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箭弓稲荷神社牡丹園

箭弓稲荷神社を参拝してからは、本日の主目的である「牡丹園」に向かいます。
毎年、ぼたんの見頃の時期には「ぼたん祭り」が開催され、今年は4月17日~5月6日までがぼたん祭りの開催日です。
今日、5月2日は先ほどあった「神楽殿」で南京玉すだれが行われるようですが、そのほかにもイベントがあるようです。
境内の左側一体がそのぼたん園となっています。

牡丹園

ぼたん園に向かう境内にはぼたん祭りを当て込んでか、屋台が軒を並べています。
一番手前にある屋台からは「東松山名物 味噌だれやきとり」の看板とともに、やきとりの香ばしい匂いが漂ってきます。
東松山名物 味噌だれやきとり
この「東松山名物 味噌だれやきとり」はジャンルCの物産・食文化で【東松山のミソだれやきとり】として第6位にランクされていますので、そちらでレポートをしています。

牡丹園の入口まで来ると、井桁の門に「園丹牡社神荷稲弓箭」と右から書かれた大きな看板のついた門があります。
ぼたん園ぼたん園
それほど古さを感じない門ですので、風情的に書かれたものでしょう。

牡丹園の入口を入ってすぐ右手に2つの石碑があります。
ぼたん園内の2つの石碑
一つは何やらの記念碑のようですが、恐らくこの牡丹園の開園に纏わる記念碑的なものではないかと推測します。
この牡丹園は大正12(1923)年に東武東上線坂戸~東松山間の延線竣工を祝い、東武鉄道初代社長の根津嘉一郎氏が牡丹をはじめ藤や松を奉納したことにはじまったようで、以来、神社での管理・運営の努力により昭和49年当時においては関東一の規模を誇ったようです。このように大いに市民に親しまれてきたことから昭和49年ぼ市制20周年を記念して牡丹が「市の花」に指定されたそうなのです。現在の牡丹園の広さは約3500㎡で、1300株の牡丹が咲き誇って、市内外から観光客が訪れる重要な観光資源でもあるのです。
神社の歴史やイメージから考えると江戸時代から親しまれてきたような感じがしますが、意外に新しい牡丹園に少し驚きました。
それにしてもこれだけの広さの牡丹園を維持・管理していくのはいくら神社といえどもかなり大変なのではないでしょうか。現在この牡丹園での入園料は取られませんが、賽銭という形で入口に賽銭箱が置かれていましたので、気持ちだけあげさせていただきました。

もう一つの石碑は「東松山市 洛陽市 牡丹交換記念 日中友好訪中団」と刻まれた石碑です。
詳しくはわかりませんが日中友好の証として牡丹外交があったのでしょう。言われて見れば、そもそも牡丹というのは中国生まれだそうですから…。
個人的な牡丹のイメージは〝唐獅子牡丹〟や〝緋牡丹お竜〟といった任侠イメージがつきまとっています。それ故に牡丹は日本の原種とずっと思っていました。

そこで牡丹を調べてみました。
牡丹の故郷は中国で2世紀にはすでに薬用として使用され、5世紀に入ると画材として描かれ、観賞用として愛好され始め、 隋の時代には黄色3種、桃色1種、紅色8種の合計12品種が鑑賞品種とされていたことが、隋煬帝時の海山記に記録されているそうです。 また、唐の高宗の皇后で中国でただ一人の女帝・則天武后もこの牡丹を愛した一人のようです。
以降、中国では「花の王」として、詩や文学、絵画、彫刻などのモチーフとして他のどの花よりもまして愛好され、清の時代の1929年に当時の中華民国政府が国花を「梅」と定めるまで、牡丹はずっと中国の国花だったのですが、 その後、中華民国政府が台湾に去った後、中華人民共和国の公式の国花は定められておらず、現在〝牡丹・蓮・菊・梅・蘭〟の中から新しく国花を制定する作業中と伝えられています。
いずれにしても牡丹は中国原産で、ずっと中国で愛され続けている花といっても過言ではないのでしょう。
このように中国生まれの牡丹ですが、その原種といわれるものは当時の12種類から現在8種類に減ったようです。
矮牡丹、卵葉牡丹、紫斑牡丹、揚山牡丹、四川牡丹、狭葉牡丹、紫牡丹、黄牡丹と呼ばれる8品種がそうですが、これらが複雑に交雑しあって鑑賞品種群が出来上がっているというわけです。
そして現在この鑑賞品種は非常に多種でいくつかの分類の仕方があるようです。
開花時期によっては〝春牡丹〟〝寒牡丹〟〝冬牡丹〟の3つに分類されます。
〝春牡丹〟は4~5月に開花する一般的な品種で、〝寒牡丹〟は春と秋に花を付ける二季咲きの変種。そして〝冬牡丹〟は春牡丹と同じ品種を1~2月に開花するよう調整したものです。
また地域別に分類すると〝日本牡丹・中国牡丹・西洋牡丹〟の3つに分類されます。
そして花色も豊富で、原種は紫紅色ですが、現在は赤・赤紫・紫・薄紅・黄・白などがあるそうです。また、花形も多彩で一重・八重・千重、大輪・中輪など様々な種類が開発されているようで、こういったものを組み合わせるとかなりの多品種であることが理解できます。

さて実際に牡丹園内を散策します。
ちょうど入口である門の前からの散策路には雪洞が立っていて、恐らく夜ともなると風情あふれる牡丹園になるのでしょうかね。
ぼたん園
ざっと見渡して7.8分咲き位でしょうか、大分暖かいとはいえども4月までは寒い日が続いていましたから今年は若干開花が遅いのかもしれません。
ぼたん園
残念ながら品種などが分りませんので、ただただ花の美しさを堪能しようと思います。

早速、ピンクの牡丹が目に留まります。
ぼたん園
ですが、やはり牡丹といえばこの色でしょうね。
ぼたん園
牡丹の木を囲っている生垣がツツジですが、ツツジもまた見頃のようでかなり綺麗に咲いています。
ぼたん園ぼたん園
大きさ故か可憐というイメージはなく、基本は中国人の好むビビットカラーを主体とした豪華絢爛といった印象を受けます。
ぼたん園
その辺りが日本での任侠世界に似合っているのかも知れません…、勝手な想像ですが。
しかしそれも品種改良によって次第に可憐なイメージを持つものも出てきたのでしょう。
ぼたん園ぼたん園ぼたん園

牡丹園の奥のほうには池があり中央に噴水があります。
ぼたん園
ちょうど池の向こう側の水面に接してツツジが咲いていますが、これもまた大層綺麗な景色です。
ぼたん園ぼたん園
池の周りをグルッと巡って池の背後に行くとそこには「天神社」があります。
ぼたん園
いわずと知れた学問の神さま菅原道真をまつった末社で、ここでは毎年1月に天満宮祭が行われ学業成就の祈願が行われているそうです。
ここは園内でも一段高くなっているところで、ここからは園内がグルッと見渡せます。
ぼたん園
池の正面では何やら準備がされているようですが…。

天神社から離れて牡丹園の右側(入口からは左側)を散策します。
こちらは生垣ではなくツツジが観賞用に植えられていて実に綺麗です。
ぼたん園
ツツジの名所としてはかつて東京の根津神社に行きましたが、さすがに比べようもありませんが、でも綺麗なツツジに2度美味しいグリコの味わいです。
池の周りを再度廻って正面に来ると、先ほどの準備が午後から雅楽の演奏のためなのが見て取れました。
ぼたん園
このあたりにも綺麗な牡丹が沢山あります。
ぼたん園ぼたん園ぼたん園
その中でも今日の一番のお気に入りの牡丹ですが、なんと言う品種なんでしょうかね。
ぼたん園ぼたん園

池周辺から離れて入口に戻る途中に藤棚があり大勢の方が休憩されています。
ぼたん園
藤の花も見頃のようで、淡い紫色がなんとも優雅な雰囲気を醸し出しています。3度美味しいグリコ以上の味わいです。
藤棚に案内板がありました。

この「フジの樹」は江戸時代の終りに小金井村「東京都」より武州の人某が譲り受け大正12年当ぼたん園に先代東武鉄道(株)社長根津嘉一郎氏より奉納された由緒ある樹です。フジの樹は一般に寿命も長いとされていますが、特にこの樹は推定250年以上といわれ延命(ながらへ)のフジと名付けられ毎年ぼたんと美しい紫の色を競います。
(現地案内板説明文より)

確かにフジは寿命が長く、かつて【牛島の藤】で訪れた春日部の「牛島の藤」は樹齢1200年の特別天然記念物で、大変大きな藤棚だったのを覚えています。
それよりもまだ小ぶりですが、それでも随分と立派な藤棚です。
ぼたん園
元の幹は訳のわからないスパイラルの絡み合い状態です。
ぼたん園
老木になるとえてしてこのような、おどろおどろしい姿に変っていくのは老木の定番でしょうが、それが一つの歴史でもあるのですから。

藤棚を後にして、また園内の牡丹を見て廻ります。
ぼたん園ぼたん園ぼたん園

牡丹園の片隅に「いろり茶屋ぼたん」なる食事処があったので、休憩をかねて東松山名物「ミソだれやきとり」を食べてみました。
ぼたん園
詳しくは【東松山のミソだれやきとり】でレポートしています。
初めてじっくり鑑賞した牡丹ですが、美しさもさることながら品種の多いことに驚かされるとともに、2000年の歴史を持つ花故の高貴な香りが任侠イメージを一新してくれた(って、どんなレベル!?)牡丹園でした。

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