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史跡とぼたん園

箭弓稲荷神社で歴史と美を堪能してから、東松山市内の北部にある大谷方面へ向かいます。
東松山市はもともと比企丘陵にあることから駅周辺を除くと田園風景が広がります。
そんな中を向かったのは重要文化財のある「光福寺」です。

光福寺宝篋印塔

市街地から国道407号線を経由して北上することおよそ2~30分で目指す「光福寺」に到着です。
国道から少し奥に入ったところで、寺号標のある参道入口は極々長閑な場所にある寺院といった、よく見かける光景です。
光福寺
このような場所ですから境内は結構広いようで、参道を少し行くと山門があります。
光福寺
山門を抜けて突き当りが本堂のようで、2本の大木がまるで門番でもしているようです。
光福寺
本堂も極々一般的な、まあ、所謂一般的な寺院ということですかね。
参拝してから、ここにあるという文化財を探します。

本堂の左手の方角に何やら頑丈そうな倉庫があるようなので行ってみました。
光福寺
ここが文化財を保管している建物でした。

光福寺の宝篋印塔
昭和28年8月29日国指定有形文化財
この宝篋印塔は、高さ2.1mを計り、元亨3年(1323年)に造立されたものです。均整の取れた美しいもので鎌倉時代の宝篋印塔の特徴をよく伝えています。
裏面の銘文:
奉造立宝篋印塔一基
右塔婆者大日本国武州比企
玉太岡四国山光福禅寺沙門
鏡空了圓元亨癸亥
仏成道日起之誌之矣
当寺大檀那比丘尼妙明
藤原光貞朝臣
施主沙彌閣阿
昭和53年3月 東松山市教育委員会・埼玉県教育委員会
(現地案内板説明文より)

これがその宝篋印塔です。
光福寺
さてさてこの銘文から何が判るかというと、元亨3(1322)年の当時から光福寺が禅宗の寺院で、当時は鏡空了圓という住職がおられたということです。そして、この宝篋印塔が藤原光貞と比丘尼妙明の供養のため沙彌閣阿によって建てられたことが分るそうなのですが、この藤原光貞と比丘尼妙明という二人の正体は不明のようです。
また、説明によると鎌倉時代の宝篋印塔の特徴をよく伝えているとあるのですが、その特徴が何なのか判らないので、東松山市のオフィシャルサイトの説明を引用します。

山光福寺境内の収蔵庫に保存されており、均整の取れた美しいもので、高さは約2.1mです。
宝篋印塔は仏教の建造物の一種で 、「宝篋印陀羅尼経」を納めた供養塔のことで、石造は鎌倉時代中期から造立されたものです。鎌倉時代後半頃から、関西型・関東型と呼ばれる地域による形状の相違が現れてきました。そこで当寺のものは塔身に輪郭がつき、基礎の下にはっきりとした反花座(かえりばなざ)が加えられているなど、関東型の特徴を持った鎌倉時代後期のものであるといえます。
(東松山市オフィシャルサイトより)

いづれにしてもかなり貴重な石塔であることは間違いないようですが、それよりも何よりもこの光福寺が少なくても700年近くの歴史を持っていたことに驚きました。
極々一般的な…、などと言ってしまったことをお詫びし訂正させていただきます。東松山の古刹である光福寺は…。

ここにはもう一つ文化財があるようです。
光福寺

光福寺の板石塔婆
昭和40年3月16日県指定有形文化財
この板石塔婆は、高さ152cm・幅36cm、石材は緑泥片岩を使用し、嘉元4年(1306年)に造立されたものです。
上部に来迎する阿弥陀三尊を、下部に花をさした花瓶を二つ線刻し、中央に「嘉元4年2月吉日」と銘があります。鎌倉時代の仏像彫刻のある板石塔婆として、優秀なものです。
昭和53年3月 東松山市教育委員会・埼玉県教育委員会
(現地案内板説明文より)

以前にもいくつも見てきた板石塔婆は埼玉県には実に多く残っています。特に長瀞には日本一の大きさの板石塔婆があるくらいですから、板碑の宝庫といっても過言ではない埼玉県です。
ポツンと佇む何気ない寺院が歴史と文化を伝えている、実に興味深い寺院でした。

大谷瓦窯跡

次に向かったのが、やはり大谷地区にある「大谷瓦窯跡」です。
「光福寺」からは15分位でしょうか。ちょうど国道407号線を一旦戻るような位置関係です。近くまで来ると意外と判りにくいエリア(というよりは何も目印になるものがないので、)で少し迷いましたが、案内板があったので何とかたどり着きました。

大谷瓦窯跡は、昭和30年5月に発掘調査が行われ、検出された2基の瓦窯跡の内、保存のよい1基が昭和33年10月8日に国指定史跡になりました。
瓦窯跡は、瓦を専門に焼いた窯のことで、瓦の製造は飛鳥時代(7世紀頃)以降盛んになる寺院建築とともに始まったものです。
この瓦窯跡は、山の斜面を利用した「登窯」とよばれる半地下式のもので、全長は7.60メートルあります。
窯は、焚口部・燃焼部・焼成部・煙道部の各部から成っています。この窯跡の特徴としては、焼成部に瓦を利用して階段状に13の段が造られていることがあげられます。
出土遺物は、軒丸瓦・平瓦・丸瓦等があり、こうした瓦から窯跡は、7世紀後半頃と思われます。
付近一帯は周辺に窯跡群が埋没しており昭和44年に県選定重要遺跡に選定されています。
(現地案内板説明文より)

窯跡に行く小道が意外と整備されているのは何故かと訝しく思っていたら、どうやらここはハイキングコースの一端となっているようで、「ぼたん園コース」と書かれた道標が立ててありました。
大谷瓦窯跡
早速その窯とやらを…、小道を歩いてみても、どこにあるのやら草木が生い茂ってよくわかりませんでしたが、何となく倒産した会社のケーブルカーの廃乗り場みたいなところがそのようです。
大谷瓦窯跡
つくづく思うのですが、このような史跡を見るには寒ささえ我慢できれば冬が一番です。どうも草木が生い茂ってよくわからないケースが結構ありますから。勿論、豪雪地帯は返ってダメですが…。
近づいてみると、ああ、なるほどね、と頷くことはできますが、それ以上のリアクションが続きません。
大谷瓦窯跡
そこで子供のように下から右から上から左からグルッと廻ってみましたが、それ以上でも、それ以下でもありませんでした。
大谷瓦窯跡大谷瓦窯跡
とにかく重要な史跡であることだけはしっかり覚えておきましょう。
因みに当然ながら偶然でしょうが、何故13段だったのでしょうかね。
大谷瓦窯跡

東松山ぼたん園

ちょうど昼時なので、瓦窯跡からまたまた国道407号線を南下して、途中にある「そばくらんぼん」で昼食をとりました。
実にユニークな店舗で、1階が蕎麦屋で2階が洋食、そして各々のシェフが父子という関係で、一見見ると東松山のディズニーランド風です。
大谷瓦窯跡
蕎麦も実に美味しくいただきました。詳しくは美味是好日の【そばくらんぼん】で紹介します。
昼食を済ませてから「東松山ぼたん園」に向います。

駐車場はほぼ満杯に近い状況のようでしたが、幸運にもちょうど帰る車が2.3台あったので待つことも無く駐車できました。
駐車場から坂道を下ったところが入場口です。
東松山ぼたん園
入園券売機で入園券を500円で購入して入園します。
東松山ぼたん園
すぐ左側には園内のツツジが真っ盛りで、入園者を迎えているようです。
東松山ぼたん園
正面に園内の案内図とぼたん園についての説明があります。

東松山ぼたん園
この公園は、市の花「ぼたん」の普及活動の一環として平成2年3月に開園し、その後拡張工事を経て関東有数のぼたん園となりました。
ぼたんは、昔から「花王」とか「花神」等と呼ばれその豪華さと気品は他を圧倒するものがあります。特に淡桃色や藤色の花は、妖気さえ漂わせ、朝露を宿してほころび始めたぼたんの花はいっそう魅力的です。
原産は、中国北西部で、古くから根を薬草として使っていましたが、隋(6世紀)の頃から園芸植物として栽培され始め、唐代(7・8世紀)には大流行しました。
日本への渡来は奈良時代といわれ、最初は薬草としてお寺などに植えられていましたが、平安時代に観賞用として栽培されだし、江戸時代には品種も多くなり、一般に広まりました。
例年4月下旬頃から色鮮やかな花をつけ、現在306種約5800株となっています。
(現地案内板説明文より)

早速順路に沿って散策を始めましたが、こちらのぼたん園はまだ早すぎたのか、全体の4割程度しか咲いていない感じでちょっと寂しい光景です。
東松山ぼたん園
それでもやはり美しい姿を垣間見ることができます。
東松山ぼたん園東松山ぼたん園東松山ぼたん園
また、途中の広場では、ちょっと前に満開だったお姉さん方の踊りも披露され、花に花を添えるという…、〝何れ菖蒲か杜若〟…、〝立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花〟といったところでしょうかね、よいしょ、っと。
東松山ぼたん園

ここではぼたんの名前が判るようにと名札がつけられているので多少イメージがしやすいようです。

東松山ぼたん園

ここでのお気に入りはこちらです。
まさに気品あふれる…!?〝 千代桜〟
東松山ぼたん園
そしてまさに中国そのもの…!? 〝楊貴妃〟です。
東松山ぼたん園
全てが咲ききっていれば相当見ごたえがあるのでしょうね、きっと。
東松山ぼたん園
それでも綺麗な牡丹はたくさんあります。
東松山ぼたん園東松山ぼたん園東松山ぼたん園
ゆっくりのんびり散策をしていると、途中スタッフの方から撮影ポイントを教えていただきました。
それがここですが、オバサンとオバアサンの二人では様にならないので写真は小さめですが、この場所はぼたんに囲まれた感じで撮影できるスポットで、喜ばれることは間違いないでしょう。
東松山ぼたん園
全く勘違いしている人も極近くに居ますが…;;。

入口方面へもどりつ最後の牡丹を楽しみました。
東松山ぼたん園東松山ぼたん園
園内を一周した後は園内の一角にある牡丹や産直等のテント屋台に寄って見ました。 特に買いたいものも無かったのですが、流石に結構広い園内を歩いたので少々疲れてきました。
東松山ぼたん園
ありがたい事にテント屋台の先に「大岡コミュニティセンター」なる建物があり、恐らく普段は公民館として使われているのでしょうが、この日は休憩所として解放されていましたので、ここで一休みさせていただきました。
センターの前には春だというのに紅葉が…!!! 特別こういった品種なのかもしれませんが、実に摩訶不思議です。
東松山ぼたん園
しばらく休憩ののち「ぼたん園」を後にしました。
東松山の北部でも歴史と牡丹をたっぷりと堪能することができた、楽しい散策でした。

この後、東松山駅へ戻り、駅前の焼き鳥屋がPM3:00にもかかわらずオープンしていたので、名物のみそだれやきとりを堪能しましたが、それは美味是好日の 【やきとりひびき】、及び【東松山のミソだれやきとり】で。
東松山駅
今回はおとずれた場所は少なかったのですが、それぞれに見ごたえのある散策でした。
今後も、東松山は高速ICで通過する場所ですので、時間が有れば他の場所も見て廻りたいものです。

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