たまたま怪我した魚がいたのでしょうかね。
それにしても池で遊ぶウサギ…、想像出来ない光景です。
途中には意味の判らない像もあります。
謎の像
古代人…?でしょうか。
更に先には碑が立っています。
長谷川かな女の句碑
これは旧浦和市に在住していた俳人・長谷川かな女の句碑だそうです。
「生涯の影ある秋の天地かな」と刻まれています。
長谷川かな女については別途100選に選定されていますので、別の機会に深く掘り下げたいと思います。

先に進むと赤い鳥居が一杯あります。
調神社旧本殿 調神社旧本殿
ここは旧本殿だったそうで、解説があります。

市指定有形文化財(建造物) 調神社旧本殿  昭和53年3月29日指定
調神社は「延喜式」にみられる古社です。
この建物は江戸時代中期の享保18年(1733)に調神社本殿として建立されたものです。
型式は一間社流造です。屋根はもとこけら葺きであったと思われます。規模は小さいが木割は「匠明」という書物に記されているものと一致し、本格的な設計のもとに建立された本殿といえます。また、各所にはめ込まれた彫刻も優れており、特にうさぎの彫刻は調神社と月待信仰の関係を知るうえで責重です。
なを、現社殿が建立された安政年間までこの本殿が調神社本殿として使われていました。
昭和53年10月 調神社・浦和市数育委員会
(現地案内板説明文より)

先ほど少し触れましたが月待信仰とは文字通り月を信仰する考え方です。
日待信仰が太陽を拝む(特に初日の出は現在でも行われている)のと同じように、二三夜などで月を拝むことです。結局月が神ならその使いが「うさぎ」って言うことです。
ここでも辻褄あってるじゃないですか。
そんな意味で旧本殿は確かにウサギの彫物が多いのです。
調神社旧本殿

そこからグルッと北側に向かうと林があり、ここが天然記念物の境内林となっているようです。
天然記念物の境内林

市指定天然記念物 調神社の境内林 
昭和45年3月10日指定
調神社は延喜式神名帳にみられる古社で、その創建は奈良時代以前とも考えられます。
1.2ヘクタールの神社境内は、ケヤキを主とする落葉広葉樹林となっでおり、これ等の大部分は樹齢数百年というもので、県内でも例をみない古境内林を構成しています。
調神社の近辺は、中世大調郷と称されていて、神社名や郷名とツキノキとの関係も断ちがたく、歴史的な意味を含めて、きわめて保存価値が高い境内林といえます。
また、この境内林は古くから注目されていて、文献にもみられます。
昭和58年12月 調神社・浦和市教育委員会
(現地案内板説明文より)

「神社名や郷名とツキノキとの関係も断ちがたく…」などといわれると興味が沸いてくるのですが調べる術も無く、残念です。
一回り境内をぐるっとまわってみたのですが、まだ七不思議が残っていましたね。
四つ目は「松の木がない」。
一説に弟神須佐之男命が大宮へ出かけ、なかなか戻って来ないので姉神の月読命が「もうまつのはいやじゃ」といったのがその理由とのこと、って完璧にすべってます。
五つ目、「日蓮上人駒つなぎのケヤキ」がどうしたって?
六つ目、「ハエがいない」。七つ目、「蚊がいない」…。
とりあえず七不思議ということで拝聴しておきますが、徐々に興味がなくなってくるような、ちょっと残念な都市伝説に個人的には思えるのですが。

歴史的には非常に興味深い神社でした。
しかしながら最後に辻褄が合わなくなってきましたようですが、「うなぎ」と「うさぎ」、一字違いのキャラクターでどちらも浦和を背負って立つ、ということで辻褄があったような気がします。

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