銀座でフェルメール #1

 渋谷で昼食をとってから次の目的地である銀座に向います。
PM1:30過ぎに渋谷を出て銀座線で銀座駅に到着したのはほぼPM2:00少し前でした。

光の王国

 銀座駅から地上に出るとちょうど銀座4丁目交差点で、銀座和光の時計台はちょうど2時を告げていました。
よく見れば時計台の上の日の丸も半旗になっています。
銀座4丁目交差点 和光時計台
今日は日曜日なので久しぶりに銀座通りの歩行者天国を味わいました。
歩行者天国
珠にはのんびりしていいものです。 銀座4丁目から新橋方向へ向かい、銀座5丁目の“みゆき通り”を左折して1ブロック進むと右手にフェルメール展が開催されている“銀座ソトコトロハス館”があります。
銀座ソトコトロハス館 銀座ソトコトロハス館
このみゆき通りは文字通り天皇(御)の行幸(幸)に際して通行したことを記念して命名されたものですが、1964年当時この通りに屯していた若者の集団を「みゆき族」と呼び、当時創刊された週刊誌「平凡パンチ」のアイビーの知名度を一気に上げるのに一役買ったのです。
当時の私は小学生の低学年でしたから、そんなトピックスがあったのも知りませんでした。
この奇妙な名前のビルは、月刊「ソトコト」を発行している木楽舎に関係するものだと思われるのですが、詳細は良く判りません。

 ビルのエントランスには案内が掲出されていますが、若干怪しい雰囲気も漂っています。
フェルメ一ル光の王国展 フェルメ一ル光の王国展
5Fまで上がると受付があり、ここで入場料1000円で入場します。
チケット

フェルメ一ル光の王国展
ようこそ、光の王国ヘ
 フェルメールに魅せられた者として足かけ4年にわたって世界中を旅し、彼の作品をつぶさに観てまいりました。その結果、痛切に感じたことは、フェルメール自身の旅路を、時間の軸に沿って追体験することなしには、フェルメールをほんとうに理解することはできないということでした。
 画家を志した20歳のころ、彼は迷っていました。自分のスタイルを見つけることができないでいたのです。やがて彼は、自分がなにをどのように措くべきかを徐々に見出していきます。静けさの中で女性がたたずみ、手紙を書き、あるいは楽器を奏ではじめます。物語のない物語が語られはじめます。いわゆる「フェルメールの部屋」の発見です。やがて彼は光の粒を自在に操ることができるようになり、時間を止めることに成功します。そして数々の傑作を生み出すのです。そのみずみずしい過程を知るために、彼の全作品を制作年順に並べて、その場を行きつ戻りつしながら鑑賞することができれば、どんなにすばらしいことでしょう。
 私は夢想をかたちにするひとつの方法を思いついたのです。このほど私たちはフェルメール理解へのひとつの試みとして、現存する全フェルメール作品を最新のデジタルマスタリング技術によって、彼が描いた当時の色調とテクスチャーを推測して、原寸大で、所蔵美術館と同じ額装を施して一堂に展示する場所を作ろうと考えました。それを可能としたのが、リ・クリエイト画像技術であり、それを実現したのがここ、「フェルメール・センター銀座」です。
 フェルメールがたどった軌跡を存分に楽しんでいただくことができるように工夫をこらしました。どうぞ自由に、ご自身のフェルメールを発見してほしいと願っています。
福岡伸一(分子生物学者//本展総合監修)

フェルメール全作品37点の複製画を「re-Create」フェルメール作と認識されている全37作品を、フェルメールが描いた当時の色彩を求め、原寸大で鮮やかに再現します。最新の印刷技術が可能にした、フェルメール絵画のだれも見たことがない展示をします。そのほか、フェルメールの画業を知る豊富な資料をはじめ、原寸大「フェルメールのアトリエ」も再現します。“あのアングル”での記念写真も撮ることができます。
(パンフレットより)

 今まで知ったように、フェルメールの人気は勿論、カラーの要素、光のテクニック、寓意的な表現などによるのですが、根本的に現在全作品として37点しか無いというところにもあるでしょう。
おそらく未来永劫、将来の技術の進歩をあわせるとフェルメールの原画が消失することはないでしょうが、それゆえその希少価値はますます増大していくものと考えます。

 その様な中で原寸大で、各所蔵美術館と同じ額装で一同見られる経験もそうあるものではないでしょう。ということで早速、館内を見学しますが、ここは撮影OKなのでたっぷり写真を撮らせていただきました。
まずは第1会場であるギャラリーです。

ギャラリー

 展示会場内に踏み込むとこのような感じで展示されています。
ギャラリー
日曜日ともあって結構多くの人が来場しています。
そして時系列に掲出された作品の最初がこの宗教画です。
「聖プラクセディス」 「マリアとマルタの家のキリスト」 「ディアナとニンフたち」
フェルメールの宗教画として描かれた作品は初期の「聖プラクセディス」「マリアとマルタの家のキリスト」「ディアナとニンフたち」の3作品で、宗教画といえども何となく人間臭いのはフェルメールならではなのでしょうか。
ここでは絵はともかくとして、折角全作品あるのですから上記のように少しクラスター分けをして見たいと思います。

 まずはフェルメール展からです。
渋谷に展示されていたフェルメール作品は3点ですが、手紙にまつわる作品は全部で6点あるそうで、まずは出展された3点です。
左から「手紙を書く女」「手紙を読む青衣の女」「手紙を書く女と召使い」ですが、確かに額の違いで作品も違って見えてきます。
「手紙を書く女」 「手紙を読む青衣の女」 「手紙を書く女と召使い」
残る3点は「窓辺で手紙を読む女」「婦人と召使」「恋文」です。
「窓辺で手紙を読む女」 「婦人と召使」 「恋文」
どうやら手紙を読み、書き、受け取る女性の肖像は、フェルメールの得意としたものといえるのかもしれません。

 ここで気がついたのが、「婦人と召使」「恋文」「手紙を書く女」のように、意外と毛皮の縁のついた黄色の上着を着ている女性が多いようです。
上記3点以外には、「リュートを調弦する女」「真珠の首飾りの女」「ギターを弾く女」があります。
「リュートを調弦する女」 「真珠の首飾りの女」 「ギターを弾く女」
何か意図するところがあるのか、単に構図として、或いは好みとして描かれているのでしょうか。

 次はテーマを替えてみると、音楽に関連するテーマの作品も多いようです。
前出の「リュートを調弦する女」「ギターを弾く女」のほかに、「中断された音楽の稽古」「音楽の稽古」「合奏」「フルートを持つ女」「ヴァージナルの前に立つ女」「ヴァージナルの前に座る女」「ヴァージナルの前に座る若い女」と全部で9作品もあります。
「中断された音楽の稽古」 「音楽の稽古」 「合奏」 「フルートを持つ女」 《左から中断された音楽の稽古、音楽の稽古、合奏、フルートを持つ女》

「ヴァージナルの前に立つ女」 「ヴァージナルの前に座る女」 「ヴァージナルの前に座る若い女」 《左からヴァージナルの前に立つ女、ヴァージナルの前に座る女、ヴァージナルの前に座る若い女》
これは音楽が恋愛と関連が深いモチーフであることを著しているからなのだそうで、これもまたフェルメールが好んだテーマだったのかもしれません。

 フェルメールには希少といっても良い風景画は「小路」と「デルフトの眺望」の2点だけです。
「小路」 「デルフトの眺望」
「デルフトの眺望」はフェルメール作品の中でも3大著名作品の一つともいわれる作品で、「小路」は技法や描写に見所満載の作品なのです。
ついでながら「デルフトの眺望」以外の2つの著名作品は、言うまでもなく「牛乳を注ぐ女」と「真珠の耳飾の少女」です。
「牛乳を注ぐ女」 「真珠の耳飾の少女」
特に「牛乳を注ぐ女」と「真珠の耳飾の少女」、そして前出の「手紙を読む青衣の女」はあのラピスラズリを用いたフェルメールブルーでも有名ですが、もう1点「水差しを持つ女」もラピスラズリのウルトラマリン・ブルーが使用されている作品です。
「水差しを持つ女」

 フェルメールの登場人物には女性が多いのですが、男性が単独で描かれているのは「天文学者」と「地理学者」の2点だけです。
「天文学者」 「地理学者」
両者は時系列的にも前後して描かれた作品で一対をなすといわれている作品ですが、以外にも制作年が記載されている数少ないうちの2点だそうです。
他に制作年が記載されている作品は前出の「聖プラクセディス」と「取り持ち女」の4点だけだそうです。
「取り持ち女」

 少しなまめかしいテーマで描かれたものに“ワインを飲む女性と男性”というテーマの作品が3点あります。
「兵士と笑う娘」「紳士とワインを飲む女」「ワイングラスを持つ娘」で、音楽が“男女の恋愛”であるなら、ワインは“男性から女性への誘惑”というモチーフなのです。
「兵士と笑う娘」 「紳士とワインを飲む女」 「ワイングラスを持つ娘」
ここでちょっと面白いのは「紳士とワインを飲む女」「ワイングラスを持つ娘」に描かれている左側の窓ガラスの絵で、これは“節制”を寓意するもので、誘惑される女性の行為に警告を発しているものなのだそうです。当時では誘惑されるほうが悪いという倫理観なのでしょう。

 フェルメールのみならず当時のオランダ絵画界では、寓意を織り込んだものが多いというのを知りましたが、寓意そのものをモチーフとした作品が「絵画芸術」と「信仰の寓意」なのだそうです。
「絵画芸術」 「信仰の寓意」
前者は単なるアトリエ風景ではなく、モデルの着衣、本、描いている絵画、地図、シャンデリアなどにそれぞれ寓意を持ち、それらを合わせつとフェルメールのカトリック信仰の表明と見なされている作品で、後者もまた単なるキリスト教宗教画ではなく、本当のキリスト教信仰を忘れ、形だけ過大に誇張して、芝居がかったようにふるまうカトリックを揶揄して描いたとも言われている作品で、いずれもフェルメールのカトリックへの強い信仰心がモチーフとなっているもののようです。

 このようにある意味緻密に計算された作品の一方で、カンバスなどではなく板に描かれ、フェルメールの真作かどうか疑問視されている作品が、音楽の括りで前出した「フルートを持つ女」と「赤い帽子の女」です。
「赤い帽子の女」
このようにして分類して残った作品が「眠る女」「天秤を持つ女」「少女」「レースを編む女」の4点となります。
「眠る女」 「天秤を持つ女」 「少女」 「レースを編む女」
これがフェルメール全37作品なのです。

 これら37作品の内、現在までに日本にやってきた作品は17点で、その内訳です。
3回.ディアナとニンフたち、手紙を書く女 2回.リュートを調弦する女、牛乳を注ぐ女、手紙を書く女と召使い、真珠の耳飾の少女、窓辺で手紙を読む女、地理学者、恋文
1回.ヴァージナルの前に座る若い女、マリアとマルタの家のキリスト、レースを編む女、ワイングラスを持つ娘、手紙を読む青衣の女、小路、聖プラクセディス、天秤を持つ女
以上ですが、作品名の前の回数は文字通り日本に来た作品ごとの回数です。
フェルメール展とその舞台裏】でも記載したように、作品を招聘するには様々な交渉が必要なことは充分理解しました。ある意味では裏工作といえる手法でもあるのです。

 そこで次は所蔵美術館での貸し出し数を見てみます。
一番多いのがアムステルダム国立美術館で4作品(牛乳を注ぐ女、恋文、手紙を読む青衣の女、小路)で延べ6回の貸し出しです。次いで多いのがマウリッツハイス美術館(オランダ、デン・ハーグ)の2作品(ディアナとニンフたち、真珠の耳飾の少女)で、延べ5回です。
どちらもオランダでかなり貴重な作品が多いので、逆に良く招聘できたものだと思えます。事実、両館で所有しているのは7作品で、招聘されていないのはマウリッツハイス美術館の「デルフトの眺望」だけです。
したがって、招聘元は常にコンタクト、コネクション造りに平素から心がけていることは舞台裏にあったとおりです。
そして意外なところで多いのがワシントンのナショナル・ギャラリーで、2作品(手紙を書く女、天秤を持つ女)、延べ4回となっていて、「ディアナとニンフたち」とこの「手紙を書く女」はそれぞれ3回ずつ招聘され最大回数です。
フェルメール作品を1点も所有していない国としては、かなり多くの作品を招聘しているということになるでしょう。それだけ我々日本人としては非常に貴重な作品を見ることができるということになる訳です。

 なお、今後見ることができそうもない作品が1点あります。
それは「合奏」で、1990年3月所蔵咲きのボストン、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館からレンブラント作品などと一緒に盗まれ、被害総額2億とも3億とも言われる史上最大の美術品盗難事件となり、「合奏」を含めたこれらの作品は依然として発見されていないそうです。
いつの日か見られることがあれば良いですね。

 こうしてフェルメールの全作品を見られるのは実に壮観なものですが、元々デジカメのスペックも低く、フラッシュ無しですので色彩は展示と随分違っているものも多いですが、普段あまり気に留めずに、さらに写真などでも見る機会が少ない額装が見られたのは興味深いことでした。
なかなかユニークな展示です。
フェルメール全作品のギャラリーをあとにして、第2会場に移ります。

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