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大宮氷川神社 参道

「さいたま新都心」駅に降りたのが10時半過ぎくらいだったでしょうか。
そもそも「さいたま新都心」駅は国鉄の大宮操車場跡地を再開発した「さいたま新都心」へのアクセスのために2000年に開業した新しい駅です。
東口は”コクーン新都心”が駅前に展開されていて、西口は”さいたまスーパーアリーナ”や”さいたま合同庁舎”などがメインとなっています。
東口からが近いのですが、”コクーン新都心”には買い物やシネコンのMOVIXに良くきているので、あえて西口から廻ってみました。

改札から近未来的な東西自由通路を西口に向かい階下に降りると”さいたまスーパーアリーナ”です。
さいたまスーパーアリーナ
今や埼玉の誇る多目的ホールと言っても良いでしょう。漠然としたイメージですが結構稼働率はいいのかもしれません。また、一緒に”ジョン・レノン ミュージアム”もあるのですが、アリーナもミュージアムも仕事の関係で何度が来たこともあるので、ここは流しますが、それにしてもアリーナ周辺は休日でイベントが無い日はまるでゴーストタウンのような雰囲気で、テレビの撮影などがこの近辺で多いのが理解できます。
アリーナから東口へはちょうどアリーナから付き出ていて線路を横断するアーチ形式の橋を利用しました。
アリーナ側から近くに来ると「ほこすぎ橋」と書かれていました。
ほこすぎ橋
歩行者と自転車限定の橋のようですが、橋の中央に樹木が植えられています。
右手側には「さいたま新都心駅」の東西自由通路が見えます。
東西自由通路
「ほこすぎ橋」を渡ったところに説明板がありました。

大宮ほこすぎ橋
橋名の由来
橋梁の名称については、本市の歴史をひもとき、時代に流されない名称が望ましいと考えました。
本市の歴史と文化を代表する氷川緑道の並木については、明治~大正~昭和初期において、「杉」が主であったとされています。 また、昭和9年に作られた「大宮をどり」にも「・・・並木十八鉾杉つづき・・」と詩い込まれており、杉並木が現在の緑道の原点であったことがうかがえます。
本橋が新都心と大宮市を繋ぐ「辻」に位置し、緑道の並木が古くは杉であったことから、「大宮ほこすぎ橋」としました。
平成13年3月 大宮市長 新藤享弘
(現地案内板説明文より)

歴史や伝統を紐解き、安易に時代に流されない名称、と言う基本コンセプトは大変いいことです。ただ、時代に流されないのは結構ですが、時代に乗れない名称もどうかと思います。
「東京ベイブリッジ」「レインボーブリッジ」など確かに安易だし時代に流されやすいかもしれませんが、時代に乗って多くの注目も浴びています。安易にウケを狙えとは言いませんが、現実的に、この「ほこすぎ橋」の名称は親しまれているのでしょうか。
そもそも橋のコンセプトが、『新都心「けやきひろば」の緑空間とさいたま市の歴史的・文化的資産である氷川参道を繋ぐ《緑の回廊》』とあり、県の木も、大宮市及びさいたま市のどちらの時の市の木も「けやき」なのに何故、歴史といえども「杉」を使わなければならないのか。しかも、茨城県の指定天然記念物に”鉾杉(ほこすぎ)”があるにも関わらず…。
また、2003年に土木学会デザイン賞・優秀賞を受賞した素敵なデザインの橋梁に、華麗さも重みも無い無粋なネーミング。まるで”もこみち”みたいな橋です。(そういうニュアンス感じるのですが)そんなことを考えると本当に市民に親しまれているのか甚だ疑問ですが、改めて”駄、埼玉”にならないことを祈るばかりです。
正月から”人生幸朗”やってしまいました…(反省)

さて、気を取り直して「大宮ほこすぎ橋」から氷川神社参道を眺めると、僅かに「一の鳥居」が見えます。
一の鳥居
橋を降りて「一の鳥居」に向かいます。
朱の大きな鳥居が聳えています。
一の鳥居
両脇にはいつのころのものなのでしょうか石塔が置かれています。
左手のちょっと離れた場所に生垣に囲まれて「武蔵国一宮」と掘られた石の社号標があります。
社号標
一宮についてはジャンルAの【冬桜の城峯公園】のなかで二宮である金鑚神社の中で触れています。

当時の武蔵国の神社は、延喜式神名帳によると大社2座2社・小社42座の計44座が記載されていて、大社は足立郡の氷川神社と児玉郡の金佐奈神社(現 金鑽神社)で、どちらも名神大社に列しているそうです。
更に、武蔵国の総社は大國魂神社(東京都府中市宮町)で、別名・六所宮と称し、武蔵国内の一宮から六宮までの祭神が祀られていました。

一宮 小野神社(東京都多摩市一ノ宮。主祭神:小野大神=天下春命)
二宮 二宮神社(東京都あきる野市二宮。主祭神:小河大神=国常立尊)
三宮 氷川神社(埼玉県さいたま市大宮区高鼻町。主祭神:氷川大神=須佐之男命、稲田姫命)
四宮 秩父神社(埼玉県秩父市番場町。主祭神:秩父大神=八意思兼命、知知夫彦命)
五宮 金鑽神社(埼玉県神川町二宮。主祭神:金佐奈大神=天照大神、素盞鳴尊)
六宮 杉山神社(比定社が複数あるが、多くは横浜市内に集中する)

上記のように、一宮は元々は小野神社でしたが、氷川神社が一宮と称されるようになってからは、五宮の金鑽神社が二宮とされるようになり、さいたま市緑区宮本の氷川女體神社も元は氷川神社から分かれたもので、江戸時代以降一宮とされるようになったそうです。

さいたま市の前の大宮市の”大宮”は、本書の説明にもある通り、氷川神社を「大いなる宮居(ミヤイ)」とあがめたことに始まるそうですが、平安時代の「延喜式神名帳」に記載されているくらい格式の高い古社であったといわれるのも頷けます。
それだけ由緒ある神社で重みのある一宮と言えるのでしょう。

ここからは「一の鳥居」を潜って参道を歩きます。
「一の鳥居」~大宮中央通り交差点までは参道でも自動車の通行が出来ます。
表参道
ちょうど大宮中央通りは大宮駅ロータリーから高島屋の前を通り大宮区役所前を通るメインストリートといっても良い道路なので、交通量などを考えると参道の車両通行もやむをえないことでしょう。一応歩道もあるので歩けない訳でも無いですし。まあ、若干風情が無いかなと思える程度で、参道の周辺が民有地であることも原因の一つでしょうが、並木の樹木と和風の街灯でなんとか風情を台無しにしないよう工夫されています。
やがて大宮中央通り交差点に差し掛かります。ここまでが参道のほぼ半分の1Kmだそうです。
大宮駅から来るとここから参道に入り氷川神社を目指すことになります。

交差点を超えると参道の右側に半円の大きな石に「平成ひろば」と彫られた標石があり、ここから車両は通行できなくなり並木の樹木の外側を車両が通行できる道路となります。
平成ひろば 遊歩道
さて、この「平成ひろば」ですが、一体どんな広場なんでしょうか。

終戦直後、大宮駅東口に立地していた所謂ヤミ市が、昭和22年に進駐軍の撤去命令により、市、大宮警察署、氷川神社の三者の合意によりこの参道周辺に移転されました。そのヤミ市跡が最近まで残されていたのですが、それらの殆どが木造の老朽化した建物が密集していたため居住環境を悪化させると同時に樹木の保存状態も良くなかったそうです。
そこで、この参道周辺を整備しようとしたのが昭和60年度から始まった「氷川地区整備事業」です。その内容は、不良住宅等の建物を撤去し、その跡地に緑地及び道路を整備しようとするもので、参道の中央を遊歩道(幅6m)として御影石を敷き詰め、その両側にケヤキや、しいの木を主体とした緑地帯を設け、散策路やせせらぎを造成するというもので、平成元年7月に「平成ひろば」として竣工し、戦後のヤミ市は市民の憩いの場として生まれ変わった訳です。
私の子供のころ(昭和30年代後半)、本来のヤミ市とは意味も内容も違いますが、形態と名称だけが残っていた地区があり、それはそれで子供にとっても非常に魅力的な場所ではあった記憶があります。

この「平成ひろば」はあくまで参道ではありながら、御影石の通路と、その両側の緑地域と並木樹木が基本です。
平成ひろば 平成ひろば
ところどころに散策路と立て札のある、石庭(ホテルじゃ無い)を思わせるスポットがあります。なかなか凝った造りではあるのですが、いくら「ひろば」で「アルディージャ」本拠地と言ってもサッカーやることは無いだろう、って”人生幸朗”また始まりそうなので、ここはグッと我慢です。
「平成ひろば」の終わりころには「二の鳥居」が見えてきます。
ちょうど「平成ひろば」は、県道2号線(さいたま春日部線)との交差点で終了です。

交差点の手前に大きな石碑があり、”氷川神社”と彫られてありました。
氷川神社石碑
ちょうど交差点名も”氷川神社入口”とあります。
「二の鳥居」も朱の立派な鳥居です。
二の鳥居
この「二の鳥居」は、明治天皇とゆかりの深い氷川神社にと、明治神宮より寄贈移築されたもので、現存する木造の鳥居では関東で一番大きいと言われているそうです。
因みに本当の理由は、昭和41年7月22日明治神宮の大鳥居(現在の氷川神社の第二鳥居)が落雷破損したため新たな鳥居が昭和50年に明治神宮で竣功され、落雷した鳥居はいらなくなったので移設、昭和51年4月5日氷川神社に竣功されたそうです。ちょっと拍子抜けではあります。

ここからは一気に人通りが多くなります。まだ、新春そのもので初詣がてら訪れる人はまだ結構いるのでしょう。現に我々もそうですから。
また、ここから参道の両サイドに屋台が出ています。まだまだ、正月気分は抜け切れません。
「二の鳥居」を抜けると左側に案内板がありました。

大宮市氷川神社参道ふるさとの並木道
昭和五十五年三月二十五日指定
身近な緑が、姿を消しつつある中で、貴重な緑を私達の手で守り、次代に伝えようとこの並木が「ふるさとの並木道」に指定されました。
氷川神社は、武蔵一の宮として知られ、古くから人々の厚い崇敬を受けています。並木は、神社の歴史的、文化的遺産と一体となり、本県でも有数のふるさとを象徴する緑です。
並木の延長は、約二キロメートルに及び、ケヤキ・スダジイ・エノキ・クス等の多種類の樹種で並木が形成されているところに特徴があります。
今後も皆様の手でふるさとの並木道を守り、育ててくださるようお願いいたします。
昭和五十五年十月 埼玉県
(現地案内板説明文)

因みに、この指定の際に、30本の大木が市の指定文化財に指定されたそうですが、年々痛みが目立ち、指定文化財30本のうち5本は既に指定を解除されている他、樹木医などの診断により、養生を施してあるものもあるそうです。
また、その隣には氷川神社由来書もあります。

氷川神社
所在地 大宮市高鼻町四ノ一ノ一
氷川神社は、社記によると第五代孝昭天皇の三年四月未の日の創立と伝えられる。
当社は、古くから歴朝や武将の尊崇をあつめた由緒ある大社としてその歴史を誇っており、「大宮」の地名もこの氷川神社に由来することは衆知のとおりである。
古くは景行天皇のとき、日本武尊が東征のおり当地に足をとめて祈願され、また、成務天皇のとき、武蔵国造となった兄多毛比命が出雲族を引きつれてこの地に移住し、氷川神社を奉崇したと伝えられる。その後、聖武天皇(七二四~四九年)のとき「武蔵国一の宮」と定められ、ついで称徳天皇の天平神護二年(七六六)には、朝廷から武蔵国では当社だけに封戸(三戸)が寄進された。さらに醍醐天皇の延長五年(九二七)の「延喜式神明帳」には、名神大社として破格の月次新嘗の社格が与えられている。
このほか、鎌倉時代には、治承四年(一一八〇)に源頼朝によって社殿の再建と社領三千貫が寄進されたといわれ、足利、北条氏も相次いで尊仰した。その後、江戸時代の慶長九年(一六〇四)には、徳川氏より社領三百石が寄進され、また、文禄五年(一五九六)と寛文七年(一六六七)には社頭の整備と社殿の造営が行われている。
その後、明治元年(一八六八)東京遷都に際し、当社を武蔵国の総鎮守「勅祭の社」と定められ、明治天皇みずから親拝になった。同四年官幣大社となり、同十五年に本殿・拝殿などを改造し、さらに昭和十五年に本殿・拝殿・回廊などを造り変え、現在の景観となっている。
祭神は須佐之男命・稲田姫命・大己貴命。
例大祭は八月一日。そのほか神事の中で特に有名なのが十二月十日の大湯祭である。
昭和六十年三月 埼玉県・大宮市
(現地案内板説明文より)

ウィキによると、孝昭天皇3年は紀元前473年となり、倭奴国王印が1世紀中頃、卑弥呼が3世紀前半の人物、倭の五王が5世紀の人物たちということを考えると、氷川神社の創建が紀元前5世紀、ってどうよ、と言われているようです。
まあ、言ったモノ勝ち的なことは往々にしてあるし、誰も物証を出せとも言わないし、当然出せるはずも無いし、それはそれで浪漫あふれるものと思えば、また良しではないですかね。
ただ、いかにせよ書きすぎ。罰あたり覚悟で言うと、「皇室・有名人御用達のセレブ神社」的なCM見ているみたいですが…。

そして参道を更に進むと参道からちょっと離れた右側に人だかりがあり、行って見ると何やら香ばしい香りが。
これが噂の「氷川だんご」店です。
氷川だんご
朝食が遅めで、昼食時間にはまだ早いので、とりあえず味見ということで、ノリ付きとノリ無しの醤油団子を1本づつ購入。
氷川だんご
2本で¥200-です。
一言。「これは旨い、美味」
結構、参道脇とかの意味ありげな食べ物屋や土産物屋には”はずれ”が結構あるものですが、これは本当に”あたり”です。
所謂、醤油のみ(勿論隠し味とかはあるのかもしれないが)でもこんなに旨いものかと。さらに焼き加減が絶品です。通常この手の団子は全体的に硬いか、柔らかいかが多いのです。しかしここのは、表面はカリっとしていて中はモチモチ。いやあ、侮れませんね。しいて言えばノリ付きの方が更に香ばしさが増幅します。
しかも、ここでは2本で¥200-ですが、ノリ付きの場合、5本で¥380-(単価¥76-)、10本で¥750-(単価¥75-)と言う、こういった食べ物屋では珍しいスケールメリットがあるのもびっくりの良い感じです。まあ、店側にとってもCS向上とリピート客獲得には持って来いのマーケティングかもしれません。立ち寄って味見しても損は無いと思います。(別のメニューは知りませんが)
プチハッピーの後はいよいよ「三の鳥居」が近づいてきます。
この後は氷川神社の境内に入ります。

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