三波石峡

金鑚神社を出たのがもう、PM1:00頃でそろそろお腹もすいてきたので、どこか適当なところで昼食を取ろうと車を走らせました。特にこの辺りに名物は無い様なので(こうゆう所はちゃんと調べてある)、よさそうな店があればそこによるつもりです。
国道462号線を西へ向かい、新宿交差点に、左・冬桜城峯公園と言う看板があったので、その通りに左折して少し走ったところにちょうど手打ちそば・うどんの幟があり、とにかくということでここで昼食を取ることにしました。

お店は「森の家」サンと言うお店です。
三波石峡 【森の家入り口】
小奇麗な駐車場と建物だったので入ってみました。店内は結構広く、入り口付近に10名くらい座れる大きなテーブル。そして、左側と奥には座敷があり30~40人は入れるのではないでしょうか。 店内も非常に綺麗にされています。PM1:30だったので他にお客はいませんでした。
メニューは一般的なそば、うどんのメニューで、宴会も出来るつくりになってはいますが、宴会用の品は(酒肴類)はあまり多くありませんでした。(夜は別のメニューがあるのかもしれません) あなご丼など多少珍しいメニューもありましたが、ここはオーソドックスに家内共々盛り天ぷらそばを注文いたしました。
手打ちなので手間隙掛けているのか、それとも場所柄時間がゆっくり流れているのか、出来上がりまでしばし待つことになりました。

手持ち無沙汰にとめどない話をしながら店舗内を見るとも見ないとも眺めていると、実に珍しいものを発見しました。否、珍しいではなく生まれて初めてのものです。

店の中に大きな床の間があり、その中に神棚が祀ってあるのですが、その下に、な、、なんと皇室のカレンダーが下げられています。ちょうど11.12月で、写真は天皇・皇后の写真です。
家内共々これには驚愕すら覚えました。どこの誰がどうやって製作するのか、そしてそれをどのようにして入手するのか。私にとっては興味津々です。 カレンダーをめくってみると皇室一家の写真とか、皇太子一家とかの写真で綴られています。最後に”菊・・・・ナントカ会”的な名が入っていたので、遺族会とか・・・まあ、そんな関連なのかなあと、あえてお店の方にはお聞きしませんでしたが、ある意味、一番の驚きと感動かも知れませんでした。
三波石峡 【始めて見た皇室カレンダー】

そうしているうちに蕎麦が出されました。
手打ちで比較的太い蕎麦です。一口食べると、結構なシコシコ感と蕎麦らしい香り、かなり美味です。特別に期待していた訳では無いので、ちょっとうれしい限りです。天ぷらは”海老””野菜””きのこ”など比較的どこにでもあるような食材ですが、カリッと揚っていて食感が抜群です。最初から目的ではなかったので写真は撮っていませんが、かなりお勧めの蕎麦です。
蕎麦を堪能し、お腹もいっぱいで次の目的地の三波石峡へ向かいます。

お店の前の道を左方向にひた走ると三波石峡の標識が現れてきます。
何といっても10年以上の乗り続けている愛車なので、ナビといった洒落たものは付いていません。ナビはすべて私の頭の中です。頭の中に入りきれないものは、全て”感”で補うのです。「大体こっちの方だろう」の運転で5回に1回くらいのミスですから・・・
ということで、かなり迷っていますと、いつの間にやら群馬県に突入していました。さすがにこれは違うと戻ったり進んだりで、どうにかこうにか三波石峡の駐車場にたどりつきました。恐らくもう一回行けといわれても道が判らないでしょう。但し赤い橋のところを入る事だけは憶えていましたが。

駐車場に車を止めておりて周囲を眺めると、”隠し砦の三悪人”にでも出てきそうな山の上の城壁。
三波石峡 【三波石峡から見たダム壁面】
駐車場にある説明版と写真をみて、あれが下久保ダムと知りました。まさに城壁です。このような角度でダムが見れるのも珍しいのではないでしょうか。
まずは三波石峡の説明です。

『国指定名勝及び天然記念物 三波石峡  指定/昭和32年7月3日 譲原字栢ケ舞地内の神流川に約1.5Kmにわたり三波石の巨石・奇岩が並び三波石峡を形作っています。三波石は地質上では三波川結晶片岩と呼ばれ、関東地方から九州地方まで長さ約800Kmにわたって帯状に分布する三波川変成岩帯が露呈した岩石です。 三波石峡は太古からの自然が作り出した景観であり、日本列島の生い立ちを知る上で学術的にも貴重なものです。 藤岡市教育委員会』

これは藤岡市教育委員会とありますので群馬県側で作られたものでしょう。

そもそも三波石の名前の由来は、名勝三波石峡に架かる登仙橋に最も近いところに並ぶ三つの名石(一番石・二番石・三番石)が波の形をしており、これから三波という名を生じた説がもっとも有力だそうで、この説とは別に、三波川という河川の名前から来ているという説もあるそうです。
そして、ウィキペディアによると、

『三波石(さんばせき)は、群馬県藤岡市を流れる三波川流域で取れる青緑の変成岩。しばしば白い模様が入り、庭石としてよく利用されている。近年では、同町での産出量が減り四国からのものが多く出回っている。』

とあります。

このことは、駐車場から河原に下りる途中にある橋、叢石橋の袂にある、埼玉・群馬両県で作製した石碑にこう書かれています。
三波石峡 三波石峡 【叢石橋と天然記念物指定石碑】

『名勝及び天然記念物 「三波石峡」  指定/昭和三十二年七月三日
この渓谷は約一粁に及び河床河岸には、主に三波石と通稱される緑色片岩類の転石が横たわり特異な美観をつくり神流川における代表的勝区をなしている。三波石は神流川の特産で古くから庭石として珍重され採石されたため、自然の状態で現存するのはこの峡谷のみである。しかもこの峡谷のものは豪壮な巨石や奇岩が多く、古来名のあるもののみで四十八石ある。とくに新緑や紅葉のときの美景はひとしおである。
注意事項
一、採石植物採取をしてはならない。
二、紙くづ等を散らし、美観を傷付けてはならない。
昭和四十三年三月三十一日
文化財保護委員会 鬼石町教育委員会 神泉村教育委員会』

この三波石は江戸時代から知られていたようで、文政11年(1828)に完成した新編武蔵風土記稿(しんぺんむさしふどきこう)には「出處は神流川にて、當村附と対岸の上州甘楽郡譲原村にかかり、十八町許の間、両岸又は中流に三波石と称するもの多し。名産にて所詮世に賞する所の上州三波石是なり、四十八石とて其の名あるは、名奇怪なる巨石なり、小石といへども奇石なれば、猥に取ることを免さず。」と記されてるように、1742(享保2)年には名前が付けられていたと言われています。現在、三波四十八石として、それぞれには由来もきちんとあるそうです。
このように江戸時代から景観として、そしてその後は産業としても重要な三波石峡は上記の通り、見事な風景であるための「名勝」、学術的に貴重であるための「天然記念物」に1957(昭和32)年それぞれ指定されたのです。

その約10年後、1968(昭和43)年に下久保ダムが完成してから、三波石峡の状況が変化してきます。
もともと三波石峡は美しい結晶片岩と荒々しい流れが織り成す清流で、洪水の際に土砂で磨かれることでその美しさを永続させ、高価な庭石として地元の特産品にもなっていたのです。 つまり、この地域では古くから「大水は銘石の化粧水」と伝えられているように、洪水の時には砂や石、時には大きな岩も流れてきて、それらの石や砂によって銘石(三波石)が磨かれ、銘石の美しさが一段と増すと言われているのです。
ところがこのダムが完成してから、この下久保ダムの放流がバイパス水路を通って下流に流されるため、ダム直下の三波石峡を含む元の河川区間(約4Km)には水が流れない状態が、以降30年以上続いたそうです。これにより三波石はアカやほこりで黒ずんで輝きを無くし、河原はツルヨシなどの雑草が繁茂して三波石峡は荒廃し、名産品である三波石の品質低下にもつながりました。

その様な状況の中で、1997(平成9)年の河川法改正により、河川環境の維持が治水・利水に並ぶ法の最大目的に規定されたことから、国土交通省や水資源機構は全国のダムにおいて河川維持放流設備を設置して河川環境の向上を図りました。
下久保ダムでも国の天然記念物に指定された名勝・三波石峡の清流復活を最大の目標に、2001(平成13)年国土交通省と群馬県企業局により「下久保ダム水環境改善事業」が実施されました。
これは、かつての「大水は銘石の化粧水」の謂れの通り、ダム直下に下久保第二発電所を設けて管理用発電を行いながら維持放流を行い、流水を復活させると同時に土砂を下流に積んで洪水時に流下させるというものです。 つまりダムの放流にあわせて石や砂を流すという試みなのです。
こうした対策と、地元住民と共同で環境整備を行ったことによって三波石峡に清流が復活し始め、徐々にかつての光景を取り戻そうとしており、名勝地として復活の兆しを見せているそうです。

このような復活の中で、古くは新編武蔵風土記稿にもあるように、名勝、天然記念物に指定されてからは、採石禁止と美観保守を厳しく言われています。折角の名勝地の復活ですから一人一人のマナーが大事なのでしょう。河原に下りると思わず取りたくなりますが、これはマナー違反というより犯罪なんです。 それにしても江戸時代から続いていて、如何に石といえども良くなくならないものですね。割れたとか形が変わってしまったとか、或いは流されてしまったとか無いのでしょうね。それ自体が大したものです。
三波石峡 三波石峡 【写真では良さが上手く伝わらない三波石峡】
しかし、そんな現実的なことは、しばし忘れて『新緑や紅葉のときの美景はひとしお』とあるように、川面のエメラルドグリーンと三波石の白、そして紅葉の赤と黄のカラフルな三波石峡はなかなかの絶景を見れば、生臭いことは忘れることでしょう。
目の保養に心の癒しにも堪能出来る名勝です。
偉そうなことを言っても、結局四十八石自体は一つも見ていないのですから、なんとか春には川沿いに歩いて四十八石を眺めてみたいものです。

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