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はじめに

3月21日(土)に出かけた熊谷市妻沼巡りも、【妻沼聖天堂】【日本一のグライダー滑空場】を終わって最後の目的地「荻野吟子生誕の地史跡記念公園」へ向かうだけとなりました。
【荻野吟子】はジャンルDで10,936票を獲得して第2位にランクされています。
まずは、本書の説明です。

日本初の女医、荻野吟子は、1851(嘉永4)年俵瀬村(現在の妻沼町)に生まれる。18歳で熊谷の名家に嫁いだが婦人病のため離婚。
この病気で東京の順天堂病院へ入院、治療を受ける身になり、このとき女医の必要性を痛感したのが女医を志すきっかけであったといわれる。
1879(明治12)年東京女子師範学校を抜群の成績で卒業、さらに私立好寿院医学校で学んだ。
当時閉ざされていた女医への道を内務省に働きかけ試験をパスし、1885(明治18)年政府公許の女医第一号となる。
東京・本郷に産婦人科医院を開設するが、後にキリスト教に入信し、女性解放の先駆者として活躍、再婚して北海道に渡り瀬棚町で開業。1913(大正2)年63歳の生涯を閉じた。不屈の根性と愛を貫いた生き方は、渡辺淳一の小説「花埋み」や、三田佳子主演の舞台「命燃えて」などでおなじみ。

グライダー滑空場からは比較的目と鼻の先くらいの近さです。
菜の花満開の利根川堤通りを行くと、右側に「荻野吟子生誕の地」という案内板がありました。
それはそうと、「日本初の女医、荻野吟子」といわれてその存在を初めて知りました。
無免許(というより、特に免許の無い時代)の西洋医学を学んだ女医1号がシーボルトの娘、楠本イネというのは本で読んだ気がするのですが、正式な女医としての第1号が埼玉県民とはちょっと誇れる話かもしれません。また、本書の説明で、小説や舞台化もされているようですので、自然興味も高まります。

map熊谷市オフィシャルサイト】 http://www.city.kumagaya.lg.jp/

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