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渋谷でフェルメール #1

JR渋谷駅を降りてから道玄坂を進みお馴染み109を右に進むとBunkamuraのある東急百貨店に到着です。
お昼になって徐々に人も多くなってきたのでしょうが、やはり日曜日は何となく街もまったりしている様に感じます。

フェルメール展

東急百貨店前の道標にもフェルメールの案内がでています。
東急百貨店
交差点を横断して東急百貨店に到着すると、ここにもまたフェルメールのフラッグが吊り下げられており、最後の一押しをアピールしているかのようです。
東急百貨店
百貨店の南側には「フェルメールからのラブレター展」と書かれたバナーが吊り下げられており、そのバナー沿いを進むと目指すBunkamuraとなり、頭上にはフェルメール展の大きなバナーが掲げられています。
東急百貨店 フェルメール展

このBunkamuraは1980年代の東急グループの戦略であった“Culture”(文化)、“CATV”(当時東急有線テレビ)、“Card”(東急カード)の頭文字をとった「3C戦略」に基づいて設立された㈱東急文化村が運営する1989年に開設された東急グループの施設です。
東急グループの文化戦略の中核を担っていることから、“発表、創造、出会いの場”をコンセプトにコンサートホール、劇場、美術館、ミニシアターの各施設とカフェやショップなどから構成されています。
特にメインのコンサートホールは「オーチャードホール」と呼ばれ、オープン当初から話題をさらいましたが、個人的にはクラシックのコンサートらが多いので一度も訪れたことはありませんでした。
そしてこの中の美術館で今回のフェルメール展が開催されているのです。

早速中に入りとBunkamuraの案内所があり、ここから地下に降りたところに美術館「ザ・ミュージアム」があります。
Bunkamura フェルメール展
まずは当日券¥1500円を購入して入館しますが、多少の行列がありましたが、前回の上野ほどではなく比較的すんなりと入館できました。
フェルメール展 チケット
当然、写真撮影はNGなのでここまでですが、後は雰囲気だけを書き綴ってみます。
フェルメール展 フェルメール展
前回東京都美術館で行われたときはフェルメール展としては7作品というかなり多い出品でしたが、それにプラスしてオランダの画家達の作品が数多く展示されていて、展示会を盛大なものとしていました。 今回はそれよりも少ない3作品ですから、如何に展覧会を盛り上げるのかが、個人的にはある意味見所でもあるのです。
そして題されたテーマが前述した「フェルメールからのラブレター展」です。
前回の舞台裏でフェルメールの作品の要請は非常に難しいことを知りましたが、今回も同様に3点の作品がたまたま手紙に関する題材を扱った作品だったからなのか、元々このようなコンセプトで集めた作品がこの3点だったのかはわかりませんが、それにしても結構魅かれるタイトルをつけたものです。

17世紀オランダの手紙事情
当時はまだ「封筒」を使わずに、一枚の紙を折りたたみ、表面に送り先を書き込み、中面に本文をつづるのが一般的でした。蝋を炎で溶かし、紙の上にスタンプで刻印する「封蝋」を用いることによって、手紙を受け取る本人しか、それを開けることができない、つまり「個人文書」のやり取りが可能となったとされています。手紙のやり取りができるようになって、仕事のやり方、人との付き合い方などに劇的な変化が訪れます。
自分の気持ちを整理して紙にしたためるという行為そのものが、人々にとっては新しいことであり、感情や気持ちに対する意識にも変化があらわれたのです。
(パンフレットより)

日本では平安時代のころから木簡から和紙に文字を書くようになったのですが、やはり通信伝達手段としての手紙は同じように17世紀の江戸時代からのようで、経済取引の活性化と飛脚の普及によって書簡のやり取りが急激に増加したようです。
この当時の手紙に関するツールが描かれた絵画があります。
今回の展覧会にも出展されているエドワールト・コリエルの「レター・ラック」です。
「レター・ラック」 《レター・ラック》
上段右に羽根ペン、その左隣に取っ手が骨でできているレターオープナーがあり、中段の封書には赤い封蝋を見ることができます。そして下段左に封蝋用の赤いろうそくと、中央に大きさに違う2種類のスタンプが挟まれています。 これが当時の手紙を書く道具の一式なのです。
TVなどでは、指輪の紋章をスタンプにしている光景が見られますが、ハイソサエティらしくて中々渋いものです。
こうした手紙をコンセプトとしてこのミュージアムも4つのコーナーに分かれているのです。

第1章

最初のコーナーは「人々のやりとり-しぐさ、視線、表情」をテーマとした展示です。

人々のやりとり-しぐさ、視線、表情
仕事や余暇を楽しむ民衆の姿を描く風俗画は、日常生活そのままが描かれたように見えるが、大抵は画家のアトリエで考案されたものである。誘惑や罪の意識にかられながらも、飲み食いや会話を楽しみ、音楽を奏でる人々の絵は聖書の主題を描いた銅版画に起源を持つ。単に日常の正確な描写のように見える風俗画も、その多くが、オランダの諺や格言、道徳的なメッセージを示唆している。
画家も絵の購入者たちも道徳的な解釈をふまえつつ、散らかった家庭内の様子や売春宿の情景を楽しんでいたことだろう。宿屋の主人でもあったヤン・ステーンの作品はその好例で、彼の作品のタイトルは「酒場」「宿屋」「売春宿」などと区別されているが、実際はすべて同じ建物であることが多く、「表は宿屋、裏に回れば売春宿」というオランダの格言そのものであった。
(パンフレットより)

当時17世紀のオランダは経済的発展もあり、人々の生活レベルは随分豊かだったようです。そして王家の権力の締め付けも強くなかったことから、市民達が画家のクライアントとなって絵画を家に飾っていました。そのため絵の内容も現実的なものを好んだことが反映され、日常生活を題材にした“風俗画”が多く描かれたのだそうです。
そして画家達はその風俗画を描くにあたって、当時の典型的な人物、流行の洋服、そして場面設定に思考を凝らしたのです。
今回展示されている作品は、家庭、店舗、仕事場など様々ななかで、極ありふれた日常的風景を描いているのですが、その含まれた意味には「人はこうあるべき」とか、「こういったことをしてはいけない」といったメッセージが込められているのだそうです。まさに、17世紀オランダの文化、風俗を垣間見られる作品ということになるようです。

このコーナーには11点の作品が展示されています。
ここではヤン・ステーンの作品が引き合いにだされていますが、その一つが「居酒屋」と題された例ですが、この作品は展示されていたものではありません。
《居酒屋》 《居酒屋》
カオスとまでは言わないまでも、確かにとっ散らかった様子は、この説明を理解するにはうってつけのようです。老若男女(子供も含めて)が怪しげな店で繰り広げている様子は、「表は宿屋、裏に回れば売春宿」の格言を見事に著していると思えます。

ヤン・ステーンという画家は1625年にライデンで生まれ、家族は醸造を営み、二世代にわたって宿屋を経営していました。
ヤン・ステーン 《ヤン・ステーン》
ステーンは静物画、肖像画、歴史画、宗教画など様々なジャンルの作品を800ほど制作したのだそうですが、特に人生を壮大な喜劇と捉え、ユーモアのある風俗画で知られていたようです。居酒屋兼業の宿屋を経営を通して人々を観察していたからなのでしょう。
実際にこのコーナーでは「生徒にお仕置きをする教師」が展示されています。
《生徒にお仕置きをする教師》 《生徒にお仕置きをする教師》
当時のオランダでは読み書きの技能が重視されていたことからこのような作品が生れたそうで、叱られている子供はステーンの子をモデルとしたようです。

更に当時オランダの道徳的メッセージを示唆した作品が、ヤーコプ・オホテルフェルトの「牡蠣を食べる」です。
《牡蠣を食べる》 《牡蠣を食べる》
暗いバックで女性の洋服が鮮やかに浮き出てくる綺麗な色彩の絵ですが、女性が差し出すお替りの“ワイングラス”と男性の差し出す“牡蠣”に重要な意味があるのだそうです。
つまり、牡蠣は女性器や性欲をシンボルとしたもので、ワインはその潤滑剤(促進剤)とされていて、男が求め、女が嫌だといいながらもそれとなく誘っているという意味を暗示させているのだそうです。
奥が深いといえばそれまでですが、実際にこの解説がなければ素人には、単にレストランでの一コマ、程度にしか思えないでしょう。

同じような意味の作品がコルネリス・ベーハの「酒場の情景」です。
《酒場の情景》 《酒場の情景》
これは単に酒を飲んでいるのではなく、まさに“表は宿屋、裏に回れば売春宿”を示唆していて、「年甲斐もなく若い女性に手を出すのは恥ずべきことである」といったメーッセージが込められているそうです。
現代では年の差婚などが一般的に受け止められていますから、それ程驚くにもあたらない描写かもしれませんが、ここでも格言めいたメッセージを含ませながらも、何となく開放的で庶民的なのが逆に作者の風刺といえるのかもしれません。

このように「生徒と先生」「男と女」といった何気ない光景の中から伝わる会話、物語、そして情景を当時の人々は楽しんでいたということでしょう。
絵画に中での人物のコミュニケーション、そして絵画とそれを見る人のコミュニケーションといった意味を込めたプロローグ的なコーナーでした。

第2章

次のコーナーは「家族の絆、家族の空間」です。

家族の絆、家族の空間
オランダ人の家には、共に住む人々の関係が映し出されている。そこでは特定の空間における、居住者同士の関係や外部からやってきた男女との関係が浮き彫りになった。肖像画には、オランダ黄金時代の人々の様子が表され、なかでも家族の肖像画ほ、結婚による調和や愛情を表している。風俗画では、17世紀オランダ社会において多くの場合単独で家庭を横能させた既婚女性がよく描かれている。彼女たちは買い物や料理、掃除、洗濯、アイロンがけ、乳児や幼い子供たちの養育や監督、病人の世話などさまざまな仕事を行った。召使いと女主人とのやり取りを措いた作品をよく目にするが、実際に召使いがいた家庭は、全体のわずか1~2割にすぎない。ピーテル・デ・ホーホは、塵一つない清潔な部屋や中庭にいる女性を描き、主婦の美徳を称えている。
(パンフレットより)

欧米では昔から家族を第一の存在として捉えていたことから、理想の家庭像を作りあげたいという願望があったのでしょう。“こんなに素敵な家族なのです”とアニバーサリー時に画家を呼んで描かせることもあったようです。
勿論、そういった人々は一握りの人たちだけなのでしょうが、家族を思う気持ちは古今東西変わらないのでしょう。
その微笑ましい家族の象徴がヤン・デ・ブライの「アブラハム・カストレインとその妻マルハレータ・ファン・バンケン」といわれているようです。
《アブラハム・カストレインとその妻マルハレータ・ファン・バンケン》 《アブラハム・カストレインとその妻マルハレータ・ファン・バンケン》
幸福そうな夫婦の姿ですが、家具や調度品からは高いレベルの人ということが伺えます。それは背景でもわかるようで、積み重なった本と地球儀があることから、主人は出版社を経営しており、当時ヨーロッパで最も情報網の広い新聞を出版していたそうです。

そしてここに説明のあるピーテル・デ・ホーホの作品2点もまたこのコーナーに展示されています。
「中庭にいる女と子供」 「室内の女と子供」 《左:「中庭にいる女と子供」、右:「室内の女と子供」》
「中庭にいる女と子供」についての解説をオフィシャルサイトで確認してみます。

中庭にいる女と子供
居心地の良い中庭という領域で、一人の婦人と二人の紳士があずまやの下に集い、ワインを楽しんでいる。その近くで、召使いと子どもが家事にたずさわっている。召使いは、顔に愛情のこもった表情を浮かべて、注意深く両手で鳥かごを運んでいる小さな少女を見やる。この二人の目の前にある裏壁には薔薇の生け垣があり、花が咲いていて、この壁のちょうど角のところに置かれたほうきと井戸が、この二人の到着を待っている。
デ・ホーホは、この作品のより深い意味を伝える、ある種のモティーフを描きこんでいる。オランダのエンブレム(寓意図像)集では、中庭を常にきれいにしておくためにわざわざここに置いてあるこのほうきは、人の魂の精神的な浄化としばしば関連づけられている。さらに、パンと陶製の水差しという日々の糧を両手で運ぶこの召使いは、「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」という主の祈りを暗示していると考えることもできよう。小さな少女は、これら中でも最も重要なエンブレムを慎重に両手で抱えている。つまり、鳥かごの小鳥について、P・C・ホーフトのエンブレム集は「Vorr Cryheyt vaylicheyt(自由の代わりに安全を)」と語るのである。小鳥が鳥かごのなかにいれば幸せであるのと同じように、恋愛は、制約があるときにこそ高まる。事実、この中庭は、壁という制限によってすべての絆が護られているのだ。
(フェルメール展オフィシャルサイトより)

このように解説されると、素人には何がナンだかサッパリ判らなくなるのです。それだけ深い意味を持った素晴らしい作品なのでしょうが、個人的なファーストインプレッションは“暗い”でした。色々な楽しみかたがあっていいでしょう、きっと。
もう1点は以前のフェルメール展にも展示されていた作品で、そのときは「食料貯蔵庫の女と子供」というタイトルで、子供に与えているのは牛乳ではなくビールだということを知りました。
原題は「Woman and a Child in an Interior」ですから、翻訳家によって替えるのも有りなのでしょうが、素直に読み取れば“室内”が最も直訳でしょう。

そしてこのデ・ホーホは1650年代~1661年頃の10年間をデルフトで暮らし、ちょうどフェルメールと同時期だったことから、デ・ホーホの作品はフェルメールにも影響を与えたのではないかと考えられているようです。
このコーナーで個人的に興味を持ったのが前出したステーンの「老人が歌えば若者は笛を吹く」です。
《老人が歌えば若者は笛を吹く》 《老人が歌えば若者は笛を吹く》
これはオランダの諺で「若者は常に年長者を手本にせよ」という意味なのだそうです。 そこでふと頭を過ぎったのが、“古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう”という拓郎のイメージの詩でした。
だから何だという深い意味は全く無いのですが、乳房を出しながら母親がワインを飲んでいて良いのか、という戒めの比喩があるかもしれませんが、家族や友人が楽しく過ごせれば良いではないか、という見方でも良いと思ってしまいます。
核家族化、そしてIT化のなかで家族間でもコミュニケーションが少なくなっている現代で、戒めだけではなくこうしたコミュニケーションのあり方を模索する必要もあるのではないかと考えてしまいそうな作品でした。

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