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第15回あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル

市庁舎博士の生誕地を巡ってから、第二の目的のブルーフェスティバルのメイン会場である菖蒲町庁舎に到着しました。
結構来場者も多いようです。とりあえず駐車場に車を停めて市庁舎に向かいます。市庁舎前の交差点には「あやめ・ラベンダーの里 菖蒲町へようこそ」というライオンズの看板があり再び訪れたという実感が湧いてきました。


ラベンダー苑ラベンダー苑庁舎前を通ってまずはラベンダー堤のほうへ向かいます。色々な模擬店が出店されていてフェスティバルの雰囲気をいつもながら盛り上げています。
庁舎敷地の「ラベンダー苑」のラベンダーはおよそ8000株ありかなり綺麗に咲いています。白や黄色の蝶がとまっていたりして、より一層の彩を加えています。暫し眺めを堪能し写真撮影をしていました。


その先にちょうど案内板があります。

彩のブルーランドしょうぶ八束緑地グランド
-アヤメ・ラベンダーの里-
アヤメ園
・菖蒲城址あやめ園(北西方向、遊歩道500メートル)
・八束緑地あやめ園(グランド内)
・見沼あやめ見本園(南東方向、見沼代用水沿い)
ラベンダー園
・役場前ラベンダー(グランド堤、役場周辺)
・しらさぎ公園ラベンダー(丘斜面)
愛称:ウィンフィールドスポーツパーク
由来:国際交流記念
長年にわたる菖蒲町とローズバーグ市との中学生のホームステイ交流に尽力し、両市民の友情と相互の文化理解に大きく貢献されたミスター・ハルド・ウィンフィールド氏の功績をたたえ愛称としたものであります。
菖蒲町』

八束緑地あやめ園庁舎敷地の隣には確かにグラウンドがあり、グランド内には木道の作られたあやめ園があり、これが「八束緑地あやめ園」です。
もう見頃で様々な色、模様のアヤメが咲いています。


ここで素朴な疑問で、「いずれがアヤメかカキツバタ」という慣用句は、どれも素晴らしく優劣は付け難いという意味とともに、見分けがつきがたいという意味にも用いられるのですが、実際にどう違う物なのでしょうか。
堀切菖蒲園では以下のように見分けているようです。

アヤメ
花の色:紫、まれに白
葉:主脈不明瞭
花の特徴:網目模様、外側の花びらに黄色い模様あり
適地:乾いた所に育つ
開花期:5月上旬~中旬

カキツバタ
花の色:青紫のほか紫、白、紋など
葉:主脈細小
花の特徴:網目なし
適地:水中や湿った所に育つ
開花期:5月中旬~下旬

ハナショウブ
花の色:紅紫、紫、絞、覆輪など
葉:主脈太い
花の特徴:網目なし、花の色はいろいろある
適地:湿ったところに育つ
開花期:6月上旬~下旬

アヤメアヤメアヤメ単純に開花時期から言えば現在咲いているのはハンショウブだということになるのですが・・・
それと模様柄とか黄色とか赤とかは間違いなく「アヤメ」ではないというところでしょうか。これは知ってから行った方が2倍楽しめますね。
そうなるとこれは・・・カキツバタ、或いはハナショウブ? って全部調べていると大変なことになりますね。


ラベンダー堤ラベンダー堤グランドの周辺にはラベンダーで囲まれています。ただ、こちらのラベンダーは庁舎敷地の「ラベンダー苑」よりまだ4.5分咲きといったところでしょうか。どうやらラベンダーにも早咲き、遅咲きがあるようです。
ちなみにこちらの「グランド堤」には約18,000株あるそうなので、恐らく来週くらいに来ると、それは壮観な青い絨毯が見られるのではないでしょうかね。


折角なのでラベンダーの種類を知っておきましょう。

ラベンダーはシソ科の背丈の低い常緑樹でハーブティー、アロマセラピーや観賞用にされています。ラベンダー色は薄紫色を意味するように、紫色の花が最もポピュラーですが白やピンクもあるようです。
原産地は地中海沿岸ですが、ヨーロッパ各地で盛んに品種改良されたり、交雑種を生じやすい性質のために、品種名や学名はかなり混乱しているそうですが、一般的に言われる分類は以下の通りです。

1.スパイカラベンダーグループ(イングリッシュラベンダー系、アングスティフォリア系ともいわれる)
○コモンラベンダー
一般にイングリッシュラベンダーと呼ばれるもので、耐寒性が強く香りが良いのが特徴です。代表的なものにヒドコートラベンダーがあります。北海道富良野のラベンダー「おかむらさき」もこのグループです。
○スパイクラベンダー
原種ラベンダーで、葉の幅が広くて花茎が長く、花よりも萼の方が目立つのが特徴です。コモンラベンダーより、耐暑性があります。
○ラバンディン系
コモンラベンダーとスパイクラベンダーを交配したもので、両者の性質を受け継いでいますが、不捻性(種ができない)であることが多いのが特徴です。
コモンラベンダーより耐暑性が強く、代表的なものとしては、グロッソラベンダー、スーパーセビリアンブルーなどがあります。

2.ストエカスラベンダーグループ(フレンチラベンダー系)
○ストエカス系
一般にフレンチラベンダーと呼ばれる系統で、主に観賞用として親しまれています。耐暑性は強いのですが、耐寒性は劣り、花穂の上に大きな苞がリボンのように付いているのが特徴です。
他に、エンジェル、フェアリーウィング、緑がかった白の花色が特徴のヴィリディス、などもこのグループです。

3.デンタータラベンダーグループ(デンターラ系)
○デンタータラベンダー
スペイン、地中海沿岸原産で、葉の鋭い切れ込み(鋸歯)と四季咲き性があるのが特徴です。
耐寒性が劣りますが、日本で改良された「スーパーサファイアブルー」は耐寒・耐暑性に優れ、日本全国で栽培できます。

4.プテロストエカスラベンダーグループ(レースラベンダー系)
○プテロストエカス系
葉に深い切れ込みがあるのが特徴で、一般にレースラベンダーという名前で市販されています。
代表的なものとして、ピナータ、マルティフィーダがあります。

ラベンダーといえども結構品種があるものですね。「金田一少年の事件簿」での”ラベンダー荘殺人事件”でのラベンダーは「おかむらさき」だったのでしょうね、きっと。

ラベンダーを楽しんでから「菖蒲城址あやめ園」に向かいます。

あじさい遊歩道ここから約500メートルの遊歩道を歩いていくのですが、遊歩道沿いには”あじさい”が花開いていて「あじさい遊歩道」と呼ばれています。
前回来たときには、まだあじさいは植えられてそれ程日がたっていないようで貧弱な遊歩道でしたが、あじさいも大きく綺麗に咲いて、舗装されていて随分と立派な遊歩道になっていました。
あじさいも見頃で青、赤、黄など色とりどりの花が咲いています。


ここであじさいの品種を調べるのも面白みに掛けるので、別なちょっと面白い事例をみつけたので掲載します。
これはアジサイに毒性があるという話で、ウシ、ヤギ、人などが摂食すると中毒を起こし、その症状は過呼吸、興奮、ふらつき歩行、痙攣、麻痺などを経て死亡する場合もあるそうです。
これは厚生労働省の発表での事例です。

『【事例1】
平成20年6月13日、茨城県つくば市内の飲食店で、料理に添えられた装飾用の「アジサイの葉」を喫食した1グループ8名が、会食30 分後から嘔吐、吐き気、めまい等の症状を呈した。
【事例2】
平成20年6月26日、大阪市内の飲食店で、料理に添えられた装飾用の「アジサイの葉」を喫食した1名が、喫食40 分後から嘔吐、顔面紅潮等の症状を呈した。』

アジサイに毒があったということも非常な驚きですが、それよりももっと驚くべき事実があります。
「紫陽花の八重咲く如くやつ代にを いませわが背子見つつ思はむ(しのはむ)」
この歌は万葉集で詠われた「あじさい」の季語のある橘諸兄の歌です。万葉集の成立が760年以降といわれているので、ざっと1200年以上経っています。つまり少なくても「あじさい」は1200年前から存在しているにも関わらず、それまで誰一人として食べた人がいなかったのでしょうか。更に言うなら、この超文明社会で古代人でさえ食べなかった「あじさい」を今頃になって何故食べなければならなかったのでしょうか。
もし古代人達が食べていれば”「あじさい」=毒=危険”くらいの言伝えは残っているはずです。そしてそれらの言伝えがないとしても、戦中、戦後のひもじい時代とかに食べた位の歴史があっても良いでしょう。それさえもなく何故昨年なんですかね。
兎にも角にも1200年間「あじさい」が毒をもっていることを知らなかったこと、それこそが驚嘆に値しますよね、ほんと。それとも豚インフルエンザのように突然の変異なのでしょうか? 色々な意味で・・・実に不可解な話です。

内当陣屋裏門思ったよりも天気がよく「あじさい遊歩道」では少し汗ばむ位で、10分ほどのんびり歩くと「菖蒲城址あやめ園」に到着です。
「あやめ園」の入口として門が建っています。横にこの門の案内板があります。


旗本内藤屋敷門
この門は、江戸時代この地域一帯を治めていた、旗本内藤氏の栢間陣屋の裏門と伝えられているものです。
陣屋とは、領地に置いた屋敷・役所のことです。内藤氏は、現在の栢間小学校の地を中心に、約1万坪の広さを有する陣屋を置き、戸ヶ崎(菖蒲)・新堀・三箇・栢間・小林等の各村に、合わせて5,700石の領地を治めました。
内藤氏は、徳川家の大身旗本として十四代にわたり幕末まで仕えましたが、中でも初代の四郎左衛門正成は、徳川家康の重臣として、数々の戦功を立てたことから「徳川家康十六神将」の一人にも数えられています。 なお、内藤氏の歴代の墓所は下栢間の善宗寺にあります。
明治以降、陣屋は廃止解体されましたが、この門は当時名主であった三須家に移築され、今に伝わりました。
このほど三須昭氏のご厚意により、この門が町に寄贈されたことにより、城址あやめ園に移築したものです。
平成10年3月 菖蒲町』

陣屋の裏門だったのですね。するとこの門は菖蒲城には直接的に関係ないということですね。しかも陣屋が別にあるのですから内藤氏も関係がないということです。では一体菖蒲城とは・・・ 調べてみました。

菖蒲城は1456(康生2)年に金田式部則綱という人が菖蒲新堀に城を築いて居住したといわれています。この金田氏とは近江六角佐々木氏の末裔の菖蒲佐々木氏とも言われているそうですが、詳細は不明のようです。
この菖蒲城主初代の金田式部則綱は古河公方足利成氏の家臣となり、以後氏綱、顕綱、定綱と続きますが5代頼綱の時に後北条氏に属し、6代秀綱の時に豊臣秀吉の関東侵攻により落城し廃城とされたと推定されています。したがって江戸時代前には菖蒲城はなくなっており、その後、江戸時代に家康の信望厚い内藤氏がここを治めて城ではなく陣屋を造ったということですね。
そして城も陣屋もない現在、城址と陣屋裏門が共存しているというグリコ史跡ということになっているのですね。実に合理的です。
ちなみにちょっと興味をそそる「徳川家康十六神将」は以下の通りです。
①酒井忠次(1527年 - 1596年) ②本多忠勝(1548年 - 1610年) ③榊原康政(1548年 - 1606年) ④井伊直政(1561年 - 1602年) (以上を徳川四天王という) ⑤松平康忠(1545年 - 1618年)または松平家忠(1555年 - 1600年) ⑥平岩親吉(1542年 - 1611年) ⑦鳥居元忠(1539年 - 1600年) ⑧鳥居忠広(? - 1573年) ⑨大久保忠世(1532年 - 1594年) ⑩大久保忠佐(1537年 - 1613年) ⑪内藤正成(1528年 - 1602年) ⑫服部正成(1542年 - 1596年) ⑬高木清秀(1526年 - 1610年) ⑭米津常春(1524年 - 1612年) ⑮渡辺守綱(1542年 - 1620年) ⑯蜂屋貞次(1539年 - 1564年)または植村家政(1588年 - 1650年)

更にその右手に案内板があります。

萩の垣根
このたび、城跡の趣を求めて、萩の垣根を作りました。垣根を城壁に見立て、また、その下辺に「本菖蒲」を植えましたが、築城のころ、あたり一面に「本菖蒲」が生い茂っていて、これが城の名、町の名のゆらいと伝えられているからです。
なお、萩の垣根は、材料としての萩の入手難から、大変高価で実物が殆ど見られなくなりましたが、本町では、見沼用水沿いの「萩の径」のものを利用し、いわばリサイクルによってつくったものです。
菖蒲町』

萩の垣根すべてがまだ萩の垣根になっているわけではありませんが、板塀と比べると確かに趣がありますし、何か上品です。
帰りがてらに「萩の径」によってみようと思いながら忘れましたが、小さな努力も結構大きなPRになるということでしょう。一石二鳥とはこのことです。
あやめ園も結構知名度が上がっているようですので、驕ることなく邁進していただきたいですね。(・・・って、偉そうなこといえる立場じゃないのですね)


あやめ園光景さていよいよ入園します。本来写真が綺麗に取れていれば、何も説明することもなくただ眺めていればいいだけでしょうが・・・ この辺は結構ビューポイントでしょうか。


あやめ園光景「あやめはやっぱり紫だよね」と訳の判らないことを家内が言っていましたが、確かに一際目立ちますし、昔から高貴な色として使われてきた色ですので、それなりに重みがあるのですね、実に。
しばらく園内を散策します。


菖蒲城址碑園の中央には「菖蒲城址」碑が立っています。


菖蒲城址碑後ろの萩の垣根碑の後ろ側も萩の垣根が造られています。


あやめ園光景あやめ園光景また、この辺は少し小高くなっていますので、園内が見渡せ綺麗な色合いの花菖蒲を見ることができます。ここには50品種、約30,000株の花菖蒲が植えられているそうで、手入れだけでも大変でしょうね。
3,40分ほど花菖蒲を堪能して戻ることにしました。3年ぶりに訪れた菖蒲城址あやめ園でしたが梅雨の一時を楽しむことができました。


「あじさい遊歩道」を歩いて庁舎へ戻って休みがてら、模擬店を見て回りました。
陽射しも強かったので、3年前に食べたラベンダーソフトクリームを食べようと思ったのですが、ラベンダーアイスしかなかったので、それを食べてみましたがソフトほど美味しくはなく、ちょっと残念でした。

ラベンダーサシェ更に別の模擬店でお土産を購入しました。
一つは「ラベンダーサシェ」という謂わば匂い袋ですね。確かにラベンダーの香りはよい香りですが、もともと「LAVANDULA」は”洗う”という意味のラテン語に由来するそうで、ローマ人達が入浴や洗濯の際にラベンダーを湯や水に入れることを好んだためだいわれています。このことからもラベンダーには鎮痛や精神安定、防虫、殺菌などに効果があるとされているのです。
このサシェは部屋にでも置くつもりなのですかね。


ラベンダー切花もう一つのお土産は、ずばり「ラベンダー」の切花。過日浦和の「うなぎまつり」で貰ったイグサの効果が薄れてきたので、玄関の靴の臭い消しように購入するのだと言ってました。明日から我が家の玄関もいい匂いになるのでしょうね。


若干ラベンダーの見頃には早かったものの、「ブルーフェスティバル」は十分楽しむことができました。

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コメント

  1. 素敵ですね、一回行ってみたいなと思います

    ( 04:36 [Edit] )

  2. 薄荷脳70 | -

    Re: 本多静六先生の投資術さん、ありがとうございます

    是非一度お訪ねください。
    緑あふれる綺麗な町ですね^^

    ( 04:15 )

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