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銘菓「五家寶」

加須手打ちうどん顛末を終えて、帰りがけにお土産を購入しました。加須名物『五家寶』です。
武蔵屋本店
創業は文久2年とありますので1862年で、寺田屋事件や生麦事件が起こった年で約140年前の創業した武蔵屋本店という店舗です。
個人的にこの五家寶はかなり子供の頃から食べていて、祖父が熊谷の生まれという関係で親戚が来たり、行ったりする時には、かならずこの五家寶がお土産だったのです。ですから五家寶は良く知っていてもてっきり熊谷の銘菓だと思っていました。
この辺の由来もかなり面白いので掲載しておきましょう。

五家宝五家宝 五家宝誕生説

  1. 水戸説-Ⅰ
    水戸光圀の頃創製されたといわれる水戸の銘菓「吉原殿中」をまねて、群馬の一菓子商が「五ケ宝」を創製し、売れ行きが極めてよかったため、大里郡玉井村(現熊谷市)の高橋勝次郎が知り、これをまねてこの地で製造販売したのが始まり。
  2. 水戸説-Ⅱ
    文政年間(1818~1829)、水戸藩から忍藩に移り、成田用水の水役人を勤めていた水野源肋が武士をやめ、中山道沿いに駄菓子屋(茶店)を開いた。その際、故郷の銘菓「吉原殿中」を参考にして干菓子「五嘉棒」を作って売り出した。
  3. 群馬説
    享保年間(1716~1735)、上州邑楽郡五箇村(現群馬県邑楽郡千代田町)の人が初めてこれを作り、地名に因んで五箇棒と名付けて売った。
  4. 茨城説
    今から150年前、利根川の氾濫に見舞われた利根川河畔の五霞村(現茨城県猿島郡五霞町)の一老婆が、干飯を食べるのに水飴で甘味をつけた黄粉にころがして食べたのが始まり。
  5. 熊谷説
    大里郡奈良村(現熊谷市)の名主吉田市右衛門は、天明3年(1783)の飢饉の際、倉が焼けたので焼き米を出して地元民に与えた。その後江戸の菓子商を呼び、これ(焼き米)を用いた干菓子を作らせたところ、五家宝を創案した。
  6. 加須説
    150年ほど前、印旛沼(千葉県)のほとりに生まれ、武蔵国不動岡に住み着いた鳥海亀吉は、利根川の大洪水の際、干飯を蒸し、黄粉に甘味をまぶし、棒状にした菓子に五菓棒と名付け、文化年間(1804~1817)に売り始めた。

1.2説はいずれも水戸の菓子「吉原殿中」を起源とするものです。2の水野源助は熊谷市の菓子店「水戸屋」の初代であり、熊谷五家宝の創始ともいわれる人物です。
3.4説に共通するのは「ごかむら」という音と「利根川河畔」ということです。両者が混在した説もあり、同じ話であった可能性もあります。
6説は4説に非常によく似ています。鳥海亀吉は加須(不動岡)五家宝の祖といわれています。

そして当然のように熊谷では2の水戸起源説Ⅱが、加須では6の加須起源説が優位に立っているようです。
事実、武蔵屋本店の由来書には「熊谷より10年早く売られた」と書いてありました。いづれにせよ五家寶は子供の頃から慣れ親しんだ懐かしい味のお菓子なのです。

参考:紅葉屋本店 http://www5b.biglobe.ne.jp/~momijiya/
(残念ながら武蔵屋本店のオフィシャルサイトがなさそうなので、熊谷の老舗のサイトです。)

これこそ悲喜交々とでも言うのでしょう。
最後にせめて加須まで来たのだから帰り道の東北自動車道・加須インターチェンジ近くの「浮野(うきや)の里」による事にしました。
「浮野(うきや)の里」とは、加須市のほぼ中央部にある「浮野(うきや)」を言い、氷河期に形成された谷(地下谷…現在は地下水脈となっている)の上に、低温なので腐りきらない植物(泥炭)が何層にも重なって浮かんでいる状態の湿原です。
昭和22年の利根川決壊による洪水時には、この部分だけ浮上したことが確認されていて、文字通り「浮野」なのです。
ここには、地下水脈による冷温により、関東地方ではほとんど絶滅した高原生植物「トキソウ」などの希少植物が自生しており、「浮野」とともに「加須の浮野とその植物群」として埼玉県天然記念物に指定されています。

この「浮野」周辺の多門寺・北篠崎地区は、昔ながらの“武蔵野の面影”を残す美しい田園地帯であるとともに、新田開発の名残をとどめる田堀、クヌギ並木、屋敷林等の貴重な自然や歴史的資源が残されており美しい景観を形成しているそうで、6月には「浮野の里・あやめ祭り」などが開催されるそうです。
加須の浮野 《浮野の里・あやめ祭り:(C)浮野の里》

ちょっと人里はなれたわかりにくい場所でしたが、駐車場の案内がありひとまず駐車して「浮野の里」に向かいました。
時期的な問題なのか天候の問題なのか(今にも一雨きそうな天気だった)人は一人もいませんで、非常に寂しい雰囲気でした。
加須の浮野
入り口から入るとあずまや風の休憩所があり、その横に県ふるさとの道に指定されたクヌギ並木が続いています。

クヌギ並木に向かうと並木道のとばくちに工事用のバリケートが置いてあり、張り紙が貼ってありました。
加須の浮野
「立ち入り禁止! スズメバチ飛来につき危険」だそうでその先には進めないってことだそうです。
本当ならきれいな並木道なんでしょうが。
まさに最後まで悲喜交々・・・,でもなかなか味わい深い散策でした。

2008.10.02記

※2009.5.14加筆:【加須のジャンボ鯉のぼり】で再びこの地を訪れ、加須うどんに挑戦しました。

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