秩父のしゃくしな漬

実のところ本書では【八幡神社の鉄砲まつり】【秩父のしゃくしな漬】の他にもう一つ【小鹿野歌舞伎】がランキングされています。
今回の小鹿野町行にはこの3つを同時に楽しんでしまおうとの計画だったのです。
小鹿野町はそもそも歌舞伎の町を標榜しており、年に数回まつりなどの時に上演されるのです。今回の【八幡神社の鉄砲まつり】でも上演されることになっています。
そんなことで、PM1:00で昼食をと思ったのですが、歌舞伎上演がPM1:00から八幡神社であるのでとりあえず神社に向かうことにしました。
ほんの10分程度でしょうか八幡神社に到着し、小学校の臨時駐車場に車を停めて神社を目指しました。
雨は大分小降りにはなってきましたが、残念ながらまだ小雨は降っています。臨時駐車場の小学校の校庭は朝からの雨でぐちゃぐちゃ、今日下ろしたばかりのスニーカーがドロドロと家内は文句を言っていますが、そんなことは知ったことでは無いとさっさと参道へ向かいました。

参道に出るとお祭りの定番の屋台が並んでいます。
八幡神社
香ばしいかおりにしばし空腹感が襲ってきますが、じっと我慢で境内の方へ。途中大きな鳥居と大きな幟があり祭への期待感を醸成しています。
参道の途中に祭りのパンフレットを配っていたので貰いました。
オフィシャルのパンフレットに祭りの説明があります。

小鹿野町・飯田 八幡神社例大祭 鉄砲まつり  埼玉県指定無形民俗文化財
祭りの由来
十二月第二日曜日とその前日、秩父路の祭暦を締めくくるかのように、鉄砲まつりは勇壮に、そして賑やかに催される。
古くは秋の収穫を祝う霜月祭りで、旧暦の十一月十五日に行われていた。
「鉄砲まつり」と呼ばれる所以は江戸時代、火縄銃の頃に遡る。豊猟祈願や猟師の試し打ちが起こりともいわれるが、起源は明らかではない。大名行列は、元文年間(一七四〇頃)当時の上飯田領主・旗本古田大膳が行列を仕立て、参拝したのが起源と伝えられている。
祭り一日目(土)
午後、祭りは役人と氏子の宮参り、そして笠鉾・屋台の上飯田地区内曳き回しで始まる。祭りの安全を祈って奉納される三番叟、屋台に芸座・花道を組み、上飯田の若衆によって上演される歌舞伎など、様々な伝統色で彩られる。
祭り二日目(日)
午前から祭典が行われ、境内の神楽殿では終日、神楽が奉納される。正午過ぎ、神社石段下に曳き付けられた屋台上で三番叟、歌舞伎が奉納される。この頃になると神社周辺は大勢の参拝客でふくれあがる。
夕刻、十万石の格式と二百七十余年の歴史を誇る大名行列が独特の所作で参道を進み、祭りの興奮は徐々に高まっていく。 参道の両側には、猟銃を携えたハンターや火縄銃保存会の人達。
---異様な静寂を突き破り、空に向けて一斉に放たれる銃火の中を、二頭のの神馬がそれぞれ参道から社殿までの急な石段を一気に駆け上る----。
轟音と硝煙に包まれて「お立ち」の神事は秩父路の祭りのフィナーレを飾る。
お立ちの余韻の中、御輿渡御・川瀬神事が厳粛に執り行われる。夜になると再び歌舞伎が奉納され、拍手喝采の終演とともに冬の夜空に打ち上げ花火が華やかな彩りを添え、祭りが締めくくられる。
(パンフレットより)

そのまま参道を進むと境内への少し手前に舞台が組まれています。
歌舞伎舞台
恐らくこれが、屋台に芸座・花道が組まれたものでしょう。
PM1:00を過ぎているのですが歌舞伎は上演されておらず、聞いてみるとどうやら朝からの雨で歌舞伎は中止とのことでした。
残念ながら、パンフレットのように神社周辺は大勢の参拝客でふくれあがることはなかったようです。
雨降りではしょうがありません。またの機会を楽しみにしましょう。

そこで一旦境内に上がることにしました。
八幡神社
手前に階段があり、この階段を御神馬が駆け上がるのだとしみじみ変哲も無い階段を眺めていました。
階段をあがり参拝をします。
八幡神社 八幡神社
結構古そうな社殿ですが、極彩色の彫刻などで飾られた社殿はそれなりに歴史を感じさせてくれます。
社殿の横に神楽殿がありますが中止なのか、それとも終わってしまったのか神楽は上演されていませんでした。
神楽殿の斜め前には御神馬が二頭いる神馬舎があります。
八幡神社
ちょうど昼時、御神馬も昼時なのか飼い葉桶を貪っていました。
ちょうど向かって左側の御神馬は「トカチホープー号」で3才のメス馬、右側の御神馬は「クシロキング号」3才のオス馬です。
御神馬は「トカチホープー号」 御神馬は「クシロキング号」
どちらも北海道産で現在は熊谷市弥藤吾に在住の滝沢萬吉氏がオーナーのようです。(これは特にお聞きしたのではなく、神馬舎にそう書かれていたのでその様に推測しただけです)
2頭の表面的な特徴は「トカチホープー号」は顔の真ん中に白毛があり、「クシロキング号」は白毛が無いことが見分け上の大きな特徴です。
所謂、道産子で古くから主に農耕馬として利用されてきた体重約800-1200kg前後の「ばんえい馬」の馬といえば理解しやすいと思います。
最も御神馬がサラ系やアラブ系だったら神道もトンでもな話になってしまいますが。
出番に向けて準備着々といったところでしょうか。我々も一旦昼食を取ってから改めて戻ってこようと境内をでることにしました。
風景
境内から参道を眺める景色も悪くなく、雨模様も返って山間の風景を厳かに見せる演出の一つとなっているようです。

299号を戻って小鹿野町中心部に戻ります。今日は結構寒いのでそばかうどんでも食べようかと、ちょうどおがの化石館から299号線に出る角に東京そば・大阪うどんとか書いてあった店があったので、ちょうど一往復ですが目指すことにしました。
屋号は《元六》というお店でした。中に入るとそれなりに小奇麗で、木の作りと民芸風なディスプレイが雰囲気を作っています。
元六 元六
メニューを見ると美味しそうな蕎麦・うどんがありますが、わらじカツ丼というのが名物だとチラシがあったので私は「わらじカツ丼セット」、家内はなべやきうどんを注文しました。カツ丼セットには蕎麦かうどんが付くのであったかい蕎麦をお願いしました。
出来上がってくると結構なボリュームです。
わらじカツ丼セット
丼にカツが2枚乗っていますが、手前がひれカツ、後ろの大きいほうがロースカツだそうです。蕎麦は東京蕎麦とあるのですが、藪のように色は濃くありません。野菜サラダと香の物、写真では見えませんがしゃくしな漬とたくあんが付いています。これは一石二鳥です。
わらじカツとしゃくしな漬が一緒に食べられるとは。

早速いただきました。
ソースベースでしょうか醤油でしょうか、甘い感じがあります。味は悪くないです。
肉が薄いので衣のサクサク感が残っています。
通常のカツ丼とは全く違いますが、確かこれと似たようなものを関西(大阪)で食べた気がします。勿論、こんなに薄く大きくはなく、普通のカツを揚げて醤油で煮ただけで卵で閉じないカツ丼だったと記憶しますが…。
以外とロースの方が行く深い味わいがあるのは油の関係でしょうか。
やはりカロリー気にしなければロースの方がヒレより美味しいと感じるのは貧乏人だからでしょうか。

セットなのであくまで蕎麦はかけそばですが、柚の香りがきいて爽やかです。神田の柚うどんを思い出します。
食べてみると、これは残念ながらコシがありません。家内の鍋焼きうどんはなかなかコシがあって美味です。選ぶならうどんでしょうか。
ただ全体的にいえることは、すべて”辛い”(しょっぱい・塩っ辛い)のです。
わらじカツも美味しいのですがかなり塩っ辛くごはんにタレの掛かっていない所を食べるとちょうど良いのですが、たれの掛かった部分と一緒に食べるのはちょっときついです。蕎麦にしても東京蕎麦ではあるが色は薄い、でも塩辛い、更に更に大阪うどんも色は薄いが味は塩辛い。
恐らく若い方なら何のことは無く美味しくいただけるのかも知れませんが、我々にはちょっと厳しい味付けでした。
このお店がそうなのか、地域的なものなのか判りませんが、私の母方の故郷は小鹿野それ程遠くない寄居です。
昔から我が家の食事は漬物などは当然のごとく、他のものも全て塩辛い料理でした。
「田舎はみんな濃い味付け」といわれて育ったので、そういったことも関係あるのかなと思い出しました。ただ、勘違いしないでいただきたいのですが味自体は結構美味しいと思います。
因みにこのわらじカツ丼セットで¥950とはなんともリーズナブルです。

箸休めの香の物で初めて「しゃくしな漬」をいただきました。
最初にほのかな酸味があって、その後にちょっと甘い感じの旨みが広がっていく感じです。
これはあくまでサッパリ系の漬物です。食感もシャキシャキして良い良い感じです。
初めて知って初めて食べたのですが、個人的にこれは旨いです。本当の漬物好きにはちょっと物足らないかもしれませんが、箸休め程度のレベルには大層美味です。
そこで、今回初めて知ったこの”しゃくしな”とは一体何者かを調べてみました。

そもそもこの”しゃくしな”は、正式名称「雪白体菜(せっぱくたいさい)」という野菜だそうです。
雪白体菜 《雪白体菜(C)社団法人 農山漁村文化協会》
元をただすと「雪白体菜」とはアブラナ科アブラナ属の植物で、アブラナ科とは4枚の花弁が十字架のように見えることから、昔は十字花科(Cruciferae)とも呼ばれ、十字架状の花弁と、細長い(種によっては扁平なうちわ型の)角果が特徴の植物だそうです。
そしてアブラナ属はアブラナ科に属し、所属種が極めて多く野生種だけで30種を超え、農業や園芸分野では多様な栽培種が知られていて、利用法も幅広く、葉や茎が野菜、根が香辛料、花は観賞用、種子は香辛料のほか、植物油の重要な原料となります。
このアブラナ科の野菜は現在日本の野菜消費量の大部分を占めているそうで、1.アブラナ、2.大阪白菜(おおさかしろな)、3.カブ、4.からし菜、5.カリフラワー、6.キャベツ、7.京菜、8.クレソン、9.ケール、10.小松菜、11.コールラビ、12.搾菜(からし菜の変種)、13.山東菜、14.すぐき菜、15.タアサイ、16.カイワレダイコン、17.大根、18.タイサイ、19.高菜、20チンゲンサイ、21.唐菜(とうな:ながさきはくさい)、22.薹菜(とうな:ミズカケナ)、23.菜の花、24.野沢菜、25.白菜、26.パクチョイ、27.二十日大根(ラデッシュ)、28.日野菜、29.広島菜、30.ブロッコリー、31.ホースラデッシュ、32.水掛菜、33.ロケットサラダ(ルコラ)、34.芽きゃべつ、35.わさび、など現在35種程度あるそうです。
そしてこれ等のアブラナ科の野菜は、若芽、つぼみ、葉、根等が食用とされ、ハクサイ、キヤベツ等の葉菜、根菜としてはダイコン、カブ、花菜としてはカリフラワー・ブロッコリーなどに分けられ、このうちの食用としての代表的な葉菜(ハクサイ・キャベツなど)は更に以下の3種類に分類されるのだそうです。

白菜 1.結球タイプ《白菜:(C)愛知みなみ農業協同組合》
葉先まで重なり合って結球(丸くなっている野菜)しているもので、所謂、白菜やキャベツなどがこれにあたります。

山東白菜 2.半結球タイプ《山東白菜:(C)農畜産業振興機構》
胴の部分がしっかり締まっていて葉先が開いているものです。
葉肉が薄く柔らかいため、長く漬けても酸っぱくなりにくく以前は漬物用として関東で使われていましたが輸送に不便なこと貯蔵性が悪いことなどが原因で最近ではあまり見られないそうです。
代表的なものに”山東白菜”があります。

チンゲンサイ 3.不結球タイプ《チンゲンサイ:(C)レタスクラブネット》
全く結球せず、根元から葉先に向けて、フワッと広がっているものです。
代表的なものにチンゲンサイなどがあります。

そして、この半結球・不結球タイプ(所謂結球タイプ以外)葉菜類の総称が漬菜類(ツケナ類)と呼ばれ、主に漬物に用いられることからこう呼ばれだしたそうです。これにはコマツナ、カラシナ、ミズナ、タカナ、ノザワナ、タイサイなどがあります。
更に、この漬菜類(ツケナ類)は、大きくツケナ(Brassica campestris)とタカナ(Brassica juncea)の二つのグループに分類されます。
ツケナの発祥はヨーロッパだそうで、特にバルト海沿岸諸国の海岸に自生していたそうですが、ヨーロッパでは葉菜としての利用は殆ど広がらず、ツケナは中国で改良され、発達しました。
2世紀の中国でツケナの記録があり、随(6世紀)の時代には、種から油を採る苔(ウンダイ:菜種)と葉を食べる菘(ツケナ)とが完全に別れていたそうです。そして唐(7世紀~10世紀)時代には、白菜、紫菜、連花白などの品種名が記録に残っていたそうです。
一方、タカナの原産は諸説あり、イラク南部や中央アジア、アフリカ・エチオピア高原などとも言われています。栽培はギリシャ・ローマ時代に遡り、その後ツケナよりかなり遅れて中国に伝わりました。
そして、古事記に”菘”の記述があり、「アオナ」と呼んでいます。平安時代には”菘”を「タカナ」としており、江戸時代には次々とツケナ・タカナの仲間が日本に入り、平茎菜、白茎菜、唐菜、オランダ菜などの記述があります。
そして、明治になり結球性のハクサイが日本に入ってからは、漬物野菜の王座を奪われましたが、各地の特産漬物として生き残ったのでした。

それらの種類は以下の通りです。
ツケナの種類
(1)広島ナ、大阪白ナ、山東菜、マナなど不結球ハクサイのグループ
(2)丹波ナ、ミズカケナ、早生ナタネなどナタネグループ
(3)コマツナ、野沢ナ、日野ナ、クキタチナのようなカブナ類
(4)キョウナ(京菜)ミブナ(壬生菜)のキョウナ類グループ
(5)キサラギナのグループ
(6)シロナ、タイサイなどタイサイ類

タカナの種類
(1)黄ガラシナ、葉ガラシナなどカラシナ類
(2)根ガラシ、銀糸芥などのグループ
(3)大阪タカナ、長崎タカナ

そして、冒頭の「雪白体菜」は”ツケナ類の(6)タイサイ類”の一品種なのです。
このタイサイ類はもともと中国揚子江中流域以南で栽培される大衆野菜で、茎が長いのを長梗、短いのを短梗、白いのを白梗、緑のものを青梗などと呼ぶそうです。日本には明治時代に長梗で茎の白い系統のものが導入され、その後、第二次世界大戦前にも白梗系のものが導入されました。
その後、1972年の日中国交回復後に青梗系も導入されたことにより、農林水産省は白いのをパクチョイ、緑のものをチンゲンサイ(青梗菜)と呼び分けるよう取り決めたそうです。
そして、このパクチョイ(白菜)の別名を小白菜、シャクシナ(杓子菜)、ホテイナ(布袋菜)、サジナ(匙菜) などと言い、パクチョイ(白菜)の品種として、「雪白体菜」「二貫目体菜」があるのです。
別名のシャクシナ(杓子菜)は文字通り茎と葉の形が飯を盛る杓子(しゃもじのこと)に似ていることから「杓子菜」(しゃくしな)とも呼ばれるようになり、これを漬けたものを「しゃくしな漬」と呼んでいるのです。
因みに、江戸川区葛西地区の特産の”つまみ菜”は、雪白体菜(せっぱくたいさい)の若い芽をつんだもので、かつてはダイコンやコマツナを栽培する時に間引いた芽を売ったそうですが、今は”つまみ菜”にするために雪白体菜を栽培しているそうです。

このような「雪白体菜」を何故秩父地方で使うようになったかというと、当時漬物、所謂保存食としては大根が主力でしたが、秩父地方では冬の寒さが厳しい典型的な内陸気候で、土壌が粘土質や石間のため長大根の生育が難しいために、気候と土壌に合う野菜、「雪白体菜」が使われ定着したという理由のようです。
しゃくしな漬
8月下旬から9月上旬に種まきをして、10月末から12月の初め、霜が降る頃になると収穫し樽に漬け込みます。
そして、それぞれの家庭でしゃくしな漬を作るのが秩父の晩秋の風物詩で、しゃくし菜が漬けあがり町のあちらこちらから秩父屋台囃子が聞こえてくるようになると、秩父っ子たちは夜祭の準備をはじめるそうです。
しゃくしな漬はそんな秩父の冬の到来を告げる漬物なんですね。

現在では、この「しゃくしな漬」は埼玉県のふるさと認証食品に認証されています。
これは、埼玉県産の農産物を主要原材料とし、埼玉県内で生産されている優良な食品を選んで、県がその品質や表示等についての特別な基準(認証基準)を定め、この基準に適合する製品を認証する制度です。
この基準は、
1.主原料が全て埼玉県産、2.埼玉県内で製造、3.食品添加物を極力使用しない、の以上の3点が主な基準だそうです。

現在”しゃくしなの漬物”としては、ちちぶ農業協同組合の「ちちぶ菜漬」と石川漬物の「しゃくしな漬」他の4種類が認定されているそうです。
現在では県内で広く販売されており、さらに通販でも購入できるようですので食べたければ常に食べられる状況にあるようです。
一度食してみても損は無いと思います。

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