定福院の羅漢と石仏

「定福院」は【くりはし八福神】巡りの二番目の寺として訪れました。

駐車場に車を止め降りてみると、そこはすでに羅漢の世界でした。
定福院の羅漢と石仏 【入り口の羅漢の寺】


とりあえずは本堂へと向かうと立派な山門があります。山門脇には正月らしい酒木樽が並べられいます。
定福院の羅漢と石仏 【定福院山門と酒樽】
さらにその両側には仁王像が2体聳え立っています。勿論石像で中々の迫力ですが、よくよく見るとちょっと二頭身的なキャラ風仁王像で愛嬌を感じます。また、正月だけでしょうが謹賀新年の幕がポシェットや涎掛け風でキュートなのも、まあ、新年のご愛嬌ですかね。
定福院の羅漢と石仏 定福院の羅漢と石仏 【「誰がキュートやねん」の山門脇仁王像】
山門をくぐるとすぐ左側に「十三沸」と彫られた石碑があり、そこに十三体の石仏が並んでいます。
定福院の羅漢と石仏 【十三沸標石】
石碑のすぐ隣に「不動明王」があり最後に「虚空蔵菩薩」とありました。このときは特別な意味合いを知らずに通り過ぎましたが、後に調べるとちゃんと意味があるのですね。
定福院の羅漢と石仏 【十三沸像】


そもそも、”この世”と”あの世”の間には「中陰」と言う世界があるそうです。そして死んだ人が”この世”から”あの世”へ向かうときにこの「中陰」を通るのですが、この「中陰」の世界を通り抜けるのに49日間掛かるのだそうです。
で、この49日の間に七日毎に仏が順次入れ替わって、一人前の仏となれるように教育してくれるそうです。また、この教育と平行して閻魔大王を裁判長とする極楽行か地獄行かの裁判が七日ごとに開かれ、49日目に教育が終わるとともに、極楽行か地獄行かの判決が言い渡されるのです。
因みに、レアケースとして超善人と超悪人は、審査なしに相応する世界へワープするのだそうで、実に便利なシステムとなっているようです。
こうなると薄々理解できるのが四十九日ですね。所謂四十九日の法要です。と言うことは七日毎に仏が入れ替わるのですから最初の仏が出現するのが初七日と言うわけです。

ここで四十九日までを整理しますと、初七日(七日目)、二七日(十四日目)、三七日(二十一日目)、四七日(二十八日目)、五七日(三十五日目)、六七日(四十二日目)、七七日(四十九日目)となり、初七日は最初に教育を受ける時で、四十九日目は判決が出るという大事な日ですから、初七日と四十九日(七七日忌)は供養を行い、他は省略してしまうのです。忙しい現代でも初七日と四十九日だけは法要を行うのは、このような意味があったからなのでしょうか。
◆初七日(七日目)不動明王、◆二七日(十四日目)釈迦如来、◆三七日(二十一日目)文殊菩薩、◆四七日(二十八日目)普賢菩薩、◆五七日(三十五日目)地蔵菩薩、◆六七日(四十二日目)弥勒菩薩、◆七七日(四十九日目)薬師如来。
このようにして四十九日までには七仏が現れるのです。

さてここまでがインドの輪廻思想で、この後インドでは死者は他の生を受けると考えられていたようです。
しかし、このインドの輪廻思想が中国に伝わると中国では道教の影響で十王信仰が出来上がり、3回供養日が増えたのです。つまりこの十王信仰とは、閻魔大王に代わって”十王”が裁判長となり審議はそれまでの49日から2年まで一気に増え、◆百か日(百日目)観世音菩薩、◆一周忌(一年目)勢至菩薩、◆三回忌(三年目)阿弥陀如来の3仏が現れるのです。
そして、この中国の十王信仰が日本に伝わると十三仏信仰として、◆七回忌(七年目)阿閃如来、◆十三回忌(十三年目)大日如来、◆三十三回忌(三十三年目)虚空蔵菩薩の三回が追加されるのです。
ただし、日本の十三仏信仰については密教の影響を受けている可能性もあるようですが、定説は無いようです。

このように最終的に日本の十三仏信仰とは、仏の世界で一人前になるまでに33年の長い年月かかかり、その間初七日から三十三回忌までの13回の審理における弁護士の役割としての十三仏への信仰であるようです。
これらを整理すると以下のような「十三仏並びに対応する裁判官」という図式となります。

初七日(七日目) 不動明王(秦広王)
二七日(十四日目) 釈迦如来(初江王)
三七日(二十一日目) 文殊菩薩(宋帝王)
四七日(二十八日目) 普賢菩薩(五官王)
五七日(三十五日目) 地蔵菩薩(閻魔王)
六七日(四十二日目) 弥勒菩薩(変成王)
七七日(四十九日目) 薬師如来(泰山王)
百か日(百日目) 観世音菩薩(平等王)
一周忌(一年目) 勢至菩薩(都市王)
三回忌(三年目)阿弥陀如来(五道転輪王)
七回忌(七年目) 阿閃如来(蓮華王)
十三回忌(十三年目) 大日如来(祇園王)
三十三回忌(三十三年目) 虚空蔵菩薩(法界王)
※( )内の王は裁判官にあたる。

はっきり言って50年以上人生送ってきて初めて知りました。まあ、ウンチクとしては面白いかも知れませんが、これを論理的(?)と考えるか、結局スピリチュアルと考えるかは人それぞれでしょうが、定福院で一つ賢くなった気がします。十三沸の石仏とは、実に定福院らしい演出でしょう。

本堂は比較的質素です。
定福院の縁起については何も説明が無いのでほとんど判りませんが、観光協会のサイトの説明によると、文永二年(1265)高柳幹盛が、高柳に定福密院を創建し子孫、高柳行清が寛永年中、佐間の地に移した、古刹である。と、説明されていますが、するとこの寺は700年以上前からあるということですか・・・
定福院の羅漢と石仏 【定福院本堂】


ここから羅漢石仏を見て歩きます。
定福院の羅漢と石仏 【羅漢石仏の数々-1】
多くのサイトでも紹介されているように、確かに大変多くの石仏や非常にユニークな表情の石仏を見ることが出来ます。
定福院の羅漢と石仏 【羅漢石仏の数々-2】
山門から見て一番奥の方でしょうか、本書の概要にあった500体目の「だんご三兄弟」がありました。ちょうど「ドラえもん」の像も一緒にあるところです。
定福院の羅漢と石仏 定福院の羅漢と石仏 【記念すべき500体目の”だんご三兄弟"と"ドラえもん"石仏】


先の観光協会のサイトの説明によると、

『羅漢像は、栗橋町大字佐間にある定福院の住職が「小さい寺の小さな文化活動」として始め、一般の人達による慰霊の心を顕すものとして彫り始められました。
その草の根的な活動は、大きな広がりをよび、平成元年から始まった「羅漢を彫る会」の活動により、平成18年には羅漢像が700余体を数えるまでとなりました。』

とあり、恐らく現在では800体くらいになっているのではないでしょうか。

もともと「仏像彫刻の約束に縛られず自由に彫る」という住職の発案によりはじめられた会は、自分のスタイルの仏教を表現すると言う開け広げられた教義が受け入れられたのでしょう。
定福院の羅漢と石仏 【羅漢石仏の数々-3】
そして更にこの活動を促進させたのが、やはりと言うかメディアでした。
それは1999年にNHKで放映されたそうで、これについては「真言宗豊山派」というサイトに掲載されていました。

『速報トピックス 1999.3.5 NHKテレビ生放送《定福院の羅漢彫り》

現在491体の石像(羅漢仏)を完成されており、いよいよ五百体の達成が間近い定福院。
羅漢とは、すでにおさとりきった、最上の仏教の修行者のことです。
この定福院ではどなたでもこの石仏を彫ることができるとのこと。一体を彫るのに最低約60時間はかかり、皆さん無心になって彫っているそうです。ぜひ、この番組をご覧になって、出掛けてみてはいかがでしょうか。
さて、「定福院の羅漢彫り」の放映は、下記の通りです。

3月5日(金) 17:05~18:00
NHKテレビ 「首都圏生き生きワイド」
*番組中で約7分程の生放送で紹介されます。
なお、「わたしも彫ってみたい!」という方は、下記へお問合せ下さい。

定福院
〒349-1124 埼玉県北葛飾郡栗橋町佐間566 TEL 0480-52-1275』

と言う内容です。
こういったメディアが一つの起爆剤となって爆発的に関心度、注目度が上がりメンバーも増加し羅漢石仏も増えていったのではないかということは容易に想像されます。

境内にはまだ作り掛けや、これから作成されるであろうモノもありましたので、これから益々増えていくのではないかと思われます。
定福院の羅漢と石仏 【作成途中の石仏】


参考:【真言宗豊山派】http://www.buzan.or.jp/index.html

山門から見て境内の右方面(駐車場近く)に石板のある石仏群がありました。
石板には「新四国八十八ヶ所 お砂踏み」と書かれています。
定福院の羅漢と石仏 【お砂踏み石板】
聞きなれない名称と石仏の前に数字の刻まれた丸い石盤が置かれています。
定福院の羅漢と石仏 【新四国八十八ヶ所お砂踏み石仏】
恐らく1~88番までの石盤と石仏があるのでしょうが、全て確かめることはしませんでした。
これも後に調べてみました。
定福院の羅漢と石仏 【"新四国八十八ヶ所お砂踏み石盤】


そもそも四国霊場八十八カ所は、弘仁6(815)年弘法大師四十二歳の時に開創されたと言われています。遍路の起こりは、この弘法大師の没後、弟子の真済が遺跡を巡拝したとか言われていますが、平たく言えば大師を慕い共に歩みたいという信仰から来ているものでしょう。
信仰心はともかくも、現実的に88ヶ所を巡るにはかなりの時間を要します。
仮に1日30Km歩いたとしてもおおよそ40日は掛かると言われています。また車やバスでも1日で巡ることは不可能で何日かを要します。 現代では多くの人が休日や体力を整えることが不可能な時代です。そこで考え出されたのが「お砂踏み」という礼拝方法です。
これは四国八十八ヶ所各霊場寺院の本尊(例えば1番目の竺和山霊山寺の本尊は釈迦如来)を祀り、各寺院から戴いた”境内の砂”をそれぞれの正面に敷き、それらを踏みながら礼拝していくことにより、四国八十八ヶ所霊場を巡拝されると同じような功徳を積める、というシステムです。
まあ、なんとコンビニエンスなシステムでしょう。四国八十八ヶ所ショートカット巡礼とでも言うのでしょうか、実際に行きたくても行けない方には、実にありがたいシステムなんですね。
実際には全国(四国を除くんだと思いますが)の寺院などで行われたり、デパートの催事場のコーナーとしてイベント実施されたり、最近ではセントレア空港内のビヤガーデンでも開催されていました。
このような場合、一般的に本尊の描かれた掛け軸を掛け祀るそうですが、ここ定福院では、それが羅漢石仏ですから大変時間が掛かったことでしょう、最低88体はあるのですから。
そういった意味ではお手軽な掛け軸よりずっと思いのこもった大変ありがたいご本尊なのかもしれませんね。
推測ですが、件の円盤の下に各寺院の砂がまかれているのですかね。結局は一度どなたかが四国88ヶ所は巡らないといけない訳ですから、それだけでも大変なことですよね。
そんなこととは露知らず、ポケーッと写真撮ってる場合じゃなかったかもしれません、プチ反省。

そして境内の中央に比較的新しい立派な慰霊碑がありました。この地区の慰霊の為と書かれていましたが、何かがあったのでしょうか。ちょっと気になります。
定福院の羅漢と石仏 【慰霊碑】


兎にも角にも一渡り定福院を見ましたが、確かに様々な羅漢・石仏は色々な意味で魅力的です。外面的な部分だけでは本来語ってはいけないのかもしれません。つまり内面的な歴史や精神を感じつつ楽しむことが重要な事なのかも知れませんが・・・、 これからも良い意味で発展していくことでしょう。
11月には当院で「羅漢祭」が行われるそうです。機会があれば、是非また訪れて見たいものです。
因みに、700年後「団子三兄弟」と「ドラエモン」の石仏を見た未来人は、700年前、すでに地球には異性人の祖先が住んでいた、と思う・・・訳ないですよね。

2009.01.14記

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