岩殿観音

「法光寺」も名刹ながら、やはりここで知られているのは「岩殿観音」のようです。
西の山中に広がる霊場の岩殿観音に自然とモチベーションも上がってきます。

岩殿観音窟石龕

本堂を参詣してから説明にあった“観音窟石龕”のある「岩殿観音」へ向います。
場所がよく判らなかったのでちょうどいらした住職にお聞きしたところ、墓地の裏手であるとのことで、徒歩で10分~15分ほどのところにあるようです。
まずは墓所の方向に向いますが墓所は西武線の線路の向こう側なので、トンネルか踏み切りを渡って行くとのことで、とりあえずトンネルの方から行くことにしました。
トンネル
トンネルとはこのことで、小さなトンネルなのですが、よくよく考えれば境内にあった墓地用の電気カートが通れるだけの大きさのトンネルでした。
トンネル カート
最近はホテルなどは勿論のことホスピタリティは重要課題ですから。
トンネルをくぐって線路沿いを進むと右手に踏切があり、そこに「岩殿観音窟石龕」の案内板があるので、その通りに赤い幟の続いている林道を進みます。
電車道 案内板 林道

少し先で林道から細い山道にはいりますが、正式には参道ということになります。
このような坂道を登っていくのですが、2~3分ほど登ったところで案内図があります。
参道 参道 案内図
まだまだこのあたりは4分の1程度のところで、ここから参道も山道らしく結構きつくなります。
参道が一旦突き当たるとなるところに道標が置かれていました。
参道 左は「宝生の滝」で、右は「爪書き不動尊」と書かれています。
まずは左に向うと僅かながら落ちている小さな滝が確かにあります。
宝生の滝 宝生の滝
かつては落差18メートルの立派な滝だったそうです。かつての雄姿を是非みたいものですが、これはこれでの趣があるものです。
道を戻って今度は右に進むと洞窟のようなものがありますが、奥深い洞窟ではありません。
爪書き不動尊
ここに「爪書き不動尊」があるのですが、洞窟内にはそれらしきものはありません。隅から隅まで探してあきらめかけて戻ろうとしたところ、何ということはない洞窟の入口にありました。
爪では無理でしょうが、確かに刻まれた不動尊を見ることができます。
爪書き不動尊 爪書き不動尊
大分欠けてしまっている部分もありますが、凡そのアウトラインは残っています。基本的には弘法大師の手彫りの磨崖仏なのですが、一体いつころに描かれたものなのでしょうか。
まさに身も心も洗い清めて霊場に入るエントランスといったところでしょう。

ここからは九十九折の参道を再び登ります。
はっきり言って結構な坂道です。普段からスポーツやハイキングなどを楽しんでいる方にはなんと言うことはありませんが、運動不足と感じている方には、かなり厳しい山道と感じるでしょう。ただ、道はかなり整備されているので歩き易いことは確かです。
何とか九十九折を昇りきるとそこには朱の「観音窟石龕」を見て取ることができます。
観音窟石龕

観音窟石龕(南北朝時代・県指定・史跡)
ここは岩殿観音窟と呼ばれ、石灰岩の洞窟である。
もともと観音窟は、行基菩薩の手彫りと言われた十一面観音像を安置した霊場で、貞和2年(1346)に比丘元燈を中心に、数百人が協力して石龕が造られ奉納された。
石龕は緑泥片岩で観音像を安置する厨子を造ったもので、ほかに類例が見られず極めて貴重な仏教遺物である。
(現地案内板より)

たどり着いた先はまさに霊場にふさわしい光景を醸し出しています。但し、あまりにも綺麗なので多少拍子抜けするのも否めませんし、さらにこの観音窟の右手を見れば立入禁止の敷地に大型トラックを見ると、もしかすると実は車でここまで来られたのではないのかと錯覚される光景なのです。
西武建材吾野鉱業所
実はこれは石灰採掘場で、西武建材吾野鉱業所の敷地となっていて、当然一般車は入れ無いのです。よくある道無き道を苦労して登ったら、裏から自動車で誰でもが登れるといったオチはなかったのです。
そのあたりの状況はグーグルアースで凡そのイメージが掴めそうです。
西武建材吾野鉱業所 《岩殿観音窟周辺:(C)グーグルアース》

その一方で、この石灰採掘によって岩殿観音窟が消滅する危機もあったようですが、雨降って地固まるの喩えどおり、かえって周辺整備も行われ、めでたく観音窟のご開帳に結びついたようです。

70年ぶり、晴れて開帳 県指定重要文化財「岩殿観音石龕窟」
参道周辺も整備
法光寺=飯能市坂石町分333-1、大野文雄住職=の裏山に奉られる県指定重要文化財「岩殿観音石寵窟」の修復と周辺参道の整備が進められ、5月14日の改修落慶法要を境に一般公開される。岩穴の中に建立された石寵は全国でも珍しい歴史的価値の高いものだが、昭和の初め、岩殿山の石灰岩採掘にあたり、一度は消滅の危機を迎えたことも。その後も採掘現場のため参詣は困難となっていたが、約70年を経て、晴れて開帳の日を迎えることになった。

5月14日に改修落慶法要
法光寺(坂石町分)
天然の鍾乳洞の中に観音像を納めた岩殿観音石龕窟は、吾野駅近く、法光寺の本堂から1キロほど登っていった場所にある。入口は朱塗りの扉に守られ、高さ2・5メートル、幅3メートルほどの洞窟の中に緑泥片石で組まれた石寵が立つ。石寵の前には全国でも例を見ない石門が立ち、周囲には青石塔婆もある。
その昔、行基菩薩が東国巡錫の折、この洞窟で一夜を過ごし、夢に現れた白馬童子の「十一面観音を安置せよ」との告げを受け、山上にあった霊木で手彫りの観音像を洞窟内に安置したとされ、1346年には比丘元燈が多くの信者の協力を得て石龕を建立したという。行基菩薩の彫った本尊はその後失われ、現在は1933年に香取秀真氏が鋳造した十一面観音像が納められている。
山は石灰岩で覆われていたことから、昭和の初め、石灰採掘が始まり、観音窟も消滅の危機を迎えたが、武蔵野観音霊場を開創した柴田常恵氏や東京市長だった小増一太氏などの援助もあって保存されることになり、昭和9年には埼玉県の重要文化財として指定を受けた。しかし、採掘現場のため参詣は困難、参道も次第に荒廃していった。
同寺の大野文敬副住職(46)は「かつては多くの人が参詣に訪れたと聞く。採掘がはじまってからも参詣を希望する人は後を絶たなかったが、参道も木々に覆われ、案内できない状況だった」と語る。
石灰採掘腸始から約70年が過ぎ、寺、檀家の間から観音窟を一般に公開できるようにしようとの気運が高まり、実行委員会(石田宣雄委員長)を組織。老朽化していた観音窟の扉や屋根の改修、また、間伐や枝打ちを行って新たな参道の整備に乗り出した。 観音窟の外側には以前のものと同じ様式の朱塗りの扉と銅葺き屋根が設けられた。そして、これまでは中への立ち入りが出来ないようになっていたが、洞窟内に入って格子越しに石龕と観音像を拝顔できるようにした。
本堂と観音窟を結ぶルートには、岩壁に彫られた仏像「弘法の爪書き不動」、落差18メートルの「宝生の滝」、「畠山重忠の馬蹄跡」、「弘法の硯水」などの史跡伝説が残っており、さらに歩を進めると子ノ権現へと抜けることができるから、「名所を巡るハイキングコースとして復活させたい」との声も高まっている。
観音祭大般若会にあたる5月14日には、午前10時半から市教委による岩殿観音の解説、11時から改修落慶法要が行われ、その日から一般公開される。70年の眠りについていた貴重な文化財の開帳は、多くの注目を集めそうだ。改修落慶法要へは一般参加も可能。
(「日刊文化新聞」2006年4月26日版より)

ということで現在は中に入れるとのことで早速入ってみます。
中に入ると自動的に感知して照明が点灯するとのことでしたが、故障していたのか点灯しませんでした。しかし、この日は明るかったので充分地明かりで見通せる明るさでした。
観音窟のなかは山門のようなもので区切られていて、その中の本尊には近づけないようになっています。
岩殿観音窟
参拝はここで行うことになっているのです。
そして奥を見ると本尊が安置されています。
岩殿観音窟 岩殿観音窟
写真では判りにくいですが、周辺の岩はうっすら緑色を帯びていて緑泥片岩であることがわかります。緑泥片岩は秩父地方の長瀞岩畳が全国的にも有名で、埼玉県では板碑に使用されている例が非常に多いのです。
よく見れば本尊の左右にも板碑がいくつか配置されています。
岩殿観音窟
そのうちの1枚は聖法禅尼造立による貞治2(1363)年のもので、もう1枚は比丘元燈が両親の三十三回忌にあたる貞治6(1367)年に建てたもので非常に貴重なものなのだそうです。

参拝を済ませて外にでると、岩殿観音窟の左手には様々な石仏や石碑が並んでいます。
岩殿観音
そして、この先に「畠山重忠公の馬蹄跡」と「弘法の硯水」があるようなので行ってみます。
気持ち登っているようですが、殆ど平坦な道と変わりません。
途中、シイタケを栽培している光景に出くわしました。
しいたけ栽培 これは法光寺の精進料理にでも使われるのでしょうかね。
参道脇の小川 このような小川を渡る橋を抜けると目的の場所となります。
こちらが「畠山重忠公の馬蹄跡」でその石柱が立っていますが、はっきりってどこがその跡なのか判らずじまいでした。
畠山重忠公の馬蹄跡 畠山重忠公の馬蹄跡
馬蹄跡も由来も何も判らずじまいでしたが、まあ、とにかく見たということで…、というのもあまり楽しくはありませんが。
「弘法の硯水」もこちらですが、どこのことを指すのかが、こちらもよく判りませんでした。
弘法の硯水
折角、ここまでキチンと整備されているのに実に惜しい史跡です。
すべての参拝を済ませて下山し、改めて踏切から眺めてみると石灰採掘の規模の大きさが理解できそうです。
西武建材吾野鉱業所
非常に興味深いところが多く、不謹慎ながらサンダーバードの秘密基地のようなワクワク感を得られる興味深い寺院でした。
ちょっと登るのは大変ですが、春か秋の季節の良いときに一度参詣されると良いでしょう。

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