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しらさぎ公園から天王山塚・神明神社

「アミーゴ」を出てからまずは腹ごなしとばかりに、すぐ近くの「しらさぎ公園」に向かいました。

森のパンやさん途中に「森のパン屋さん」という看板があって行ってみると、そこは社会福祉法人が運営していて、障害を持った方たちが施設で作ったパンやグッズなどを販売しているようです。作りたてのパンらしいので購入しようと思いましたが、甘系のパンしか残っていなかったので諦めました。ここではブルーフェスティバル中に様々なイベントを開催していて、帰りがけに来週のイベントチラシをいただきました。


しらさぎ公園その隣がもう「しらさぎ公園」です。
ちょうど道路の両側に公園があり、それを橋が結んでいる形です。


しらさぎ公園右側の方に入るとラベンダーの丘があります。ここも若干早咲きがありますが、ほとんどがまだ4~5分咲きです。見頃になるとここも大層綺麗でしょうね。


しらさぎ公園からの眺望ぐるっとラベンダーの丘を上ると結構眺めもよく、菖蒲町庁舎が見えます。


しらさぎ公園そして先に道の上の橋があって、これを渡ると向こう側の公園に行けます。


しらさぎ公園こちら側の公園は大きな池がメインの構成で、歌壇や滝など涼しげな風景です。のんびり歩いても20分くらいでしたが、ちょっとラベンダーの香りだけ楽しんできました。


天王山塚碑「しらさぎ公園」からは県道12号線を桶川方面に向かいます。
県道12号線下栢間の交差点を右折してしばらく行くと「天王山塚」の古墳に着きました。天王山塚碑とともに案内板があります。


天王山塚
所在地:南埼玉郡菖蒲町大字栢間
天王山塚は、元荒川の左岸栢間地区に分布する栢間古墳群の中心をなす前方後円墳で、全長約107メートル、前方部の高さ約9メートル、後円部の高さ約10メートル、前方部幅約62メートル、後円部径約55メートルあり、主軸はほぼ東西をさす。
墳丘の周囲には周溝が存在したが、現在は北と東に残るのみで、幅は20メートルほどである。主体部は不明であるが、墳形の形態から古墳時代後期(六世紀中頃)のものである。
栢間古墳群は九基からなり県の重要遺跡に選定されており、中の一基押出塚古墳では緑泥片岩と砂岩を用いた横穴式石室が確認されている。
昭和58年3月 菖蒲町教育委員会』

天王山塚行田市をはじめとしてこのあたりは古墳がそれ程珍しい地域ではないので、驚くほどのインパクトはありませんが、それなりの興味は沸いてくるものです。
碑の横から登ってみます。鬱蒼としているので昼でもちょっと気味の悪さがあります。夜登る人はまずいないでしょうね。
回りが道に囲まれているので全体像が分からない為、前方後円墳のどこを歩いているのか分かりません。
【結構ジメジメしていて虫は居るは、地面はヌルヌルで…】


天王山塚グーグルアースで調べるとこのような形でした。
右手東側に後円部で左手西側に前方部があるように見えるのですが。碑があるのはちょうど左側の道路が二股になる内側のところですね。


薬師如来堂一旦上にあがると確かに古墳は右側に続いています。そのまま後円部方向を歩いていくとお堂があります。
薬師如来のお堂だそうです。結構大きいお堂で、古いのか新しいのかよくわかりませんが、いずれにしても無住のようですね。


お堂の近くには滑り台(故障中って…)やブランコがあるので、ここで子供たちが遊んでいるのでしょうかね。少なくとも夏は蚊の餌食ですね。
割れた板石塔婆?またお堂の周りには石仏や板石塔婆らしきものも有ります。梵字らしき部分が割れてしまっているので良くはわかりませんが…
現在は公園になっているようですが、云われてみないと古墳だということはわかりませんね。


鎮守の森公園「天王山塚」を後にし、ここから少し先の「神明神社」へ向います。
まっすぐ進んで右折すると右手に「鎮守の森公園」があります。きれいな庭園や東屋など整備された公園のようですが、池を渡る橋は一部朽ちていて通行禁止のようです。


神明神社参道入り口そして、この公園の前が「神明神社」の参道入り口です。まるで鳥居の先は暗黒の世界のように遠目では真っ暗です。


神明神社社叢碑 入り口付近に碑と案内板があります。


『埼玉県指定天然記念物 神明神社の社叢
埼玉県南埼玉郡菖蒲町大字上栢間3366他
昭和52年3月29日指定
神明神社は、古くから住民の信仰を集めてきた由緒ある社である。
社叢は、長さが550メートルをこす参道林と境内林とからなり、面積は約1.74ヘクタールに及ぶ。参道の両側には、アカマツ・クロマツの並木が続いている。境内林は、高木にアカシデが多く、部分的にスギが点在する。
これより低い木としては、ヒサカキ・シロダモ・エゴノキ・アズマネザサ等が多い。この社叢は、現在はアカシデを主体とした不安定な状態を示しているが、潜在的にはヒサカキ・サカキを主体とするシラカシ群を自然植生とみることができる。
境内にあるアカマツの大木は、樹状が笠状を呈するので、「笠松」として知られている。
埼玉県東部低地には、潜在自然植生をよく示す広域的な林は少なく、貴重である。
昭和54年11月3日 埼玉県教育委員会・菖蒲町教育委員会』

参道の長さもさることながら、ここは少し知識が必要ですね。
まず「植生」という言葉ですが、これは地球上の陸地において、ある場所に生育している植物の集団のことを言います。
そして「潜在自然植生」とは一切の人間の干渉を停止したと仮定した場合、現状の立地気候が支持しえる植生のことを云うそうです。つまりその土地本来の素肌、素顔の緑のことで、所謂”森”のことなのです。日本の”森”は条件の良い土地本来のところは広葉樹、厳しいところでは針葉樹が自生しているのですが、文明の発達により本来の森は失われ目的を持った森に生まれ変わってしまっているのです。つまり現在のスギ・ヒノキ林などは木材生産のために造られた森で、マツは海岸のクロマツ林のように植林したものがあるが、アカマツ林のほとんどは様々な人間活動によって土地本来の森が失われたあとに二次的に生育している樹林なのです。
要するに、人間が影響を加える直前までの「原植生」と現在の「現存植生」とは別の第3の植生概念である「潜在自然植生」によって自然保護や地域開発、国土計画で、単に元に戻すのではなく、新しい緑環境を創造する、科学的な処方として利用できるとされるという考え方で、横浜国立大学名誉教授、植物学者宮脇昭氏が唱えている植生生態学のことなのです。
もっと簡単に言えば、最初だけ手間をかければ後は何もしなくても、”森”は人が守ったり助けたりすること無しに自分自身で生き続けていくということです。
こう云われれば、この社叢が如何に貴重か理解できるというものです。

神明神社参道と参道林参道を歩いて境内を目指します。きちんとした石畳で参道はまっすぐ続いていますが、ところどころに何度も横断しているような交差する道があり、そこだけ社叢が途切れています。
【神明神社参道と参道林がまっすぐ続いているのですが、先がさっぱり見えません】


神明神社参道と参道林ここも「天王山塚」と同じで夜は来れないですね。真ん中あたりかなあと思われるところから後ろを振り返れば、参道入り口がまるで異次元のドアのように光っています。


神明神社二の鳥居のんびり歩いても7~8分でしょうか、二の鳥居が見えてきました。ここからがどうやら境内のようです。
境内の入り口付近に神明社の由来書があります。


神明神社
所在地:南埼玉郡菖蒲町大字上栢間
神明神社の創立は、社伝に景行天皇の時といわれる。
祭神は、古くは天照皇大神、豊宇気毘売神、大宮売神の三神であったが、現在は天照皇大神、豊宇気毘売神の二神を祭っており、伊勢神宮の分霊のため、近年まで「神明両社」と呼んでいた。
江戸時代、徳川家譜代の家臣内藤四郎左衛門正成が、栢間および新堀、三箇、戸ヶ崎、小材の旧五か村を領してから、五か村の総鎮守として以来、歴代の領主が厚く崇敬した。
明治6年に村社となり、昭和16年郷社に昇格し「神明神社」と改称、さらに昭和20年に県社となった。
本殿は、天保8年(1835)に建てられたもので、昭和38年に屋根を改修している。
毎年1月15日には、火防除と呼ばれる「鎮火祭」と、その火で粥を煮てその年の作物の豊凶を占う「筒粥」の神事が行われる。筒粥の神事は、大鍋に米三合水六升を入れ、葺の節のないところを長さ七寸位に切り、十八本を簀状にし麻で結ぶ。一本一本の葺に米粒が入る数によつて占い、多くの米粒がはいったものほと豊作とされている。
昭和58年3月 埼玉県』

神明神社の総本社は云わずと知れた伊勢神宮で、神社本庁にによれば日本全国に約5,000社あるそうです。

神明神社手水舎境内はかなり広いようですが、ここも境内林によって鬱蒼としていて、ところどころ苔がむしていますので相当湿気があるのでしょうね。
二の鳥居の横には手水舎がありますが、結構年代を感じさせながらも重厚な凝った造りの手水舎です。


神武天皇遥拝所鳥居をくぐった左手には「神武天皇遥拝所」と刻まれた碑があります。神武天皇は言わずもがなの初代天皇ですが、天照皇大神が天皇家所縁の神ということから、神武天皇を遥拝するようになったのでしょうかね、あくまで推測ですが。


神明神社神楽殿遥拝所の先には神楽殿があります。これも比較的歴史を感じさせます。


神明神社「笠松」神明神社新芽の松また、境内の中央付近に大木があります。これが「笠松」とよばれるアカマツの大木でしょうかね。大木の隣には一旦枯れた大木の幹から新しい葉が育っています。また新たな歴史を作るのでしょうね。


神明神社拝殿神明神社拝殿そして正面に拝殿があり、まずは参拝します。
屋根の上に大棟が見えますので、これが典型的な神明造なのでしょうか。拝殿内は何か凛とした雰囲気が現れています。


神明神社本殿ぐるっと回って本殿です。これが260年以上の歴史をもつ本殿ですね。本殿が二つあるのは二神を祀られているからでしょうか。


広い境内に凛とした静けさ、そして鬱蒼とした境内林に歴史ある社殿とまさに神秘的な雰囲気をかもし出しています。結構感動的な神社でした。

神明神社を終えて帰路に着きました。
ブルーフェスティバルは2回目でしたが、これなりに十分楽しめましたし、今回の主目的である「本多静六博士」については確かに菖蒲町、否、埼玉県の誇る偉人であると確信しました。
小さな町である菖蒲町ですが、歴史や自然に恵まれた良い町でした。

2009.06.20記

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