銀座でフェルメール #3

じっくり見てきたのですが、いよいよ最終となります。
最後のコーナーはフェルメール作品の特徴と、今回の技術であるリ・クリエイトについてです。

リ・クリエイト

 壁面には3枚の絵画が掲出されています。
3枚の絵画
会場内の照明(フラッシュがたけない)ので、デジカメの性能上、写真の違いが判りにくいのですが、修整をかけながら作品をブラッシュアップしている行程が展示されています。
これが「リ・クリエイト」で、このフェルメールセンター銀座の大きなコンセプトなのです。

「re-create」とはなにか?
 「re-create」とは、複製でもなく、模倣でもない。或いは洗浄や修復でも無い。
「re-create」とは、文字どおり、再-創造である。作家の世界観・生命感を最新のデジタル画像技術によって翻訳した新たな創作物である。
現存するフェルメール作品はいずれも数百年に渡る経年劣化のため、今や失われてしまった細部がある。それは決して元通りにはならない。しかしその細部にこそフェルメールの思想は宿っていた。フェルメールがほんとうに描き出したかったことがそこに表現されていた。
フェルメールは17世紀の同時代人アントニ・ファン・レーウェンフック(顕微鏡学者)、バールーフ・デ・スピノザ(哲学者、レンズ職人)、ヘンリー・オルデンブルグ(科学者)達との直接的・間接的な交流の中で独自の世界観・生命感を醸成していた。それはひとことでいえば、「世界をこの目でとらえる」とは、光学的な過程であるとともに、心的な過程でもあるという科学的な認識だった。
【視覚生物学】
 フェルメールは人間の視覚が、限られた色、具体的には青、緑、赤の三つの色から構成されていることに気づいていた。それは同じデルフトの知識人レーウェンフックからもたらされた示唆だったかもしれない。しかも、青は、緑あるいは赤よりも際立って強く知覚されることも知っていた。それゆえにフェルメールは青にこだわり、青を高価なラピスラズリ(ウルトラマリン)で塗った。さらにまた緑の光線と赤の光線が同時に網膜に入ると、その中間の波長を持つ黄色の光線の入力と区別がつかないこともわかっていたと思われる。
分子生物学が網膜細胞上の三種の視物質(フォトブシン)を発見し、それぞれ420mm(青)、534mm(緑)、564mm(赤)にピークを持つ色知覚に対応していること、つまりフェルメール絵画の方法を追認したのは20世紀のなってからのことである。青に対する知覚が独立していること、緑と赤の知覚が近接していることがわかったのも同様である。
そこで「re-create」にあたっては、新鮮なウルトラマリンの色ヒストグラムを解析し、350年の経年による青色の変化を補正した。また、黄色顔料の退色によって青色化した緑色を回復した。そのほかの色補正も実施した。
【光の粒子性と輝度についての認識】
 私自身の著書「フェルメールの光の王国」で論じたように、フェルメールは光の粒子性について早くから認識していた。また、輝度についてはそれが微弱なものであっても、心的なプロセスによってことさら強調されて見えることにも気付いていた。影の中にある真珠があれほど輝くことは絵の中でしか起らないことだった。フォーカスがあたっている眼の中心部よりも、周縁部のほうが微弱な光に敏感であるという網膜の特性についても、顕微鏡、レンズ、カメラ・オブスクーラなどの光学装置の使用体験を通じてフェルメールは熟知していた。彼の絵画にはそれが表現されている。
この意図をより明確に回復するため、真珠、椅子の真鍮鋲、窓枠、金属器、照明、鏡などの上にのせられて、いまや退色している輝点について、「re-create」では、20から30パーセント程度のコントラスト調整を施した。
【収差補正】
 カメラ・オブスクーラを用いて3次元的な部屋の映像を2次元面に写し取った際、それがたとえ幾何学的には正確なものであっても、視覚的に収差として認知されてしまうことをフェルメールは経験していた。たとえば床面のタイル模様の広がりの端に現れる歪みの感覚が好例である。彼はそれを緩めるため修正を施した。またフェルメールは後年、横長の構図を採用することをやめている。「re-create」では彼の思考過程を回復するため、タイル目地などのエッジのコントラストを調整し、彼の作意が明示されるようにした。
【側方抑制】
 壁面やタペストリーなど平面や生地の上に現れる連続的な色彩や明度の変化を見たとき、視覚が無意識的なギャップを形作ることにフェルメールは自覚的だった。現在の生物学はこれを視神経の側方抑制と理解している(マッハバンド)。つまり、刺激がある視神経に入力されると、その両側の視神経は抑制され、刺激がことさら強調されるという認知作用である。彼のスフマート技法(ぼかし)は、これを回避したり、あるときはわざと利用しようとしている。「re-create」では、壁、布、肌などの平面に現れる側方抑制の作用をフェルメールの故意と解釈して、再現を試みた。
このほか、ひび割れ、亀裂、よごれ、ワニスの黄変などについてはこれらを極力取り除きあるときには大幅に修正した。
結果的にここに立ち上がったものは、約350年前にフェルメールが描いたであろう色とコントラスト、細部の表現、光の意図を解釈しなおしたものである。「re-create」とは、原典の複製ではなく、翻訳であるとした私の謂はここに由来する。
落下点とわずかに残された軌跡から、今は見えなくなってしまったその発射地点と仰角を推定すること-「re-create」は、そのような意味での翻訳である。現物はもはや本物には戻れないが、翻訳は現物を超えて本物に接近しうるという逆説を実験的に指向したのが「re-create」である。
現物では失われ、損なわれたものを回復すること。つまり「re-create」とは、思想を創作的に表現した翻訳物なのである。ここからフェルメールにもういちど接近することができるのではないか。そう私は考えている。 分子生物学者、フェルメールセンター銀座 総合監修 福岡伸一
(館内パネルより)

 先ほどギャラリーで見てきた作品を思い出せば、いままで僅かながら見てきた本物のフェルメール作品とは遥かな違いを感じるものがありました。特に以前見た「窓辺でリュートを弾く女」などはまったく違う作品を見る感じでした。
この様に非常に面白い試みであることは周知の通りかもしれませんが、それ以上に生命現象を分子を使って理解しようとする学問である分子生物学でフェルメール、及びその作品を解明するところが実に面白いアプローチなのだと感心してしまいました。

 それではこの「re-create」についての実際の行程の要点だけ記載しておきます。
現在本来のオリジナル画像は基本的に原画なのですが、その原画を世界各地でスキャンするわけにもいかないことから、今回は「フェルメールセンター・デルフト」からその画像データの提供を受け、それをデータベースとすることにし、「オリジナルから失われてしまったものを取り戻す」という考えの下に、約350年前のオリジナルを追求するという目標となったそうです。
そしてその手法の第1段階は基本修復設計で、フェルメールが描いた当時の状態を推測しながら1点1点の修復の為の設計を行ったのです。第2段階は品質設計からデータの作成です。例えば本来の色を知るために、当時使われていたラピスラズリ(ウルトラマリン)などの顔料や素材そのものを取り寄せ、その本来の色や質感を知ることから始まり、色、コントラスト、光と影などの意図を把握し、全体のイメージを確定してから、レタッチスタッフにより基本画像データを完成させたのです。
そして最終段階では、“UVキャンパスプリント”と呼ばれる技法を採用し、完全オーダーによるキャンバスの製作をし、データの微調整の上で、最終的なプリントをおこない完成されたのです。
こうした様々な検討とテストを重ねながら今回の「re-create」=フェルメールセンター銀座「光の王国」となったわけです。

遠近法

 「re-create」の説明の後はフェルメール作品の特徴をクローズアップしています。
壁面いっぱいに遠近法を説明する展示がされています。
遠近法

フェルメールの遠近法
 遠近法は、平坦な面に立体感のあるイメージを描く手法です。まず、水平線を引きます。その真ん中に一つの点(消失点)を定め、テーブル、窓、壁、背景などがその延長線にあるように描きます。フェルメールは、消失点を1点ではなく2点利用した2点透視図法をよく使っています。彼のタイル張りの床はよく知られていますが、この2点透視図法により立体感が表現されています。タイルの継ぎ目に沿って線を引くと、絵よりも外側に置かれた二つの消失点にたどり着くのです。
フェルメールの時代、遠近法は“透視法”とも呼ばれていました。この方法を使うには、絵画の額や壁を透かしてみる必要があったからです。フェルメールや当時の画家たちは透かして見るために、紐とチョークを使いました。フェルメールの作品には、紐をピンでキャンバスに取り付けたときできた小さな穴が残っているものもあります。
フェルメールとカメラ・オブスクーラ
 17世紀の芸術家はカメラ・オブスクーラをよく使用していました。カメラ・オブスクーラとは、今のカメラの原型となった機器で、外部の景色をレンズで取り込み、レンズの反対側に投影するものです。フェルメールがこの機器を利用したかどうかについて意見はわかれています。フェルメールの絵画にはきらめく光の斑点があり、それが写実的な効果を与えていますが、その斑点は当時の精度の低いレンズが映し出したものと似ています。とはいえ、彼がカメラ・オブスクーラを所有していたことや使用していたことを裏付ける証拠は残っていません。キャンバスに紐を取り付けたピンの穴があるため、フェルメールは遠近法を活用して構図を作ったとも考えられています。
(館内パネルより)

 遠近法については、特にフェルメールがということではなく、既に一般的な技法として確立されていました。一方、カメラ・オブスクーラも歴史は古いようで、15世紀ころから芸術家の間で使用され始めたようです。
原理はピンホールカメラと同じ原理で、遠近感が正しいのでリアリズムに富んだ絵が描けることに有効だったようで、1772年の百科事典にも掲載されています。
カメラ・オブスクーラ カメラ・オブスクーラ
フェルメールが使用したかどうかについては、さまざまな研究・議論がされているようですが、意外と話題だったようでBBCでも、それらしい推論が掲載されていました。

参考:【BBCオフィシャルサイト】http://www.bbc.co.uk/history/british/empire_seapower/vermeer_camera_01.shtml

いずれにしても作品だけが残り謎の多いフェルメールだからこそでしょう。

エンブレマータ

 隣の一画では、フェルメールのみならず当時のオランダ絵画界で用いられた絵画手法であるエンブレマータについての展示・解説があります。

エンブレマータ
 オランダの黄金期の画家たちは物語作家でした。教訓的な作品も多く、これらを買い求め、部屋に飾る人たちが大勢いました。画家たちは当時流行したエンブレマータ(エンブレム文字)からシンボリズムのヒントを得て、作品に織り交ぜるということもよく行われていました。エンブレマータは漫画の原点のようなもので、ことわざ、聖書や古典からの引用と寓意図がセットになっていました。今となっては、荒れた海や、鏡、グラスに注がれたワインがなにを意味しているのか、正確に答えるのは難しいことです。しかしフェルメールや彼の顧客たちには、それらが意味するところは明らかだったのでしょう。
(館内パネルより)

 フェルメールや当時のオランダ絵画全般に見られた寓意がエンブレマータというのですね。
今までにもいくつか理解してきましたが、ここでもいくつかの例を取り上げています。

ロマンティックな愛
フェルメール作品の多くは、愛をテーマにしています。それが即座に伝わってくるものもありますが、特定のモチーフやディテールによってそのことが暗示されている作品が多くあります。そうしたメッセージは「寓意」と呼ばれます。今日の絵画ではあまり用いられることはありませんが、17世紀当時のオランダの人々にはなじみの深いものである。
(館内パネルより)

 これを題材にしているのが「音楽の稽古」です。
「音楽の稽古」
織り込まれている寓意です。

《ヴァージナルの蓋》 《ヴァージナルの蓋》
 ヴァージナルの蓋には「音楽は喜びの伴侶、悲しみの薬」と銘文が刻まれていて、これは“失恋を受け入れる”ことを意味することがあるそうです。また、ヴァージナルの横に立つ男性は、彼女の人生に音楽をもたらせていることから、“喜び”を著しているとも取ることができるそうです。

《ヴァージナル》 《ヴァージナル》
 この絵画では、女性がヴァージナルを、男性がリュートを弾いていることから、それぞれ“たどるべき道”(弦に象徴される)を持つ二つの楽器が、強調と調和を象徴しているのです。また、ヴァージナルの音は、若い娘の声に喩えられることもあるようです。

《ヴィオラ・ダ・ガンバ》 《ヴィオラ・ダ・ガンバ》
 ヴァージナルと同様にヴィオラは強調と調和を象徴する楽器で、床に置かれているのは弾き手、つまり調和をもたらす者の登場を待っているのです。

《鏡》 《鏡》
 鏡は本当の意味を映し出すものとして捉えられています。この鏡に映った女性の顔は自分の手元ではなく男性に向けられているのです。

《デカンタ》 《デカンタ》
 ワインは情欲を掻き立てる媚薬です。ここではデカンタのみが描かれグラスが見当たらないことから、稽古の後に恋人と逢う約束をしているかもしれないことを著しているのです。
ということで、片思いの状況を表しているのかもしれません。

実らぬ愛
 手紙を受け取る女を描いたこの作品には、それが恋文であることを暗示するさまざまなモチーフが描かれている。楽器は官能的な愛を、サンダルは不貞を、箒は内縁関係をそれぞれ象徴している。壁の壁画にも愛を象徴するモチーフが見られる。どちらも実らぬ愛を象徴したものだ。海に浮かぶ船は、旅人の不在を象徴している。風景画には、砂道を去って行く男が描かれている。この男もやはり「届かぬ存在」なのだ。
(館内パネルより)

ここでの題材は「恋文」です。
「恋文」

《手紙》 《手紙》
 描かれているのは、召使が女主人に手紙を届ける場面で、女性は不安な顔つきで見上げているのですが、召使は笑みを浮かべています。これは手紙が良い知らせであることを示唆しているように見ることができます。

《シターン》 《シターン》
 シターンはスモール・リュートと呼ばれ、寓意画には“愛は音楽を教える”とあり、女性は楽器を演奏し、情愛の念に浸っていたところに召使が手紙を届けに来たのです。

《田園風景の絵》 《田園風景の絵》
 17世紀は、ロマン主義の兆候が現れ始めた時代で、それは自然賛美であり、近代化への反発でもあったようです。その自然は、愛ゆえに孤独に苦しむ人間を同情しつつ見守る存在を示しているのだそうです。

《海景図》 《海景図》
 寓意画には「愛は海のごとし、人は船のごとし」とするものがあり、穏やかな海は幸せな愛を、荒れた海は前途多難な愛を意味します。そして船は旅人の不在を象徴するもので、この画中画には、海に浮かぶ帆船が描かれているのです。

《ほうき》 《ほうき》
 箒は道徳の象徴です。オランダには「箒を飛び越えて結婚する」という古い言葉があり、これは内縁関係を結ぶことを意味しているのことです。

《楽譜》 《楽譜》
 手前の右側に不自然に置かれた楽譜が描かれていて、しわくちゃになった状態は、女性の感情を表しているのです。彼女は、音楽にも愛にも不可欠な“調和”を得られていないことのようです。

《クッションと洗濯籠》 《クッションと洗濯籠》
 床に放置されたクッションと洗濯籠は、家事がおろそかになっていることを意味していて、「恋する女は、われを忘れる」ということのようです。

《サンダル》 《サンダル》
 フェルメールの時代には、不貞な女は「脱ぎ捨てられた古いサンダル」にたとえられていたのです。

買われる愛
 真実の愛とはまったく無縁な愛もある。それは、ただお金のために行われる「愛の営み」だ。これは、良かれ悪しかれ今も昔も変わらずに行われていることだ。取り持ち女とは、客に娼婦を斡旋する女のことで、勿論、中心となるのは金だ。この作品では男が女に金を渡す様子が描かれている。
(館内パネルより)

ここでの題材は「取り持ち女」です。
「取り持ち女」

《取り持ち女》 《取り持ち女》
 取り持ち女とは17世紀の画家達が好んで用いたモチーフで、客を娼婦と引き合わせ、売春を行わせるのが役目なのです。この取り持ち女は、女性を売春の道に引きずり込む為には手段を選ばない「悪人」として描かれるのです。

《シターン》 《シターン》
 恋文でも描かれたシターンですが、ここではエロティシズムの象徴として描かれているようです。

《コイン》 《コイン》
 客は女に金を手渡しし、取引を成立させようとしているところのようです。

《開いた手》 《開いた手》
 当初女性の手は完全に広げられコインが載せられていたのですが、フェルメールは作品の意味を微妙に変えるため、そのコインを消し、金銭が要求される様子と支払いが待たれる様子を強調したのだそうです。

《帽子の羽根飾り》 《帽子の羽根飾り》
 羽根は“軽薄さ”の象徴として否定的な意味が込められていたそうで、娼婦のふしだらさを示唆しているものです。

《若い娘》 《若い娘》
 この娘は黒衣をまとった取り持ち女にそそのかされ、自分を買おうとしている男を受け入れようとしているのです。

誘惑する愛
 寓意画集には、誘惑に関するあらゆるテーマが数多く取り上げられています。道徳的な寓意画は、フェルメールの時代の人々にある警告を発していた。愛の誘惑は、酒と音楽がもたらすものだ。1杯のワインは、しばしば誘惑の手段と解釈される。それが明確に表れている絵画もあれば、暗示されているものもある。
(館内パネルより)

最後の作品は「二人の紳士と女」です。
「二人の紳士と女」

《節制》 《節制》
 窓のステンドグラスには、節度を象徴する「節制」の寓意画が描かれていて、これは欲望をコントロールするための「手綱」を手にした女性をモチーフにしているのだそうです。

《デカンタ》 《デカンタ》
 「紳士とワインを飲む女」では、ワインを飲み干す女が描かれていて、デカンタを持つ男はもっとワインを飲ませようとしているのですが、こちらではグラスにワインが注がれています。これは女に取り入ろうとしている男が、媚薬であるワインを飲ませようとしている魂胆で、女の笑顔は、既にワインによって上機嫌になっている姿を表しているのです。

《レモン》 《レモン》
 レモンは苦い恋と偽りの友情を表しています。一般に、果実類は愛の女神ヴィーナスの象徴とされたそうです。

 このようにさまざまな場面にち散りばめられた寓意は、やはり道徳的な教えといったところが多いようで、どちらかといえば否定的な意味合いのものが多くあるのは当時の文化・風習・風俗によるものなのでしょう。

 これで第2会場も見終わり、最後のスーベニアショップを通って「フェルメールセンター銀座」を後にしました。
スーベニアショップ スーベニアショップ
渋谷から銀座にフェルメールを求めて移動しましたが、本物のフェルメールに出会える貴重な空間と、フェルメールの多くと出会える有益な空間を堪能しました。
今年はフェルメールの当たり年のようで、2012年6月13日からは国立西洋美術館でベルリン国立美術館展として「真珠の首飾りの少女」が初来日し、6月30日からは東京都美術館で「真珠の耳飾りの少女」が3度目の来日を果たします。
ベルリン国立美術館展 東京都美術館
一文字違いの2作品が同じ6月から、そして同じ上野で見られるのですからフェルメールファンにはビッグチャンスでしょう。
私も是非足を運んでみたいと思っています。

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