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長勝院のハタザクラ

ナビにより極々近くまで来たのですが、かなり路地入り組んだところで駐車できる場所が無いため、住宅地をうろうろとしていたところ、ちょうど道案内の方がいたので、やはりこの時期は多くの人が詰めかけるのだなあなどと考えながら道を尋ねると、「ハタザクラ」ではなく付近の市営墓地の見学会の道案内の方でした。
この見学会のために近くの学校が臨時駐車場になっていると聞き、さも見学会にきたという体で臨時駐車場にちゃっかり駐車させていただきました。(本当にごめんなさい、市役所の方)
臨時の駐車場が志木中学校でしたので、この中学校をグルッと半周したあたりが目的の「長勝院のハタザクラ」のようです。
ここからは徒歩で桜の春を満喫します。

チョウショウインノハタザクラ

志木中学校のすぐ脇が柳瀬川の河川敷となっていて、その川沿いは桜並木が見事です。
柳瀬川沿いの桜並木
土手に沿ってずっと続いている、まさしくソメイヨシノの桜並木沿いに上流に向かって歩いてみます。
河川の緑の草木に黄色の菜の花、そしてスカイブルーにほんのり桜色。実に日本人に生まれてよかったと思う瞬間かもしれません。
そんな心地よい風情の中、家内がいきなり「キャッ!」っと。
「何事?」と見るや自転車の上に奇妙な物体が…。よくよく見れば何やらトカゲのような。
柳瀬川沿いのトカゲ?
緑の木々の中に美味く溶け込んでいるので、かえって美しい姿ですがやはり近くで見ると少々気持ち悪いものです。
どうやらペットのようなのでじっとしているようです。まあ、トカゲも花見をするのでしょうね。でも意外とこういった生物を実際に見るのは初めだったので、プチプチ感動です。

再び桜並木をゆっくり花見をして河川敷を離れます。
墓地見学会の道標とハタザクラの道標が同じ方向を示しています。
道標どおりに進むと「長勝院ハタザクラ」ではなく墓地見学会の受付があり、後ろめたい気持ちもあったので、そのまま墓地見学会に行ってみました。そこでは40~50人の方がもうすでに説明を聞いているので、しばらく一緒に聞いていました。 当然ながら、志木市在住の方しか権利はありませんから、当事者にとってはいいご迷惑でしょうね、本当のところ。
5分ほど説明を聞いてから、さも応募しようかな、などという悩みの表情を作りながら墓地を後にしました。重ね重ね、さらに重ねて申し訳ありません。
そして幸か不幸かその墓地の塀の向こう側に「長勝院ハタザクラ」があります。墓地の受付の方がすぐそばにいらっしゃるので、ここでも墓地見学のついでにハタザクラを見ていこうとする、志木市民的な装いを演じました。ご迷惑X4乗です。
兎にも角にもこれからがハタザクラの見物で、散策の始まりです。

中央に木の柵で区切られた中に太い老木が1本立っています。
長勝院のハタザクラ
幹の部分はかなり太いのですが、その先は急に細くなり(というか枝が極端に少なくなっている)ちょっと不恰好な桜の幹ですが、それはそれで重厚感と歴史ある老木の姿ということでありがたく見させていただきましょう。

チョウショウインハタザクラ(長勝院旗桜)
目通り樹周り(目の高さ位の所の樹の周囲)3.05m、高さ11.20m推定樹齢400年以上のハタザクラ。
花は大きく、一重咲きの花に雄しべの一部が花弁状に変わった旗弁(1~2枚)を生ずるヤマザクラ(バラ科)の1型で開花時の花付きは極めてにぎやかです。
県内各地の桜と比較しても巨木に中にはいるもので、樹齢等の点からみても大変貴重なサクラです。
またかつてこの地にあったともいわれる柏の城の歴史を語る生き証人としても大変重要な桜で、今後大切に保護保存していくべき桜です。
平成6年2月25日 志木市教育委員会』(現地案内板説明文より)

ちょうどボランティアなのかハタザクラについて説明してくださるスタッフの方が来られ、 備え付けのパンフレットをいただき説明をしていただきました。
まずはパンフレットの内容から。

『志木市天然記念物 長勝院ハタザクラ
平成5年10月6日志木市天然記念物に指定
平成10年9月「櫻の科学」研究誌にて新種と認められる。
平成15年4月1日市民の木に制定される。
世界に1本の桜はこうして発見された。
一人のこよなく桜を愛でる男がある日亭々と聳える巨木と出逢い、調査をしたことから始まった。その苔むした老樹の肌に耳を近づけると在りし日の子供たちの歓喜の声が……、更に近づくと古の武士の雄叫びが聞こえてくる……。
此の城は平安の末期、田面郡司藤原長勝の居城(柏城)であった。
一説には、永禄4年(1561)上杉謙信に攻められ、落城したといわれる。長勝の死後、時の地頭が主君源頼朝の妻政子の安産祈祷のために長勝の霊を祀って建てた寺が、清滝山薬王寺長勝院と名付けられたという。時は立ち、寺は損旧が著しくなり、昭和61年5月、寺は解体され、往時を偲ぶものはこの一本の老桜のみである。
その桜にはこんな話しがある。
柏の城主、田面郡司藤原長勝に「皐月前」というそれは美しい姫がいた。その姫に一目惚れした在原業平と駆け落ちした悲しい恋物語である。
時は経ち、京より高層道興准后が訪れ、その話しを耳にしたことから追善供養が営まれ、手向けとして挿した1本の杖が芽を出した。それがこの桜と今に伝わる。』(パンフレット説明文より)

桜の伝説と由緒はわかりましたが、その桜を愛でる男というのは一体…誰? ということになりますね。
ということで、裏面にも説明があるので読んでみます。

ハタザクラの特徴
チョウショウインハタザクラはヤマザクラの変種だが、野生のヤマザクラと比較して次のような特徴が見られる。
枝はやや太く、花は大型で花弁は円形に近い広楕円形で、長さ2ンセンチ弱にもなる。ほとんどが白色で時には先端に淡紅紫色を帯びる。蕾の時は白色で先端は淡紅紫色を帯びる。
他の桜と同じく花弁は5枚であるが、かなりの頻度で6~7枚の花弁が見られる。正常の5枚以外のものは雄しべが花弁のように変化したもので、これが旗状になっており、「旗弁」と呼ばれ、ハタザクラの所以である。
一輪の花の中に可憐なハタがゆれるのは、まことに優美で自然の妙に感激してしまうほどで染井吉野では味わえない趣のある桜である。成葉になると葉身の長さは最大約14センチ、幅は約7センチにも達し、他のヤマザクラと比較してかなり大きい。』(パンフレット説明文より)

なるほどハタザクラとは何ぞや…は理解できました、が、その桜を愛でる男が…、今だ不明ということで。
それはとりあえず置いといて、このパンフレットにはハタザクラの「旗弁」は”かなりの頻度”と書かれていますが、スタッフの方の説明によると実際には1本の木で凡そ20%くらいだそうです。したがってこの「旗弁」を見つけるほうが難しいということになるそうです。
長勝院のハタザクラ
また、この老木については現在は何とか生きながらえていますが、ある意味では時間の問題のようで、その子孫を残すために市内各地で苗木を植えており、現在市内約50ヶ所、約200本がこの老木のDMAを携えて植えられているそうです。
更に、一般の方も申し込めば苗木を分けていただけるそうですが、今年は申し込みが1件もなかったとぼやいていらっしゃいましたね。

ということで興味深い話ではあったのですが、未だに桜を愛でる男が…
で、もう一枚パンフレットがあるので、そちらを読んでみます。

『(前半はハタザクラの特徴などで重複の為省略)
平成5年10月6日には、市指定文化財に指定されましたが、その後、桜の研究者である川崎哲也氏の調査・研究により、今までに知られていなかった新しい栽培品種であることが分り、この調査内容が平成10年9月発行の研究誌「櫻の科学」第6号に掲載され、名実ともにヤマザクラ系の栽培品種の新種「チョウショウインハタザクラ」として登録されました。
近年は、この桜を中心とした市民活動も盛んで、はたざくら保存会が中心となりハタザクラ新聞の発行、苗木の植樹などが行われている他、この桜にちなんだまんじゅう、最中や日本酒などが商品化されるなど、まちづくりにも一翼を担っています。
平成12年度には「21世紀に残したい埼玉ふるさと自慢100選」に選定され、平成15年4月1日には、志木市のシンボルとして「市民の木」にも制定された今後も永く後世まで伝えていくべき大変貴重な桜です。』(パンフレット説明文より)

何とか手掛かりだけは掴めました。川崎哲也氏ですか…。
川崎哲也氏は桜研究の第一人者だそうです。
1929年名古屋生まれで、宇都宮農林専門学校(現宇都宮大学農学部)卒業の後、浦和(現さいたま)市で教職(中学校教諭)につき、学生の指導にあたりながら吹奏楽部指導教官を長く務められました。
そのかたわら、植物学者・牧野富太郎氏に18歳の頃から教えを受け、でサクラ品種収集家で京都の桜守・第4代佐野藤右衛門氏の教えも受け、生涯を教職とサクラの研究のささげ、サクラ栽培品種の鑑定家としても活躍されたそうです。
更に植物画家としてサクラの種の特徴を克明に描いた図版をはじめ多くの著者もあるようでが、2002年73歳で亡くなられました。
実にマルチな才能があふれているとともに、ロマンにもあふれた方だったのかもしれません。まさにサクラを愛でる男に相応しい方でしょう。

謎が解けたところで「ハタザクラ」をじっくり鑑賞します。
長勝院のハタザクラ
特徴にもあったとおり白色なので華麗さはソメイヨシノよりは若干劣るものの、可憐さという点では勝るとも劣らないでしょう。
さてその主役の「旗弁」はと見ると、先ほどのスタッフの方から、今年の老木はあまり「旗弁」を見ることができませんといわれ、すぐ近くにある子供の樹が結構たくさん「旗弁」があるとのことなので、そちらを見ることにします。
長勝院のハタザクラ子孫
幹は老木に比べようもないくらい細いですが、枝ぶりや花の数などは当然老木を圧倒しています。

実際に見ると「旗弁」は結構分りにくいものです。勿論色が同じということもありますが。
ハタザクラ
分りやすいのは先のパンフレットにあったイラストです。

これに照らし合わせると、どうやらこれが「ハタザクラ」のようです。
ハタザクラハタザクラハタザクラ
左側は「旗弁」が1枚のもので、中央がが2枚のものです。そして右側が3枚ある珍しいの花びらですが、写真では分りにくいですね。
確かに花びらとは若干形も違い雄しべから出ているのが、かろうじて理解できます。

この日は天気も良いのでアマチュアカメラマンが多く、皆さん高そうなカメラで撮影されていましたので、きっと綺麗に撮れるのでしょうね。
最後にもう一度老木を眺めると、老木の近くには何やら彫刻が置かれていました。
さくら子像
寝そべった女の子の姿ですが「さくら子」というそうで平成19年に設置されたものです。河童のような感じもありますが、まあ、モニュメントとしてサクラを眺める姿ということで理解しておきましょう。
しばしソメイヨシノとは違った魅力のハタザクラを見学し、十分堪能させてもらいました。
世界で一種の志木市生まれ「ハタザクラ」がメジャーになる日がきっと来ることでしょう。

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