上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

盆栽村

博物館内で簡単な昼食をし大宮公園を出ました。 本日最後に向かうのは盆栽町です。
大宮公園から歩いても10~15分程度の距離で、東武野田線・”大宮公園”駅前がもう盆栽町です。
盆栽村街灯
駅前の商店街・・・ま、所謂メインストリートの街灯には「盆栽村」といロゴとアルディージャのチーム旗が下がっています。盆栽とJリーグとを新旧取り揃えた町をアピールしているのでしょう。
因みに「盆栽村」はこの周辺の総称、所謂ネーミングで、「盆栽町」はこのあたりの法令上の住居表示です。

駅前通りを進むと盆栽園がありました。
「芙蓉園」という盆栽園です。
芙蓉園入り口
ちょっと風情のある門塀から入ります。撮影は禁止とありますので、おそらく企業秘密的な盆栽もあるんでしょうかね。
因みに「芙蓉園」は昭和14年に開園し、現在2代目だそうです。
中はそれ程広いわけではありませんが、かなり多くの盆栽が置いてあります。盆栽のことは全く知りませんので、なんとも言いがたいのですが、結構、盆栽は美しいものなんだなあという感想です。
花の色が美しいとかという意味ではなく、何かバランス感覚的というか、表現手法的なイメージから美しいものと感じるのです。所謂アート感覚!?・・・かな、判りやすく言うと、って余計わかりにくい。
多分これって若い人がやると、より面白いものが出来るんじゃないかな、って思えます。勿論トンでもなものも含めて。 結構やると嵌るかもしれませんが、やるまでの一歩がきついかもしれませんね。それに価格的にも。
そんなことを考えながら20分くらいでグルッと一巡りしました。
白い幹と茶色の幹が混じっている盆栽って、かなりインパクトがありましたね。初めて見ました。

参考:【芙蓉園】 http://fuyo-en-hp.hp.infoseek.co.jp/

「芙蓉園」を出て次はど何処へと歩くとちょうど町の案内板がありました。
盆栽園案内板
なかなか案内板も綺麗な板で作られていて盆栽町の雰囲気にぴったり合った感じです。まあ、それにしても静かな町です。以外に車も通らないので余計静かです。
案内板を見て折角なので盆栽園をもう少し見て歩くことにしました。
次に向かったのは「松濤園」です。
松濤園
こちらは場所が狭いので、より小さな盆栽が主においてありました。やはり小さくてもそれなりに優雅であったり、気品があったり、何かそういったオーラ的なものがあるのかなあ、と感じさせられました。
更にもう一園「清香園」を訪れました。
清香園入り口
こちらは江戸時代からの歴史を持っているようで、もともとは台東区の根岸に在ったそうです。三代目の時に戦災を逃れて大宮に移り、現在は4代目だそうです。
入口は根岸の小料理屋を思わせるような粋な門塀で、中に入るとやはりかなりの数の盆栽が置かれておりました。
園内はリニューアル中とのことで園主の方でしょうか、作業をされていましたが、 「何かありましたら声をかけてください」と気さくにおっしゃられて敷居の高さが気にならない配慮がなかなかうれしいです。
まあ、それにしても大小さまざまなものがあるのですが、やはり結構良いお値段ですな。丹精込めた作品ですからしかたないでしょうが。
奥では盆栽教室も行われていました。何となく素人にも奥深さが伝わってくるようです。
盆栽と言うとちょっと爺臭く、それでいて敷居が高そうなかんじですが、以外と身近なもののような感じがしまが、 一度見に来ても悪くないと思います。
町自体も静かですし、ゆっくり散策などもできることでしょう。ちょっとした癒し効果があるかもしれません。

参考:【清香園】 http://www.seikouen.cc/index.html

「清香園」の隣に「盆栽四季の家」があり、案内板があります。
盆栽四季の家

氷川の森歴史散歩コース
盆栽村
大宮市を代表する文化の一つに盆栽があります。”盆栽村”は、大正12年の関東大震災後、東京の盆栽業者が理想郷を求めて移転して来たのが始まりです。
盆栽村に住む当初の条件として、1.盆栽10鉢以上持つこと、2.門戸を開放すること、3.2階屋は建てないこと、4.垣は生け垣とする事などが取り決められ、一味違った花と緑の別天地が生まれました。
現在は盆栽町に11件が門戸を開き、四季折々に訪れる人で賑わい、我が国を代表する盆栽郷となっています。盆栽村の特色は、日本全国の盆栽になりうる樹がほとんど揃っていること、プロの盆栽作家の集団であり、それぞれの作風を各園で楽しめ、世代を問わず好みにあった盆栽を楽しめることにあります。盆栽祭りや盆栽教室も開催し、今では世界中に愛好者を増やしています。
盆栽園を結ぶ道は「さくら通り」「けやき通り」「もみじ通り」「かえで通り」「やなぎ通り」と名付けられ、通りの名称にふさわしい樹木も植栽されています。
この盆栽四季の家は、盆栽園見学の休憩や各種の学習活動に広くかつようされています。なお、散歩コースの南は大宮公園・氷川神社を経て大宮駅へと続き、東は見沼代用水西縁沿いから市民の森方面に続いています。
さいたま市教育委員会
生涯学習部文化財保護課
(現地案内板説明文より)

「清香園」の歴史に台東区根岸から移転してきたとありましたので、他の園も恐らくそうなのでしょう。
それにしても面白い条件ですね。当時から風情を重視し人情的な計らいをするところなどは、さすがに東京・下町の心意気なのかもしれませんね。
現在盆栽は”BONSAI”として世界的に知られる様ではあるのですが、一方お膝元の日本では先細り傾向なのではないでしょうか。和服などもそうですが、実用的で手っ取り早いことから外れていくものは衰退していくようで、着物のビジネスに少し携わった私としては仕方ないことかなあと思いますが、残念な部分もあるものです。
最初にあった道案内看板にも通りの名称が書かれていましたが、その季節ごとに通るとかなり良い風情なのかもしれませんね。
付近の方は実に贅沢な風情を所有し、羨ましい限りです。

小奇麗な門をくぐって中に入ると大きく開いた玄関があり土間になっています。
盆栽四季の家土間入り口
土間の隣には囲炉裏がある部屋になっています。建物の隣にこの施設の管理の方がおり、そこにパンフレットがありました。

盆栽四季の家のご案内
”盆栽のふるさと”として、国内はもとより海外にも広く知られた盆栽村の一角に、自由に集い、くつろげる”心の憩いの場”として建設された盆栽四季の家は、他にあまり例をみない和風コミュニティ施設として多くの人々の来訪をうけています。
盆栽四季の家近辺には、氷川神社や大宮公園、市立漫画会館などがあり、当市ののなかでも緑豊かな、文化の香り高い地域です。
語らいの場、休憩の場ろして、盆栽四季の家をご利用下さい。
(パンフレットより)

一般的に言えば、公民館、或いは集会所といったところでしょうか。更に遠方からの見学者には休憩所として使用できる施設です。
勿論、町の風情にもマッチした和風施設ですので、ある意味この施設自体が観光資源ともなりうるのではないかと思えます。深谷市の【渋沢栄一】で訪れた”誠之堂・清風亭”のコンセプトに近いかもしれません。まあ、若干歴史的な意味合いは違いますが。
早速中に入ると土間から板張りの部屋があります。奥は畳敷きの和室があり、なかなか凝ったつくりです。
和室は有料だそうですが、PM6:00~PM9:30までが¥450ですから、ただみたいなものでしょう。会合とか茶会とかに使用されているようですが、季節的に良い時期にはもってこいの場所かもしれませんね。
奥の庭にモニュメントが置かれていますが、特に説明はありません。
奇怪なモニュメント
受付の方に聞いてくればよかったのですが、一体どのようなテーマのモニュメントなのでしょうか。実に妙なデザインです。

「盆栽四季の家」で文字通り一休みした後は、最後に「漫画会館」を訪ねました。
漫画会館
「盆栽四季の家」から歩いてホンの10分程度です。
「漫画会館」の前に案内板です。

漫画会館
所在地 さいたま市盆栽町一五〇
この会館は、大宮市が生んだ日本の近代漫画の創始者である北澤楽天(一八七六~一九五五)の偉大なる業績を記念するとととに、広く漫画文化の発展をはかることを目的としてその居宅跡に建設された施設である。
一階の楽天常設展示室には、楽天の作品原画、手紙、勲章、写真などが展示してあり、二階の特別展示室では、年に数回展示替えをして、現代漫画家の作品展示などを催している。
楽天は福澤諭吉に認められ、諭吉の創刊した新聞、時事新報(明治、大正、昭和初期まで発行していた有力な日刊紙)紙上で国際政治から子供向けまで広い範囲の漫画を書いていた。「漫画」という言葉も、それまでのおどけた絵とかポンチ絵に変わって楽天が使い始めたものである。
どうぞ「漫画」のルーツを御覧下さい。

▽入場 無料
▽開館時間 午前九時から午後四時まで
▽休館日 月曜日、祝日の翌日、年末年始、展示替えの時期

昭和六十年三月  さいたま市
(現地案内板説明文より)

正式には「さいたま市立漫画会館」ですが、はっきり言って北澤楽天のことは全く知りませんでした。
展示室内の楽天
パンフレットの説明にはこのように書かれています。

北沢楽天ストーリー
北沢楽天は、外国人向けの英字新聞社で西洋漫画の手法を学び、当時「ポンチ絵」「おどけ絵」と呼ばれ評価が低かった風刺画を近代漫画として確立させました。また、「時事漫画」や日本初のカラー漫画雑誌「東京パック」を創刊し、明治から昭和にわたり、庶民の生活や世相をユーモラスな漫画で表現し、日本の職業漫画家第1号として活躍しました。
(パンフレットより)

さいたま市のサイトの「北沢楽天物語」から少し引用・補足します。

●楽天は、明治9年に大宮宿の北沢家に生まれました。本名は保次(やすじ)といいます。
小さい頃から絵を描くことが好きな楽天は、19才のときに外国人向けの英字新聞社に入り、オーストラリア人の漫画家から西洋漫画を学び、「漫画」を描くようになりました。
●楽天が23才の時、福沢諭吉が起こした「時事新報」という新聞社に入社します。
新聞記事を分かりやすく伝えるため、絵画部員として新聞に絵を描きました。楽天が描く日曜版「時事漫画」は大人気で、当時「ポンチ絵」・「おどけ絵」と呼ばれていたものを「漫画」と呼ばれるようになりました。
●楽天は29才の時、日本初のカラー漫画雑誌「東京パック」を発行しました。ここで、政治や社会問題などをとりあげて注目され、たくさんの人々が楽天の漫画を楽しみました。楽天は、日本の職業漫画家第1号として活躍しました。
●昭和4~5年、楽天が53才の時、ヨーロッパを中心に世界旅行に出かけました。旅の途中に世界の人々の様子を描いて日本の送り、時事漫画の表紙になりました。パリでは、展覧会に絵を出品し、フランス政府から勲章が贈られました。
●日本に帰った楽天は、パリの絵画教室で学んだことを日本の若い漫画家たちに伝えようと「三光漫画スタジオ」をつくり、漫画と漫画家の育成に努めました。楽天は、スタジオに集まる多くの若者たちを温かく見守り、支援を惜しみませんでした。
●72才になり、生まれ故郷に戻った楽天は、漫画だけでなく日本画も多く描きました。今皆さんが目にしている新聞や雑誌の「漫画」の基礎を築いたのが北沢楽天なのです。
後に楽天が住んでいた家や作品は市に寄付され、いの夫人や弟子たちの努力が実って、「漫画会館」が生まれました。
(さいたま市オフィシャルサイトより)

職業漫画家第1号と「漫画」という言葉の生みの親と言うことをあわせて考えれば、北沢楽天の進取の気象とでも言えるのではないでしょうか。

参考:【東京パック(さいたま市Websaiteより)】http://www.city.saitama.jp/www/contents/1204700574347/index.html

会館の入口には碑が埋め込まれています。

漫画会館の記
北沢楽天先生は、大宮市に生まれ、岡本一平先生とともに、日本漫画会隆盛の礎を築かれた現代漫画の先覚であります。
本市はこの楽天先生の偉大な画業を顕彰するとともに、先生の意志を継いで、広く漫画文化の発展と向上を願い、ここ先生終焉の地にこの漫画会館を建設いたしました。
今後この会館が全国の漫画家、漫画を愛する人びとにたちに利用され、ここからあすの新しい漫画が生まれるなら望外の喜びであります。
昭和四十一年九月
大宮市長 秦明友

ここで出てきた岡本一平先生とは、明治~大正にかけて朝日新聞を中心に新聞や雑誌で漫画に解説文を添えた漫画漫文という独自のスタイルを築き、大正から昭和戦前にかけて一時代を画し、美術学校時代の同級である読売新聞社の近藤浩一路とともに「一平・浩一路時代」と評された方です。
因みにこの岡本一平の最初の妻が岡本かの子でその間に生まれた長男があの芸術家の岡本太郎です。

入館するとすぐ左側に北沢楽天の晩年の画室がそのまま保存されている”保存画室”があります。
常設展示室
奥に進むと常設展示室となっていて北沢楽天の遺品、作品、業績などが紹介されています。
漫画自体「ポンチ絵」などと違ってディテールのハッキリしたシャープな画風です。確かに現代漫画のルーツという言葉がぴったりです。
2階は特別展示室で、現在は”さいたま市民漫画展2008~入賞・佳作作品集”が展示されていました。
「漫画会館」は日本初の公立漫画美術館で、北沢楽天は旧大宮市の名誉市民第1号だそうです。
現在のさいたま市ならではの美術館として、もう少し知名度も上がっていくと良いですね。

氷川神社周辺めぐりももうPM3:30を過ぎていました。
何回か足を運んでいた氷川神社と大宮公園。初めて訪れた博物館と盆栽村。いずれにしても今回の大散歩で実に多くの見聞を得た気がします。
身近なところにも良いところが沢山あるのですね。こんなにのんびり静かなところが身近にあるとは思いませんでした。冒頭の《緑の回廊》も頷けるところです。改めて”埼玉の魅力も捨てがたいなあ”と思いながら、今回の大散歩はこれにて終了です。
帰りは大宮公園駅から電車で帰り、帰りがけに夕飯の食材をスーパーで買って、すっかり現実に引き戻されましたことを付け加えて終わりにします。

2009.1.24記

関連記事
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。